4. 色男?
絶対絶命のシーンで突如覚醒。そんなご都合主義ある訳ない。
なんて思ってました。ご都合主義万歳。極限の状況は、人を高みに登らせるのだ。
「お、おお? おおお?」
呆気なく倒れたボス狼の前脚に、僕はそっと触れてみた。出せる。動かせる? 魔力、固めれそう!
巨大なボス狼から流れ出る魔力を、慌てて自身の身体に『描画』。そして即『魔力固定』。
他者の魔力も操作できるようになったみたい。おそらく、『描画』か『魔力固定』のどっちか(あるいは両方)のスキルが、進化したに違いない。
しかし、霧散するのが早いな。まだ魔法陣、半身しか刻めてないのに、もうボス狼は空っぽみたい。
とにかく、僕はこうして魔の森から抜け出すことに成功した――――
***
「ご主人様……大変だったのですね」
へニャリと獣耳を寝かせ、悲しそうにこちらを見上げるメイド服の娘。その首には、奴隷を示す首輪が光っている。
「いや、なんで着いてくるの」
「僕」は、「俺」に生まれ変わった。もう人は信じない。この覚醒した『魔法陣』スキルで、ソロ冒険者として成り上がってやるんだ……!
そう意気込み、実際にいくつかの依頼をこなし、順調に成果を上げていた俺の前に、彼女は突如現れた。
「お願いします……助けてください……!」
息も絶え絶えに、着古した粗末な服を着た彼女は、道行く俺のローブの裾を掴んでいた。
なんでも、奴隷である彼女の持ち主は、とんでもない変態らしい。この国で奴隷の不当な扱いはご法度だ。だから俺は、少しだけ世話を焼いてやろうと出向いたのだが――
「こら、勝手に持ち場を離れて」
「うう、ぐすっ。旦那様、私にはとても……」
おや、丸顔に垂れ目。少し腹は出ているものの、誠実で優しそうな中年男性だ。「この店主の品なら安心」とオバチャンたちに人気そう。まあ、人は見かけによらないってことだろうか。
「ほら。磨きなさい。美しく、女性の白肌のように。優しく丁寧に。ムダ毛は全部削ぎ落として――」
「うう……ぐすっ……」
「ほら。まだまだだ。これを見て君は頬ずりしたいと思うかい? 舐めてしゃぶって味わいたいと思うかい?」
旦那様は、徐に手近な一本を鷲掴んだ。
「ほうら、このよい香り。最高の肌触りだ」
真っ白な大根に、愛おしそうに頬ずりする。
そう、彼は八百屋の主人だ。確かに店頭の品は、宝石のように輝く野菜ばかりである。
「酷い、酷すぎる仕打ちです。どうかお助けを」
「ん? 何だい君。野菜かね? 違う?」
奴隷娘と彼女がしがみつく俺を、八百屋のおっちゃんは交互に見比べた。
「ああ、彼女の買取希望かい? うーん……」
途端、おっちゃんは大根を抱えたまま腕を組み、人の良い顔を悩ませる。
「うん。いいんじゃない? 彼女、あんまりこの仕事が好きじゃないみたいだし――」
なんと、相場の半額で譲ってくれると言う。困窮した家族に、仕方なく奴隷として売られた少女。可哀想に思った店主は、店の看板娘にと思い仕込んでいたそうだが……。
「いや、めちゃくちゃ良い人じゃん」
少し軽くなった財布。両手でどっさり野菜の入った紙袋を抱えながら、俺は思わず呟いた。
「そんなことありません。野菜に懸想する変態です」
後ろを振り返る。ぴったり後を着いてきた獣耳少女が、ぽすんと俺の腹にぶつかった。ことりと小首を傾げたって、騙されないからね?
「君はもう奴隷じゃない。当面の生活費だって渡しただろ?」
幸い金には困ってない。考えるのも面倒で、さっさと八百屋に金を払った。借金奴隷から解放してやったというのに(値引きしてくれた上に、おまけの野菜までもらっちゃったよ)。
「違います。私はあなたの奴隷です」
……はあ!?
よく見れば、獣耳娘の首に新たな首輪が付いている。前に付けていた無骨な金属の輪っかじゃなくて、革の黒ベルトに銀のタグ。おお、なんか背徳的……って違う!
「こちらはお返しします」
にこりと差し出されたのは、小銭袋。先ほど俺が渡した奴だ。明らかにあげた金額より多いんですけど!?
「奴隷商に頼み込んで、もう一度奴隷登録していただきました。私のすべてはもう、主様のものなんです」
潤んだ瞳で見上げてくる。獣耳をぺたんと倒して、なんてあざとい娘だろう。
「ああ、もう。好きにして!」
なんかもう面倒になり、俺は考えることを放棄した。宿への道を歩き始めれば、パタパタ足音がついてくる。
「主様! お荷物お持ちいたしますよ!」
***
気づけばなんか増えていた。
「あなた、私の力が必要なんじゃなくて?」
ツンデレ金髪お嬢様術師。
「妾に力を示せ。妾は自分より強い男にしか従わない」
裏社会の女帝。ビタリと身体にフィットしたスーツが、エロスを感じさせるお姉さん。
「一体、なんだってんだよ!?」
慌てて扉を閉め、鍵をかける。ここは宿屋の一室だ。「一緒に寝ましょう」と押しかけるこわーい女性たちから逃げてきた。
「貞操の危機を感じる……」
『アッハッハッハ! ウケるわぁ』
ボスンとベッドに座り込んだ僕を、揶揄うような笑い声。僕は部屋の隅に向かって文句を返した。
「笑いごとじゃないよ」
『でも、役に立ったろ?』
それは確かにそう。ここまで早く冒険者ランクをあげられたのも、彼女たちのお陰だろう。
「なんで女子ばっかりなんだよ」
『え? かわいいじゃん』
ベッドとローテーブルを挟んだ向かい。窓の下、飾り壷が置かれたあたりに、俺はじっと目を凝らす。
格子の嵌った換気用の小さな窓。わずかに開いたすき間から、くるくると光の粒子が入り込む。やがて光は、青い輪郭を象った。
「ずっと前から全部――知ってたの? 最初から僕のこと追放するつもりで……」
だから仲間を用意していた。そうだよな。そんな都合よく、次々女の子が集まってくるだなんて。
『え? ちがうけど』
どういうことだよ。思わず半眼になるが、光は楽しそうに揺れている。
『お前さ、怖がりじゃん。いつか抜けるって言い出すんじゃないかって。お前とパーティー組んでくれるヤツなんていないだろ』
急にディスられた。あんまりな言い草だ。町にたどり着くたびに、女の子口説いて回ってたチャラ男なんかに言われて腹が立つ。
『そんでもって冒険者引退したところで、人並みの生活――結婚もできないだろ。お前自己アピールクソ下手だからな』
訂正する。こいつが魔王だ。人の心なんてない。
『ま、俺になんかあったときも。お前がひとりぼっちになんねーように、偉大なる勇者さまが用意してやってたんだ。仲間をな』
ドヤ顔が腹立つ。幻影だけど一発殴れないかな。
『それで、どの娘がいいんだ?』
……やっぱり、お前の好みかい!
ニヤニヤ笑う幻影に、僕はひとつ聞いてみた。
『ねえ、僕のこと。なんて紹介したの?』
彼女たち、ものすごく食い気味だ。肉食女子だ。こんな食いでのなさそうな僕にどうして――
『ああそれね……』
ゴクリとツバを飲み込んだ。つい握る拳に期待が籠る。やはり親友だ。僕の良いところを理解してくれているなんて!
『"堅実でよく働きます。出費も少なく賭博や酒も皆無。しっかり養ってもらえるよ"。そう言ったら皆、目の色変えるもんだからさぁ」
僕の拳が空を切った。くそう、今だけお前生き返ってこい。幻影のくせに笑いやがって。
「……いらないよ」
虚しく空を殴った拳を、僕はじっと眺めた。
「君さえいてくれたら、他は誰もいらなかった」
小さな小さな呟きは、防音のための敷かれた分厚いラグに、吸い込まれるように落ちていった。幻影が、息をのんだ気がする。
偽りのアダムの影は、相変わらず笑っている。でも、アイスブルーの瞳が幾分、優しい光をたたえていた。




