1.「旅立ちは突然に」
「よし。それじゃ行くぞ」
久々に会った幼馴染を見送ろうと、村の入り口まで来ていた僕は、盛大に前につんのめった。
「え、ちょ。おとと……!」
ブレーキをかける僕のサンダルが地面をガガガと削っていく。いや、この怪力め。つかまれた腕、めっちゃ痛いんですけど!?
「アダム? 手、離してよ?」
構わず進む勇者は、ちらりと顔だけ振り返る。え、こわ。何の悪気もない顔で、不思議そうにされましても。
「離すよ? 今日の宿についたらね」
掴んだ僕の腕を見下ろして、それから僕の顔を見て。すごく理解のありそうな笑みで、とんでもないこと言いやがる。
「いや、なんで宿までついて行くんだよ。僕の家はこの村――」
「今日からお前は、勇者パーティーの一員だ」
こうして僕は旅立った。
人はこれを、拉致と呼ぶ。
***
こんにちは。僕は村人A。
今日から勇者パーティーの一員さ!
まずは自己紹介がてら、僕のスペックを紹介しよう。
14才男児、身長体重はこの年頃の平均値。黒目黒髪の平凡な容姿だけれども、近隣の三村合同運動会では、走り比べでいつも表彰台に上ってるぜ。
装備? 着の身着のまま、麻のシャツにズボン、サンダルに武器はなし――まさに村人A状態。いや、クワを持った農夫の方が、遥かに強いだろう。
「おーい、勇者さーん」
せめて愛用のナイフと鞄くらいは持ってきたかった。小銭一枚持たない僕は、階段を登り、細い廊下を進むアダムの背中に呼びかける。
「この部屋だ。俺と同室だけど、いいよな?」
人を半日隣町まで引きずっておいて、このマイペース。まったく呆れるが、とにかく今は休みたい。開かれた扉をくぐり――
「え……?」
出迎えたのは、まるで実家の香りそのものだ。
2つある寝台の片方に敷かれたシーツの色。縞模様のそば枕、それに毛布も僕の部屋のものとそっくりだ。ベッドの向かいにあるキャビネットは、一番上の引き出しに、見慣れた傷がついている。ガラリと引けば、僕の財布が――
「いや、これまんま僕のじゃん!?」
僕の部屋がまるまる、隣町の宿屋の一室に移植されていた。
「お前、枕変わると寝れないってうるさいだろ?」
毛布をめくり、シーツを撫でる。そば枕の形を整えていた僕に、アダムは盛大なため息をついた。
「あ、よく覚えてくれたね?」
嬉しい。これで今夜は安眠だ。あ、まて。部屋の防犯は十分かしら。
「以前、俺はお前を旅に誘った」
閉じられた窓の木製扉の強度を確認。錠前も問題ないな。
「そのときお前、『準備ができるまで待ってほしい』って言ったよな」
出入り口は……内鍵じゃないのかあ。これじゃ宿の主人のマスターキーで侵入可能だな。
「アダム、工具箱取って。引き出しの一番下――」
「2年だっ!」
応急処置の内鍵を付けようと試行錯誤する僕は、親友の突然の大声に驚いた。
「……2年、待った」
今度は抑えた声。いつもちゃらんぽらんな友人の顔が、珍しく不機嫌に歪んでいる。
「お前、準備にどんだけかけんだよ!?」
「あー……」
ポリポリとこめかみを掻く。
思い出すのは2年前。12歳の「スキル鑑定の儀」の日。親友アダムは「勇者」に選ばれ旅立った。
いつもバカ騒ぎしたり、女の子が大好きで、ヘラヘラ笑ってた親友が、珍しく硬い表情をしていたものだから。
『アダム、待ってて。僕も君を手伝いに行くから――!』
誰もが「頑張れ!」「この村の誇りだ」「どうか国を守って」なんて騒ぎ立ててアダムを見送る中で、僕は居ても立ってもいられず、そう叫んだんだ。
「あの時、俺はホッとしたんだ。突然『勇者』になった俺を、まだ俺として見てくれる奴がいるんだって」
ふっと表情を緩めたアダムは、遠い眼差しで過去を語った。本当に珍しい。こいつが自分の気持ちを話すなんて。
「なのに――」
気づけば「氷炎の勇者」なんて二つ名が、辺境の村まで轟いていた。その頃の僕は必死で、冒険者登録をして、僕なりにいろいろと準備をしていたよ。だけどすぐに、「隣に並んで戦う」のは無理だって――社会に出て、自分の弱さを確認したから。
「僕は弱い。だから、僕にできるやり方で君を支えようと――」
「それはいつ? いつ隣に来てくれんの?」
途端、胡乱げな目をした勇者が、僕に詰め寄った。
「俺、何度も言ったよね? 直接戦闘で助けてほしいわけじゃないって。隣にいて、相談にのってくれるだけでもいいって」
「でも、たとえ荷物持ちだとしてもさ? 勇者パーティーについて行くなら、いろいろ準備が――」
「何が?」
おっと。すごい冷風が吹いてきた。
「部屋まるごと、持ってきたよ? まだ、なにか?」
「じ、十分です」
ちょっと鼻先が凍ったよ。僕は目の前の勇者の気迫に、おとなしく口を噤むのだった。
あの頃の僕は、考えもしなかった。
いつまでも勇者は、バカで女好きで最強で、そして僕の一番の親友でそこにいてくれる――――
そう無意識に、未来を信じてたんだ。




