10. 決着
「ゴミカスのくせに、意味のない嫌がらせばかりしおって。うっとうしい。それほどに追放されたことを根に持っておるのか。我へのあてつけのつもりか!」
「……旦那様。何を言うとるんじゃね」
遠く離れた地から、遠見鏡越しに魔王を覗き見る。ぶつぶつ一人で話す俺に、横から女帝の呆れた声が飛んできた。
「ん? 魔王の心の声?」
もう使われなくなった古い神殿の建物の一つ。壁や天井は崩れ落ち、柱がむき出しの廃虚のなかで、遅々として進まぬ魔王。
「魔王の奴は、何をやっておる?」
魔王の力が解き放たれた直後こそ、襲い来る災厄に、表情も硬かった女帝だが。一歩進んでは引き返し、右に曲がっては左へ返す。そんな魔王の様子に、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。
「あれね。ブービートラップ地獄」
簡単なトラップだ。新人冒険者すら知っている、初歩的なトラップ魔法。見えない壁を生じさせ、一定量のダメージを与えることで壊すことができる。
「初級のファイヤーボールで十分壊せる代物じゃろ?」
女帝は不思議そうに首を傾げている。たいした仕掛けでもないんだが。
「壁は一度に1枚しか破れない。ファイヤーボールだろうが、最上級の火炎竜巻を使おうがね」
つまり、何百とある見えない壁を、魔王は地道に破っていくしかないのだ。
「ま、壁1枚で15秒ってとこか」
「……なんとも微妙な嫌がらせだの」
複雑そうに呟くと、女帝は視線を魔王に戻した。
「作戦は、狙いを常にこちらに引きつける。しかしそう上手く行くものかのう?」
押し寄せる魔物に耐える国境地帯。あるいは国防の指揮系統たる中枢部。真っ先にそこを狙われては困るのだ。
「絶対、なんて保証はない」
迷路の半ばに差し掛かった魔王から、目を離さずに俺は話し続けた。
「ただ……分かる気がするんだよ。同じ慎重派同士。魔王の考えることがね」
ふう、と盛大なため息が聞こえて、ちらりと隣を窺い見る。え、なにその表情?
「旦那様はバカだのう」
あ、呆れの表情か。
「アヤツの臆病は、全て自分の欲のため。旦那の臆病は、他人を守るためじゃろ?」
おっと、苛立ちも混じってましたか。なぜか説教が始まってしまった。
「……買い被りだ。俺はいつでも自分の命が一番さ」
「またそういうことを。きちんと本質を捉えんと、自分自身に足元を掬われかねんよ」
そう言う女帝は、何かを思い返しているのだろうか。どこか遠くを見るような目つきに、見ているこちらも何とも言えない気持ちになって、俺は口を噤むしかなかった。
***
「くそっ、この無能が。追放されたゴミクズのくせに!」
黒い稲妻をまとった結晶が、魔王を中心に打ち出される。無駄に派手なエフェクトだが、破れたのは壁1枚のみ。
よーし。イライラ作戦はいい感じだ。
なぜ魔王がこんなに怒ってるかって? 奴が迷路に慣れてきた頃合いを見計らい、作業的に壁の破壊を繰り返すところに、致死級の一撃を見舞ってやったからね!
「なに? 貴様は……!?」
惜しかった。躱されてしまったものの、意表は十分つけたみたいだ。
「勇者パーティー、軽戦士。名はディディ」
高らかな宣言に、わずかに動揺した様子の魔王。
「ディディさん、すぐ戻って!」
俺の掛け声に、すぐさまディディは廃墟を利用し身を隠した。良かった。冷静さは保ててるようだ。「勇者パーティーの仇討ち!」とそのまま突っ込んでいきかねないからね。
再び迷路に取り残される魔王。
そうだ。迷え。考えろ。
再び、魔王が大きな動きで飛び退った。飛んできたのはただの矢。一応、猛毒付きだけどね。ヤツからしたら毒虫程度だろう。
次に飛んだのは、隠密が得意な女帝による吹き矢。続いてバラバラと石ころが飛んできた。かと思いきや――――ドッカーン!
野生の勘で俊敏に移動し、投石に混ぜて国宝級の爆裂玉を投げる猫耳娘。
そして、要所要所で元勇者パーティーの実力を持つディディの必殺技。
魔王はいつ終わるとも分からない迷路に加え、絶え間なく襲い来る致死級とゴミレベルの混合攻撃にさらされ続けることになる。
「だけど、そろそろ頃合いか」
通路と通路の間を走る、獣耳娘の尾が黒い炎に焼かれた。3度目の大技を叩き込んだディディが跳ね返され、同時に背後を狙っていた女帝を不可視の刃が切り裂いた。
(ここで……仕掛ける!)
***
失敗した。
「くそっ。千の魔法陣を掛け合わせたってのに……!」
地に這いつくばる俺を魔王は見下ろしていた。
「我は魔王。ゴミカスレベルの魔法など、例え万単位でかけようが、傷一つつけられぬ」
千のファイヤーボールの魔法陣を刻んだ俺謹製"最終兵器・爆炎珠"。見事に魔王の体に命中、大爆発を起こしたが――――大きくえぐれた地面の中央で、奴は無傷で立っていた。
既に先ほど見られた苛立ちはもうない。真っ赤な魔王の瞳は、まるで虫けらでも眺めるようにこちらを見ている。
「よくもまあ、これほど粗末な策謀で、我を相手しようと思ったものだ。さすがゴミカス。脳までゴミレベルだな」
「……そうだね、俺は強くない」
残酷な現実に、俺は俯き呟いた。
「だからお前を殺すのは僕じゃない――――勇者だ」
しかし顔を上げ、はっきり魔王を見据えた。
「勇者……? あっけなく聖女に騙され、我が配下になり代わられ――挙句の果てに小物魔族一匹を道連れに死んだあの勇者だと?」
耳まで裂けた口を開き、魔王は大笑いを始めた。
「勇者は生きてる」
しかし俺の言葉に、魔王は黙りこんだ。
(こいつは臆病だ)
「戯言を」
一瞬の間、わずかな気の迷いを悟られまいとするように、魔王は唸るように威嚇した。そんな魔王に被せるように、俺は捲し立ててやる。
「勇者は死んでない。死んだと思わせる作戦さ。」
「……黙れ。仮にそうだとしよう。なぜお前がここでそれを明らかにする?」
魔王の瞳がかすかに揺らぐ。
そうだ。疑え。ほんのわずかな疑念で構わない。
「現にディディは生きてた――」
「黙れ。時間稼ぎなど小癪な。諦めてここで死ねっ!!」
黒い稲妻が幾本も。一瞬目も耳も効かなくなった。
パシュ、パシュンッ
感覚だけで転がるように起き上がる。視界が戻った俺の前に、黒い業火が迫っていた。
バシュバシュパパシュッ
雨あられと降り注ぐ攻撃に、体を覆う魔法陣が瞬く間に消費されていく。魔法陣だけでは防ぎきれず、傷が増え、動きが鈍る。それでも何とか瓦礫を潜り抜け、少しでも遠くを目指し駆けていた。
しかしそんな逃亡も長くは続くはずもない。
「意外としぶといな」
廃墟を抜けて、開けた草地に出たところで、俺を飛び越えるように跳躍した魔王が立ち塞がる。放たれた雷撃に、俺はたまらず膝を折った。
「ふむ。ようやく手札が尽きたようだな」
絶体絶命だ。
事前に何千と仕込んだトラップも、作戦も、すべて魔王の前には紙切れだった。
「……俺の『魔法陣』を舐めるなよ」
「はっ、我とて知っている。こそこそ嗅ぎ回っていたようだがな。敵の懐を探っていたのが貴様だけと思ったか?」
余裕を取り戻した魔王は、まるで獲物で遊ぶ猫のよう。
「貴様のその矮小な身体に刻まれた魔法陣。確か、128個だったな。それもあといくつ残っているのやら」
楽しそうに嘲笑い、魔王は俺を踏みつける。
「127個だ……!」
焼け焦げ、傷だらけで蹲る俺だが、そこだけは譲れない。絞り出した俺の声に、魔王はキョトンと目を見開いた。
「俺のケツの魔法陣は、勇者にしか描けないんだ!!」
「……訳のわからぬことを」
所詮瀕死の鼠の戯言と、魔王は切り捨てたようだ。そのまま長い鉤爪のついた手を開き、ガチリと爪を打ち合わせた。
「遊びは終わりだ」
「かはっ……!?」
魔王の腕が、俺の腹を貫いた。口から飛び散る鮮血に、魔王は満足そうに笑う。
「ゴミの分際でブンブンと。まあ、羽虫にしては足掻いたほうではないか?」
「――クク。クククク……」
血を吐きながら笑い出した俺に、魔王は眉を顰めた。
「知ってるか魔王?」
またブラフだと思うだろ。何も言わせずに断ち切ってしまえ。しかしお前はそうはできないよな。
「お前なら知ってそうだよな。人間の……腹の中がどうなってるか」
お前は臆病だ。だから聞かずにはいられない。自分の予想しないものを、知らずにはいられないのだ。
「人間の腸の中身はさ、ひだで覆われてるんだ。数え切れない――ゲホッ……小さなひだ。これ、全部合わせると結構広いんだぜ。魔法陣、いくつ刻めたと思う?」
その言葉に、魔王の顔色が悪くなる。
「ばかな、内臓に刻むなど」
「大変だったよ。腹をかっぴらいては、治癒術かけてもらって」
ぱたり、ぱたりと腹から血が落ちていく。
「途中からもう面倒でさ、治癒術かけてもらいながら切り開くんだ。傷が閉じる前に描くから忙しくてさ」
「な……いい加減死ねっ」
パキン――――
トドメの一撃が放たれるその瞬間、俺と魔王を分かつように、虹色の壁が生じた。壁はぐるりと魔王を囲む。
「……あの女魔術師か」
忌々しそうに魔王は後ろを振り返る。彼方に杖を構える金髪が見えた。
「無駄だ。たとえ勇者でも、我を封じるほどの結界は――」
「45秒」
それが封じ込めの限界。
「お前には、それで十分だ」
「どういう――――」
魔王が何か喚いているが、俺の耳にはもう届かない。
「主様っ」
さっそうと現れた獣耳娘が、俺を担いで走り出したから。視界の隅に、結界を維持する金髪令嬢、そして彼女を庇うように女帝が覆いかぶさるのが見えた。
同時に、周囲の空間が丸ごと、魔王の方へ吸い寄せられる。押さえつけられた体が浮かび、耳元で空気が暴れ、
ギュイッ――――ドオォンッ
爆発は一瞬だった。
放り出された俺に、慌てて金髪美少女が駆け寄ってくる。しかし俺は一点から目を離さない。流れ出る血も気にせず、体を引きずり前へ進んだ。
「……なにを、した?」
ほらね、顔半分になってもまだ喋ってやがる。真っ先に俺に治癒魔法をかけようとする金髪令嬢を遮って、トドメを撃つよう命じた。
「なにって? 《風船を膨らませやすくする魔法陣》さ」
訳がわからぬと言いたげに、残った目を見開く魔王の断片。良かった。100万個重ねても足りないかもと思ってたけど、予想以上の威力だった。
なに、わからなくて結構。
天から降り注ぐ光の槍に、今度こそ粉々に、魔王は砕け散ったのだから。
***
「主様の大勝利ですね」
ぶっ倒れた俺を見下ろし、獣耳娘が労うように笑いかけてきた。せっかくの獣耳が、焼けてすっかりチリチリだ。
「ほんと、酷い戦略ね。自分を囮にするなんて」
魔力が枯渇寸前なのだろう。青白い顔で、しかし金髪令嬢は笑みをつくっている。
「初めから腹を抉らせる心積もりとは……まったく。旦那さまは当面、絶対安静じゃ!」
もう一つも仕事はさせまいと、手を握ってくる裏女帝。
「……国境警備隊に、かなり被害は出てしまった。冒険者たちも無傷ではいられないだろう」
仲間たちの笑顔に、しかし僕は応えられない。
「勇者がいれば、これほどの被害は出なかった」
応える資格なんてない。
「勇者を殺された時点で、僕は負けていたんだ」
ポツリと雫がひとつ。堰を切ったように止まらない。
自分のことは許せない。
でも、これでようやく追放されてから初めて。
――――僕は、自分に泣くのを許すことができたんだ。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
「テンプレに敬意を、追放に愛を」
をテーマに描いた物語。いかがでしたでしょうか。
もしかすると、読後にお尻に少し寂しさを感じてくださった方もいるかもしれません……(?)
とりあえず「僕」の物語はここで終了です。
が、
外伝に続きエピローグを追加しました。
それらを読んでいただくことで、真の【追放】の物語が完成します。ぜひ、この後ももうしばらく、お付き合いくださいませ!
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改めましてお読みいただき、本当にありがとうございました!




