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12. 挑戦者ウィウィコン・ドライヤー


「さあ、お集まりの皆様ぁ。本日3回目の大乱闘、ルールはご存知の通り!」


 砂色のドームで参加手続きを終えたボクたちは、階段を登らされ、広い屋上へとやってきた。

 相変わらず紫煙の漂うどんよりとした空模様だが、ずっと地下のトンネルにいたせいか、明るく開放感を感じる。


「殴って、蹴って、噛み付いて! 本能のままに暴れまくれ! 最後まで立っていた奴が、優勝だぁっ」


 子ども声のアナウンスに、わあぁっと場内がどよめいた。円形の広い闘技場の中央に、集められた魔物は百体ほど。そのいずれもが興奮に、今か今かと身体を震わせている。


「やだぁ……なんでリリィまで」

 がっちりボクにしがみついたまま、リリィは今にも泣き出しそう。怪物たちとなんとか距離を置こうと、ちょっとずつ位置取りを変えていた。


「しばらくの我慢です。『9等級になれば長期滞在可能』らしいですし」

 逆に言えば、現在の10等級では、そのうち滞在資格が切れてしまう。ミサいわく、「挑戦者以外の在留資格は取りにくい」とのこと。

 なにもしなければ即、国外追放となってしまう。リリィだけ魔境に放り出すわけにもいかず、こうして共に参加となった。


「ボクの後ろにいてください。絶対守ってみせますから」

「後ろもなにも、全方向、魔物だらけじゃない!」


 半ば悲鳴のような声をあげたリリィに、ギロリと周囲の視線が集まった。「ひっ」と叫ぶと、リリィはひそひそ声でボクの耳に話しかけた。


「乱闘のどさくさに紛れて、逃げられない? 今ならあの鬼もいない――」

「さあさあ、お待ちかね! 皆様ぁ、殺る気はいいですかぁ? 殺して、殺して、殺しまくれぇ! あ、でも殺しは禁止だよ~ん。それじゃ、試合開始ー♪」


 わわ。ろくに話し合いもまとまらない内に、試合開始のゴングが鳴ってしまった。


 集まった百体が、それぞれ手近な者と向かい合い、それぞれが己の自慢の爪や牙、あるいは武器をふるい始めた。かと思いきや――


「いや、ちょっと! なんでこっちばっかりぃ!?」


 参加者の大半が、こちらに向かって殺到した。


「おい、ニンゲンだぁ」「おいこら魔界舐めてんのか」「齧らせて食わせて♡」


 狼男に、牛魔人、ボロ布が動き出したような不定形の異形まで、一斉にボクたち目掛けて襲いかかってきたのだ。


「せい! はっ! とう!」


 だけどボクも負けていない。振るわれた爪を剣でいなし、足をかけて重い牛魔を転ばせた。ボロ布怪獣は得意の土魔法で、檻を作って拘束だ。


「いけ! そこよ! あら。あんたやるじゃない」

 危なげなく敵を処理するボクに、リリィの余裕も戻ってきた。


「よし、このままさっくり、魔物ぜーんぶやっちゃえ!」



ギロリ


 闘技場全体に、一斉に沈黙が降りた。

 殺気が一点集中、ボクらに視線が注がれる。


「……え?」


 リリィの発言に反応したことは明確だ。

 それまで離れたところで、魔物同士でやり合っていた者たちも、グルリと首をこちらに向けている。


「ぐるるぅ……『魔物』だと?」

 岩でできた熊みたいな生き物が、低く喉の奥で唸った。

 その呟きを皮切りに、怨嗟の声が、さざ波がごとく広がった。


「さっきも『魔物』って言ってたぞ」「何あいつら」

「ニンゲンだって!」「ギャギャギャッ」

「魔物ぉ? 我々魔族を、よくもあんな脳なしと一緒にしやがって――」


 堰を切ったように、集まった魔族たちが、こちらに向かって押し寄せてくる。


「さすがにやばい――!」

 ボクはリリィをさっと両手で抱き上げると、その場から走り出した。


ヒュン――パーン

シュバババッ

どがどごっ――


 背後で爆ぜる炸裂する。

 岩熊の肩骨が、鬼が吹いた赤い炎が、食虫植物みたいな奴らが吹きつけた種爆弾が。


「うしろうしろ! ちがう今度は前と、あと斜め右!」

 腕のなかのリリィは悲鳴混じりに、それでも的確に次の敵を教えてくれる。


 よし。種爆弾は、ボクの土壁で防げるな。

 ついでにしつこい岩熊の拳骨を、泥に変えた土壁で受け止め、瞬時に硬化。これで身動きは取れないだろう。

 鬼の炎は、逆に利用させてもらう。風魔法で倍返しだ。


「今度は左っ!」 


 リリィの声に、咄嗟に左手を突きだした。


――パンッ


 小気味よい破裂音。横合いから弾丸のように飛んできた鼠(?)が、景気よく爆散しちゃったよ!?


「え、え? 今のは正当防衛――ですよね!?」


 手のひらで受け止めただけなのに。

 「殺しはご法度、奴隷落ち」という魔界ルールが頭を過ぎり、さっと血の気がひいていく。


「――ちょっと、今はそんなこといいから! 足止めないで!」

 頬をリリィにペチペチ叩かれ、ボクはなんとか今に集中し直した。

 

 進行方向、巨大猿が鎌みたいな腕を振り下ろそうとするのが見える。左手でリリィを抱き直し、右手の聖剣で鎌を切断。

 良かった。敵の数は多いものの、ひとりひとりは大して強くない。


「意外と余裕ね……ねえ、今ならなんとか逃げられ――ってあんた!?」


 落ち着きを取り戻したのだろう。

 リリィはボクの手についたネトネト(先ほど砕いた鼠の体液だ……)を、ハンカチで拭っていた。しかし突然、ボクの左手の甲を、ひったくるように引き寄せた。


「なにこの……刻印!?」


 ボクの左手の甲には、小さな丸いスタンプ痕が、うっすら青色を放っていた。


「入管で押されるスタンプですよ。リリィさんもありませんでした?」

 なんでも、位置情報とか魔界側が管理するものらしい。本当はもっとたくさん押さないといけないらしいが、なぜかボクの体質と合わないらしい。一つで済ませておいてくれた。


「私はないわよ! 何これ――魔力の流れ。外部干渉、通信と……ばっちり監視されてるじゃない!?」


 乱戦の最中だというのに、リリィは地面に崩れ落ち、頭を抱えこんでしまった。


「まあまあ。勇者の勘としては、問題ないみたいですし」

 そろそろ少なくなってきた残敵を、適当に魔法と聖剣でいなしながら、ボクはリリィを慰めた。


「バカ言ってんじゃないわよ! それじゃ逃げられないじゃない――」


 ばっと顔を上げたリリィは、立て続けにまくし立てた。


「鬼族のミサ――あいつはヤバいわ。絶対とんでもない強さよ?

 ウィウィ。あなただって強いけれど、戦士として経験が浅すぎる。なにより愚直すぎて、とても手練れの権謀術数なんて凌げないわ! そのうちきっと殺されちゃう――! ……ああ、だからミサが離れた隙がチャンスだと思っていたのに――」


 言い合いしてるうちに、気づけば攻撃は止んでいた。全部倒してしまったようだ。


「勝者ー! 人間界からのダークホース! ウィウィコン・ドライヤーくん! おめでとう」


 試合終了のアナウンス。

 死屍累々、あちこちに倒れ伏した魔族がいる異様な光景の中。やけに陽気な幼子の声が、場違いに響いていた。





『挑戦者・10等級★


 人族・勇者(非表示)


 ウィウィコン・ドライヤー


 実績: 大乱闘 初回クリア

 (昇級まで残り2回、大乱闘で勝ち抜きが必要)』


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