17. 対決! 四天王・切り裂き猫(キャット)
『挑戦者・4等級
人族・勇者(非表示)
ウィウィコン・ドライヤー
実績: 泥団子・達人級(特A)』
「四天王? この町にはいないネ」
長くお世話になった最初の町は、入管にほど近い魔界の第二首都だという。そこでいくつも闘技場を回ったボクの挑戦者ランクは、ついに4等級まで上がっていた。
「ここが今いるところネ。東が一番近いヨ」
メタリックな銀色の一つ目魔族が、大雑把な地図を描いて教えてくれた。(今更だけど、闘技場の職員はなぜか、一つ目の怪物が多い)
ボクらがいる町から見て、東、北、西、それから南西、それぞれの町を四天王が治めているという。ちなみにこの町と北の町の間にあるのが、魔王アダムの根城がある首都だ。
ボクは、すぐにリリィと乗合馬車に乗り込んだ。
「やだ、見てるだけで気分が悪くなるわぁ」
「ボクもちょっと酔いました……」
馬車を引くのは、下半身がない獣のような姿の魔族。毛のない上半身に鎖金で馬車を縛り付け、二本の腕だけで進んでいく。
歪だがかなりの高速で、二本の腕が地面を進む。東へ向かう道中は、ときおり砂色の建物が見える以外には、オレンジ色の殺風景な大地が続いていた。馬車は左右に大きく揺れて、お世辞にも乗り心地がよいとは言えなかった……
ようやく馬車が止まった。窓のそとに高い塔が見えている。これまで見てきた建物と同じ、クリーム色の外壁で、隣にいくつかのドームが併設されていた。
まずは塔の方へ向かう。「受付はこちら→」の看板に従って、開かれた門をくぐった。
「やだ、魔王さまぷっくりシールじゃん。バリかわいい!」
四天王のひとりが住まうという東塔。カウンターの向こう側で、赤色の狐が、ボクのネームカードを見てはしゃいでいた。
「おっと違った。人間さん? 本当にねこ様に挑むん? 四天王は強いよ?」
早速、四天王への対戦を申し込むボクに、赤狐はこてりと首を傾げていた。
「はい。あの、規定上可能だと聞いたのですが――」
「マジかあ、4等級さんには早いと思うけど。まあ、うちには関係ないからいっか。はい、どーぞ☆」
つんつんとボクのネームカードに貼られた"魔王さまシール"を突くと、赤狐はあっけなく、奥へと案内してくれた。
細い廊下が続いている。
両側は真っ白な壁。頭上よりもはるか高い場所に、小さな明かり取りの窓がいくつも並ぶ。ときどき絵画が飾られているが、どれもこれもベタ塗りの、狐と猫の抽象画ばかりだった。
揺れる五つに分かれた尾っぽを眺めながら、ボクは赤狐の後をついて行く。その後ろにリリィ、そして――
「昨晩はお楽しみでしたね」
耳に心地よい美声が響いた。聞き慣れた声の主に、ボクは慌てて背後を振り返る。
「ミサさん!?」
「――ちっ」
驚くボクの隣で、リリィが淑女らしからぬ舌打ちを漏らしている。
「酷いなあ、置いていくなんて。あと、せっかくの可愛らしいお顔が台なしですよ、リリアンヌさん?」
まるで初めからそこにいたように、赤髪の鬼が、ボクらの後を歩いていた。
「気安く呼ばないでくれる?」
「おやおや、手厳しいですね。困りました」
ちっとも困ってなんかなさそうな顔で、ニコニコと笑うミサの様子に、ボクは内心、冷や汗がとまらない。
「飛び級で四天王挑戦。作戦としては素敵ですが……実力は大丈夫ですか?」
冷や汗が滝汗になる。
(すべて、聞かれていた? リリィさんの幻惑が通じてない……?)
ボクの焦りなんて十分承知なのだろうか。ミサは、まるで玩具で遊ぶ猫のような目で、ボクをまっすぐ見つめてきた。
「個人的には順当に、勝ち上がって力をつける方をお勧めしますが――しかし、四天王の強さを今から知っておくのも、よい経験となるでしょう」
余裕たっぷりのミサに対し、あからさまに狼狽えてしまうボクの横腹に、軽い衝撃が――リリィが肘鉄をかましてきたんだ。
(そ、そうだ。リリィさんは想定内って)
ミサには幻惑は通じない。昨晩、そんな見立てを伝えられていた。だから彼女は、ボクに計画を話すと同時に、手元の木板に筆談で"とある指示"を出していたのだ。
ゴクリとツバを飲みこんだ。
これ以上ボロが出ないうちに、ボクは真っすぐ廊下の向こう、赤狐が消えた先へと足を早めた。
***
「ねこさまぁーっ」
「今日も頑張ってぇ!」
黄色い歓声が飛び交う中。ボクは闘技場の主を待っていた。
『こっち向いて ねこ様♡』
「我ら ねこ様 親衛隊」
『ねこ様♡LOVE』
すり鉢の底のような形のドーム。
上部には観客席が設けられ、色とりどりの狐たちが、派手な横断幕を広げていた。
そしてちょうど真正面、ボクが入ってきたのとは反対側の両開きの戸が開かれた。
「お待たせいたしました」
現れたのは、シンプルな黒スカートに白いエプロン。まるで給仕服のような装いをした、小さな獣人の女の子。
(魔族じゃ……ない?)
肩にかかるくらいの栗色のショートヘア。頭のてっぺんには、ピンと立ったこげ茶色の三角耳。そしてスカートの裾からは、ふわふわとした茶色い尻尾がのぞいていた。
(獣人の女の子!)
身体にいくつか獣の特徴が現れるものの、人間とほぼ同じ姿の獣人は、魔族でなく人族に分類されるはず。
「どうして? 人族の女の子が、魔界の四天王なんて――」
「あら。ご存じありませんか? ……『反逆の獣人奴隷・切り裂き猫』の名を」
それを聞いて思い出した。
勇者修行の合間に勉強した、賞金首リストの一枚。確かにそのような名があったと思う。だけどリストで見た絵姿と、目の前の女の子の印象が違いすぎる!
(それが本当なら、故郷での奴隷や獣人の扱いが酷くて魔界に逃げてきた? なら、四天王になったのは、もしかして人族への復讐か?)
四天王がまさか人族の女の子だとは思っておらず、混乱するボクの思考。落ち着こう。まずは目の前の少女に質問を――
シュンッ――
突如飛来した何かに、考えるよりも先に、勇者の身体が躱していた。黒い矢のような何かが、ボクのすぐ脇を通り、四天王の女の子を――貫いた!?
「大丈――」
「手紙ですね。ちょっと失礼」
刺さったと思った矢は、獣人少女のすぐ手前で止まっていた。彼女の尻尾が、黒い矢に巻きついている。なんなら矢だと思ったものは、鳥のような生き物だった。
「ねこ様ぁっ!」
「どーぞお使いあれぇ♪」
観客席から、緑と青、鮮やかな色の狐が二匹飛び降りてきた。「ポン!」と小気味よい音を立てると、二匹は緑の机と青い椅子に、あっという間に姿を変えた。
「急ぎの案件みたいでして。申し訳ございませんが、少しお待ちいただけますか?」
「え? あ、はい」
「どなたか、お客人にも椅子を」
訳が分からず、流れで頷いてしまった。すると観客席からもう一匹、今度は白い狐がボクの方へ飛んできた。
「どーぞっ☆」
白狐がくるりと宙返りすると、そこに真っ白なソファーが現れた。戸惑うボクに、目の前の獣人少女が視線で促してくる。
「……失礼します」
恐る恐る座ってみた――すごい。ふっかふかだ。
ボクが座るのを確認し、獣人少女も椅子を引いて机に向かった。鳥の足にくくりつけられた紙束を外すと、彼女は封筒を爪で開き、なかの紙片を開いては読み、たまに何かを書き付けていく。
シュッ シュッ
ぱらり
カリカリカリ
シュッ――
いくつも茶封筒を開いて、中身を確認していく四天王の獣人少女は、とある封筒に手を止めた。濃い青色の封筒だ。
ゆっくりと封を切る。なかなか中を取り出さない。ようやく引き出されたのは、薄い空色の便箋だ。
「『三食規則正しく、しっかり睡眠』……まったく。ご自分のことは棚に上げて」
大切な人からの手紙なのだろう。給仕服の少女は、柔らかな笑みを口元に湛え、静かに便箋の上に視線を滑らせている。
「まったく主様は……は?」
急にトーンが変わった。
どす黒いオーラが、目の前の少女から漏れ出している。
「「我」? は、ついに手紙にまで……一体どれだけご自分を蔑ろにすれば――」
彼女の殺気に当てられたのか。ボクが座る狐ソファーがガタガタと震えだした。見れば獣人少女が使う椅子と机も、カタカタ小刻みに揺れている。
「あの……どうされました?」
狐たちの怯えように、ボクは思わず口を開いてしまった。すぐに後悔しました。
「勇者?」
グリンと首が音を立てる勢いで、目の前の少女がボクを睨んだ。
「勇者……そう。すべては勇者が――」
初対面の理知的な少女はそこにいない。昏く淀んだ瞳が、ボクを射殺さんばかりに見つめている。
「アダムが……勇者が悪いんです。いつも主様を苦しめる」
「ずっと我慢して待っていました。なのにお前も『勇者』?」
「何しに来たのです? また私から、主様を奪いにですか。そうですか。じゃあ仕方ないですね」
脈絡がなく、何を言ってるのか分からない。
発言内容は意味不明だが、明確に分かることがひとつ。
(殺される――!)
ばさりとメイド服が宙を舞った。
遅れて、少女が服を脱ぎ捨てたのだと気づく。
シャツにホットパンツ、黒一色の軽装に早変わりした獣耳少女の爪が、目の前に迫っていた。
「『勇者』を排除します!」




