8. 備える
「すげーな。ほぼ無限に描ける」
握り潰した果実をぽいっと放り投げる。瑞々しかった赤色は、すっかり萎れ干物のようだ。
魔の森で、異形のボス狼との対決が、俺のスキルを覚醒させた。
なんとか少ない魔力をやりくりしていた昔が嘘のようだ。今じゃこうして果物の魔力で魔法陣を描ける。
さっき放り捨てた赤い果実は、魅果杏。真っ赤で艶やかな見た目に反してまずい。ゲロマズだが、高級品だ。多くの魔力を蓄える、魔術師御用達の品なのだ。
金には困ってないとはいえ、無限に金貨が湧いてくる訳でもない。かなり効率は落ちるものの、普通の果実や木の実、なんならその辺にある草を引っこ抜いたって、少しは魔力の足しになる。
「ボス狼は効率が良かったな。また狼、落ちてないかな?」
その辺に見かけた法螺吹きカエルを鷲掴む。「ゲェロゲェロ」騒ぐ口の中に、ズラリと鋭い牙が並ぶ。こんな見た目をして土蛇の一種。だから"法螺吹き"カエルなのだが、
「ゲェゲェゲロゲロゲェッ」
汚なっ。ゲロ吐きやがったこいつ。
ダメだ。いくら掌に集中しても、魔力を絞り出せる気がしない。そのまま取り出したナイフでスッと、ゲロカエルの首を切る。
「お。いけるな」
鼻の曲がるような異臭と共に、確かに漏れ出る魔力の気配。
「『描画』、『魔力固定』っと」
たちまち地面に、魔法陣が完成した。
「うーん……」
やっぱり生きてる魔獣じゃだめだ。死んだ魔獣、しかも死にたての一瞬しか魔力を利用できそうにない。
「主様。どうされました?」
うんうん悩む俺の前に、獣耳娘が覗き込むようにして尋ねてきた。
「いや、魔法陣のことだけど――」
木の実、毟った葉や死んだ魔獣からは魔力を奪える。でもその辺の草木や生きてる魔獣からは無理である。そんなことを話してみると、
「手を握っていただけませんか?」
両手を差し出された。なぜだ。
「お? おおぉ? ……ちょっと借りるね!」
戯れに握った手から、確かに手応えが感じられ、すぐさまスキルを発動した。
「できた!」
2人を囲むサイズの魔法陣。地面の上に、キラキラ輝く幾何学模様が美しい。
「でも、なんで……?」
今までだって、寝てるアダムからダダ漏れの魔力を拝借しようとして無理だった。腹が立ち、思わず奴の鼻を摘んでやったよ。
「おそらくは、主様のスキルの進化。それから対象の意思ではないでしょうか」
なるほど。俺より年下のくせに、難しいこと言うね。詳しく説明プリーズ。
「ですから、対象が主様に『渡したくない』ときはダメなんです。木々も魔獣も、生きるのに魔力が必要ですから」
なるほど。それで木の実や死骸はオーケーってことね。……よしよし、これで魔力少ない問題が解決しそうだ。
帰宅後、女帝とツンデレ令嬢にも魔力提供をお願いした。無理だった。自称・天才美少女魔術師いわく、「生きるのに必要な魔力をあげようとしても、普通は無意識が抵抗する」だとか。
え、なに? 獣耳娘っ子さん、俺に魔力吸われて死んでもいいくらい信頼されてる? 俺、たいして君に何もできてないけど、そんなに八百屋の仕事が嫌だった?
「信頼が勝手にカンストしててこわい……」
その晩。なんとなく寒気が止まらず、毛布をかぶって魔法陣を描き続けた。
***
アジトとして借りた二階建ての家屋。床壁天井はもちろんのこと、梁の裏、扉や調度の棚板、マットを剥がしたベッド枠まで、あらゆる場所に魔法陣が刻まれていた。
「いやあ、スキルが進化してて助かった」
本来、監視用魔法陣は、近くまで行かないと情報回収できないからね。一つずつ町を移動していたが、いい加減効率が悪い。
無限のリソースを得た俺は、千の魔法陣を繋ぎ合わせ、情報解析専用の複合魔法陣を開発した。これでアジトにいながらにして、全国各地、旅の途中に仕掛けた監視用魔法陣の、記録回収と解析ができるのだ。
「いや俺、よく設置したなあ」
累計8万952個の監視陣。今と違い、魔力に限りのあったあの頃は、省エネ改良を重ね、暇さえあれば魔法陣を描いていたものだ。
空気入れ替え用の小窓を改造した受信塔から、絶えずキラキラ光の粒子が流れ込んでくる。集められた映像、音声の中から、必要そうなものを取り分け解析だ。
「さすがに疲れたな……」
三日三晩、解析ばかりですっかり体はバキバキだ。デスクからソファー椅子へ移動すると、用意されたカップに口をつける。果実の香りがふわっと広がった。
「お、これ。お前の好きなやつ」
思わず向かいに話しかける。もちろん返事は返ってこない。誰もいないソファーを眺めながら、ことりとカップを机に戻した。
もう、アダムの声は聞こえない。
正確には――――僕が思い描く「アダムの声」。
解析を始めた頃に、アダムに関する情報は優先的に集めたから。自然と、こころの中で、僕はいつもアダムと「会話」を繰り返した。
くだらない仲間とのやり取り。チャラい顔で女の子を飲みに誘い、でも泣かせるようなことだけはしない。記念すべき"ご不浄陣"作成の記録が出てたときには、思わず眉をひそめてしまった。
(まあ、あいつもよく付き合ってくれたな)
ケツを差し出し、ここに陣を描いてくれと頼む親友……よく親友、続けてくれてたなぁ。そう思うと、少しばかり臀部がさみしい。
でも、羞恥なんてどうでもいいくらい、僕はいつも必死だった。戦闘では役立たず。どんどん人外並みに強くなる仲間に、置いていかれまい。そして守りたいと、魔法陣の省エネ化、複写による大量生産。とにかく頑張りまくったから。
元々は魔物検出用だった魔法陣。ついでに録画録音機能もつけてて良かった。
トイレ? 浴室? プライバシー? そんなの関係ないね。むしろ人は、プライベート空間でこそ、ポロリと本音が出るもんだ。
――――そして、その予想は当たってた。
ビビアン。いや、魔王。
俺はお前を、絶対に許さない。




