↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/44

6. 魔境へ


 灰と紫の斑模様の空。

 地上には、血が乾いたような赤黒い砂地がどこまでも続いている。


 骨のような形の不気味な植物の茂みからは、魚のような姿の魔獣が、絶えず飛びかかってきた。


「とにかく急がないと……!」


 ぬらりと粘液まみれの魚魔獣を、風を纏わせた聖剣で斬り捨てる。とにかく早く、足を止めては駄目だ。


「リリィさん!?」


 背負子に乗ったリリィの身体がぐらりと揺らぎ、慌てて彼女の身体を支え落下を防ぐ。肩越しに見るリリィの顔は蒼白で返事はない。軽く頬を叩くが、目は閉じたまま、荒い呼吸を繰り返すだけだった。


「しっかり! 眠っちゃダメです!」


 なるべく負担のないように、こうして背負って魔界の地を駆けてきたが。それでもただの修道女の彼女には過酷すぎた。


「ごめんなさい……ボクが守ると言ったのに」


 毒を貰ってしまったのだ。背中のリリィの安全には、常に気を配っていた筈なのに。ほんのわずかに掠めた人面蜘蛛の鬣に、触れたところから遅れて毒が回ってきた。

 ボクの回復魔法は中級レベル。しかし、勇者のスキル『聖光』を重ねがけすることで、たいていの負傷は凌げるのに――


(どこもかしこも、瘴気が濃すぎる――!)


 見渡す限り、砂、砂、砂。

 どこまでも赤黒い砂漠が続き、リリィを休ませられる場所はない。


 また一匹、飛び掛ってきた魚魔獣を斬り捨てながら、ボクは来た道を振り返る。既に3日、走り続けてしまったが、


(今からでも引き返すべきなのか……?)


 唯一の相談相手は意識を失っている。彼女が落ちないように、帯で自分と彼女を固く結びつけながら、ボクは途方に暮れて来た道を振り返った。


 しかし来た道は、流れうねり狂う赤い砂、そして刻一刻と位置を変える黒い川に呑み込まれていた――――





***


 時を少し遡る。

 

「この塀の向こうが魔境です」


 国境の砦街へ到着した翌日に、ボクらは砦の見張り台を案内されていた。

 山と山、その間の谷を塞ぐように建てられた巨大な壁のような砦。高い位置に設けられた櫓から、目の前に不気味な赤い世界――魔境が広がっていた。


「この先は、理性のない魔物だけが住む世界です。十分に、支度をされてから進むことをお勧めします」


 赤く見えるのは、瘴気で汚れた砂らしい。どこまでも赤く広がる大地、そして地平線に近づくほどに、不気味な黒と紫の斑に染まる空。

 その景色に、思わず足がすくんでしまった。




 高級宿や銭湯で、旅の疲れを癒しつつ、装備を整え、食料なども準備した。

 預けた武器を回収しに向かった道で、ボクは背後から肩を叩かれた。


「ねえ君。もしかして、ウィウィ?」

 振り返ると懐かしい丸眼鏡。両手いっぱいに本を抱えた少年は――幼馴染のトリスタンだった。


「トリスタン!?」

「やっぱり! ウィウィじゃん!」

 わあ、とボクの両手をとって振り回したトリスタン。おかげでドサドサと本が地面に落ちていく。


「うわあぁっ! 商品が! 父ちゃんに怒られるぅっ」

「ほら、大丈夫だから」

 落ちたと思われた本たちは、わずかに地面から浮いていた。そっとトリスタンの手を外した右手で、ボクはくるりと宙に円を描く。

 緑の風が煌めいて、本は綺麗に重なり合って、幼馴染の腕に収まった。


「へ、ええ!? 魔法だぁっ」

 すごいすごいと繰り返す彼に、また本が落ちそうになって苦笑しつつ、ボクはこの懐かしい空気に、ほっと心が和むのを感じていた。





「……へぇえ。そうだったんだぁ」

 話は盛り上がった。故郷の町を出て半年あまり。ボクらは互いの近況について話し合った。

 トリスタンはボクの身体をペタペタ触り、「あの貧弱だった君が」とボクと自らの腕の太さと比べて目を丸くする。だけどすぐに、「中身はウィウィのまんまだ」と笑ったり。

 そうなんだよ。ボクの心は未だにただのシティボーイ。ちっとも勇者になった気がしない。


「それで2日後に魔境? 大丈夫なの?」

「仲間も一人しかなくて、しかも戦えない女の子なんだ」

 話を聞き、トリスタンは深く眉を潜めた。小声でボクの耳に囁きかける。


「その、さ。素人目線でなんだけど、もう少し国の支援とか準備とか……」

 友人は心から、ボクの状況を案じてくれた。


 この魔王討伐の旅は無謀ではないか。

 友人の視点を得ることで、そんな不安が強まっていく。


(そうだ。なにも2日後でなくとも……もうちょっと準備して。もう少し国内で、村を巡って魔獣を倒して。ついでに仲間も探して、もうちょっと力も磨きたい――!)


「ボク、やっぱり――」

「いけませんよ、勇者さま」

 突如真横から声がした。

 しっかりとアイロンの効いた、皺一つないブラウスとスカート。ついこの前まで、神殿で世話になった、修道院長その人が、すぐ隣に立っていた。


「これまで寄り道せず、規定通り進んでこられましたね」

 事務的に淡々と、彼女の声は紡いでいく。


「魔境への出発は2日後。変更は、ありません」

 その言い方に、ゾッとする。この人たちは見ていたのだ。裏で、道中もずっと。自分が勇者としてきちんと職務をこなしているかを――


 くるりと院長は立ち去った。雑踏のなかにあっという間にかき消えた。気づけばトリスタンもどこにも居ない。



「――相変わらず、いけすかない。私、あのおばさん、嫌いなのよねぇ」

 ふわりと桃色が隣で揺れた。見ればリリィが雑踏に向かってあっかんべーを飛ばしている。


「リリィ、さん?」

 帰りの遅い自分を探しに来てくれたという彼女。


「嫌ーな奴ら。手伝いもしないくせに、ジロジロと監視ばっかり」

 さっさと宿でご飯にしようと手を引く彼女に、ようやくボクは凍りついた身体を、前に進めることができた。





 そして魔境へ旅立つ日がやってきた。

 砦の兵士が、砂漠に向かって跳ね橋を下ろす。


「ウィウィ、いってらっしゃい!」


 橋へ足を踏み出そうとするその瞬間、リリィが突如踵を返した。街側へ向かって一目散。逃げ出したのだ!


「リリアンヌ・オレイネン。あなたも勇者と同行するよう、国からのお達しです」

「あら、イケメン」

 兵士の間をするすると駆け抜ける彼女の前に、

爽やかな風貌の兵士が、両手を広げて立ち塞がった。


「こんなか弱い女の子に、酷すぎると思いません?」


 上目遣いで爽やか兵士に訴えかけるリリィ。その瞳が妖しく光り、ふんわり桃色の髪が広がった。


「ね、あなた。 そう思うでしょう? ――魅了(チャーム)」

 ぶわりと甘い香りの風が巻き起こる。


(これが彼女の――スキル!)


 初めて見る彼女の力が、兵士を襲うかに思えたが、


「魅了返し」


 イケメン兵士の呟きは、あっさり力を拒んだようだ。それどころか、


「は、わわ……」

 リリィの身体がびくりと硬直した。


「院長さまから聞いておりましたが。まさか本当にお逃げになろうとするとは」

 整った眉をわずかに下げながら、兵士は申し訳なさそうに名前を呼んだ。


「リリィさん」

「は、はい……」

 兵士は膝を屈めると、小柄なリリィと視線を真っ直ぐに合わせた。


「お願いがあるんです。僕のために、ウィウィ勇者と、旅に出てもらえませんか?」

 ふらふらと、リリィの頭が左右に揺れ始める。


「だめ……リリィは……」

「リリィ、お願いです」

 重ねて囁かれた言葉に、リリィはブルリと身震いした。一度ボクを振り返り、また兵士の顔を見つめ直す。

 やがてカクカクとした動きで、ボクの背負子によじ登った。


「良い子ですね。リリィ」

 微笑むイケメン兵士。そして隙間なくボクらと砦を分かつように並ぶ兵士たち。

 まるで彼らの視線に押し出されていくようだ。ボクはふらつくリリィをしっかりと背負子に乗せ直し、跳ね橋を渡り、赤い砂地へと踏み出した。






***


 どこまでも赤い砂漠を走り、走り、走り続けた。

 背中越しに感じるリリィの呼吸は、刻一刻と弱まっている。そのことに泣きそうになりながら、超人たる勇者の肉体を酷使して、ボクはひたすらに走っていた。

 当てもなく、ただがむしゃらに。だけど勇者の「勘」というのは凄い。


 気温が下がり、粘つく瘴気が和らいだ。

 ボクはわずかな違和感に立ち止まり、必死で周囲を見回した。


 ――あった!


 砂だらけの世界にただ一つ、カクカクとした突起物。人工物らしきシルエットに、ボクは縋る思いで駆け寄った。


(看板?)


 砂中に深く埋められた太い杭。その上に矢印が描かれたデカい板がついている。そこに書かれた文字に、ボクの思考は停止した。



『入管はこちら→』



なんと、ブックマーク・リアクションが増えていました。

ありがとうございますm(__)m

 ありがとうございますm(__)m

とても励みになっています!


第三章は新勇者ウィウィくん中心に視点が進んでいきますが、あくまで主人公は第一章の「僕」のままです(今は魔王アダムですね。ややこしい(^_^;))


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。