3. 新米勇者とその仲間
「あーもう、日に焼けちゃうじゃない。どうしてリリィがこんな田舎に……」
背中からの文句が止まない。
昨晩の宿である、民家の納屋から出立して早3時間。
ウィウィは休まず歩き続けていた。
旅のお供は、腰に差した聖剣に、各種の能力付与がされた装備一式。担いだ荷袋の中には、当面の食料に貴重な魔法薬、寝具一式が入っていた。
「ちょっとぉ、揺れるんですけど。もう少し丁寧に歩けないわけ〜?」
背負子でのんびり髪を梳かしながら、文句を言ってくるのは修道女のリリアンヌ・オレイネン。
艶やかな桃色の髪に、少し釣り目がかった大きな瞳。修道服に身を包んだこの愛らしい少女が、ウィウィ勇者の唯一の、パーティーメンバーである。
「リリィはメンバーじゃないんですけど? 魔物退治なんてごめんだわ〜」
なるべく地面を柔らかく踏むことで、リリィに振動を与えないよう気を遣っているというのに。リリィの機嫌は直らない。
「戦闘はボクがこなします。リリィさんは見てるだけで良いので」
不平不満ばかりのリリィであるが、なんとか神殿に頼みこみ、ようやく付けてもらった貴重な同行者だ。たとえ戦闘力がなくとも、ひとり魔王討伐の旅へと放り出され、右も左も分からぬ自分にとって、相談案内役は必須であった。
「見てるだけでも、後ろから襲われたらどーすんのよ」
「そこはしっかり守ります。だから着いてきて欲しいです」
「えぇ〜、でもぉ。院長も、魔界の手前まででいいって言ってたしぃ?」
嘘である。修道女たちを取りまとめる院長は「煮るなり焼くなり好きに使い潰してください」と言っていた。なんでも、数え切れぬ悪癖に、破門も検討していただとか。
「……とりあえず、魔界の入り口まではお願いします」
そんな人材をつけるだなんて、神殿に言いたいことは沢山あるが。それでも各地の分神殿を転々と移籍して、それなりに地理や土着の魔物に詳しい彼女は、ウィウィにとって必要な人材だった。
(リィゲン先生に来て欲しかった……)
いくら詰め込み教育を受けたからといって、勇者歴三ヶ月のひよっこだ。用意された魔物は数多く倒したが、野生の魔物なんてまだ出くわしたことすらない。
「ひぃいっ! 助けてくれー!」
なんてことだ。目の前で、馬車が魔物に囲まれているじゃないか。
「うーわぁ、泥土竜じゃない。これだからど田舎は」
あれが泥土竜か。リィゲン先生の魔物図鑑で見たことがある。泥の筒みたいな長い体に、ぱっくり開いた丸い口。周囲にあるものを何でも泥ごと吸い込んで、ゆっくり栄養を吸収するらしい。
「いいの? 行かなくて。勇者さま?」
もちろん助けに行くつもりだが、なんせこっちは三ヶ月前までシティボーイ。こうして野生の魔物に遭うことすら初めてなんだ。
えっと、泥土竜の特徴は――
「確か、土魔法はダメなんでしたっけ?」
「はあ!? そんなの常識でしょう。火か光、それか風よ。田舎の鼻垂れ冒険者すら知ってるわ」
背負い子からひょいと飛び降りたリリィに「さっさと行きなさいよ」と背中を押され、ボクはおっかなびっくり、襲われている馬車に向かって駆け出した。
「ええ……大きい。これで下級なの?」
泥土竜。低級魔獣。
地中に生息。
土無効、火・光魔法が有効。
頭に知識は入ってる。しかし実際に近づいた怪物は、想像よりはるかにでかい。いま手綱を引きちぎって逃げてった馬より大きいじゃないか。
「う、うおおお――!」
自分を奮い立てるべく、ボクは叫び声を上げながら、聖剣片手に走り出した。
まずは馬車の御者台の男を襲う奴に、狙いを定めて振り下ろした。
「はあっ」
さくっ――
おお! あっさりと断ち切れた。
背後で泥土竜の頭がどさりと落ちるのを感じながら、ボクは馬車の荷台を蹴って飛び上がる。身体が軽い。握った聖剣はよく手に馴染み、敵の動き、どうすれば斬れるのかがよく分かる。
(まるでボクの身体じゃないみたい)
飛び上がった空中で、馬車の荷台に巻き付いた二体の泥土竜を眺めながら、ボクはそんなことを考えた。
左手で作った風の刃で、手前の泥土竜を小間切れにする。落下していく身体を回転させながら、もう1体を頭から尾へ、真っ二つに切り裂いた。
ドサドサと、切られた泥土竜が崩れ去るのを眺めながら、やっぱり実感が沸いてこない。
急激に強くなった身体に、頭がちっともついてこないのだ。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
ああ、遅れて心臓がバクバクしてきたよ。ボクは自分が息することさえ忘れたことに気がついて、一度小さく深呼吸をして、御者台へと駆け寄った。怪我はしてないだろうか――
「う、後ろ!」
え、何だ? 御者台の男が指さす背後を振り返り、ボクは慌てて飛び退いた。
すぐ下の地面がボコボコと盛り上がり、大量の土砂を吹き飛ばしながら、巨大な泥土竜が現れた。
「あ、土壁守」
「この、バカ勇者ぁーー!!」
ボクの呪文と重なるようなリリィの叫び声に、遅れてボクは、咄嗟に使った守りの魔法が、最悪の一手だったと気がついた――――
「ばっかじゃないの。あんた、それでも本当に勇者?」
馬車の荷台で揺られながら、ボクはリリィに叱られていた。幸い御者の男は無事で、向かう方向が近いからと、ボクらを乗せてくれたのだ。
「泥土竜に"土"はダメ。基本中の基本でしょ!?」
「必死だったんです。野生の魔物に遭うのは初めてで……」
ボクが咄嗟に放った土魔法"土壁守"。魔力をたっぷり含んだ土の塊は、あっという間に泥土竜の口に吸い込まれ、ただでさえ巨大だった敵は、さらに何倍にも膨れ上がった。
記録的巨大泥土竜を完成させてしまったよ。
おかげで討伐は本当に大変だった――
荷台にあった藁を全て角に集めて、その上に野営用の敷布を敷いた簡易クッション(全部ボクが作らされました)に腰掛けて、リリィは足を組みなおす。
「なーんで、こんなポンコツ勇者と私が……」
ボクの言い訳を聞いた彼女は、大きくため息をついていた。
「せめて前任のアダム様。氷炎の勇者様なら、リリィも喜んで着いて行ったのにぃ……」
ふくれ面で睨まれても、それはどうしようもないことだ。だってボクの魔法適性は"土"と"風"。
「"泥団子"の勇者ですから……」
「は? 何そのだっさい二つ名は」
ドン引きされた。仕方ないじゃない。
王宮の筆頭魔術師、レーニャ先生がつけてくれた二つ名なんだから。ボクだって、もう少し格好良い名前が良かったよ。
「とにかく、仲間がほしいんです」
せめてボクの弱点を補うような、属性持ちの魔法使い。それと、時間稼ぎをしてくれる前衛か、結界や回復魔法が得意な後衛が。
「神殿騎士は? それか、王宮側にも誰かしらいるでしょ?」
リリィの返しに、ボクは力なく首を振る。
誰に聞いても「担当者がいません」「それは私の管轄外です」ばかりなんだもん。
「うげぇ、どこも腐ってんわねぇ」
ゴミ虫を見るような目つきで、リリィがそう吐き捨てた。もう慣れましたけど、リリィさんのその態度も、なかなかですからね? 組み替えたことでさらにスカートから露出した生足から、ボクはそっと視線を外した。
「ああ、それで。あんた、聖女さまに会いたがってたのね」
そうなんです。
方々に尋ね回って、ボクは魔王討伐の旅に同行してくれる人を探した。断られまくる中、ボクはリィゲン先生の歴史の授業を思い出したんだ。
『歴代勇者を支えた聖女たちの物語』。
そうだ。聖女がいるじゃないか。
ボクは慌てて神殿長に、聖女との面会を申請した。
首を傾げた神殿長は、それでも許可証を書いてくれて、神殿の敷地内の奥にある、外部から隔離された修道院へとボクは急ぎ足で向かった。
高い塀をいくつも潜り、厳重に守られた建物の最奥で、ボクはついに聖女と面会することができた。
「なにかごようですか?」
顔をベールで覆った妙齢の女性が立ち上がる。すぐそばには乳母車。
可愛らしい陶器の鈴が、部屋のあちこちに吊るされていて、風が吹くたびにコロコロと音を立てている。
「聖女さま。新しい勇者さまがお越しですよ」
女性は乳母車から赤子を抱き上げると、そっとボクに見せてくれた。白に近い色味の金髪は、まだ生え揃わないふわふわで。赤らんだ頬は柔らかそうで、つい触ってみたくなる。
――生後二ヶ月だそうだ。
聖女、まだ赤ちゃんだったよ。
「さすがに赤ちゃんは連れていけない」
「当たり前でしょ」
呆れたー、と寝転ぶリリィに、ボクは縋る気持ちで尋ねてみた。
「リリィさんは、その……何か使えたりするんですか? 魔法とか武器とか」
「リリィが?」
ちらりと視線だけでこちらを見返した彼女は、とても面倒そうに伸びをした。
「そりゃあ、護身スキルくらいはあるわ」
それは、つまり?
「こんな可愛いレディに戦わせようとするなんて。信じられなーい。最低な勇者ね!」
ごろんとあちらに寝返った。
駄目だこりゃ。




