5. こぼれ落ちた
辺境に向かうほどに、土地は荒れ、村は寂れて、魔物ばかりが増えてった。
「勇者さま、私たちの村を助けてくれてありがとう」
幼い子供たちが集まって、ボクに花冠を授けてくれる。隣に立つリリィには、森で採取した木の実を絞ったジュースが手渡された。
「やだ、酸っぱぁーい」
駆け去っていく子供たちに手を振るボクの隣で、残したジュースをボクに押しつけたリリィは盛大に顔を顰めていた。
「ほんと嫌だわぁ。食べ物も、ろくな寝床だってないんだから」
小さな家が集まった村の周囲には、柵が幾重にも設けられていた。その外側に畑が広がるものの、特にめぼしい特産物もない。
「魔物が、多すぎますね」
畑周りもぐるっと柵が設けられているが、修繕跡が目立っている。村から少し離れた場所なんかは、壊れた場所がいくつも、そのまま放置されているようだ。
「冒険者や傭兵に頼まないんでしょうか……?」
今倒した化膿猪も、それなりの冒険者なら着実に狩れる、低〜中級ランクの魔獣。地元の町でも少し前に出たらしいが、すぐに衛兵たちで処理したらしい。
「そんなお金、あるわけないじゃない」
「それでも、国の支援が――」
騎士団が、定期的に各地を巡回してるはずだ。
「あんたの頭の中はお花畑なわけ? それかかなりのお坊っちゃま?」
桃色の髪をかきあげながら、リリィは呆れた目でボクを見た。
「こんな旨味がないところ、国が助けるメリットなんかないでしょーに」
農夫たちが集まって、破れた柵を補修している。その傍らで、子供たちが石や根っこを拾い上げ、女たちは何かの種を植え付けていた。
「……ボクも手伝ってきます」
村の南に接する荒野から、北の森と山脈まで、勇者の勘と健脚をもって、化膿猪を殲滅した。しかし時が経てばまた魔獣はやってくるだろう。せめて、ボクの得意な土魔法で、外壁の強化を――
「出ていけぇ!」
しわがれた金切り声。弱々しく掠れているのに、込められた憎悪に思わず身震いする。
振り返れば、この村で一番大きな家の戸口に、腰の曲がった老人が杖を振り上げるのが見えた。
「この偽善者め! 儂の村からさっさと出てけ!」
「……なあにぃ。あのジジイ。こっちはわざわざこんな田舎に来てやってんの――むぐ!?」
翁の殺意が一回り強まったのを感じ、ボクは隣の不良シスターの口を慌てて塞いだ。
「それで助けてやったつもりか? 国も勇者も神殿も、皆儂らをバカにしおって――おほっ、ごほっ」
突如翁は胸を押さえ、何度も強く咳込んだ。赤らんだ顔がみるみる白くなっていく。
「おじいさ――」
「ちょっと、父さん!」
駆け寄ろうとするボクの前に、中年の女性が現れた。先ほどまで土を弄っていたのだろう。汚れた手を前掛けで拭いながら、ボクから翁を引き離すようにその背を押した。
「なんじゃお前、前勇者の裏切りを忘れたんか――」
「ああもう、父さんは引っ込んでて! ……父が大変失礼しました」
翁を家に押し込むと、女性はピシャリと扉を閉めて、ボクに向かって頭を下げた。
「あなたは――」
「申し遅れました。現村長の妻、ロドメでございます」
外した日除けベールを前に抱え、ロドメは頭を下げたまま話し続けた。
「前村長を務めた父ですが、たいへん耄碌してしまい……改めて非礼をお詫び申し上げます」
謝罪を続ける彼女に、ボクは慌てて頭を上げるように頼んだ。
「大丈夫ですから。それより、」
先ほどの翁の言葉が気にかかっていた。ボクを射殺すような視線。「前勇者の裏切り」というのに関係しているのだろうか。
「部屋へご案内致します。お話はそちらで」
そんなボクの疑問を感じ取ったのか、ロドメは小さく頷くと、建屋の裏手へとボクらを案内してくれた。
久々の一人部屋。広くはないが、ここまでの旅の途中、幾度となくリリィと同室だったことを思うと、心置きなく身体を休めることができた。
ボスンと布団の縁に腰掛ける。爽やかな石鹸の香りとともに、マットレスが柔らかく受け止めてくれた。明かり取りの窓から、夕暮れの日が差し込んでいる。
***
『ごめんなさいね。父は前勇者への期待が強くて。魔王に堕ちたと聞いてから、すっかり気を落としてしまったの』
思い出すのはあの小さな村で、村長の妻ロドメが話した前勇者のこと。
『前勇者……彼はどんな人だったんですか?』
氷炎の勇者。歴代最年少で魔王を倒し、しかしその後すぐに、自身が魔王に堕ちた人。これから倒しに行く魔王のかつての姿を、ボクは少しでも知っておきたかった。
ロドメは微笑ましい思い出をめくるように、一つ一つの思い出を、柔らかく語ってくれた。
『すごく強い方でして。近くの村を潰して居座っていた岩鬼を、一太刀で斬り倒されたそうなんです』
元勇者・アダムは、剣・魔法ともに優れていた。リィゲン先生の語る勇者史でも、アダムの強さはしっかりと強調されてたっけ。
『ですが、村ではのんびり女性を口説いてばかり。おばさんの私にまで、『かわいいね』なんて言って回って』
ロドメはくすくすと笑っていた。
『お連れの方に耳を引っ張られて、泣く泣く魔物討伐に向かわれてましたね』
当時、鬼の群れが近くに集落を築いてしまったがために、この辺りは随分荒れていたそうだ。そのため勇者アダムとその一行は、この村を拠点に時間をかけて、周囲を人の手に取り戻していったそうだ。
『何もないときはアダム様とそのお仲間も、一緒に壊れた井戸を直したり、畑も手伝ってくださったんですよ。まだ幼かったうちの息子も、随分懐いていまして……』
ついに勇者が出立する日、誰もが別れを惜しんだという。
『アダム様ったら別れ際に、『女の子が皆笑って暮らせる国にする』と宣言されて。それで息子が『男の子は?』って詰め寄るんです。あんまりしつこく言うものだから、アダム様も『仕方ないな。じゃあついでに男の子も』なんて。なんだか肩肘張らない方で……だから村の皆も、アダム様ならと、期待してしまったのかもしれません」
一度は魔獣被害に、周辺の村諸共飲み込まれかけた小さな村は、勇者たちに救われた。ようやく復興しかけたところで、「アダムの魔王堕ち」の知らせ。そして再び増える魔獣被害に、村人たちの心はすっかり折れかけていた。
***
小窓からのぞく空は朱色から、次第に静かな薄紫へと変わっていった。ゴロンと仰向けに寝転んで、滑らかなシーツの触り心地を堪能する。
(まずいや、寝てしまいそう……)
そういえば、村で一番上等だという村長宅ですら、このベッドに比べれば石のような寝心地だったなあ。
天国のような寝心地に、思わず瞼が落ちそうになるのを堪えて起き上がる。
(リリィさんに怒られる)
ここは砦の街。この国と魔境を隔てる、人族の防衛線の最前線だ。
数多くの兵士の生活を守るために作られた街は、結構な規模だった。生活用品や武器を売る店も並び、商人や行政の視察団なんかも入るため、それなりの宿も揃っている。
まずは最高級の宿で身体を休め、夕食後に近くの銭湯へ足を運ぶ予定だった。
「遅い!」
扉を開けた途端に、リリィの叱責が飛んできた。
「お風呂が閉まっちゃうじゃない!」
ひとりでお先にどうぞ、と言いたいところだが。なぜかどこでも顔パスの、ウィウィ勇者を同伴することで、VIP待遇を受けられる。
宿のボーイに尋ねたところ、食事は遅くなっても大丈夫だそうだ。なので先に銭湯へ向かうことにして、ボクらは宿の外に出た。
日も落ちたというのに、活気に溢れる街である。明かりをつけた屋台がいくつも並び、良い香りが漂っていた。勤めを終えた兵士たちが、酒を片手に話に花を咲かせている。
洗濯女が、汚れ物を集めたカゴを運んでいく。
ガラガラと、芋が積まれた手押し車を押していく壮年の男は農夫だろうか。そういえば砦に入る直前に、綺麗に区分けされた畑を見た気がする。
ここには兵士だけではない。彼らを支える様々な人たちの営みが繰り広げられている。
「皆、こっちに移り住めばいいのに」
「なんのこと? ああ」
ボクの独り言に、リリィは怪訝な顔をして、すぐに合点を得たと手を打った。
「村のこと? そりゃあ、あんた。許可なしの移住はご法度よ。見つかり次第、奴隷落ちだわ」
目の前をゾロゾロと、子供たちが横切った。彼らが出てきたのは、学び舎だろうか。大きい子が小さな子たちの手を引いて、家が密集する路地へと消えていく。
(あの子も、字を習いたいって言ってたな)
花冠をくれた村の子は、本が好きらしい。彼女は文字を習う暇がない。畑の手伝いで手一杯。そもそもあの村で、文字が読める人間が、何人いたことだろうか。
ふと、数ヶ月前。父の手伝いをした時のことを思い出した。
『父さん。ここの計算、合ってます?』
大きな商談の期末会計の手伝いをさせてもらった。初めて触れる規模の案件に、胸を高鳴らせながら、慎重に計算したはずだったのだが――
『うん。どれ……問題ないぞ。良くできてる』
ぽんと頭を撫でられて、ボクは拍子抜けしてしまった。
『え、でも……この庇護税、高すぎませんか』
半分だ。純利益ではなく、売り上げの半分だ。
あまりの金額に驚いたが、父はそれで正しいと頷いたのだ。あの税金で、町は魔獣から守られていた。
(この目で見るまで……ボクは同じ国の人が、こんなにも苦しんでいることを知らなかった)
かつてシティボーイだったボクにとって。たまに伝え聞く辺境の魔獣被害は、お伽噺でしかなかった。
上質なシーツと羽根が詰まった暖かな掛け布団。宿の布団はとろけるほどに柔らかい。それが余計に、あの小さな村で一番上等だという、村長宅の石のようなベッドを思い出させて――
とても眠いはずなのに、ボクはなかなか寝付けなかった。
一万pv到達、感謝イラストです。
拙作をお読みくださり、誠にありがとうございます。
よろしければ、第三章もお付き合いくださいね。
それでは次回、
……リリィの隠された力がついに本領発揮!?




