魔王の弟
シャカゴウリはひとり、乾杯の杯を掲げた。
「計画通りだ。これで我を阻むものはなし」
ここは城の最上階。壁一面に設けられた大窓から、眼下に広がる魔界を一望することができる。
雹霰が降り注ぐ砂漠に、熱風吹き荒れる溶岩地帯。ただでさえ厳しい環境に、凶悪な魔物がはびこる過酷な地。そのなかで、強かに生き抜いてきたのが、我々魔族。
「そして我がその頂点だ」
いま、この手に握る盃に満たされるのは、実の父の血液だ。魔族は強いものが正義。たとえ血のつながった家族であろうとも、より強いものが上に立つ。
「しかし愚かな兄だ。おかげで易々とことは運んだが」
いかに弱肉強食といえども、魔族も生き抜くうえである程度のまとまりを作り、社会を営む必要がある。そして、魔界の中でも最大たる派閥を、ついにこの手中に収めてやった。
これで魔族最強はこのシャカゴウリ様。人族が「魔王」と呼ぶ存在だ。
「シャカゴウリ魔王。ふむ、良い響きでないか」
ゴクリと盃をあおれば、ドロリと濃厚な味が口いっぱいに広がった。鼻腔を抜けるこの香り。なんと甘美たることか。
「……それにしても腹違いとはいえ一応は我の兄。いささか弱すぎるのでは?」
諜報から戻った盗兎の報告を聞き、我は首をわずかに傾けた。
兄グレゴウリとは、魔王の座を争う仲。脳筋の兄は「人族の国を征服してこそ真の魔王」と配下に唆され、数年前に人族の地へ赴いたものの――何もできずに討たれたらしい。
「いかに愚者とはいえ、もう少しなんとかならなかったのか?」
調べによると、稀代の聖力の持ち主ということで、要警戒対象であった聖女は排除済み。しかし勇者パーティーは健在だという。
剣聖、格闘家などの報告もあったが、そのような小物を一つ二つ、潰したところでなんの違いもあるまい。
愚かにも兄が人間の国にかまけている間に、こちらは我に従わぬ敵対勢力の長を、軒並み縊り殺してやったというのにな。
魔界はとっくの昔に我の支配下だ。
「ふはははは。お前が最も重用していた九頭大蛇が、まさか我の息のかかった者とも知らず」
笑いが止まらない。
「キュッ」
「おっと。まだいたか」
足元で豆粒のように小さな盗兎が、退室の許可を求め、長い耳を伏せて震えている。
「まったく。役立たずの兄だ」
足を軽く持ち上げ、素早くその場に踏み下ろす。「くしゃり」と軽い音を立てて、兎は床の染みとなった。
(人族の国への侵攻がある程度進んだところで、手柄を丸々いただく予定だったのだが)
おお兄よ。情けない。
勇者ごときにやられるなんて。
どさりとソファーに腰掛け直す。窓の向こう、この赤黒い過酷な地の向こうにある、人族の豊かな地へと思いを馳せる。
「まあよい。我の手にかかれば人族など――」
は?
「やあ」
すぐ隣。
腰の付近から、声がした。
「魔界の紅茶? 意外にうまいね。珈琲みたいな味だ」
巨人族と牛頭の血を引く我は、魔族の中でも抜きん出てデカい。その我が楽に座れるよう特注したソファー。豪奢な手すりと我の間に、棒切れのような何か――――にんげんだと!?
「はじめまして。僕はアダム」
ことりと小さなカップ(奉公人の戝鼠のもの)を置くと、奴は飄々と自己紹介を始めやがった。
「人族の勇者だよ」
青い髪。目元は仮面に覆われて。口元だけで笑顔をつくる。――――これほど小さな存在だというのに、我は得体のしれない不気味さを感じていた。
あと少しだけ、続きます。




