7. 良い男
視点が変わります
「いやん。旦那様のエッチ」
「そんなこと言ってぇ。本当は触ってほしいくせに」
ここは最近話題の冒険者パーティー"千の罠"のアジト。その庭先で、妖艶な美女と青年が、キャッキャウフフと声を上げる。
(うわぁ……ドン引き)
その光景に頬が引きつるのを感じながらも、私は石畳を渡り、2階建ての木造家屋の扉を開いた。
ギィィ――
建て付けの悪い扉を手前に引いて、中には入らない。扉の内側には、びっしりと青い光を放つ魔法陣。私は慎重にその中のいくつかの幾何学模様をなぞる。……よし、爆発解除。
薄暗い廊下を進み、ダイニングを覗き込む。誰もいない。
「うえぇ……また増えてる」
出る時よりも散らかった居間や台所。魔獣の遺骸は流石に処理されてるものの、獣の骨、干からびた果物なんかが、そこかしこに散らばっている。
覗いた部屋には入らずに、さらに廊下の奥へと進む。最奥の部屋。扉は閉じられている。ゴクリと唾を飲み込み、決められたリズムでノックした。
「戻ったわ――」
「お帰りなさいませ!」
言い切る前に扉が内側に開き、メイド服の猫耳娘が飛び出すように私を迎えた。
「主様を止めてください!」
「……!」
指し示された先を見て、私は慌てて駆け込んだ。倒れる男に最大級の治癒魔法をかける。
「……あ、おかえり。悪いな、依頼を全部一人でこなさせて」
「なに呑気なこと言ってんの! バカじゃないの!?」
起き上がった男は、広がる血溜まりを気にもせず、床に魔法陣を刻み始めた。
「お辞めください。お身体に障ります」
メイド娘が止めても「せっかく新鮮な血があるうちに」と笑って陣を描き続ける。正気の沙汰ではない。
正直、自身のことは控えめに言って、"天才"だと思っている。
貴族令嬢である自分は、わずか9歳にして、出入りの魔術教師を全て上回ってしまった。父が才能を見込み、高い献金と共に魔術学校の副学長に弟子入りさせてくれたものの、1年半で免許皆伝。自他ともに厳しい母が「天狗にならぬように」と伝で冒険者パーティーに預ければ、たちまち「百年に一度の天才魔術師」と騒がれる始末。
(ま、仕方ないわよね。17歳にして魔術の才能で並ぶものなし。血筋も由緒正しい貴族令嬢でしかも金髪美少女!)
そんな風に思ったこともありました。あの日、勇者に声をかけられるまでは。
「――ほら、いい加減終わるわよ」
猫耳娘に目配せをして、仕事中毒男を両脇から引き起こす。
「ま、まだあと少し」
「駄々をこねない。休まないと効率悪いわよ」
「くっ――あと3つ、いや1つだけだから!」
文字通り血反吐を吐きながら床にしがみつく男にため息が出る。
「おや楽しそう。妾も混ぜてくれんかの?」
開いていた扉から、スラリとした美女が現れた。
「あ、女帝さん。あれ? 俳優くんは?」
「とっくの昔に帰ったわ。いつまでこんな茶番を続けるんだい?」
盛大なため息をつき、ストールを手近な椅子へとかなぐり捨てる。華奢な肩と豊満な肢体のラインが露わになり、同じ女性が見ても少しドキリとしてしまう。
「悪いけどまだしばらく続けてほしい」
それを聞いて女帝の顔色が明らかに悪くなった。良かった、私は依頼攻略の担当で。
「しかし主様。巷では悪い噂が広まっています。"千の罠"のリーダーは実績に胡座をかき、アジトで酒池肉林し放題"と」
「私も今日言われたわ、ギルドの受付に。『女ばかりに働かせて、リーダーは何してるんだ』って」
ガリガリ床を削りながら、ちらりと男は顔を上げた。
「あ、いいのいいの。それで順調だから」
さらに続きを描こうとして、ふと気づいたように手を止める。
「でも、皆はいいからね? 辞めたくなったらいつでも言って」
その言葉に、しんと場が静まり返る。私は……たぶん、目の前の猫耳娘も、椅子で脚を組む裏女帝も、考えていることは同じだろう。
『俺よりずっと良い男がいてさ。いつか君の前にも現れるかもしれない』
真っ青な髪。アイスブルーの瞳と甘いマスク。強者ならではのさり気ない身のこなし。
遊びだと理解して、それでも私はデートを楽しんでいた。一緒にパフェを食べてる最中に、勇者はよりによって、別の男を紹介したのだ。
「勇者を上回る良い男? 剣聖か、それとも大魔術師かしら?」
私の言葉に、勇者は一瞬真顔になると、堪えきれずに吹き出した。
『ある意味、天才かもしれない。不器用だけど、良い奴なんだ』
レディーをデートに誘っておきながら、別の男について語る。こんな良い女を前に、ほんっと悔しい。だけど彼のことを語る勇者の顔が、ちょっと危ないくらい眩しくて、不覚にもドキッとしてしまった。
「私が足、持つから」
その一言に、まるで積年の友人のように、二人の女性も左右の脇を掴んだ。
「せーのっ」
「ちょ、ちょっ、何するの!」
もがいても無駄である。こちとら精鋭女子3人だ。男とはいえ一般人に毛が生えたくらいの奴なんて、簡単に押さえ込めてしまう。
「寝室にお運びします」
「今宵は妾がサービスしてやるからの」
「はい、《強制睡眠》」
抵抗虚しく眠りに落ちた彼は、だらんと手足の力が抜けた。そのまま流れるような連携で、2階のベッドに運び込む。
「主様……私たちが辞めたいと思っているのでしょうか」
眠る主人を眺め、獣耳娘が首輪についたタグをイジっている。ぺたんと伏せた耳を撫で、女帝がぎしりとベッドに乗った。
「まったくのう……妾の旦那さまは無茶ばかりしおって。ちっとは荷物を我らに分けんかい」
眠る彼を起こさないよう、私もベッドの縁に腰掛けた。
「ま、『人を信じない』とか言っときながら、結局は人に甘いのよ」
だから、私たちに線を引く。もっと頼ってくれても良いのに。
『怖がりのくせに、人のためならどんな無茶だってできる奴さ』
いつかの勇者の言葉が蘇る。
『だからもし、彼が困っていたら。助けてあげてほしいんだ』
眠る男の髪を撫でる。眉間のシワがないと、随分あどけない顔つきだ。
「いいわよ」
私は――たぶん、私たち皆は。
すでにこの"良い男"の力になりたいと思っているから。




