エピローグ そして僕は追放された
前話「魔王の弟」の続きです。
魔王には弟・シャカゴウリがいた。
新たに魔王となったシャカゴウリは、人間界を侵略しようと――――
「なんだお前は!? いつの間に――」
勢いよく巨体が立ち上がる。その反動で、ソファーにいた僕の体もポヨンポヨンと跳ねている。
「だから、勇者だって」
デカい体のくせにビビリだな。そんなに驚くことないだろ?
「何のつもりだ? まさかその小さな体で、我と戦いを挑むとでも――」
「和平交渉しにきました!」
やたらデカい図体に加え、声もうるさいったら。問答無用で拳を振り上げた脳筋に、僕は用件を怒鳴り返してやった。
「和平、交渉……?」
振り上げられた拳がピタリと止まる。まるで聞き慣れない言葉を咀嚼するように繰り返すと、シャカゴウリの表情がみるみる侮りの色を帯びた。
「和平交渉だと? 強者の我が、弱者の貴様らと、何を交渉する必要がある?」
ギリリと握り直した拳が、勢いよく振り下ろされた。
「命乞いの間違いだろうが」
ズガァッ――
巨大な握りこぶしが、床にめり込んだ。いいのかな。せっかく見晴らしも良い素敵な部屋なのに、壊しちゃって。
「じゃ、仕方ないね。交渉決裂だ」
影から滑り出るように出てきた、体にピタッとフィットしたスーツのお姉さんが、僕を魔王の拳から救い出した。無事、先ほどとは反対側のソファーに座り、珈琲味の紅茶を楽しむ。
「……舐めたまねを。すぐに捻り潰してくれるぞ、勇者!」
おお。なんか全身の血管が浮き上がり、シューシュー蒸気が上がってる。気をつけろ。シャカゴウリ魔王様がお怒りだ!
「すみませーん。交渉、ダメでした」
僕の呼びかけに、カチャリと部屋の扉が開かれた。
途端に、ぷしゅぅと空気が抜ける音。膨張した魔王の筋肉がみるみるしぼみ、ガクリとその場に膝をつく。
「な、なんだこれは!?」
声だけは元気な魔王は、言うことを聞かない体を、驚いたように見回している。文字のようなものがびっしりと全身を覆い、淡い光を放っていた。
「一体、なにをした!?」
血走った目がギロリとこちらを睨んでくる。おおこわい。僕はたいして何もしてないってのに、冤罪だ。
「残念だよ。魔族にしては頭脳派だって聞いたから。譲歩しつつも互いの利益を最大限に、という道も考えてたのにね」
「チュチュッ」
先ほど開いた巨大な扉の隙間から、鼠、鼬、兎に似た魔物がなだれ込んできた。
そして最後に、カツカツとヒールを響かせ入ってきたのは、
「蛇髪妖星!」
一見、人族の女性のよう。しかし頭からは髪の代わりに、大小さまざまな蛇が蠢いている。
「お前、何のつもりだ!?」
「おだまり!」
彼女の一声に、ガチンと歯を打ち鳴らす勢いで、シャカゴウリの口が閉じられた。
「彼らも、一応魔族です。小さいですが」
ちらりと彼女が視線を向けた先。多数の小魔族たちが、一点を囲むように立っている。先程潰された盗兎の無惨な遺骸を弔っているのだ。
「んん! ん゛ん〜っ」
「伏せ」
ギギギと不自由な体を無理に立ち上げて、腕を振り上げたシャカゴウリ。しかしメデューサの一言に、全身を覆う文字が光を増して、魔王は無様に顔から床へと叩きつけられた。
「ん゛ん!?」
「あ、それ? 魔界にはないんだね。隷属紋さ」
僕は世間話でもする調子で、親切に解説してやった。
「さすがに人用じゃ厳しいかなと思って。特別に、1000個重ねてみたんだ。夜な夜な手伝ってもらったんだよ、彼らにね」
「頑張ったんだぞ」とでも主張するように、小動物たちがその場その場で跳ねている。無数の小さな目が、倒れ伏した魔王を見つめていた。
ん? なにか言いたそうだな。ちょっと喋らせてあげたらどう? メデューサさん。
「……会話を許可します」
「――っ。メデューサ、なんのつもりだ!?」
「なにって、九頭大蛇の仇討ちです」
どうにも、勇者の体を奪った九頭大蛇は、メデューサの姉だったらしい。
シャカゴウリの命で、魔王の側仕えをしていたそうだが、そのせいで命を落としたってわけ。
「お前は我の番だろう!?」
「多産の私が貴方にとって都合のよい母体ということは知っています」
ピシャリと言い放つ蛇髪妖星に、愛情は微塵も見受けられない。彼女の号令で、小魔族がシャカゴウリに群がった。
「殺しはしません」
そう話すメデューサの、果たしてそれは温情なのか――――
「なぜ、私の言うことを信じたのですか?」
うわ。びっくりした。蛇髪妖星さん、顔が蛇に隠れてどっち向いてるか分かりにくいから。
「魔族と人族は相容れない」
歴史が証明している。かつて人族と魔族が対話を試みたこともあったが、その尽くが失敗したから。
「勇者アダムは、女の子が好きなんだ」
でもそれは相手が「魔族」であるときさ。勇者は「女の子」を大事にしなきゃ。
「……まるで他人事のように言うのですね」
僕は目元の仮面の位置を調整する。先程の魔王の拳の弾みで、少し位置がズレてしまったようだ。
「私が"女の子"に入るのかは分かりませんが」
おお。笑ったよ。石みたいに冷たい表情だった蛇髪妖星の口角が、わずかに持ち上がっていた。
「約束します。今後我ら魔族は――」
「いらないよ。約束なんて」
守れない口約束なんて、するもんじゃないからね。
「それに対価はもうもらってるから」
えっちらおっちら、魔王を部屋から引きずり出している小魔族たちの体に、淡い幾何学模様が浮かんだ。
「彼らは自らの体を差し出し、僕に協力を要請したんだ」
奴隷なんて獣耳娘ひとりで十分だと思ってたけど。どこにでも入り込んで魔法陣も刻み放題。どんな命令も、それこそ玉砕覚悟の特攻だって文句なしに聞いてくれる。ま、よっぽどのことがなきゃしないけどね。
「良い戦力の補給になったよ」
僕は獣耳奴隷娘を介して、僕の魔法陣を彼女に描かせることが出来ることを確認していた。それで数百の小魔族たちを奴隷にし、夜な夜なシャカゴウリの体に魔法陣を刻ませたってわけ。
「国境の魔物処理は、彼らに頑張ってもらう」
アダムみたいな火力があれば良いんだけど。そこは仲間と手数でなんとかしよう。
「君たち魔族側も困ってるでしょ? 余力があれば手伝って」
シャカゴウリ奴隷さまを働かせるってのも、妙案かもね。
ひらひらと手を振り部屋を出る僕の背後で、蛇髪妖星が静かに頭を下げる気配を感じた。
「ちょっとあんた、髪染めてる間くらいじっとしなさいよ」
「いて、いててて。ちょ、髪は引っ張らないで」
魔法陣を描き殴っていた僕の頭は、容赦ない金髪令嬢によって強制的に引き上げられた。
「主様。仮面の調整が終わりました」
獣耳娘に差し出され、僕は早速仮面をセットする。よし、これでようやく落ち着ける。
「のう、旦那さまよ」
魔法陣を描きかけた紙をくるくると巻き取りながら、女帝が綺麗な眉を顰めた。
「家でくらい外したらどうじゃ?」
いやあ、そうは言いましても。いつどこでボロが出るか分からないじゃありませんか。
「はい完成。色落ちしてたところも重ねておいたわ」
令嬢に鏡を渡され確認する。真っ青な髪。アイスブルーの仮面。よし、ばっちりだ。
「ねえ、レプリカ聖剣に刻む魔法陣なんだけど」
やはりファイヤーボールとアイスアローを組み合わせるだけじゃ駄目か。髪に指を通して整えてくれている令嬢に、僕は原案を見せてみた。
「相殺しあってるわね。反属性を重ねるなら――」
お、さすが天才美少女魔術師! 頼むよ。僕は"氷炎の勇者さま"を再現しなくちゃならないんだ。
盛り上がる僕たちに、影が差し掛かる。
「没収じゃ」
「お仕事は禁止です」
魔法陣メモが奪われる。そんな、今良いところだったのに。
「だ、だめよ! もう。すぐ調子に乗るんだから!」
酷い。一緒に盛り上がってたくせに、金髪令嬢。君まで裏切るなんて。
「くそう……勇者は孤独だ」
なにもさせてもらえないので、仕方なく庭へ出る。
あちこちで細い煙が上がっている。人々が昼餉の支度をしているのだろう。長閑な田園地帯。以前のアジトは引き払い、この見晴らしのよい丘の上の邸宅を購入した。事故物件だとかで、お値打ちだったのだ。
「国境はようやく落ち着いてきた」
魔王討伐後も、統制を失った魔族軍に、野生の魔物達。被害は拡大するばかりであった。
この国に、勇者が必要だ。
僕は「僕」を追放することで、勇者アダムを蘇らせた。
勇者とその仲間の一行が、敵地へ乗り込み、ようやく魔物討伐の協力体制が得られたが、まだまだ平和からは程遠い。
「アダム。僕、うまくやれてるかな……?」
呟いた僕の髪を、撫でるようにそよ風が。青く煌めきながら優しく、田畑の草を揺らしていった。
ヴァカめ!
作者がいつ「この物語は終わり」だと言った?
「「僕」の物語は終わり」としか言っておらんのだ!!
……すみません調子に乗りましたごめんなさい。
外伝までお読みいただき、誠にありがとうございます。
もう少し皆さまと一緒に、この【愛ある追放】の世界を楽しみたくて、後日談を書かせていただきました。
(別に、誰も尻エピソードにツッコんでくれなかったから寂しいとかじゃいもんね)
いかがでしたでしょうか。
ブックマークや☆評価、そして拙作に目を通してくださった皆さまに、改めまして感謝を。
本当にありがとうございました!
※2026/10/16追記
「僕」を追放して「勇者アダム」になった主人公。
彼のその後を描く、第三章「勇者の追放。その称号、永久欠番につき」を新たに連載中です。
未だ親友の死を受け入れられない僕は、己を偽り、やがて「我は魔王アダム」と名乗るようになり――
新たな勇者、愛をこじらせたケモミミ娘の暴走に、「我はアダム」が、魔界を中心に大暴れ!
ぜひ主人公とその周りの行く末を、覗きに来てくださいね。




