2. 「無能な従者」
「ねー、この子。何ができるの?」
「荷物持ちなら足りている。このパーティーに非戦闘員はいらんぞ」
うへぇ。ほら、アダム。さっそく僕、疎まれてるよ。スラリとしたロングヘアのお姉さんと、筋肉ガチムチマッチョが、僕を射殺さんと睨んでるよ。
「確かに、こいつは弱い。身体能力は駆け出し冒険者に毛が生えたくらい。魔力だって多くはない」
「では、何か特別なスキルを?」
おや、こんなところに女神様。白金髪の御髪が眩しい、白い法衣に身を包んだ、聖女さま。
「いや。スキルも大したことない」
「まあ、それは……」
優しげなお顔を曇らせ、眉を寄せる聖女さま。ちょっとアダム。お姉さんとマッチョの僕を見る目が、さっきより険しくなったんですが!?
「だが、このパーティーに必要な人材だ」
アイスブルーの瞳がまっすぐ僕に向けられた。つられて他三人の視線も僕へと集まった。
「見せてやれよ」
「見せるって……?」
「お前のスキルさ」
えぇ……。見せてやるも何も、先ほど仰ったように、こちらは粗末なスキルしか持ち合わせがございません。が、アダムの眼差しは、どこまでも信頼に満ちている。ええい、ままよ。
「ちょっと失礼。誰か家紋の入った物を貸してもらえませんか?」
自宅から運ばれたキャビネットの上段を引き出すと、中から石筆と石板を取り出した。
「これでいかが?」
「ありがとうございます」
聖女さまが差し出してくれたハンカチを石板の隣に広げた。隅に鹿と花の家紋が刺繍されている。鹿の枝角は蔓草が這い、先に白百合の花がいくつも咲いており、なかなかに凝った意匠だ。
「『描画』」
僕は小さく唱え、握った石筆を動かした。ほんの数秒で、石板にハンカチとまったく同じ紋様が完成だ。
「まあ。お上手ですね」
「速いな」
「それで? 確かにそっくりだけど、これが何になるわけ?」
「えーっと……」
3人分の期待に晒されて、僕は気まずい思いで視線を彷徨わせ、壁に背を預けるアダムへ助けを求めた。
「その名の通り。『描画』は一瞬で絵が描けるスキルだ。もう一つあるだろ?」
にこにこ解説してくれるアダムは、僕に次を促した。
「ええと、」
少し迷う。お姉さんと聖女さまは……よくないな。
「あの、何か生活魔法……《灯火》とか使ってもらえます?」
消去法で、僕はガチムチマッチョの男性に声をかけてみた。
「ああ? これでいいか?」
「はい……ちょっと失礼しますね。『魔力固定』」
がたいの大きな戦士の指先に似つかわしくない、小さな丸い光が灯る。
僕はひとこと断りを入れて、彼の太い腕に触れた。
ふっ――――
「あ?」
「あら。もしかして、チャキの魔法を遮りましたか?」
聖女様が興味深そうに光が消えた指先を見た。ご明察、その通りだよ。
「魔力の動きを止めたんです」
僕が手を離すと、再び戦士――チャキの指先に光が戻った。
「なら、結構使い道が――」
スラリとしたお姉さんの表情が少し和らいだ。関心を持ってくれたところで、申し訳ないけど。
「止められるのは一瞬だけ。しかも相手に触れなきゃいけないんだ」
ああ、ほら、そんな失望した目を。いや、僕のせいなんだけどさ。
居た堪れなくなり、僕は元凶の親友を睨んだ。
「まだあるだろ?」
僕のスキルは『描画』と『魔力固定』の2つだけ。
しかし勇者は確信した目で僕を見ていた。
―――おかしいな。
これは、アダムが勇者として村を旅立った後に身につけたのに。だから彼は知らないはず。それでも信頼した目で見てくるのは――
「複合スキル『魔法陣』」
僕は指先に魔力を集め、先ほど借りた白いハンカチの上をなぞっていく。幾何学模様が淡い光を放ち、みるみる手のひらサイズの方陣が3つ、完成した。
「少し離れて」
集まる皆に距離をおいてもらい、僕はハンカチに描かれた方陣の一つに、ほんのわずかに魔力を送る。ボォッという音を立て、宙で赤い火の玉が燃えた。
「今のは……《ファイヤーボール》か?」
「起動」
続けて残る2つの方陣にも魔力を送る。パシャリと水球が弾け、その隣でパシュッと紫電が空を走った。
「《ウォーターボール》に《フラッシュボルト》。まさか三属性?」
「すげーじゃん!」
パチパチと部屋の隅からまばらな拍手の音がした。勇者は机に歩み寄ると、今しがた魔法が放たれたハンカチを摘み、しげしげと眺めている。
「こいつは風魔術師の適性だ。火や水は使えない」
そうなんだ。自前で使える魔法は、中級の風魔法が精一杯。それも一発使えば魔力はすっからかんだしね。
「スキルを組み合わせて『魔法陣』か! 工夫したな」
「なるほどな! こいつの、この『魔法陣』とやらを見込んで、アダムは――」
うんうんと、チャキが納得したように頷いている。ようやく場の空気も和らぎかけたところで――知ってる? アダムは空気なんて読まないんだ!
「お前のことだから、何か用意してると思ってたんだよ。それで、欠点は?」
にっこにこの笑顔。僕のこと分かってるって? そうだよ。ちゃんと準備はした。そしてまだまだ足りないんだ。
「原理上、あらゆる魔法を使える」
僕の説明に、視線が集まるのを感じる。先ほどよりも温度の高い、期待が込められた視線だ。
「ただし、初級レベルのみ。しかも、僕の魔力分しか描けないから、数も限られるかな」
一気に期待は霧散した。ほらぁ、アダムが無闇にハードル上げるから。
勇者を除き、満場一致で、僕の勇者パーティー加入は反対された。
僕は従者。
勇者パーティーの小間使い。
あれから冷ややかな視線に晒されながらも、僕は勇者パーティーと共にいる。
「だって仕方ないじゃん。アダムが『なに、直に皆もこいつの良さが分かる』とか言って、帰してくれないんだもん」
肉の羽をむしりながら、僕はひとりボヤいていた。
聖女さまいわく、アダムが我が儘を言うのは初めてらしい。意外だね。自己中の権化だと思ってたけど、どうやら勇者として活動する中、勇者として、リーダーとしての権限を振りかざすようなことは初めてだそう。
「雑用係。こっちもやっとけよ」
ガラリと扉が開かれ、カゴを背負った大男――チャキが何かを放ってきた。
びしゃりと置かれたのは川魚。おお、結構な大物だ。
「了解でーす」
鍛錬に向かうと再び扉をくぐったチャキの背中に返事をすると、さっそく魚の腹を捌く。ワタを取って、水で濯がないとね。おっとそろそろ桶の水が足りない。汲みに行かないと。
勇者パーティーの一行は、現在山村の民家の一室を借りていた。辺境の人手が足りない地域を訪れては、魔獣を討伐して回っている。こうして現地で民家を間借りしたり、野営だってしょっちゅうだ。
料理の下ごしらえ。細々とした生活用品の買い出し。武器の手入れ。
そういった雑用が、今の僕の役割だ。戦闘時? アダムの背に守られ、見ているだけのお荷物さ。
よし。魚も捌き終わった。意外にも、これまで勇者パーティーの料理は、大男のチャキが担っていたそうだ。煮る、焼くだけの男料理だが、悪くはないらしい。
「ま、せっかくだから」
手を洗い、台所の隅に置いたキャビネットに歩み寄る。見慣れた傷のついた引き出しを開き、中から冊子を取り出した。
「ええと……よし、あった」
ペラペラと紙をめくり、目的のページを発見。一枚千切ると、中身を満たしたグラスに向けて発動だ。
カチン――
凍った中身を取り出し、別の木のコップに割り入れる。そこに、先日村に来た行商から仕入れた果実水を注ぐ。
「アダムの好きなやつだからね」
さっき風呂に向かったアダムに渡してやろう。そう思い、僕はコップ片手に廊下を進む。
揺れる氷の音を聞きながら、僕は突き当たりの扉を開いた。夕暮れの涼しい風が、虫の音を乗せて流れてくる。
下草を刈り取っただけの砂利道を進んでいく。川から水を引いた共同浴場までは、少し距離がある。
僕らが泊まる小屋よりも、さらに小さな家々からは、細い煙が上がっていた。薪を抱え走る幼子が、ちらりと僕を見て足をとめる。
「やあ。お手伝いかい?」
ふるふると、否定とも肯定とも取れない動きで首を振ると、小さな影はすぐに家の中へと引っ込んだ。
(強いなぁ……)
雨漏りの修繕跡が目立つ屋根。小さな家の前を通り過ぎながら、僕は改めて村を見回した。
この村の多くの人が、魔獣被害を被った。親を失った子も多いと聞く。それでも、こうして日々を皆が送っている。
「僕も、頑張らないと」
コップの中。揺れる氷は、アダムなら簡単に作り出せる代物だ。なんせ「氷炎の勇者」の異名をもつ。氷魔法は彼の十八番だよ。
だから、ほんの少しの工夫。
「ほんのり甘みをプラス。疲れた身体に効くように」
水で作った氷じゃなくて、樹液を凍らせたものを入れてみた。さすがの勇者も、無から樹液はだせないしね!
「なーんて、気休めだけど」
それが一体、どれほどの助けになるだろうか。
そんな無力を払うように、僕は今夜の予定を復唱する。
魔法陣を刻む。
できるだけ効率よく、素早く大量に。
ひたすらファイヤーボールを刻むのだ。
今、できることを全力で。ない頭を、必死で搾る。
僕は従者。
勇者パーティーの役立たず。
なのにアダムは僕を必要だとそばに呼んだ。
なら、僕がやるべきは――――
勇者パーティーと旅をした僕の思い出。




