15. 泥団子の勇者
『挑戦者・10等級★★
人族・勇者(非表示)
ウィウィコン・ドライヤー
実績: 泥団子使い』
実績に、おかしな二つ名が書き込まれた。奇しくも人間界で勇者修行をつけてもらった際に、魔法の師がつけてくれた二つ名と同じである。
「おいニンゲン、調子に乗るなよ!」
「また会ったな。今日こそは刻んでやる!」
「おい見ろあいつのネームカード!」
「激レアぷっくりタイプだとお!?」
「魔王さまシール寄こせやあっ!」
"初参戦の大乱闘を勝ち抜いた人間"として、噂が広まっていたようだ。
2回目の大乱戦は、参加者が一気にボクたち目掛けて襲いかかってきた。
だけど焦りはない。1回目の乱戦で、参加者の大方の実力は把握した。そして見つけた最適解が、「全方位への土塊砲撃」。
硬い泥団子の弾を、雨あられと撃ち出すのだ。
これで大半の参加者はダウン。威力も調整して、峰打ちだ。不殺のルールにも抵触しない。
「せいっ」
残った敵も、聖剣で随時処理していく。
「――挑戦者最下級の戦闘ですからね。そんなものでしょう」
無事に三回の大乱戦をきり抜けたボクに、ミサはまばらな拍手を送った。
「それでもさすが、人族の勇者さま。最速で昇級ですね」
『挑戦者・9等級
人族・勇者(非表示)
ウィウィコン・ドライヤー
実績: 泥団子使い』
書き換えられたネームカードを、赤髪の鬼はしげしげと覗き込んでくる。
「おや、これは……素敵ですね。魔王アダム様の、希少シールではないですか」
嬉しそうに様相を綻ばすミサに、ボクはかねてからの疑問を投げかけた。
「魔王さまって、そんなに人気なんですか」
自分のネームカードに貼られた丸いシールを指先で撫でてみた。やたらと視線を感じるし、試合中にシール目当てで飛び掛ってくる奴もいたくらい。
「そうですね――」
ぱちりと右の赤い目を閉じると、残った青い瞳で、ミサは己の手のひらを見つめた。直に上げられた顔が、ボクを見る。
「そうですね。人気といいますか、幅広い層に支持されてるんだと思います」
片目を閉じたまま話すミサの、声がとても柔らかい。開かれた青い瞳は、どこまでも澄み渡った海のように美しかった。
「元より強いものが正義のこの国に、アダム様は秩序をもたらしました。
それまでの魔族は、ただ殺し合うばかりでした。弱者に居場所なんてない。ゴミのように踏み躙られるだけ――」
それは、そう遠くない過去の話なのだろう。ミサの声には、当事者らしい実感が籠もっていた。
「アダム様の最大の功績のひとつが、『闘技場制度』でしょう。今では戦いは闘技場だけ。殺しは禁止。
これにより、弱者が守られるようになりました。負けても奴隷。奴隷はアダム様の持ち物で、殺してはいけませんからね」
それは弱者にとってありがたい、そして強者にとっても分かりやすい制度だった。
ランクを上げれば、誰もが平等に魔王に挑める。
そして常に最上位。特級の強者たちから挑まれ続けても、魔王は全勝無敗の地位を維持し続けてるだとか。
「ですから、尊敬、感謝、ライバル心に嫉妬……。どんな感情が由来するとしても。誰もが魔王さまを認めざるを得ないんです」
つらつらと話すミサが、たぶん一番魔王さまのことを好きなんじゃないか。そんなふうに思わせる語り口だった。
「おや、私としたことが。話しすぎてしまいましたね」
閉じた右目を開くと、ミサはまたいつもの表情――美しいけれど簡単には触れられない、隙のない職員の顔に戻っていた。
「ここからは個人戦ですね。実力に合った闘技場を周り、そこのボスに挑んでいただきます」
***
「へっへぇ。土魔法は俺の十八番よ! テメーのお遊戯とは次元が違うってこと、身体に刻みつけてやる!」
ここは低等級向け闘技場。
全身泥まみれの筋肉ダルマがボクの前に立ちはだかった!
「ほう。手数はなかなか。しかしそんなスッカスカの泥団子。俺にゃ効かねえっ」
「なに!? 密度が上がっただと!? なにくそ――」
「ぜぇ、はぁ……やるじゃねえか。まさか戦闘中にこの硬度。しかも土の成分を制御する、俺の秘伝技術まで盗むとは――」
熱い握手を交わし、筋肉ダルマはボクに昇級の★バッジを渡す。
***
いくつか低等級向けの闘技場を巡った。まだまだ実戦経験が足りないと感じていたボクにとって、段階的に強い相手と戦う闘技場システムは、正直とてもありがたい。おかげで少し、力の使い方が分かった気がする。
「そろそろ、いけるんじゃなあい?」
安定した勝ちを得られるようになってきたところで、"闘技場ガイドブック"をぺらぺらと捲り、リリィがそう提案した。
そしてやってきたのが、中等級を目指す挑戦者たちの登竜門。
「あらま。人間の坊や。話は聞いてるわ。ちょっと低等級で勝ちを重ねたからといって……その勘違い、あたしが正してあ・げ・る♡」
白い蜘蛛の巣であちこち覆われた、不気味な廃墟のような洋館。そこでボクらを迎えたのは、妖艶なお姉様。下半身が蜘蛛になった蜘蛛妖星だ。
「ただ硬い土の礫を撒き散らすなんて芸がないわね」
「柔をもって剛を制す。このお姉さんが大人の魅力を教えちゃう」
館に踏み入れた途端、背後で鉄柵が落ちてきた。
退路を断たれたボクを前に、蜘蛛女が怪しく笑う。
「ほらほらぁ。そんなんじゃ、すぐにお姉さんが捕まえちゃうわよー」
つ、強い。これが中等級の戦闘か。
一見柔らかそうな蜘蛛糸は、むしろ聖剣を柔らかく絡め取り、切ることもままならない。ボクは土塊砲撃でなんとか距離を稼ぎながら、クモ糸を流れる魔力を観察した。
「あ、あら。この泥団子……表面は弾力があるのに、なんて硬度なの……?」
すごい。魔力ってただ流すだけじゃない。
強弱を、濃淡を、精密に制御して――これほどに奥が深いのか!
「ふ、ふふ。少し手を抜いただけ。是非次も来なさいな。お姉さんが相手してあげる。もちろん、夜の相手も――」
「結構よ! 婆は黙りなさいっ」
危うくリリィの暴言で、闘技場がひとつ消え去るところだった――
***
「ふう。魔族にも変態はいるのね。次はここよ!」
リリィに提案され、ついに中等級のなかでも最難関の闘技場へ。
「ハ、ハ、ハ。よくぞ来られた。人族の身で、この中等級最高峰、べガン様を訪れるとは」
「しかしこの先にあるのは絶望のみ――炎に雷、土に風、そして闇までも扱う某の、変幻自在な千の魔法。そなたは果たして耐えうるか」
何もない、周囲に杭を打っただけの、殺風景な闘技場。粗末な粘土作りの家から出てきたのは、白髪のご老人。
一見、小さなお爺ちゃんだが――長すぎる鼻に、はみ出した犬歯。虹色に濁った瞳がこちらをとらえた瞬間、ボクは思わず身構えた。
「ほれほれ、なかなか筋がよい。それじゃ一回り、ペースを上げていこうかの」
「うむ。これも避けるか。それじゃ次はどうかな――」
完全に遊ばれている。
振り注ぐ火の玉、雷、そこに混じって風の不可視の刃。躱した先で、串刺しにしようと地から杭が生えてくる。だけど一番厄介なのが"闇"だ。
「五感を弄られる感覚はどうだね? 初めてだろう?」
目が見えない。耳も聞こえないし、匂いも、触れた感覚さえ――
(落ち着け……)
そうだ。ないものに縋っても仕方がない。
今のボクに残されたもの――意識、思考、ボクがボクである証は……
「これが……ボクの魂――」
何かを掴んだその瞬間、すべてが明瞭に広がった。そうか、ボクの魔力、身体の筋肉から血の一滴まで……今こそ、自分を十全に扱えそうだ!
「くっ……二属性にしてはやるな。しかしこれはどうだ? 複合魔法!」
「なに!? このべガンの五属性を、たった二属性で凌ぐだと――!?」
凄まじい戦いだった。
向かいで崩れ落ちたお爺ちゃん。試合前より、頭髪が薄くなってる気がして申し訳ないが――非常に感謝しています。
この一戦は、ボクに勇者の戦い方がなんたるかを、確かに教授してくれた。
***
魔界での挑戦者生活にも、すっかり馴染んできたこの頃。気づけばずいぶん等級が上がってました。
『挑戦者・5等級
人族・勇者(非表示)
ウィウィコン・ドライヤー
実績: 泥団子・達人級』
ご存じでしたか?
実はウィウィ――主人公じゃないんですよ。




