6. 聖女魔王
視点が変わります
聖女ビビアンは、珍しく声を荒げていた。
「我々、勇者パーティーがこの体たらく! 一体どうしてしまいましたの!?」
いらいらと、扉と応接セットの間を行き来する。立ち止まったビビアンは、ソファーで寛ぐ大男を睨みつけた。
「チャキ。呑気にお酒だなんて――」
だんっ!
飲み干したグラスが、美しい彫刻のテーブルへと叩きつけられる。隣に座るディディの肩が、ビクリと跳ねた。
「いいじゃねえかよ。くれるってんだから」
「平素なら良いでしょう。しかし、それはあなたの働きに免じて、目を瞑っていただけです」
(酒臭い……)
いっそ殺してやろうかとの思いを必死に抑え、淑女らしい振る舞いを心掛ける。
「すでに依頼を4件、連続で放棄しています。一応、『緊急要請でやむを得ず』とは弁解しましたが……」
狩猟依頼では、よりによって一角鹿の重要な回収部位である大角に、盾役の火炎玉が直撃。続く勇者の剣筋が逸れ、角は粉々に砕け散ってしまった。
さらに狂乱竜に遭遇した際は、あろうことか盾役の無謀な突出の隙に、ブレスで勇者が負傷する始末。
(まだ上手く身体が馴染まぬか……)
リーダーとして険悪な仲間を仲裁するどころか、ぼうっと壁紙を見つめるばかり。そんな勇者に、聖女は小さく息を漏らした。
「とにかく。評判は大事です」
改めて二人に向き直る。
「チャキは酒を控えて、ディディはいつまでもウジウジしない。国の命運を任されたものとして、相応しい振る舞いをするように」
全く、自分で吐いた言葉に虫唾が走る。なぜ、我が人間どもの国を慮るようなセリフを……。しかし今は、世間からの評価を落とすわけにはいかないのだ。
「……魔法陣」
俯くばかりの軽戦士から、ぼそっと言葉が落とされる。
「彼の、魔法陣が。皆の連携を支えてた」
「はっ。所詮、初級魔法でしょう」
こちらを見る目つきが気に食わない。この女もさっさと入れ替えたいが、条件が揃うまでは我慢だ。
「非戦闘員の彼を守る手間が抜けたのです。魔法陣がなくともお釣りがくるくらいですわ」
暗に、お前の仕事が温いんだよ、と視線で言い返してやる。
「でも! あんな酷い追い出し方……。せめて笑顔で別れたかった」
ああくらいくらい。暗すぎてカビが生えそうだ。不快過ぎて、やっぱりここで縊り殺してくれようか。
無意識に伸ばしかけた腕が、隣の勇者に掴まれた。珍しく焦点の合った目でこちらを見て、緩く頭を振っている。
(いかんな。慎重にならねば)
一度頭を冷やそうと立ち上がり、法衣の皺を整えた。
「弱い彼を守るためです。きっぱりと諦めてもらう演技。あなたも、合意したでしょう?」
慈愛の笑顔を残し、場を後にする。まだだ。まだ勇者パーティーには利用されてもらわねば――
◆◆◆
外の空気を吸いに出る。
華美ではないが、しっかりと手入れの行き届いた庭園は、人間にしてはなかなかセンスがいい。
(ここの庭師は生かしておこう。うむ、この辺りは入れ替えて――)
聖教を示す刻印の入った石碑を、足先で倒し泥の中に転がしてやる。あそこはこうして。ここの領主共の首を共に飾ってやるのも一興か。そんな未来を思い描けば、自然と口元も緩むというものだ。
花壇に挟まれた小道を歩く。緩やかな坂を登り切ると、小さな東屋が建っていた。
東屋のベンチに腰掛ければ、広がる田畑が一望できた。そこかしこに民家が集まり、村や町を築いている。
(人間臭い……)
全く田舎だというのに。都会に比べればましなものの、人間は数が多すぎる。弱者同士の馴れ合いの果てだ。全く、さっさと駆逐してやりたい。
烏が一羽、近くの柵に舞い降りた。カンカンと横移動すると、東屋の机に跳び移る。
「ガァ」
定期報告だ。異常なし。特筆すべきこともなし。念のため聞いておくか。
「追い出した奴はどうなった?」
聞けば新たなパーティーを結成し、普通の冒険者活動に勤しんでいるようだ。"期待の新星"などと持て囃されているようだが、勇者率いる一行とは次元が違う。
(追い出した森で死ななかったことは想定外だが)
大きな障害となる要素もない。いつでも捻り殺せる有象無象だ。
念のため監視は続けるとして、大事なのはこちらである。
「首尾は?」
「ガァー、ガガッ」
黒い鳥が、真っ赤な口を覗かせ、結果を話す。無事、とある剣豪一家は処分できたようだ。飛び立つ黒鳥を見送りながら、気持ちが凪いでいくのを感じていた。
(そうだ。何も問題ない)
最大の障害である勇者。アレの処理には手間取ったが。無事、配下の魔族との《換魂の儀》が成立した。
女にだらしない勇者。だがこれが意外にガードが固いのだ。勇者の第六感と呼ばれる何かも邪魔をして、中々に隙をつくのが難しかった。
「くくっ。そう思えば、あのゴミカスも。役に立ったではないか」
軽薄に見えて、意外と本心が読めない勇者。しかしあの弱者に勇者はずいぶんと、心を許しているようだった。
「小動物を飼育するようなものか」
強者が弱者を蹂躙する。魔界ではそれが当然であり、弱者で群れる人間のことなど、到底理解はできないが。
足元をチロチロと、小さな朱が蠢いている。人間の幼体どもが好む赤点虫だ。
「プツン」と靴底で潰してやる。
「強者が己を確かめる」
そこは理解できる気がする。要するに、弱いものを手元に置くことで、自身の圧倒的な優位を再確認するのだろう。
「おかげで、良い囮になった」
四天王(我の忠実な配下である)の一人と勇者パーティーをぶつけてやった。国境で少し暴れさせてやれば、いとも容易く「討伐」に向かえたものだ。
忌々しい封魔石の守護範囲外。そこで勇者を十分に消耗させた後、思いっきり叫んでやった。
『きゃーーーーっ! 新手の魔物が後ろにっ』
いかにも間に合いませんでした、という体で、手駒に荷物持ちを襲わせたのだ。勇者の気が後ろへと逸れた。その一瞬で、呪い針を撃ち込んでやったのだから。
(これでようやく、人間側の最大戦力の体は我が配下のもの)
勇者の体になかなか魔族の魂が馴染まぬのか、元来の能力を発揮できずにいるものの、それも時間の問題だろう。
剣聖、大魔術師、金帯格闘家。勇者に次ぐ目ぼしい戦力も、密かに処理は進んでいる。
「おや、こちらにおられましたか」
心地よい思索が中断された。
「夕餉の支度が整いました。ささ、冷えぬうちにどうぞ」
にこにこと媚びた笑いで諂うハゲ頭は、この辺りの領主である。我が勇者パーティーに今夜の宿を提供したのだ。面倒だが、無碍に扱うこともできまい。
「あら。もうそんな時間ですの」
優雅な所作で立ち上がる。差し出された腕に手を置くと、領主と並び館への道を降りていく。
「……それでですな。滞在中のご予定は?」
我がパーティーの威光であるとか、国や神殿教会の立ち位置であるとか、どうでもよい御託を捲し上げていた領主だが。ようやく、本題か。
「そうですね。いくつか、見て回りたいところがございますが……なにか、お困りごとでも?」
「おお! そうですか。いえ、実はお願いしたいことが――」
ほれ見ろ。結局は勇者パーティーへの頼みごとである。人間のいちいち回りくどい言い回しには飽き飽きするが、それも我が聖女に成り代わった8年前。5年間の苦痛に満ちた神殿生活に比べれば、なんてことない。
「そうなのですね。それは大層お困りでしょう」
大きく眉を下げ、如何にも心を痛めた聖女を演じてみせる。変異種と思われる魔獣が、領地を歩き回っているそうだ。
「今すぐお力になりたいところですが――失礼、」
大仰に周囲を見回し、領主に耳を寄せるよう合図する。如何にも内緒事という風に、ハゲ頭は緊張を滲ませた顔でこちらに頭を寄せた。
「なに! なんと……魔王の手の者が!?」
「しっ。お声を抑えてくださいな。まだ、公にはしていませんが――」
高位の魔族の痕跡が、各地で報告されている。狙いは封魔石かもしれない。現在勇者パーティーは、その痕跡を追っており、炙り出しのために敢えて今は戦闘を控えているのだ。
「それは……仕方がないですなぁ」
「本当に、申し訳ございません。私も領民のことを思えば、今すぐにも駆けつけたいのですが……」
我の淀みない説明に、領主は納得したようだ。もちろん全くの詭弁である。
(これで我々が、封魔石に近づいても疑われまい)
他のメンバーを呼びに行くと別れた領主の背中を眺め、ようやく表情を楽にする。
(しかし我慢もあと少し――)
我は焦らない。かつて失敗した曽祖父の記録を漁り、慎重を期し計画を進めてきた。わざわざ幼い聖女と入れ替わり、耐えに耐えた神殿生活。祈祷のたびに、多足虫が全身を這い回るような苦痛に耐え。晴れて勇者パーティーに選ばれた際も、目と鼻の先の勇者に疑われぬよう振る舞い続け。
(ようやく、ようやくだ)
我が力を妨げ、強力な魔族の侵入を防ぐ封魔石。全て破壊すればもう、厄介な勇者はいない。
「ふふ……ハハハハハ!」
両手を広げ思い切り笑う。見上げた天は、我の覇道を祝福するように、満天の月が照らしていた。




