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9. 対決


 何十年とその時を待った。

 いつの時代も、勇者と呼ばれる存在が、魔族による侵略を跳ね除けてきた。だからこそ。確実に勇者を排除する。


 先代勇者がそろそろ後進を育てようという時期に、我は聖女に目をつけた。

 稀代の聖力の持ち主として、幼き頃より注目されていた彼女。齢、9歳。勇者パーティーに同行するにはまだ早く、大切に神殿の奥で囲われているという。


 人間の国を覆う忌々しい聖なる波動。"封魔石"と呼ばれる、太古の勇者が開発したその石が、魔の力を退ける。封魔石の影響下では、魔族の力は著しく制限され、そもそも侵入することすらままならない。


 我は自ら力を封印した。辺境の森、村から彷徨いでた幼い子供を殺し、その皮を剥ぎ取った。

 ボロ切れに身をつつみ、いかにも哀れな孤児(みなしご)のフリをして、聖女の前で倒れてみせた。ああ愉快。散々周囲に見知らぬ者に近づくなと言われていた聖女。彼女は愚かにも、倒れ伏す我を助け起こそうとした


――――無事、聖女を殺し、その体を手に入れた。

 そして虎視眈々と、その時を待ったのだ。


 晴れて勇者パーティーの一員として、我は幾年か旅をした。目の前にある勇者の首に、何度手をかけたくなる衝動に駆られたことか。

 

 ようやく勇者の魂を、我が配下と入れ替えたと思ったが――――誤算が生じた。

 手駒のなかでも突出した強さをもつ九頭大蛇(ヒュドラ)に勇者の体を与えたのだが、これがどうにも上手くいかない。

 魂亡き後にも抵抗するか。「体がうまく言うことを聞かない」と部下は嘆いていた。

 まあそれも、時間が解決すると思っていたのだが……



 仕込みの仕上げ。

 魔王討伐と称し、我はパーティーを我が根城へと誘導した。そこで勇者ほどではないが、人間側の戦力として無視できない"盾役"をいただくはずだった。


 魔王(我)に扮した配下が、無事盾役の盾を貫き、《換魂の儀》が成立するかという瞬間。勇者の剣が火を吹いた。

 そのまま極大の炎の槍が、盾役ごと偽魔王を貫くと、あろうことか勇者は逆手にした剣で自らの心臓を突き刺したのだ。


「なんたることだ!」

 驚きに目を見開く軽戦士を吹き飛ばし、我は怒りのままに破壊の波動を放っていた。


 せっかく確保した勇者と盾役の体。心臓を壊されれば用いることができないばかりか、


「おのれ! 我が優秀な配下を二人も……!」

 勇者の中にいた九頭大蛇。魔王に扮した憤怒牛魔。二体も手駒を道連れにしおって。


……仕方あるまい。せっかく再利用してやろうと思っていたが、そもそも人間の体など、我の完全なる力があれば必要もあるまい。

 最後の最後まで足を引っ張ってくれるが、まあ良いだろう。もはや奴は死者。できることなどなにもない。





 中央神殿のどこかにあるはずの封魔石。各地の封魔石はすでに破壊後、隠蔽済みである。

 しかし最大の封魔石――この国の主要部を覆い尽くす守護の要(かなめ)であるだけに、なかなか近づきがたい。


 それでも我は焦らない。

 慎重に、あくまで自然な理由を設け、何度も神殿に足を運び。ついに今日、特定した。


 目の前に輝く巨大な黒石を見たときには、さすがに我も興奮を抑えがたかった。


 ああ、我が力を封印し、矮小な人間の皮に身を収め、どれほどに耐えたことだろう。

 これで終わりだ。

 これさえ破壊すれば、我の力は解放され、すぐにでもこの国に配下の魔物達が押しかけるだろう。


…………粉々に破壊したが、何も起きない。

 いや、ちがう。

 我の被る聖女の白い肌が裂け、真皮のような赤い肌、脈打つ血管が走る我が腕が、足が、羽化する蛹がごとく覗き始めている。


「時間がかかるのか……?」

 力の一部が戻るのを感じる。いやしかし、これは……


「ビビアン、久しぶり」


 声がした。


「魔王、と呼んだほうがいいかな」


 かつて追い出した荷物持ち(ゴミカス)が、そこに立っていた。








「お前のようなカスが、我になんの用だ」

 想定外の事象にやや驚いたが、よく考えれば何の問題もない。なぜか我の正体を嗅ぎつけたようだが、ここで潰せば――


「ねぇ。力、思ったように出ないでしょ」

 その言葉に、我は意思に反して耳を傾けてしまった。貧相な肉体の男はその場で屈み、何かを拾い上げた。


「ほら!」

 カコンと足元に落とされたのは、先ほど我が砕いた封魔石の欠片。すでに力を失った、ただの破片――


「……なんだこれは」


 小さな欠片がわずかに光を放っている。目を凝らせば、極小の、規則性のある紋様――――"魔法陣"が刻まれている。


「極小の、封魔石……」

「そう! 普通はこんだけ小さくなるとさ。力を発揮できないんだけど」


 そう話しながら男は次々と欠片を拾い、魔法陣を付与していく。


カン、カツン


 いくつも投げつけられる石に、半分以上破れた聖女の外皮が歪んでいくのを感じた。


「……しかしこんなもの。いくつあったところで、魔族を止めることなどできぬ」


 所詮まがい物。わずかに力を抑え込めるようだが、強力な魔族に通用しない。


「これを国境にたくさん設置した」


 それがどうしたというのだ。


「そうだね。強い魔物なら、平気で近づいてくると思う」

 そこで男は言葉を切ると、意味深な笑いを見せた。


「でも、本来の力じゃない」

 程度は分からぬが、それ相応に力は制限されるだろう。


「弱った魔物なら、国境警備団で耐えられる。直に冒険者たちが応援に向かうよ」

 奴の言いたいことが分かり、思わず奥歯をかみしめた。我にとってはわずかな抑止力。しかし配下にとっては致命的にもなりかねない。


 勇者、剣聖に格闘家。目ぼしい戦力は排除したものの、有象無象の弱兵も、この状況では無視できないか……


「ハッ」


 そこで我は思考を切り替えた。


「例え配下の力添えなぞなくとも、この我は圧倒的。まとめて蹴散らしてやろう」


 まず、手始めに目の前のゴミカスを――





「じゃ! 俺は逃げるんで」


 猛烈な風が巻き上がり、男はその場から消え去った。



(逃げる…………だと!?)


「フハ。ハ……フハハハハハ!」


 流石はゴミカス。この我を前に散々くだらない御託を撒き散らし、挙句の果てに逃げ出すだと?


「殺す!」


 舐めたことをしてくれる。大した能力ももたぬゴミ一匹。すぐに追いつき消してやろうと、我は砕け散る勢いで、石の床を踏みしめた。











ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回、決着です。

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