14. 魔王、悩みながら手紙を書く
あーあ。頭が痛い。
絶え間なく魔境から入り込む怪物。
裏でごそごそと怪しい動きをしてるのは、人族の差し金か?
また今日も、殺人の裁判傍聴もあるしさ。魔族、血気盛んすぎじゃない?
そんでもって、勇者くん。
――ぐ、頭が痛い。
(……そうだ。ミサが言ってたな)
『ユアマジェスティ、ご安心ください。あれは勇者なんてものではありません。ひよっこ以下。ただの挑戦者のひとりです』
そっかあ、勇者じゃないんだ。
そうだよね。勇者はアダムでアダムは魔王。
だから我は魔王アダムなんだもん。
よし。彼はただのドライアス。
挑戦者のドライアスくんだ。
ふう。
一つ悩みが解決したところで――
「ねえ、姐さん。彼女、ちゃんと食べてるかなぁ?」
今日も隣でお茶を淹れてくれてる女帝に、我は問いを投げてみた。
「そんなに心配なら、見に行けばいいじゃろうに」
ちょっと、背中を押さないで。ほらほらと前に押し出されるが、我は全力で抵抗した。
「だめだめ、これは非常用なの。女の子のプライバシーは大事にしなきゃ!」
女帝が示したのは、執務室の一角を占拠する操作台。様々なスイッチやレバーが並ぶ台の上には、巨大モニターが設置されている。
このモニター、なかには複層パネルが組み込まれててね。各パネルには魔法陣――我特製の様々な魔法陣が刻まれているのさ。
「じゃあ妾が」
ああっ、そんな!
女帝が勝手にレバーを操作し、緑のボタンを押しちゃった。
途端、画面に映像が映し出される。
獣耳娘が、たくさんの書類に向かってた。
「ああ、またそんな仕事ばっかり……」
なんか金髪令嬢と喧嘩別れしたらしい(?)獣耳娘は、魔王城から家出した。
今は四天王でもある彼女のために作られた、東の塔にこもりきり。毎晩職場で夜を明かすだなんて、我、心配よ?
「ああ、でも話しかけるとこわいし」
以前、遠隔通話の魔法陣で呼びかけようとしたんだけど。「殺す、アダム殺す……」と恐ろしい声が聞こえてきたんだ。
思わず通話を切っちゃったよ。
「……よし、手紙にしよう」
◇◇◇
拝啓、獣耳娘さま
きちんと3食、バランスよく食べてね。
城のシェフが作った弁当を添えます。
夜は暗くなったらお仕事やめて、ちゃんとお風呂に入って布団で寝ること。
週に2回は、休息日も作るんだよ。
◇◇◇
「……これ、差出人名は消しておこう」
我が書いたと知られたら、読んでくれないかもしれないしね。
「いや、バレバレじゃろ……」
隣で女帝が無粋なことを言ってるが聞こえない。
聞こえないもーん。
手紙も書き終えたことだし、ポチリと手元のスイッチを押してみた。ぱっとモニター画面が切り替わる。
「ドライアスくんは〜……お、発見!」
魔界のおおまかな地図が表示されたモニターに、赤い丸が点灯した。
「位置情報しか分からないんだよねぇ……」
やはり入国スタンプを一つしか押せなかったのが口惜しい。せっかく危険人物用に、「魔力制限陣」に「眠気増幅陣」、「半身麻痺陣」やら「半自動衝撃付与陣」。各種管理スタンプを用意してたってのに。
原因は、ドライアス卿の全身を覆う膨大な魔力だと推察。
(ああ、羨ましい。「魔力が有り余るぅ」って、我も一回言ってみたいよ)
愚痴は横に置いといて。魔王の仕事だ。
我が魔界に入り込んだ不穏分子、きちんと精査してやろうじゃないか。
「それじゃ彼の周辺に、手頃なポイントはあるかしらん?」
ドライアスに関して得られるのは位置情報だけ。だがしかーし! 我が治めるこの魔界、あらゆる場所に、各種スタンプを押された配下が散らばっているのだ。
「見えたぞ。映像良し。音声は……よし。ちょうど近くに弾鼠が――」
ちょうどドライアス氏は手続き中か。モニターに映る景色は、闘技場職員に押された監視陣を中継しているようだ。
『ザザッ――先日は䱱(サカナ)の討伐、ご協力ありがザザ――した』
ちょっとノイズが酷いな。手元の操作台で弾鼠に、さらなる接近を指示した。
『魔境の怪物、サカナっていうんですね』
お、これがドライアスくんの声か。若いと言うか、幼さすら感じるね。画質が荒いせいで細かな造形は分からないが、ほんと子どもって感じだな。
『魔境魚はたびたび侵入してくるため、今後も挑戦者の方にお手伝いを頼むことがあります』
『わかりました』
生真面目な職員(魔界では貴重な人材だ!)と、素直なドライアスくんのやり取りが続く。会話は極めて友好的。ほかの魔族共に、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい。
『あ、あの……』
突然、思い詰めた感じで何かを言い出すドライアス。いったい何を言うつもりだ?
『実は先日の試合で、鼠さんを――その……』
『死なせてしまったんです!』
『その後なにも言われなくて……』
唐突な懺悔だった。そんな人族の少年の告白に、果たして職員は――
『ああ、弾鼠のことですね。こちらの記録にもありましたが……なんら問題ありませんよ』
『え、でも殺しはご法度だって――』
『いいんですいいんです。今日だけで百件以上、自爆報告上がってますから、あのクソ鼠』
『ええ……』
分かる。分かるよ。ドライアスくん。
我も弾鼠共には、日々頭を悩ませているからね。
「……彼、なんか良い子だね?」
「うむ。素直そうな男子じゃな」
我は画面の前で、隣の女帝と頷き合った。
『――終わりましたか?』
『あ、ミサさん』
『さすが――ザザ―ザ――最速で昇級ですね』
『ザザザ――』
ちょっと音が悪いなぁ。弾鼠、もっと近づいてみてくれ。
『――なんだか、思ってた魔王と違ってて。良い人、なんですかね』
『アダム様は素晴らしいお方です。そもそも『善』だの『悪』だのという尺度は、凡人が己の理解の及ぶ範囲で定めたもの。あのお方のお考えは、我々凡人の知るところではございません』
お、おお。ものすごい褒め言葉に、鳥肌が立ってしまった。鬼族のミサ、彼はなぜか我に心酔してるから……いつか幻滅されないように、これからも頑張らないとね。
『それで目標は、変わらず魔王さまとの戦いですか?』
『それは――』
「ミサの奴、どストレートに尋ねるのう」
女帝が立ち上がり、モニターに顔を近づけた。我も息を潜め、続くドライアスの言葉を待った。
『ボクの使命は――』
『チュドーン!――ドガッ―ザザザ――ツーツーツー……』
「……切れたの」
「切れたね」
爆発音と共に、音声が途絶えてしまった。無音になったモニターの向こうで、ドライアスくんが何かを話し続けている。
「弾鼠ぃっ」
今、良いところだったろ? なんで自爆するんだよ。
「ま、まあ、とりあえず。様子見で大丈夫そうかな」
無音になったモニターを見つめながら、引き出しから瓶を取り出す。中の丸薬を一つ、口の中に放り込むと、我は大きく足を投げ出した。ひとまず凶悪な殺人鬼でも、魔族絶対殺すマンでもなさそうだしね。
「強さも、大したことなさそうじゃのう」
「伸びしろは凄そうだけどね」
ま、その辺りも、今のところコントロール可能な範囲だし。
「詳細はあとでミサと相談だ」
色々口さがない噂もあるが、彼は信頼できる部下だからね。
「それにしても――」
背後から女帝が我の両肩にしなだれかかり、ぐっと顔を覗き込んできた。
「ウィウィコンテ・ドライアス。彼、旦那さまに、ちょこっと似た空気を感じるの」
つんつんと仮面を突つかれる。彼女はまじまじと我の顔を眺めていた。
「ええ? そんなことないよー」
何を言ってるんだ姐さん。
我はちゃらんぽんのアダム。なんでも適当だし、その場の気分次第だし、真面目からは程遠いと思うけどね。
そんなことを答えたら、女帝は我の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
「はは、やめてよ。くすぐったい」
軽くじゃれ返す我を、女帝は優しく受け止めた。だからその抱擁に甘んじる。彼女の笑みのなかに浮かぶ、痛みを見なくて済むように――
我は魔王。魔王アダム。
毎日仕事は忙しいし、家族はひとり家出中。
だけどこうして、素敵な人たちに囲まれて、幸せに暮らしているんだ。そう、幸せに――




