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16. 真夜中の密談


「入るわよ」


 ぐわんとボクの寝床である球根が大きく揺れて、壁の裂け目から桃色が現れた。

 夜更けの侵入者リリィが、狭い空間でなんとかボクの向かいに座ると、ようやく部屋の揺れも収まった。


「ど、どうしました? リリィさ――」

 前から伸びてきた両手が、ぎゅむりとボクの口を塞ぐ。拍子にまた部屋がゆらりと揺らいで、ボクはパチパチと瞬きをした。


「しっ、静かに――《幻惑(イリュージョン)》」


「これでいいわ。少々の話声なら、外の監視もごまかせるわね」

 それは一体どういうことでしょうか?


「《幻惑》の魔法よ。リリィのは初級レベルだけれど、これで物音は全部、睦言にしか聞こえないわ」

「む、むつごとって――!」

 また口を強く塞がれた。ついでに頭に拳骨まで。


「静かに! 大きな音は誤魔化せないんだから」

 ごめんなさい。だけどこの狭い球根宿、チェックインの際に、宿屋の主から一人用だと説明された。二人ではいるのは「夫婦か、それか熱い男女だけさねぇ」だなんて言ってたものだから……


「世間体的に大丈夫ですか?」

 その、ボクは別に構わないんだけど、リリィさんは女の子。下手な噂が立つのは良くないのではないでしょうか。


「何言ってるの。魔族にどう思われようが関係ないわ。そもそも人族の色恋事情なんか興味もないでしょ」

 淡々と話すリリィに、次第に狼狽えた自分が恥ずかしくなってきた。


「その……リリィさんは、大丈夫なんですか?」

 こんな深夜に、狭い空間で、男女二人きり。気まずいのはボクだけじゃないと思うんです。

 

 オロオロ視線を彷徨わせていると、がしりと両頬を掴まれた。そのままビヨーンと両側に頬が引っ張られる。


「にゃに、ふふんへふは」

「坊やぁ、お姉さんは大丈夫だから。十年後に心配しなさい」

 余裕たっぷりの桃色の瞳が、にっこりと細められ、ボクはがっくりとうなだれた。


「さ、それじゃ本題」

「……はい」

 解放された頬を擦りながらも、ボクは姿勢を正して座り直した。リリィがいつになく真剣だったからだ。


「今のこの状況、あまり良くないと思うのよ」


 魔王討伐に訪れた人族の勇者ウィウィコンテ。入国管理局で監視の刻印を手の甲に押され、魔族の案内に従ったまま、バカ正直に挑戦者として闘技場を回っている。

 順調に強くなっている――魔族が用意した制度の中で。

 

「それで、これからも順当に等級をあげて、魔王に挑戦?」

 ギロリと睨まれ、ボクは仕方なく頷いた。


「でも魔王アダムが、本当に倒すべき悪人なのか……正直、分かりません。ここまで魔界で見聞きして、そりゃ奴隷制度とかはあるけど、悪い人とは――」

「この際、あんたのお気持ちなんてどうでもいい」

 ピシャリと遮られてしまった。


「目標は、あなたとリリィの生存よ。魔王が極悪非道だろうが聖人だろうが、要は生きて帰ることが大事なの」


「リリィ達がとれる選択肢は二つ」

 そこでリリィは木の板を取り出して、墨筆で箇条書きに書き出した。


①魔王を倒す

②人間界へ逃げ帰る


「一つ目。このまま順当に勝ち上がって魔王に挑む。これの何が問題かわかる?」

「ボクは戦闘経験を積んで、実力を伸ばせますし……」

 教皇からの「魔王討伐命令」に背かずに、親切にしてくれた魔界の人達も裏切らない。これが一番穏便な方法に思えてしまう。


「どこのおバカが、自国の長を殺しに来た勇者を、のんびり育ててくれるっていうの」

 呆れた顔でため息をつき、リリィはすっかりくたびれた修道女のスカートから覗く足を組み直した。


「見てるのよ。あんたが持ってる手札全部! いつでも処分できるように」

「ええ……でもそれなら、最初から殺されてるんじゃ」

 するとリリィは少し困ったように眉を下げた。


「そうよ。リリィだって、治療なんか必要ない」

 彼女にだって、魔王の思惑は分からないという。


「だけどね」

 すぐに彼女は桃色の瞳に、つよい光を宿し直した。


「だから『相手は良い人だろう。殺しはしないだろう』なんて、そんな不確かな楽観に、リリィは命を任せない。任せたくないの」

 ギュッと握りしめられた彼女の手は、白くてとても小さい。修道服の胸元に留めたカードには今も変わらず「9等級」の文字。いつか『護身術程度』と話していた通り、彼女は強くない。だけどボクには、彼女がとても強い人に感じられた。


「ありがとうございます」


 唐突なボクの感謝に、リリィは意表を突かれたようだった。ぱちくりと目を見開いたまま、固まってしまっている。


「な、なによ急に」

「いえ、その。リリィさんがいたから、ボクもここまで生き残れたんだなぁ……なんて」

 何も考えず口を開いてしまったため、うまくまとめることができない。頬をかくボクとリリィの間に、気まずい沈黙が流れた。


「と、とにかく」

 リリィは一度咳払いすると、話を戻した。


「このまま手の内をさらけ出しながら、順番に等級を上げてちゃダメってこと」

「なら、逃げるしかないんでしょうか」

 これは予想通りだったのだが、リリィは力なく首を振った。


「その刻印、貸して」

 リリィはボクの左手をとると、甲に刻まれた丸い模様をなぞり始めた。


「リリィの素人解析結果だけど、監視されてるのはあんたの位置。だけど、あんたこれ、やろうと思えば消せるでしょう?」

「あ、リリィさんにも分かるんだ」

 ボクの勇者の勘も、これは無害だと言っている。たぶん、ググッと魔力を押し込めば、消せる――ような気がしてた。


「だけど駄目ね。あの鬼が一番厄介だけど、他にもたくさん見られてる」

 要は監視の目が多すぎるってことか。


「だから逃げられない。だけど順当に闘技場で戦っていても駄目――」

 八方塞がりだ。どうすればと悩むボクに、リリィが一冊の本を差し出した。

 

「だから順当には戦わない」

 示されたのは『闘技場攻略本(ガイドブック)』。


「四等級から飛び級で、一気にランクを上げる方法があるの」


 裏表紙から数ページ。ペラリとめくった先に記されていた豆知識は――


「四天王。彼らに勝てば、1勝ごとに1等級上げることができる」


「これで一気に等級を上げて、相手の準備が整う前に突撃よ!」



次回、vs四天王!

さて、最初の相手は……?

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