7. 入国管理局
「入国の目的は?」
重厚な木製カウンター越しに、男が僕に問いかけた。
「目的、ですか――」
看板の矢印を辿って辿り着いたのは"魔界入国管理局"だった。
カウンターに施された気品のある木彫装飾を眺めながら、ボクは返答に迷っていた。
(まさか「魔王討伐です!」だなんて言えないし――)
ボクの回答を待つ間も、係の男は手元のボードに何かをびっしり書き付けている。少し毛足の長い赤髪の間から、白い突起が二つ――角が覗いていた。
「はい。滞在の目的をお聞きしても?」
ペンを止め、男が顔を上げる。赤と青のオッドアイと目が合って、ボクは慌てて口を開いた。
「あの、えっと……観光、です?」
――ボクのバカ。
人間が、しかも魔界に、観光で?
ふざけた回答にも程があるだろう。
ピカリと光が明滅した。カウンター脇に置いてある棒状の水晶が、淡いオレンジに染まっている。先程からやり取りをするたびに、この水晶が光るのだ。
(バカ。ボクがしっかりしないと……!)
「観光、ですね。具体的にはどの辺りを? 宿泊予定地はお決まりですか?」
「……魔界の地理に詳しくなくて。その、滞在先もまだ――」
係員は一度ボクの答えに頷くと、くるりとペンを回し、再び手元のボードに何かを書き付けた。特に追求されもしない。
係に返事を続けながら、ボクはチラリと周囲を盗み見た。
全身毛むくじゃら、デカい一つ目の怪物が、無事に審査を終えて、入国ゲートを潜っていく。ずらりと並ぶ異形たちの群れから、次は不定形のスライムがずるりと窓口に進み出た。
警備らしき二つ首の犬が駆けていった先では、嘴のついた女性が何やら大声で泣き叫んでいる。その側では水晶が、真っ赤な光を放っていた。
(意外と、大丈夫?)
先に手荷物検査をされたが、勇者の聖剣は無事に、ボクの手元へ返された。人間を特に警戒していないのか? いや、まだ油断はならない。
「リリィさん……」
振り返る先には、白いプレートが貼られた両開きの扉。『魔界の入国管理局』にボクが駆け込んだ瞬間に、集まってきた巨大ふわふわ生物たちが、彼女をその向こうへと運び入れたのだ。
そのままリリィはベッドに寝かされ、もみくちゃにされていた――――害意は感じなかった。むしろ、助けようとしてくれている。そう感じたから、ボクはリリィを彼らに託すことにした。
「以上で、入国審査はおしまいです」
赤と青のオッドアイ青年が、書類を立て、ポンポンと端を揃えて告げた。
「次に、身分証を作成します」
いつの間に描かれたのだろう。ボクそっくりの似顔絵が表紙に描かれた、手のひらサイズの小さな冊子。
「ここの、身分・職業欄なのですが――」
青年は、冊子のページをめくると、一部が空白になった欄を指さした。続く言葉に、ボクの全身に緊張が走る。
「初めにご記入いただいた用紙に、『勇者』と記載いただきましたね?」
――バカだと思うだろう。ボクは確かに、自分でそう書いたんだ。
『身分・ご職業をご記入ください
→ 人間、 勇者 』
(だけど仕方なかったんだ)
チラリとカウンター上の水晶を見る。今は特に光っていない。勇者の勘が、正直に伝えることを強くボクに勧めていた。
そして今、青年がボクに告げる言葉は――
「『勇者』はおすすめ出来ません」
来た。
魔界に住む者たちは勇者を、人族が送りつけた魔王の刺客に、どう出るのか――
「――センシティブ・ワードに認定されております。代替案として、『挑戦者・10等級』 をこちらで設定させていただきますね」
――はい?




