4. 「"天翔ける乙女"と《針の穴通し》」
「ディディさんディディさん! うしろきてる来てるぅっ!」
「――ったく、うっさいわね!」
純白の翼が大きく羽ばたき、僕の背後に迫る蝙蝠みたいな魔獣を躱す。即座に僕の前に座る軽戦士が、返す刀で魔獣を斬り落とした。
「ナイス! ディディさん――ぐはっ!?」
「ナイスじゃない。自分の身くらい自分で守りなさいよ! 手伝うんじゃなかったの!?」
脇腹に肘鉄をくらい、僕のライフゲージは激減した。
皆さんこんにちは。勇者パーティーの荷物持ちです。現在、軽戦士ディディさん操るペガサスに同乗する僕。何百と飛び交う蝙蝠魔獣にすら敵わず、こうして守ってもらってます。これじゃ荷物持ちじゃなく、ただの荷物だね!
「――などと、ふざけるのもお終いだ」
「何ブツブツ言ってんの。いい加減、援護に向かいたいんだけど!」
鬱蒼と茂る黒い木々。瘴気で空は紫の斑に霞み、周囲は異臭に満ちている。
「チャキ、ガード頼む!」
「ふぅんっ」
「結界、重ねますっ」
勇者とその仲間たちの声が聞こえてきた方向で、メキメキと木々が折れ、怪物が姿を現した。
勇者が放った炎の中から、巨大な土塊が浮かび上がる。手も足もないお椀を伏せた形のお化け。まぶたのない目玉が5つ。表面がドロドロ溶け出すように流れ、ものすごい臭いを放っている。
滴った体液が地に触れた途端、そこから虫のように蝙蝠魔獣が湧いて出た。
「凍てつくせ――!」
勇者が振るった聖剣で、数百の蝙蝠魔獣が凍りついた。しかし次々と溢れるように、蝙蝠魔獣は生まれてくる。
「本体倒さなきゃ、これじゃ終わりそうにないわね……」
またいくつか、蝙蝠たちを斬り払いながら、僕が掴まる軽戦士は呟いた。
「あ、あの――」
蝙蝠の生産源。泥の塊のような怪物を観察しながら、僕はこれまで見てきたことを、ディディに確認することにした。
「まず、勇者パーティーの基本の戦闘スタイルなんですが――」
ざっくり確認するとこうだ。
重戦士のチャキが足止め。
その高い防御力を活かして敵を引きつけ、味方を守る。機会をみて、高火力の物理技――シールドバッシュも狙っていく。
聖女は基本、後方支援。
皆に各種支援魔法、回復魔法を飛ばす。敵の広範囲の魔法攻撃には、聖女が聖域結界で対処する。
そしてディディ。
機動力を活かし、ヒットアンドアウェイで攻撃、撹乱。火力は高くないものの、敵の足の腱、関節部位、目など的確に敵の弱点を狙っていく。
「そうね。チャキが足止め、あたしが撹乱、ビビアンの支援を受けて、アダムがボスを仕留める。これが勇者パーティーの基本よ」
ディディはぐるっとペガサスを、怪物を一巡するように旋回させた。そんな僕らを追うように、怪物の五つ目がギョロリと動く。
「勇者の一撃……ふむ。一発は節約できそうだ」
思考をまとめるように、僕は小さくつぶやくと、目の前のディディに大きく告げた。
「ディディさん! 今からひとつ、お願いがあります!」
純白の翼をもつペガサスから、火の玉がいくつも放たれた。飛び回る天馬を鬱陶しく感じたのか。怪物はお返しとばかり泥の砲弾を撃ち出してきた。当たった木や地面が爆ぜていく。しかしペガサスはすべてを躱し、華麗に空を駆け続けた。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! もういっちょ、ファイヤーボール!」
僕はアクロバットな空中機動を披露するペガサスから振り落とされないよう必死にしがみつきながら、魔法陣の冊子を起動し続ける。生み出された何百もの火の玉が、怪物の表面へ着弾した。
「ちょっと!? なにも効いてないじゃない!」
熟練の手綱さばきでペガサスを操るディディが、振り返らずに叫んできた。
「大丈夫です! 牽制は僕に任せて!」
「牽制になってない! ほら、もう無視されてる!」
怪物の五つ目はすべて、勇者と重戦士、その後ろの聖女へと向けられた。それもそのはず。僕の放ったファイヤーボールは、かすり傷ひとつつけないのだから。
「ああもう! あたしがやる!」
片手に魔力を集め始めたディディに、僕は慌てて頼み込んだ。
「待って! あともう少しだけ――ディディさんはこれ、持って!」
冊子から破り取った1枚を、押し付けるようにディディの手のなかに押し込んだ。さらに追加でファイヤーボールを怪物へ。おや、敵さんよ。もう雨粒ほどにも気にしてないね。
「ディディさん。次、だまされたと思って、最大級の風魔法、お願いします!」
狙いは敵の目。次の旋回で、最接近した瞬間だ。
「できるだけ正確に。確実に目の中心を狙ってください」
ちらりと僕を振り返ったディディは、訝しげな表情だ。しかしそれでも彼女は、愛馬の手綱を大きく引いた。
「いくわよ。正確も何も、あたしの魔法コントロールは完璧だから!」
一度木々よりも高く飛び上がる。ひょおと風が吹き抜ける空。臭気の薄れた空気を大きく吸い込み、僕らを乗せた天馬は、眼下の黒い森、怪物のいる一点に向けて、急降下していった。
流れる景色。泥山のような敵の前を交叉する瞬間、ディディは彼女が使える最大級の風魔法――《風の咆哮》を放った。緑に光る風の筋が、細く鋭く、怪物の目に吸い込まれるように到達し――
「貫け……た?」
手綱を引いて、振り返った彼女は、驚きの声を上げていた。
動きを止めた泥の山。五つの目玉がぐるりと白目を向き固まっている。と、思いきや――
ズシィーーーーーン
怪物はゆっくりと、木々をなぎ倒しながら倒れていった。
「え、え? なに、今のあたし……!?」
自身の力量は知り尽くしているのだろう。ペガサスを地に下ろし、怪物の元へ駆けつけたディディは、しげしげと覗き込んでいる。
「ま、待ってディディさん! 僕が殺されちゃう!」
危なかった。残党の蝙蝠にかじられるとこだったよ。ペガサスが後ろ足で蹴り飛ばしてくれたから、難なきを得た。ありがと! あとでニンジンあげる!
「信じられない。目から頭蓋を貫通してる……」
「敵の油断。それから、これです」
怪物の目に空いた小さな穴。ちょうどその反対側に、人の頭ほどの穴が空いていた。
僕はちょっと誇らしい気持ちで、ディディに1枚の紙を差し出した。
「生活魔法《針の穴通し》。一発で、確実に、針の穴に糸を通す魔法です」
僕から受け取った1枚の紙。ディディはしばらく何も言わず、描かれた紋様を眺めていた。
「まさかあたし一人で敵にトドメをさせた。――だけど、無力な一般人を背中に庇いながら飛んで……うーん、これ、差し引きゼロ? 微妙なところね」
魔法陣を沢山ディディに渡せば解決だね。
……と思うじゃん?
「生活魔法《針の穴通し》は、熟練の針子のお婆さんが使ってるのを見つけて、魔法陣に起こしたんだ」
怪物討伐後、魔法陣を譲ってくれと言うディディに、僕は説明した。
「もともと適性のない魔法を使うわけだから、理解がすごく大切で――」
「どういうこと?」
眉をひそめたディディに、僕の言葉は自然と歯切れが悪くなる。
「穴が必要なんです。針の穴。それに代わる明確な穴が」
説明するのは難しい。感覚的なものも多くて。とにかくお針子さんに引っ付いて、僕は『針の穴に糸を通す感覚』を、全身で模倣した。
「標的に"穴"を作ります。狙う穴――今回は敵の『目』ですね。そこが穴と認識できるように、周囲を旋回して、火の玉で囲い込んで」
うわぁ、ディディがどんどん顰め面になってくよ。だけど命をかける戦闘のこと。きちんと伝えないとだ。
「意識の穴も大事です。『こいつの攻撃は無駄だ』と思い込ませて。あと、」
「……まだあるの?」
「あの魔法陣。結構描くの大変で……僕の魔力量も限られるから、量産は…い、一日一枚なら……」
盛大にため息をつかれてしまった。しばらく考え込むように、目の前の軽戦士はこめかみに指を添えている。
「な。こいつ、なかなかやるだろ?」
力いっぱい背中を叩れてめっちゃむせた。ちょ、背骨折れるだろ、このバカ勇者。
残った蝙蝠魔獣を掃討したのだろう。やってきた勇者は、満足気に笑っていた。このやろう、僕が魔法陣使えるよう、わざと手を抜いてやがったな。
「待ってよ。確かに、あの魔法陣は使える……使える?」
「大丈夫! 大丈夫! そのうち慣れる!」
わっはっはと笑う勇者は、何が楽しいのだろうか。さてはこいつ、あまり考えてないな!?
「あたしがトドメを刺せれば戦いの選択肢が……ううん、やっぱり手間もリスクも――」
「ま、しばらくこいつはディディに任せるよ!」
「はあ!?」
頭を抱え悩むディディに、勇者が適当発言するものだから。可哀想にディディさん、悲鳴をあげてるよ。
「こいつ、あの雑魚蝙蝠からすら自分の身を守れないのよ!?」
「あ、ディディさん」
それは今後も僕をペガサスに同乗させてくれるってことですよね。ならきちんと補足しておかないと。
「僕も一応、防御できます。何回かなら耐えられますよ?……たぶん」
「たぶん?」
「なんとか耐えます。……でも、できればすぐ助けに来てくださいね? 死ぬんで」
キリリと告げた僕に、ディディはとうとう頭を抱えたまま蹲ってしまった。戦闘の疲れが出たのだろう。
「よし。二人も仲良くなったことだし。今夜は歓迎会だ!」
うまい酒を出してくれる店を貸し切ろうと、勇者は張り切っていた。なんでも店員の女の子がとてもかわいいらしい。
「よ、よろしくお願いします」
笑顔で今夜食べたいものについて語る親友。胡乱な目つきでそれを眺める軽戦士。
僕は背後を振り返る。すでにただの土塊と化した元怪物の山の上を、栗鼠が一匹駆けてった。瘴気が薄れたためか、頭上には鳥の群れがひとつ。夕暮れの空を、寝床に向かって飛んでいく。
(まだまだ、足りない僕だけど)
小さな、だけど確かな手応えに、僕はふっと体の力が抜けるのを感じていた。
おまけを書いてたらずいぶんな分量に……。
第二章は、主人公が勇者パーティーと旅した思い出回ですね。




