ex.2 僕と勇者の内緒事②
ご不浄陣・爆誕!
紳士淑女のみなさま。
お気をつけあそばせ。
ブラウザバック推奨ですのよ。
注意喚起はいたしましたよ? よろしいですか???
「あ、ちょ、……だめ! やっぱダメっ!」
堪えられずに僕は叫び、手近なタオルに身を隠した。
「おい、動くなよ」
そんな僕に、不機嫌さが隠しきれない声が降り注ぐ。
――密室で、半裸の男に、筆を持った勇者が迫る。
事案である。
***
いま、僕は全身に、魔法陣を描いている。
先の叫巨花討伐では、随分消費しちゃったからね。まさか花のくせに知性があって、人質(僕)をとりにくるなんて――
おかげで服も装備も溶けて散々だ。勇者め、「色気ねぇ」とか叫んでないでさっさと助けてよ。
ま、それもこれも僕の魔法陣を信用してくれてのこと。勇者はさっくり本体を切り倒し、逆さ吊りの僕は救出された。
「やっぱ"酸無効"も入れときたいな」
『断熱』『反射』『隔絶(小)』……初級魔法程度とはいえ、手札の多さは、それだけ生存の可能性を上げるのだ。刻めるだけ刻みたい。
耳裏に、毛を剃った脇の下。爪や歯の一本一本だって描けるところは全て埋める。
「ほかに描けるところは――」
全身をくまなく見回して、僕は気づいてしまった。
「お尻!」
面積も大きいし、強力な魔法陣を描くのにぴったりだよね。威力も大きいほどに、紋様も煩雑で、場所も場所だし、後回しにしてたんだ。
「ふっふー♪ 今日はよい鏡も借りてきたんだ」
宿屋の娘さんに頼み、大きめで写りのよい鏡を借りることができました。安全な宿の一室で、いざ、描画タイムー!
あれ?
うまく……見えない?
***
「おい、夕飯食いに行こうぜ」
部屋を訪れた勇者は目撃した。
ズボンから尻を突きだした状態で、床に張り付く不審者を。
「げ……なにしてんのお前」
「あ、アダム……」
勇者は身構えた。この男、明らかに目つきがおかしい。
「そっか。アダム……。そうだ」
男はぶつぶつと何かを呟くと、顔を上げた。
「尻に魔法陣を描きたい。手伝って」
四つん這いのまま、爛々と怪しい光を湛える瞳。
「おまえ、とりあえずズボンはこうか」
自分は勇者だ。まずは冷静に、目の前の事象に向き合った。
しかし、相手は奇人。
かつて"国食らい"と呼ばれる隕石龍と対峙したとき以来のプレッシャーに、勇者は知らず手に汗を握った――
そして話は冒頭に戻る。
「はぁ……。なんだよ」
「くすぐったい」
「お前が描けって言ったんだろ」
「だって……手つきがなんか嫌らしい」
かんっと固いものが床を弾く音。勇者が筆を投げ出したのだ。
「はぁ!? 誰が好んで男のケツなんか――」
「じゃあもうちょっと迷いなく。一気に描いてよ。変に迷わず!」
「ちっ」
ひどい。舌打ちしやがった。
だけど勇者は投げ出した筆を拾い、もういちどキャンバスという名の尻に向かう。
(ぐ……我慢)
尻の上を柔らかな毛が這う感覚に、僕は唇を噛んで集中した。
「ん? え、ここはこっちか……?」
僕が描いた見本図と見比べ、勇者が筆を動かしていく。細かな紋様に行き着くたびに、筆が迷うように揺れるのだ。
「ふ、は……っ」
抗えないくすぐったさを、吐息に逃がす。
今はとにかく集中だ。なぞられた箇所、皮膚のうえに魔力を集め、『描画』と『魔力固定』を――
「え? 違った。ここ――」
「ぶ、ふ――わぁあ! 無理っ!」
ぐるりと筆を回し描かれて、僕は耐えかね、アダムの手を跳ね除けた。
「うわっ、ちょ。最悪! あと少しだったのに!」
「あ、ごめん」
悪い。今のはどうしても耐えられなくて。
「なあ、もう諦めよーぜ」
今度こそ「お手上げだ」というように、勇者はインクのつかない筆をぽーいと後ろへ放り投げた。
「僕は……」
ポンと跳ねて転がる筆を目で追いながら、僕はタオルを被って膝を抱えた。
「僕は、守りたいんだ」
そこらの並の兵士と変わらない身体能力。魔力だって魔術師の平均以下。
「こんな弱い僕だけど。一つでも可能性を上げられるなら、何だってしたいんだ」
頭だって特別よいわけでもないし、出来ることといったらこれだけだ。一つでも多くの魔法陣を――
「ふう……」
ぱちんと両手を打ち合わせ、勇者がその場に立ち上がる。
「指で。やるぞ」
「……え?」
告げられた言葉の意味が、分からない。
疑問符を浮かべた僕に、勇者は決死の覚悟を浮かべた瞳で、僕をまっすぐに見つめた。
「筆よりましだろ。指で、直になぞる」
「…………うん」
友人の熱い想い。しかと受け止めてみせる。
僕は僕たちの未来を守るため、覚悟を決めて尻を差し出した。
――――そして。
「二度と男の尻なんて見たくない!」
「待って! もう一回だけ!」
そう叫ぶ勇者と、その後を必死に追いすがる従者らしき男の姿が目撃されたことで、勇者パーティーにまつわる“あらぬ噂”が広まったのは――――また、別のお話。
予想していたよりも多くの方にお読みいただき、驚きびっくりと同時に、感謝の念に堪えません。
そうして、読者の皆さまにお返しするには、やはりこの物語しかない。
そう思い、「お尻の魔法陣」誕生秘話を、急遽追加させていただきました。……はい、ごめんなさい。お目汚しでございました。
最後に、少しでも「変な話だけど面白かったぜ」という方は、よろしければ☆評価いただけますと、大変励みになります。
数ある作品の中から、拙作に興味を持っていただき、誠にありがとうございました。




