ex.1 僕と勇者の内緒事
「いやこれ、ヤバいでしょ」
配達員の出入りに合わせ、裏の通用門から木の陰へ。
野菜やら粉類やらが積まれた荷車の裏で、礼拝へ向かう修道女の一行をやり過ごす。
「大丈夫大丈夫」
息を潜め呟く僕に、勇者アダムは楽観的だ。今も「前から2番目の娘が好みだった」とかほざいてやがる。ちょっとはバレたときの心配しろよ!
ここは西清神殿の敷地内。中央神殿、星光東神殿に次いで、この国3番目に大きな神殿だ。広大な敷地内には、神を祀る本殿の他にも、祭事や来客用の別館、仕える者たちの居住区域、孤児院や慈善院など、様々な建物が集まり、まるで小さな町のようだ。
「まだ間に合う。戻ろうよ」
通ってきたばかりの通用口はすぐそこだ。良識ある勇者パーティーの一員として、僕は勇者を振り返り――
「いない」
慌てて周囲を見回し――あのアホ。何堂々と屋根の上を走ってるんだ。うわ、開いてる窓から中へ!?
「ま、待ってよ!」
小声で叫ぶと、僕は地面を這うように、姿勢を低くして走り出した。くそう、無駄に身体能力が高い勇者め。ついて行く一般人の身にもなってよね……!
館、庭園、魚が泳ぐ堀、そして塀を越えたらまた館。迷路みたいに入り組んだ奥。たどり着いたのは神に仕える乙女たちが過ごす館だった。
「信じられない。君、仮にも聖女が所属するパーティーのリーダーでしょ?」
「ん? ああ。ビビアンね」
僕のジトーッとした視線に、勇者は悪びれもせずに言い訳した。
「聖女には、今日こそお前に『女の子の良さを伝授する』って伝えてあるから」
はあ!?
「いや、さすがに修道女さんはだめでしょ」
いやもう、言い訳の時点でひどい。
そして、いくら君が女好きだからといって、超えてはいけない一線はある。
「標的はどうやら、誰の目にも触れないよう、最奥の間に隠されてるみたいなんだ」
よほど高いご身分ってこと?
「長らく国を守ってきたからね。引退しても丁重に守られている」
しかもご高齢? おい、まさか前聖女さまや修道院長のことじゃないよな?
僕は好色な友人の、ストライクゾーンの広さに、今後の友人付き合いの見直しを視野に入れた。
不甲斐ない僕。
結局勇者を止められずに、僕らは最奥の間に到着した。
「ほら、いただくぞ」
勇者が示した先に鎮座するのは、黒光りする巨石――――引退した封魔石だ。
「は? え?」
ちょっと期待した自分を殴りたい。 どうしても会わせたいっていうからさ。どんな娘かなって、ちょっとドキドキしちゃったじゃん?
「お前が言ったんだろ。『封魔石が8つしかないなんて不安だ』って」
確かに言ったけど。「なんで国を守る要なのに8つしかないんだ。100は作ろうよ!」と言った覚えはあるけれど。
「ほら、どうぞ」
運ぶのが面倒だな、と勇者は聖剣で封魔石を真っ二つに切った。
とんでもない光景に、固まる僕。
「いや――いやいやいや、ヤバいでしょ!?」
「封魔石は寿命が近づくと、神殿が回収する。新しい封魔石の材料にするんだ」
さらに半分に切った石を、満面の笑みで勇者は差し出した。
「だから大丈夫」
「いや、何が大丈夫なの!?」
良くないよ。新しい封魔石の材料なんでしょ?
「これがなくても新しいものは作れる。なに、少し金と手間が嵩張るだろうが――」
そう話す勇者から、わずかに冷気が漂った。アイスブルーの瞳が、窓の向こう、本殿がある方向をじっと見つめている。
「本来、お布施で十分に新しい封魔石は作れるはずなんだ。それなのに――中途半端に古い石なんか使って、差額はどこに行ったんだろうな」
おお寒い。絶対零度を宿す勇者に、僕は手のなかの石ごと、自分の体を抱きしめた。こいつ、チャランポンのくせに、稀にこういう顔するんだよな……。
「でも、これは泥棒だよ? バレたらさすがに――」
「そしたら捜査が入るだろ。困るのは誰だろうな」
ニヤリと笑った勇者は――良かった。いつものアダムだ。
「それじゃ、有効利用頼むぜ! 少なくとも封魔石一個分よりかは、仕事してくれよ?」
ポンポンと、石の破片が投げて寄越される。くそ、勇者の怪力め。気軽に投げてくれるけど、これめちゃくちゃ重いじゃん……!
「任せてよ」
それじゃ手始めに、封魔石百個分の仕事を――――
「重い。運ぶの手伝って」
石を抱えて一歩も進めない僕。そんな情けない姿を見て、親友は大笑いしながら手を差し出した。
在りし日の、アダムと主人公の何気ない日常でした。
"氷炎の勇者"と呼ばれたアダム。
戦いの日々に、彼の心が凍てついてしまわなかったのは、主人公が隣にいたおかげ――――なのかもしれません。




