6. 「虫の知らせ」
あれから2年。
勇者パーティーは強くなった。
その傍らで――――僕もちょっと、成長した。
崩れた城壁の陰で今、僕は息を潜めている。そっと塀の割れ目からのぞき見れば、毛むくじゃらの巨大な足が、柔らかく地面を踏んでいた。
「《聖力付加》! チャキ、頼みます!」
「うぉおおおっ! シールドバッシュ!」
双頭の獅子は、その巨躯に似合わない、しなやかな動きでチャキの攻撃を躱すと、反撃の前足パンチを繰り出した。
(よし、ここだ!)
僕は小石を、獅子の着陸地点へ投げ込んだ。
べこん
ほんの少し、地面が凹む。
叩き潰そうとチャキの上から前足が迫るが、彼も歴戦の戦士である。技後の硬直を力技で解除すると、背後から迫る前足をシールドで受け止めた。
直後、かくりと巨獅子の姿勢がわずかに崩れた。
「《風の咆哮》!」
すぐさま獅子の背後から、ペガサスに乗ったディディが接近する。獅子は片方の頭を背後へ向けると、大口を開け、即座に灰色のブレスを放った。
「よっと」
ペガサスから飛び降りたディディは、華麗に空中でブレスを躱すと、獅子の背中を駆け抜けた。
「グウォッ」
獅子が苦悶の声を上げる。ディディが駆け抜けざまに、蛇の顔がついた獅子の尾を、ナイフで突き刺したのだ。
「《刺突》《針の穴通し》!」
おお、感激だ。うまく魔法陣を活かしてくれてる。これで双頭の獅子、その尾についた目を潰すことができた。やたらと視界が広いのが、奴の厄介なところだからな。
「囮よろしく〜」
親友の、戦場に似つかわしくない能天気な声が響いた。僕は決死の覚悟で場に飛び出す。
「うえーい、こっちだ!」
あれ、あんまり反応しない。気乗りしないけど補助もかけるか。
「《目立ちたがりの大道芸人》起動っと。よし……子猫ちゃーん、ミルク飲む――うおっ!?」
ぐるんと双頭のひとつが勢いよくこっちを向いた。まじ勘弁してほしい。即こっちにブレス飛んできたよ。
「《母ちゃん熱い鍋へっちゃら》起動! 続けて《スライディング皿キャッチ》!」
ごぉおと燃え盛る黒炎に飲み込まれながら、僕は涙目で魔法陣を連続起動。ポケットから取り出したミニ皿を目一杯遠くへ放り投げる。
「よくやった!」
そこへ秋空のように澄んだ青い髪をなびかせ、勇者が石塔のてっぺんから躍り出た。そのまま輝く聖剣を振りかざす。
「ガウッ」
おっと。僕に黒炎を放つのとは別の首が、勇者に向けて牙を剥いた。
「させるかっ」
「援護します!」
チャキが獅子の側面から体当たり、同時に聖女の光弾が敵の視界を妨害し――
「せいっ」
一刀両断。
勇者の聖剣が振り下ろされ、巨獅子は真っ二つに裂けて倒れた。
「お疲れ!」
泥だらけで倒れる僕に、アダムの手が伸びてきた。僕は片手に握った陶器の皿をポッケに戻すと、勇者の手を取り立ち上がった。
「完ぺきな援護だったよ」
「……ん」
曇りのない笑顔を浮かべる親友は、さらさらの青い髪。戦闘後とは思えないくらい小綺麗だ。対してボロボロの僕。辛うじて燃えずに済んだ衣服は煤だらけ。そんな僕を掴んだ彼の手が、泥と煤で汚れたのを見て、思わず顔をしかめてしまう。
「おいおい。そんな顔はないだろ」
アダムはむっと眉を寄せると、背後の骸を指さした。
「あれが結果だ。お前含め、俺たち皆の成果だ」
アダムはゆっくりと、言い聞かせるようにそう言った。アイスブルーの瞳が咎めるように、しかし柔らかく僕を見つめている。
「ん、分かってる……いてて」
「大丈夫か? おーい、ビビアン!」
遅れて痛みがやってきた。その場に蹲った僕の背に、温かな手が添えられた。
「ビビアン。チャキが終わったらすぐ、こいつも診てやってくれ」
僕の背をさすりながら、アダムは崩れた城壁の方向、膝をついた重戦士へ両手から白い光を浴びさせる聖女に声をかけた。
「分かりました」
風で真っ白な法衣がたなびいた。長い白金の髪を揺らし、こちらを振り返った聖女と、僕の視線が交わって――――
戦勝を祝う席。
皆が楽しそうに酒を酌み交わしていた。
それはそうだ。国境の防衛線。魔物に飲まれた砦の一つを、僕たちのパーティーが7年ぶりに取り戻したのだから。
兵士に傭兵、流れの冒険者たちに、国から遣わされた監査官。勇者アダムは、所属も立場も関係なく、肩を組み、酒を酌み交わす。
勇者の周りには笑顔が溢れ、親友の僕も誇らしい。
手近な大皿から、豆と小さめのロースト肉を小皿にとって、僕は部屋の隅に腰掛けた。ちびちびと豆を摘みながら、ほかの仲間の姿を探してみる。
あ、いたいた。聖女ビビアンの白い法衣は目立つからな。どうやら一部の熱心な方々に、神の教義を説いているようだ。
(チャキとディディは……)
大柄なチャキが見当たらない。はて、トイレにでも――おや。ディディの手を引いて、何やら外に出ていくようだ。
「ふむふむ」
彼らの仲は勇者パーティーでも公認の秘密だからな。まあ、よろしくやってくれ。
「はあ……」
壁に背を預けたまま、僕はずるりと姿勢を崩した。ちょうど窓の外に、明るい月が見えている。欠け一つない、満月だ。
「33点」
双獅子との戦闘だ。点数つけるなら33点。もちろん、百点満点中ね。
ディディは素晴らしい。あとほんの一瞬タイミングがかち合えば完璧だ。マイナス2点。
チャキがやっぱりなあ……。彼、なんでも力任せだからさ。一発目のシールドバッシュ。工夫次第でもっと致命的なダメージを与える余地もあるはずだ。
その後の技後硬直はいただけない。せっかく《盗人小僧の足払い》で敵のバランスを崩したのに、普通に防御したけど……ううん、勿体ない。マイナス10点。
ビビアンは、よく分からん。付加のバラつきが凄い。神殿の魔法は、僕らが使うものと体系が違うからなあ。
勇者アダム。敵を一刀両断にするその技量。タイミングも完璧だ。しかし無駄に決め技を叫ぶんじゃない! マイナス5点しといてやろう。
「それで僕が、マイナス50点!」
思い返すだけでも、考えることがいっぱいだ。抱えた頭を、膝の間に挟み込んで、僕はうんうん唸っていた。
獅子の首のひとつを惹きつける。その囮役として飛び出した際。
「アダムが僕の安全に意識を割いていた。それじゃあ駄目だ……」
端から見たら怪しいことこの上ないだろう。しかし僕は地面に向かって、ブツブツ独り言をやめられない。
「チャキと連携できてないのも、ひとえに僕の落ち度だ。日頃から彼と距離を縮めていれば、」
思えば技後硬直後に、チャキが防御にしか動けなかったのも、元はといえば僕のアシストが――
あっちへこっちへ、思考は目まぐるしく移っていく。反省が反省を呼び、さらに僕の頭は床へと沈み込んでいき、
「あ、赤点虫」
床を、宝石のように鮮やかな赤がちらほら。丸っこいボディが愛らしい、子供が捕まえて喜ぶ虫のひとつ。それが何匹か這い回っていた。
近頃の僕は、虫にはまっている。
(虫はすごいよ。弱くてちっぽけなくせに、少ない魔力を工夫して、生きるために色んな魔法を使ってるんだ)
たとえば事前に脅威を察する力。魔獣の出現前には、虫はすっかり姿を消している。「虫の知らせ」ってやつだね。
僕は虫たちの力を参考に、魔法陣を作れないか研究してきた。その成果が、魔獣の接近を感知する魔法陣――――通称《監視陣》だ。
赤点虫にそっと指を近づけてみる。逃げる赤点虫。すると少し離れたところの赤点虫も、まるで鏡写しのような動きで逃げ出した。
「目もないくせに、仲間が『見た』景色を同期できる」
一匹を追い立てれば、そばにいる全部の赤点虫が同じ方向へ進んでいく。子供たちはよくこうやって、赤点虫で遊んでいた。
(もしかしたら使えるかもしれない。複数の監視陣に組み込んで……)
魔法陣の改良について僕が考察を深めていると、ふと影がさしかかった。
「あら。また虫を触ってらっしゃるの?」
聖女が僕を見下ろしていた。両手にコップを持っている。
「こんな隅っこ隠れてないで。もう少し周りと交流してはいかがですか? 社交も勇者パーティーの一員として大切なことですよ」
コップの片方が差し出された。崩した姿勢を直して受け取る。中身は芳醇な香りのワインだった。
「研究熱心なのは素敵なことです。まあ……私も含め、あまり虫は好まれないので。ほどほどにしてほしいですがね」
まさに聖女のふるまい。慈愛に満ちた笑顔を残し、人の輪に戻っていくビビアンを眺めながら、僕は今しがたもらったワインに口をつけた。うん、苦い。僕はワインは苦手だ。
こっそり中身を捨てて、手近なテーブルから水を貰ってくる。口に残った苦味を水で流し込みながら、ふと、僕は昼間の出来事を思い出していた。
「分かりました。すぐ治療に――」
「あ、大丈夫大丈夫! 大したことないから!」
チャキの治療をしながらこちらを振り返った聖女に、僕は慌てて首を振った。
「いや、でも――」
心配そうに眉を寄せる親友に、僕は努めて明るい笑顔を返す。
「こうみえて、全部かすり傷。ほら、軟膏でも塗っとくよ」
泥を払って勢いよく立ち上がる。ほら、元気だよと示すように、さっさと馬車を停めた場所へと歩き始めた。
「……ったく。仕方ねーな。包帯くらい手伝ってやるよ」
アダムもそれ以上は追求しない。すぐに僕の後を追いかけてきた。
僕はちらりと後ろを振り返る。
追いかけてきたアダム越しに、まだ治療を受けるチャキと、治癒魔法を使う聖女を覗き見た。
なぜだろう。
聖女が放つ白い光に、薄ら寒さを感じたのは――




