伏魔殿で踊れ 1
1 夢の反対は現実なーのだ
「相馬先輩、起きてください。昼休み終わりましたよ。」
「え、あっ!・・・ここは?」
勇騎は身体を揺り動かされて意識を取り戻すとクスクスと誰かに笑われている声を聞いたような気がした。
「なに寝ぼけてんすか、課長にどやされますよ。」
「小手指か?・・・小手指だよな。俺は戻って来たのか。」
「ずっと昼寝してましたよ。」
すっとぼけた問いに後輩の小手指は呆れた表情で答える。
「あ・・・、ああ。起こしてくれて助かったよ。ありがとう。」
「繁忙期だから無理ないっすけど疲れてますねぇ。でも頑張って今日は早く帰りましょう。」
「おお、もちろんだ。」
いや、変な夢だった。俺がゴブリンになって切った張ったに明け暮れるなんてナンセンスな話さ。いま振り返っても馬鹿馬鹿し過ぎて我ながら呆れてしまう。
「おーい、相馬ー。小松商事の案件、いまどうなってんだー?」
「はい課長。資料作ったんで今お持ちします!」
「おぉ速いな。持ってこい持ってこい。」
俺はファイルを持って課長のデスクへ向かう。
「すまん小手指、そこのストレージ取ってくれ。」
「どうぞ。」
「すまんね。」
勇騎が課長にファイルを手渡すと課長は老眼鏡を取り出して拭きながら話す。
「相馬、お前なに考えてんだ。会社にそんな指輪つけて来るんじゃない。」
俺にはアクセサリーを身につける習慣など無い。妙なことを指摘されて驚いて自分の指を確認する。
「やだなぁ課長。俺指輪なんてしてませんよ。」
「馬鹿言ってないで外せ。うちの会社で指輪してる男なんてどこにいるんだ。ましてお前は独身だろ!チャラチャラしたいんならよそでやれ!」
課長は呆れたように吐き捨てる。指輪?何のことだ。勇騎はもう一度指をしげしげと見ると、やはりその指には何もついていない。勇騎は大きな疑問符が浮かんだが、すぐに思い返す。
(こういうときは口答えするのではなく、相手に合わせた対応をすべきだな。)
社会人には社会人の処世術というものがある。正しい正しくないにこだわらず、時には折れなければならないことも世の中には山ほどあるのだ。長いものにはグルグル巻にされて、今やロクに身動きがとれないほどがんじがらめだ。それはそれでしんどい。世の中不条理この上ないが現実そうなのだから仕方がない。
「実は課長、これ久しぶりにはめてみたら外れなくなっちゃったんです。ちょっと包帯でも巻いて隠しますんで。」
課長の大きい目がギョロリと勇騎を捉える。その口はへの字に曲がっていた。何をかいわんや。鼻で嗤っている感じか。
「そんなこたぁ休み時間にやっとけ馬鹿たれ。」
「すいません。」
「まぁ良い。ホバーでさっさとやって来い。」
「はい、ありがとうございって・・・ホバー?」
(聞き間違いか?いま課長、「ホバー」って言ったよな。)
勇騎は信じ難い面持ちで課長に聞き返そうとしたが、その言葉をとっさに飲み込んだ。ここで混ぜっ返すと今度こそ課長から大目玉を喰らいかねない。流れに逆らうなと自分に言い聞かせる。
「何だ?資料に目ぇ通しとくからさっさと行ってこい。」
「はい、ホバーで行って来ます。」
勇騎は総務に包帯をもらいに行こうと課長から背を向けると、課長がさらに一言声をかけた。
「会社で火炎魔術は使うなよ。俺が防火管理責任者だから何かあったらタダじゃおかんからな!」
ガバッと勇騎は飛び起きた。
「ユーキっ!」
聞き覚えのある声の方向を見ると耳をペタリと寝かせたハヤテが嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫か?どこか身体は痛くないか?我に何でも言うのだぞユーキ。」
いつに無くハヤテが心配そうにしている。ああ、そういえばと勇騎は自らに起こったことを振り返る。
(そう言えば俺は・・・。転移してからその後の記憶が無い。)
勇騎は考えながら布団を握る。
(ん?何だこの上質な布団は。)
「ってか、ここドコよ!」
思わず大きな声を出す。周りを見渡すと天蓋付きの豪奢なベッドに身を横たえているではないか。高級ホテルのスイートのような広い部屋だ。ご丁寧なことにベッドサイドには水さしまで置いてある。改めてハヤテに向き直り、祈るような面持ちで状況の説明を求めずにはいられなかった。
「ハヤテ、俺は・・・。何でこんなことになっているんだ。俺は・・・。い、今から・・・。そうだ!・・・どうしよう。」
聞きたいことが多すぎると同時に、考えがまとまらないまま次善策を考えようとしてドツボにはまった。まるで支離滅裂なことを口走っている。そこに扉をノックする音が聞こえた。
「私だ、入るぞ。」
混乱する勇騎は思わず布団にくるまり身を隠した。しかし客観的に見てもベッドにいるのだから何にも隠せてなどいなかったが、わからないことだらけでキャパを越えてしまった勇騎にはそんなこと考えている余裕など無かった。
「まだ目覚めていないのだな。・・・いや、いかん。直に目覚めるはずだ。なぁ、ハヤテ。」
勇騎は聞き覚えのある声を聞いて、くるまっていた布団をはねのける。
「マリーじゃないか。」
マリーは思わず水差しを倒してしまったが、そんなことはお構いなしにホッとした顔を見せる。
「何だ、起きているじゃないか。ふふっ、この寝ぼすけめ。だが良かった。2日も
目を覚まさなかったからもうダメかと心配したぞ。」
終始わけもわからず落ち着かなかったが、見知った顔を見て勇騎もようやく落ち着きを取り戻した。
「あぁマリー、どうやら世話になったようだね。もしかしなくてもここは君のお屋敷かい?」
「屋敷という程ではないが、いかにもここは我が家だ。ひとまず無事でなによりだ。」
「一緒にいたのが君で良かったと心から感謝しているよ。まさかこんな形で保護してもらえるなんて夢にも思わなかった。」
全く皮肉のつもりはなかったのだがマリーはすこし口を尖らせた。
「ともに死線をくぐり抜けた仲だ。お前が断ったって是が非でも助けて見せるさ。ユーキは私のことを信頼してないのだな、とても残念だ。」
途端に勇騎は取り乱すかのように自分の言葉について弁明する。
「ごめんよマリー。決してそんなつもりで言ったんじゃないんだ。だって・・・そう、俺ってゴブリンじゃん?助けられるよりも殺されそうになることばかりなんだよ。だから心の底から嬉しかったんだ。う・・・嘘じゃないよ!」
勇騎の慌てふためくさまを見てマリーは意地の悪い目をしてコロコロと笑い出す。
「ふふふ、あっはっはっは。いやー面白いものを見せてもらった。そんな顔をしないでくれ。ユーキだって私の最期のお願いを蹴って意地悪したじゃないか。これでおあいこさ。」
「もう、驚かすなよ。次はないんだからね。」
(いやツンデレかっ。26のおっさんが口を膨らませて年下の女性にこんなことをのたまっても気持ち悪いだけだろ!)
何か猛烈に恥ずかしくなってしまった。するとナイスタイミングでマリーが話題を変える。
「なぁ、ユーキ。お前は本当にゴブリンなのか?私にはどうもそのように思えないのだ。私はいくつもゴブリンを葬って来たがお前のようなのは見たことがない。」
勇騎はマリーの疑問にどう答えたものか頭を抱えた。現代の日本からやってきた一般人ですと正直に言ったところで納得してもらえるのだろうか。だが、そうかと言って嘘を言うのも気が引ける。質問に対してしばし黙考しているとマリーが切り出す。
「戦った時から妙だと思っていたんだ。悪辣な表情を見せるどころかお前は人間が見せるような柔和な表情ばかりじゃないか。実のところゴブリンに姿を変えられたのではないかと思っているんだ。家の者たちにはお前のことを呪いで姿を変えられてしまった犠牲者と説明している。どうなんだ?」
「それだ!」と勇騎は思った。確かに事実がどうなのかは不明だが、人間からゴブリンに変えられてしまったということに偽りはない。全てとは言わないまでもそこだけは疑いようのない真実だ。もしかして困り果てた俺にマリーは助け船を出してくれたのかもしれない。
「信じてくれるかわからないけど、概ねその通りだ。俺はついこの間まで人間だったんだ。」
「そうか、そうだろうとも。そうでなければお前が人間の私を窮地から救い出すはずがない。あの魔術だってそうだ。あんなとてつもない高等魔術をゴブリンが操るはずもないからな。」
(ん?何だか予想外に喜んでいるぞ。まぁ、こう見えて俺も元社畜だ。相手から求められた答えを手繰り寄せる嗅覚は鋭いんだぜ。ってあれ?でもこれってあんまり格好よくないな。)
「しっかしまーたぶっ倒れちまったなー。強敵だったとは言え限界越えちゃったよ。」
魔力枯渇の危険は常に意識していたのだが、そのくせ気を抜いて昏倒した勇騎は苦々しい顔をした。その様子を見たマリーが微笑む。
「ふふ、あの後が大変だったのだぞ。ハヤテはユーキが目を覚まさないから私が安全な場所に連れて行こうとしても私を威嚇するんだ。説得しようにも言葉は通じないし時間がかかったよ。」
(げっ、そうだよな。俺がハヤテと意思疎通できても他の人間と正確な意思疎通をできるわけでは無いもんな。)
「俺が倒れてからハヤテはどうしてたんだ?」
俺はハヤテに事の顛末を尋ねてみた。
「大変だったぞユーキ。いきなり倒れて起きないし死んだのかと思った。それに人間がユーキをどこかへ連れ去ろうとするんで我も抵抗したんだ。我は数日かけてでも家に連れ帰ろうとしたんだが人間もユーキを放さなかったんだ。我も必死だが人間も全く引かなかった。ユーキからは仲間だと聞かされていたから攻撃もできん。人間からも全く殺気は感じ無かったし、どうしたものか困った。ユーキも心配だし、仕方ないから任せてみることにしたんだ。」
ハヤテとマリーがお互いに困惑している様子が目に浮かぶようだ。要の俺がぶっ倒れたんだ、無理も無い。
「苦労かけたな、ハヤテ。ありがとう、助かったよ。」
俺がハヤテを抱きしめるとマリーが目を丸くしていた。
「前から気になっていたのだが、ひょっとしてお前、いまハヤテと話していたのか?」
「へ?ああ、そうか。マリーには耳慣れない声だろうからな。お察しの通りさ。」
「どこまで私の想像の上を行くのだ。もう驚くまいと思っていたのにユーキと来たらこれだ。」
またしてもとばかりにマリーは苦々しい顔をしてみせた。だがそれも一瞬の事で今度は何か聞きたそうな顔をしている。
「ん?どうしたんだ。」
「そ、・・・その。ハヤテは私のこと何か言っていないかなーなんて。ほ、ほら。オークジェネラルの攻撃から助けてもらったろ。」
(ああ、そんなことか。何だ?ハヤテのことが気になるのか。)
「俺はハヤテにマリーは仲間だって伝えたからハヤテもそう思っているよ。でも俺が気絶しているときに言葉が通じないマリーと1対1になってすごく戸惑ったってさ。」
「そうか。ハヤテに威嚇された時は私も途方に暮れたよ。下手したら噛みつかれるかもって。でもこちらの緊張は賢いハヤテに伝わってしまうだろうし、何度も話かけてわかってもらおうとしたんだ。おかげでこの家では私を頼ってもくれたよ。」
するとハヤテも話に加わって来た。
「さっきから何を話しているのだ?そこの人間がチラチラ我を見ているぞ。」
「マリーはこの家でハヤテが自分を頼ってくれたのがとても嬉しかったそうだ。」
「何だ?ハヤテは私のことを話しているのではないか?」
今度はマリーが目を輝かせている。俺はしばらくハヤテとマリーの通訳をさせられた。いい加減自分たちで会話してくれよと思ったが、そんなことできっこないので気が済むまでつき合ってやった。ここにいる間、俺はしょっちゅう通訳として引っ張りだされることになったわけだが、ハヤテも少し人間に興味を持ったのだろう。
2 栄光の影
コロニー討伐部隊の壊滅後、2匹の魔物をテイムして捨て身の特攻を敢行したマリーの噂はたちまち王国全土に轟いた。巷では兄の仇を討ち、指揮官のオークジェネラルの首を携えて凱旋したマリーを英傑として讃える歌まで流行している始末だ。
まぁそれはそれで良いだろう。えてして民衆は英雄の登場を待ちわびているものだから。だが「2匹の魔物」というくだりは不要だ。こんな悪目立ちは厄介事に巻き込まれるフラグでしかないと勇騎は懸念していた。
(何か首筋に刃物が突きつけられているような心地がしてならない。何も起きなければ良いが。)
そんな勇騎と同じくマリーも現状を好ましいものと思っていないようだった。十分な休養により魔力が回復した俺はマリーの屋敷から引き上げようと考えていた矢先のことだ。マリーが深刻な面持ちで朝一番に客間を訪れた。
「私は兄様の仇を討つことができてこの上なく満足している。だが世間は大騒ぎだ。私はできれば静かに喪に服したいのだが。」
「俺は貴族さまのことはよくわからんが名誉なことじゃないのか?貴族は名誉を第一に重んじる存在だと聞いているんだが。」
勇騎は本音を探るべく、マリーの言いたかったこととは敢えて真逆の質問を投げかけて見た。
「確かに名誉は大事なことだ。だが私にとって兄様の命に勝る名誉などこの世に存在するものか!英傑だと?痴れ者どもめ。」
「マリー・・・。」
マリーは仇は討ったものの時の経過とともにどうしようもない喪失感に苛まれているようだ。
「すまないなユーキ、私としたことがすこし取り乱してしまった。そんなことを言いに来たのではないんだ。実は・・・。」
「ん?どうした。」
「此度の討伐の件で王宮へ召喚されることになった。首級を携えて行かねばならない。もちろんお前たちを伴なってだ。」
勇騎はその言葉に頭が真っ白になる。
(王宮だと?この世界で最も近寄りたくない権謀術数うず巻く伏魔殿じゃないか。ジョセフさんが言ってたよな。高等魔術を悪用しようとする悪い人間、そんな奴らの溜まり場の最右翼だ。これは何とかしないと。)
「マリー、せっかくだけど俺がここに担ぎ込まれた時は意識不明だったじゃない。戦闘が終わって介抱したものの死んだことにしてもらえないか。ハヤテもその直後に逃げてしまったことに・・・。」
俺の言葉にマリーの表情が曇る。不穏な空気を感じ取ったのかハヤテも寄ってきた。
「マリーが悲しそうな顔をしているぞ、どうしたんだ?」
「ハヤテ、俺たちは人間たちの親玉に呼び出されているんだよ。俺は正直なところそこに行きたくないと考えているんだ。マリーには独りで行ってもらえないか話しているんだ。」
「だがマリーは大丈夫なのか?何故だ?何故ついていかないんだ?」
「人間の親玉はわかりやすく言うと魔王みたいなものだが、奴の周りには人を騙して恥じない悪い奴等がウヨウヨいるんだ。俺たちがそんなところに行くわけにいかない。」
するとハヤテが猛然と反対する。
「そんなところにマリーを独りで行かせようなんてユーキを見損なったぞ。ユーキが反対しても我はマリーについて行くからな。」
「マリーは親玉の子分なんだ。だから呼ばれたら行くのが当然のことで、直ちに危険な目に遭うことは無い。ただそこにいるろくでなしどもに魔物の俺たちが知られてしまうのはとんでもなく危険なことなんだよ。」
「ならばなおさらじゃないか。そんなろくでなしどもの巣窟にマリーだけを行かせるものか。さっきからユーキは自分さえ良ければそれで良いって言ってるだけだ。」
「待て、ハヤテ。お前はいつだって俺より冷静で警告してくれたじゃないか。よく考えてくれ。本当にこの選択が正しいと思うのか?」
言われたハヤテは渋い顔をするも引き下がりはしなかった。
「くっ。だがマリーは我らとともに戦った仲間だ。尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。」
(ここで俺が引くことは禍根を残すのではないか。確かに俺たちも即座に危険にさらされることはないだろう。だがゆくゆくは真綿で首を締めるように追い詰められる、そんな気がする。)
「俺の力は決して全能ではない。オークジェネラルとの闘いでそれを痛感した。俺も自分の仲間を守りたい気持ちはハヤテと同じだ。でも勝てる闘いばかりではないことはお前もしっているだろう。」
ハヤテは返事をしない。もはや折れるつもりはないのだろう。
「あーもぅ・・・わかったよ。お前がそこまで言うなら俺も付き合うよ。ただし冷静に見極めろよ。そもそも無謀なことを止めてくれるのがお前だったじゃないか。お前まで熱くなったら俺たちは終わりだ。」
「わかった。」
俺はマリーに伝える。
「ハヤテがマリーは仲間だから絶対に守るってさ。俺は腹の黒い王侯どもに会うなんざ断固反対したんだがなぁ。てなわけで俺もマリーについて行くことにしたよ。」
にわかにマリーの表情が緩んだ。
「そうか、ハヤテが私のことを。恩に着るぞ、お前たち。」
勇騎もこうなってしまっては腹を括るしかないと今後の方針を考える。勇騎が最も懸念しているところは王国内で面が割れてしまうことだった。もちろん野良ゴブリンたちはどいつもこいつも性根の腐ったような顔をしていて、正直なところ人間どころかゴブリンの勇騎にだってどれがどれだか見分けなんてつかなかい。せいぜい装備の違いや個々の身体的特徴くらいしか手がかりは無いに等しい。
だがそれは飽くまでそこらのゴブリンの話だ。では何故コロニー討伐の際、乱戦の最中にあってマリーはしかと勇騎を特定することができたのか。その答えは顔つきだった。そこらのゴブリンと顔を付き合わせて見れば一目瞭然なのだが、ありえない程ベビーフェイスなのだ。ただしこれは勇騎と関わりを持ち、勇騎を一個の人格として認める者にしか認識できない違いでしかないだろう。言うまでもなくわざわざゴブリンを見分けようとする者などいない。ゴブリンは見つけた側から討伐する対象なのだから見分けることに意味など無いのが通常だ。
だが言葉を交わし、相互に人格を認めることができるゴブリンが現れたとすれば?どれだけ否定しようとも否応なく言葉を返す、相手の言葉を聞く。そこに識別する道理が生まれるのだ。
ただ勇騎を認識しようとする者は何も人格的交流を求める者ばかりとは限らない。何らかの利害得失から勇騎を利用することを企む者だっているだろう。暗殺、謀略、略奪などありとあらゆる利用価値がそこには眠っている。見る者が見れば人間と意思疎通可能で、多様な魔術を行使できるゴブリンはここ一番の切り札ジョーカーだ。ヴェラン家に難癖をつけて分捕ろうとする者が出てもおかしくはない。これは勇騎たちにとどまらず、マリーに迫る危険でもあった。
3 金槌とやっとこ
王に拝謁するにあたり、さすがに粗末な出で立ちとはいかない。ヴェラン子爵家の沽券に関わる事態であると言い出したのが家令のエドガーだった。
「ただでさえ我が王国において名実ともに貴族として扱われるのは伯爵以上なのです。我が主に王宮にて恥をかかせるわけに参りませんので最低限の作法は身につけていただきますぞ、ソーマ様。」
初めて言葉を交わすのに、物怖じ一つ見せない初老の紳士に勇騎は驚いた。お供のミーナとかいうメイドはゴブリンとファーウルフを目の前にして今にも泣き出しそうな表情を浮かべているのとは対照的だ。
(おそらくメイドの反応が一番自然なものだと思うんだが。この爺さん、只者じゃないな。)
「これ、ミーナ。私はハヤテ様のブラッシングをしますので、あなたはソーマ様の着装をお手伝いなさい。」
「か・・かかかちこまりました。」
(まぁミーナの様子からするとハヤテのお世話なんて無理だろうな。モンスターの世話なんてもの自体がありえない話なんだが、因果なもんだね。)
勇騎はミーナの緊張を解こうと気さくに話しかけた。
「やぁミーナ。ひとつ宜しくお願いするよ。」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ミーナはいきなり話しかけられたことに驚いてビクっとする。どうしたものかと勇騎は頭を抱えた。
「いきなり襲いかかったりしないから怖がらなくても大丈夫だよ。・・・ってこのナリで言ったって信用できないよなぁ。まぁマリーみたいに接してくれなんて言わないよ。」
「あ」
「あ?」
ミーナが何か言葉を発したので勇騎も思わず聞こえた言葉をオウム返しにした。すると途端にミーナはそのまま俯いて黙ってしまった。勇騎は何か悪いことをしたような気分になってこれ以上何か話を振るのをやめようとしたところ、今度はミーナから話しかけて来た。
「あ、ありがとうございます!」
いきなり大きな声がしたので今度は勇騎がビクっと驚く番となった。
「びっくりしたぁ。・・・ところで何のことか聞いてもいいかい?」
「お嬢様を助けていただいたことです。お味方が壊滅してもお嬢様は絶対に一人で帰って来たりなさらないお方です。ソーマ様がいらっしゃらなければお嬢様は今頃・・・。」
「そうか、ミーナにとってもマリーは大切な人なんだね。微力ながら力になれて俺も嬉しいよ。」
ガチガチに緊張していたミーナの表情が少し緩んだように思えた。
その後、ミーナはテキパキと儀礼用に準備した鎧をユーキに装着させて行く。
(何だ、意外に手際が良いじゃないか。)
「少し大きいけど俺のサイズに合う小奇麗な鎧なんてよく見つけたもんだね。」
「うふふ、エドガー様が街中のありとあらゆる店を探しに探してようやく見つけていらしたそうですよ。」
「これ、お客様にそのようなことをお伝えしてはなりませんよ。」
気がつくと背後にエドガーが立っていた。勇騎とミーナは揃ってビクッと驚いた。
「これは失礼いたしました。」
(何者だ?この爺さん。)
すると近くにとろけた表情を浮かべるハヤテまで見える。
「ユーキ!この人間のグルーミングは良いぞ。毛に覆われていないのにこの人間はグルーミングの何たるかを心得ているのだ。このような人間もいるのだなぁ。」
(あかん、ハヤテはん骨抜きやで。)
「ハヤテ、キラキラしてるじゃないか。エドガーさん、そのブラシって。」
「こちらでございますか?これは当家御用達のレッドボアの毛で作られたブラシでございます。よろしければひとつ進呈いたしましょう。」
「ありがとう、助かるよ。ああ、これでずっと頭を悩ませていたハヤテを洗った後の毛繕い問題が解消しそうだ。」
櫛を自作していたもののこれが出来の悪い代物でハヤテからは大不評だったのだ。ジョセフから手に入れる選択肢もあったが、いかんせんブラシの要望を失念していた。思いがけず良いモノをもらったものだ。
「さぁ、それではレッスンのお時間ですぞ。」
ーーー
エドガーのレッスンは想像以上に過酷だった。俺は拝謁の礼で何度もビシビシ鞭でしばかれ、その身に正確な角度まで刻み込んだ。鬼のようなリテイクの嵐が吹き荒れ、美味しいはずの食事も作法ばかり気になってまるで砂のようだった。
「王宮どころか、この屋敷にも鬼が住んどるじゃないの。」
「はっはっは、ソーマ様は冗談も一流でいらっしゃいます。」
勇騎は皮肉の一つも言わずにいられなかったが、エドガーに軽くあしらわれてしまった。遠くを見やると給仕のため控えているミーナがかすかにうなずいていた。どうやらミーナもエドガーに礼儀作法を「叩き込まれた」らしい。マリーを見ると、あろうことか猪突猛進の権化まで勇騎から目をそらした。短期間で準備をしなければいけないのでやむを得ないと勇騎は飲み込むことにした。
ーーー
いよいよ出立の朝を迎えた。ヴェラン邸には王宮から2台の馬車が派遣され、勇騎たちはそれに乗り込んだ。1台はハヤテと勇騎用だ。ヴェラン家からはマリーとミーナが王都に行く。家令のエドガーは領内の執務で子爵領を離れるわけにはいかないようだ。
「当主様、道中お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「では、エドガー。留守を任せます。」
「ミーナ、くれぐれも粗相の無いよう頼みますよ。当主様をあなたがお支えするのです。」
「はい、エドガー様。この命に代えましても当主様のお役に立って見せます。」
つつがなく伝えるべきを伝えたエドガーが勇騎の馬車にやってきた。
「じゃあ俺たちも行ってくるよ、エドガーさん。」
「はい。当主様を何卒よろしくお願い申し上げます。つきましてはソーマ様、私からこちらをお渡ししておきます。どうぞお役立てください。」
勇騎はエドガーから差し出された包みを受けとると中身を確認した。
「エドガーさん、これは一体?」
勇騎の驚愕をよそに、初老の紳士はわかっているなと言わんばかりに笑みを浮かべた。
4 王都へ
勇騎はフェイスガードを下ろして身を乗り出すと前方に大きな城壁を確認することができた。
「ここが王都か。ものすごくデカいな。」
ハヤテもいるので貴賓車とは行かなかったものの、幌馬車の荷室は広くてゆったりすることはできた。馬車のダイレクトな振動が無ければ最高だったろう。さらに道中は退屈で仕方無かったが、王都目前ともなると今や見るもの全てが新鮮だった。
王都バシレイアの城壁規模はアーレンとは桁違いで、しかも城壁の外部にも市が立っている。様々な地域から来たであろう人間たちで賑わっているようだ。
「何か美味そうな臭いがしているぞ、ユーキ。料理なんじゃないか?」
ハヤテは外の屋台が気になって仕方がないようだ。その一方で勇騎は目が釘付けになっていた。
「ドワーフだ!おっ、あれはエルフじゃないか?すげーっ!」
「何か一気にテンションが上がったなぁ、ユーキ。そんなに珍しいものなのか?」
「だって生まれて初めて本物を見たんだぜ。俺思わず感動しちゃったよ。いまさら変だよな、モンスターや騎士だって目にしてるのに。」
「?」
ハヤテには勇騎が何を言っているのかいまいち理解できなかった。一方の勇騎は未だ興奮冷めやらぬ雰囲気で続けた。
「この列ってもしかして入場待ちなのか?何か有名なテーマパークみたいだ。」
列の最後尾はこちらですという看板が出ていてもおかしくないほど王都の正門では多くの列が作られていたが、勇騎の馬車はそれらを尻目に優先的に通過して行く。
「見たかVIPパスポート!はっはー何分待ちだよあんたら?」
城壁を通過すると石畳の大通りが広がり、遠くには城が見えた。はしゃいでいた勇騎だったが、これからのことを考えて気を引き締める。
(とにかく目立つようなことは避けてつつがなくお務めを果たし、お役御免と行こうじゃないか。)
ーーー
「ようこそヴェラン卿。今宵は我が屋敷でおおいに寛いでくれたまえ。」
「お招きに与り光栄の極みです伯父上。ぜひお言葉に甘えさせていただきます。」
勇騎たちはマリーの母方の実家であるガルバーノ伯爵の屋敷で翌日に備えることとなった。
「まさかヴェラン卿がスタンピードを単身で鎮圧し、英雄の仲間入りを果たすとは私も鼻が高い。」
「ありがとうございます伯父上。しかし私のことは昔のようにマリーとお呼びください。」
「そうだな。堅苦しいのはよそう。マリーは我が妹のエルザそっくりで武勲は義弟殿に劣らない。儂はあの2人を目の前にしているようで嬉しく思うぞ。・・・しかし、アベルのことは残念であったな。」
「はい。兄はヴェラン家に恥じぬ戦いぶりでした。」
「そうであろう。・・・ん?何だアレは。えらい大きな狼と・・・子供か?」
勇騎とハヤテが馬車から降りるのを目にした伯爵は目を凝らした。伯爵の視線の先を追ったマリーはそこで気がついた。そういえば伯爵には何ら詳しい説明を済ませていないことに。
「あ、あれはその、伯父上?」
「やや?あの大きな狼はテイミングカラーを装着しておらんではないか!者ども、であえ、であえ!」
「お、お待ちください伯父上。あれは私の大切な仲間なのです。人を襲ったりする者たちではないのでお待ちください!」
「安心しろマリー。儂の屋敷で魔物などひとひねりに・・・って、いま何と言ったのだ?」
「ですからあの者たちは私の仲間なのです!」
「へ?」
遠くでガルバーノ家の衛士たちが派手に吹っ飛び地面を転がる様子を眺めながら伯爵は素っ頓狂な声を発した。
ーーー
「それは先に言ってもらわんとのぉ、マリー?」
「大変失礼いたしました。」
退屈していたハヤテが風魔術で吹き飛ばした兵士に大きな怪我は無く、かすり傷ですんだ。何だか褒めろとばかりに胸を張ってドヤ顔を決め込むハヤテに勇騎はいらついた。
(逃げりゃいいのに派手に転がしやがって。目立つなって言ったそばからこれかっ!説教だ、後で説教してやる。このバカちんがっ!)
「ふっ、まぁ良い。久方ぶりにいとしい姪に会えたのだ。しかしよく見るとこの狼は立派なものだな。」
伯爵がハヤテに寄ってしげしげと見ている。するとハヤテが何を思いついたのか荷物のところへ向かって、またすぐに戻ってきたではないか。ハヤテが何か伯爵に渡しているぞ・・・。
「ん、何だこれは?ブラシではないか?」
(ブラシかよっ!)
「は・・・、ハヤテ!?」
その様子を見ていたマリーがおろおろしている。何とも滑稽ではないか・・・、じゃなかった!
(何してくれとんじゃぁハヤテぇっ!)
伯爵は・・・怒るのか?怒り出すのか?勇騎はもしものために転移魔術の発動に備える。
「こ奴め・・・。」
(マズいぞ、ゆっくり怒りのボルテージが上がるタイプだ!)
「ふはははは・・・」
勇騎は転移するべくハヤテに近づき始めた。不穏な動きがあった瞬間に飛びついて転移する算段だ。
「よーし、よし。向こうのバルコニーで儂が手ずからブラッシングしてやろうぞ。」
勇騎は派手にずっこけた。
「何やっとるんじゃそこの者は?」
「お、伯父上。あの者は慣れない鎧でバランスを崩したのでしょう。ささ、ハヤテを連れてバルコニーへ参りましょう。」
すかさずマリーがフォローを入れる。
「よーし、腕が鳴るのぉ。そうか、お前はハヤテというのか?ういやつよ。」
朗らかにバルコニーへ向かう伯爵一行を勇騎は見送った。
「ソーマ様ぁ?大丈夫ですかぁ?」
「うん、大丈夫。ミーナお願い、起こして。」
ーーー
部屋で休息を取っていると従者が呼びに来たのだが、鎧も外さずにいる勇騎を見て訝しげな顔を隠さなかった。
(夕食をご馳走してもらうのは嬉しいのだが、果たして俺が一緒に混ざっていいのだろうか?)
勇騎の予想どおり食卓は剣呑な雰囲気に包まれてしまった。マリーが食事前に事の顛末を説明すると伯爵夫人はゴブリンと食卓を囲むなど不愉快だと席を立ってしまった。
(まぁ無理も無い。気にするだけ無駄さ。)
「マリーの身代わりに呪いでゴブリンに変えられたと言うのか?何ということだ!そういうことであれば
我ら親族一同、その恩に報いねばならぬ。」
もちろんどれだけ振り返ってもこれまでにそんなシーンは無かったのだが、これはゴブリンを受け容れてもらうために俺が創作した話だ。それにより俺は人格はそのままだが、姿はゴブリンとして生きる運命を背負うことになったという設定である。
何にせよ、元人間ということにすれば降りかかる火の粉もわずかばかり少なくなるのではと期待してのことだ。だが人間は差別と偏見を持つ生き物だから期待は裏切られることだろう。夫人の様子を見ても明らかだ。でも無いよりかマシだと考えておこう。
「ふむ、食事作法といいどうやら本当のことらしいのぅ。こんなことができるゴブリンなどいるはずがない。いや、面妖なこともあるものよ。」
伯爵の嫡男のアランも不思議そうにこちらを見ている。
「言葉まで奪われてしまうとは厄介な呪いですね。ソーマ殿が気の毒でなりません。」
「起こってしまったことは仕方あるまい。状態はどうあれ王が会うことを望んでおられるのだ。」
(しかしマリーはともかく魔物に会いたいとは妙な話だ。)
5 伏魔殿で踊れ
翌朝、勇騎たちは登城して馬車を降りたところ数人の貴族がマリーに近づいて来た。
「これはヴェラン卿。片田舎からはるばるご苦労なことですなぁ。」
「ジュナン閣下、このようなところまで。ご厚情痛み入ります。」
この嫌味なヒゲに小太りの男はエルネスト・ド・ジュナン侯爵だ。貴族派の重鎮にして枢密院の一員である。
「閣下、何やらこの辺は臭いますなぁ。どこだ。おぉ臭い、臭い。」
「マルドー卿、それはそこの者どもではありませんか。全く田舎者というのはどれも無粋でいけませんなぁ。」
芝居がかったこの男たちはどうやらジュナンの腰巾着らしい。
(誰にでもわかる侮辱をぶつけてくるとはうちの狂犬マリーが黙っているわけもなかろう。)
「これは皆様、大変失礼いたしました。なにぶん洗練されておりませぬ田舎の若輩故、以後気をつけます。」
マリーはつとめて平静を装っているようだ。このような陰湿なイジメも貴族である限りは日常茶飯事なのだろう。原因が何であれ激昂した者が不利な立場に置かれるのは、古今東西どこであってもだいたい同じだ。マリーは勇騎よりも若いが極めて大人の対応をしてみせた。だがその様子を眺めていたジュナンが片方の眉を吊り上げる。
「これお前たち、あまりヴェラン卿をイジメるものではないぞ。しかしヴェラン卿。卿ほどの強者がゴブリンを飼うとは一体どういうことだろうのぅ?夜が淋しいのならば儂が直々に相手をしてやっても良いのだぞぅ。」
ジュナンの言葉に腰巾着が下卑た嗤い声を上げる。公然の場における目に余る侮辱に我慢が出来なくなった勇騎は短剣に手をかけた。
(ぶち殺してやる。)
「待て、ユーキ。」
マリーは落ち着いた声で殺気を帯びた勇騎を制止した。
「む、貴様っ!いま剣に手をかけたであろう。」
勇騎の挙動を見咎めた腰巾着が喚く。勇騎は明後日の方向を向いて知らん顔を決め込んだ。
「おのれぇ、こ奴め!ヴェラン卿っ!閣下の御前でかような無礼っ、決して許されませんぞっ!」
「はて?何のことでございましょうや。」
マリーも相手を挑発するかのごとく口元に人差し指をあててすっとぼけて見せる。その様子に激昂した腰巾着が自らの剣に手をかけた。すかさずマリーは腰巾着を睨めつけて堂々と吐き捨てる。
「剣を抜きたくば抜けっ!決闘を申し込むと言うならば受けて立ちましょう。全員まとめてでも構いませんぞ。」
やくざ映画顔負けの啖呵に流石の勇騎も鳥肌が立つほど感動した。
(やばい、かっこいーぜぇマリー!貴族は戦うからこそ貴族なのであって、世襲権力が貴族の本質なんかじゃない。あのゴボウどもにはわからんだろうがな。)
見るとマリーの気迫を前にして腰巾着はお飾りの剣に手をかけたまま固まっている。腰巾着たちはロクに剣の稽古すらせず、日がな一日権力者相手のゴマスリやおこぼれに与るばかりなのだろう。言行一致することもなく、早くも手と足が震えているではないか。勝負はあっという間についてしまった。
「ふん、子爵風情が腕っぷしだけでは王国に居場所なぞ無いと覚えておけ。お前たち、行くぞ。」
ジュナンは忌々しげに吐き捨てると腰巾着を引きつれて行ってしまった。
勇騎は何か話しかける代わりにマリーの手をとった。
「・・・嫌な目に会わせてしまったな。」
勇騎はマリーの手を握りしめ、首を振る。その様子を見てマリーはやさしく微笑んだ。
ーーー
登城早々すったもんだはあったものの、ようやく勇騎たちは玉座の間にたどり着いた。前方を見やると、とてつもなく大きな扉が重々しく開かれる。
「スタンピードを鎮圧せし王国の英傑、マリー・ド・ヴェラン子爵。前へ!」
居並ぶ政治家、聖職者、官僚、軍人たちを前にしてマリーは威風堂々と玉座の正面まで進んで行く。勇騎とハヤテも練習通りにマリーの後方を左右に別れて付き従った。
さらに続いて玉座の間にオークジェネラルの首級が持ち込まれると、周囲は一斉にどよめいた。
「こんな怪物をこの手勢で?」
「あわわわわ・・・。」
「一体何尺あるのだ?」
「儂とてこのくらい」
「まさか!信じられん。」
マリーが立ち止まり跪くのを確認して勇騎とハヤテも拝謁の礼をとった。
玉座に鎮座するアンリ5世もその怪物を見て驚きの余り目を丸くした。
「面を上げよ。」
(年の頃五十代といったところか。)
勇騎はフェイスガード越しに上から見下ろす王の顔を確かめた。
「ヴェランよ。此度の働き、まことに大義であった。」
「はっ!ありがたき幸せにございます。」
「うむ。して、その者たちか。巷間流布しておる魔物の従者というのは。」
「いかにも。左様にございます。」
「であるか。どれ、許す。その兜を脱げ。」
王の言葉に勇騎はフェイスガードの裏で露骨に嫌な顔をして見せる。
(え?嫌だよ、お前らに顔を晒すなんて。どうせ気持ち悪いだなんだと騒ぎ出すに決まってる。くそったれ、もぅ!しゃーねーなぁ。)
勇騎はしぶしぶ兜を脱いで見せると案の定玉座の間がざわつく。明らかに侮蔑の視線と言葉が勇騎に容赦なく投げかけられた。
(ほら見たことか!もー、だから嫌だったんだよ。)
だが目の前の王は侮蔑のような劣情を感じさせることなく、ただひたすら無遠慮にまっすぐ勇騎を見つめている。思いもかけない王の行動を受けて、勇騎はその視線に何か値踏みされているような不気味さを覚えた。しばらくすると王が静かに告げる。
「ふむ、許す。何か言いたきことあらば申してみよ。」
王が言い放った言葉に側近が仰天して諌める。
「陛下!なりませぬ。神の代理人たる陛下が下賎を通り越して魔物と言葉を交わすなど、天地開闢以来前例がございません。並み居る貴族たちを前にして陛下の威信に関わりますぞ!」
「つまらぬ事を申すな。前例なくば朕が作るのだ。そら、話してみよ。」
この王様は何かおかしい、変わり者だと勇騎は直感した。そのやりとりを聞いていたマリーが慌てて間に入る。
「陛下、よろしいでしょうか。」
「何だ?申してみよ。」
「この者は呪いによりゴブリンの姿に変えられて言葉も奪われております。こちらの言葉を理解できても話すことはできないのです。」
最後の最後まで使いたくなかった爆弾をマリーが投下する。その爆弾発言に伴なって先ほどとは比較にならないほど玉座の間が騒々しくなった。
「何っ!こ奴は人間だと申すのかっ!」
ハヤテはこのやりとりに飽きて来たのかアクビをしている。相変わらずのマイペースっぷりだ。
(特に危険は無さそうだし、早く帰りたいぞ。さっきからガヤガヤと人間たちは何を話しているのだ?)
そんなハヤテの退屈をよそに玉座の間は大波乱に包まれていた。
6 王の目
玉座の間では結局、マリーの昇爵と星剣勲章、褒賞の授与が行われた。本来はこれにて勇騎たちは晴れてお役御免となるはずであったがどうにも雲行きが怪しくなってきた。式典とは別に王が個別に話を聞きたいと言い出したのだ。
「よく来てくれた。かけるがよい。所払いじゃ。お前たちは下がれ。」
王は勇騎たちを席に招くと同時に側近たちを部屋から遠ざけた。それを見たマリーが驚いた顔をしている。一体何を話すつもりなのか、勇騎には皆目見当もつかなかった。
「先の内戦、お前の父クロードの奮戦は儂の耳にも届いておるぞ。ふふふ、まさか奴の娘が英傑として再び頭角をあらわそうとは。儂も嬉しく思っておるのだ。」
「何ともありがたきお言葉。陛下の格別の思し召し、父もさぞ喜んでいるものと存じます。」
「うむ。お前は内戦の原因となった先王の暗殺および王太子廃嫡事件は知っておろうな。」
王の言葉を聞いたマリーはにわかに顔が青ざめる。勇騎も突然がらりと変わってしまった雰囲気に思わず息を飲んだ。
「はい、存じておりますが・・・、その。」
「ふふ、心配せんでも良い。たしかに儂はその事件によって王位についた。今さら蒸し返したのはどういうことかとお前は勘ぐっておるのだろう。だがな、儂は今でも我が兄を敬愛しておるのだ。今も我が兄が王でありつづけたならとも思っておる。つまるところ儂は王の器では無いのだ。」
「決してそんなことはございません、陛下!」
マリーが思わず大きな声を上げた。となりに座っていた勇騎はビックリして椅子から転げ落ちそうになった。
「興奮せずとも良い。まぁ落ち着け。」
「大変失礼いたしました。」
「お前の忠義、しかと受け取ったぞ。思えばクロードもそうであったな。この暗殺に続く廃嫡事件に疑問を抱き、ついに挙兵に至ったのも。無理も無い、儂だっておかしいと思っているのだ。将来王位を継ぐ王太子が父王を手にかけるなど。怪しげな者の讒言によりロクな捜査や裁判も無く、あっという間に王太子や王子が犯人に仕立て上げられてしまった。馬鹿げた話だ。儂にできることと言えば、彼らの助命のために身柄を近衛兵預かりとして幽閉することだけだった。」
「そろそろあの事件より5年経過します。大赦をなされては。」
「うむ、儂も何度も大赦を口にしておるのだが枢密院を無視して国王大権を行使することなどできぬ。無理も無い、先王を暗殺したのはあやつら枢密院の連中よ。」
「・・・!?」
勇騎たちは驚きのあまり絶句した。王は苦々しい面持ちで話を続ける。
「あやつらは今だに断固死刑に処すべきと言いよる。お前たちこそ首をくくれと言ってやりたいが、儂とて誰もいない桟敷に上げられた傀儡よ。それだけの力など無いのだ。」
「陛下・・・。」
「嗤いたくば嗤えばよい。だが幽閉された塔を見るたびに不憫で堪らないのだ。どうしても儂は王統を王太子であったシャルルに戻したいと考えておる。お前たちを呼んだのは他でもない。頼む!シャルルたちの力になってもらえまいか。」
なるほどと勇騎は思った。アンリ5世がスタンピードを単独で鎮圧したマリーたちに会いたがった真の理由がこれなのだ。外見上、シャルルはアンリ5世の正統性を覆す政敵のはずだ。これ幸いと殺してしまうことこそあれ、助命に奔走するなどあり得まい。だとすれば王の真意ではあるのか。
だが王といえども貴族の第一人者程度の権威しかないため、見方を変えれば王権と大貴族の権力争いに過ぎないとも言える。権力を持たない王の権力闘争、何らかの野心を抱いていないともかぎらない。その場の雰囲気に流されて首を突っ込みたくないものだ。
「無論です、陛下。この身、王の剣にして盾なり。身命を賭して王命を全ういたします。」
(首突っ込むんかいっ!)
二つ返事で即答したマリーの目がキラキラしている。美しい外見とは裏腹にかなりの脳筋だと勇騎はジト目でマリーを見やる。
(心配だぁ。放っておくと長生きしないタイプだぞこりゃ。)
「そうか、力になってくれるか。さすがは将官を多数討ち取った猛将クロードの娘よ!期待しておるぞ。」
「はっ!お任せください。」
「ところで・・・。」
先ほどとは打って変わり、王が勇騎に目を移す。またこの目だと勇騎は身構えた。
「お前はソーマと言ったか?先ほどは邪魔が入ったが・・・、お前は本当のところ言葉を話せるのではないか?」
「!!!」
途端に勇騎たちに緊張が走る。冷や汗とともに勇騎は毒づいた。
(この親父、食えねぇ奴だなぁ。ごまかしきれるか?)
「ふふふ、その様子だと図星ではないのか?儂を謀ろうなどと許されると思うてかっ!」
慌ててマリーが間に入る。
「お待ちください陛下。この者」
<ドンッ!>
「お前は黙っておれぃっ!」
言葉の途中でやおら机を叩き、王が吠えて見せた。肝を冷やす程の剣幕にマリーが黙りこむと王は鋭い眼差しで勇騎を睨めつける。
「で?どうなのだ。」
(どうする?逃げられんぞ。ここには王しかいないし、正直に話すべきか?だがそうなると王侯を騙したことになるし、そうなると・・・。詰んだ?)
どうするか悩んでいたのだが、一向に話さない勇騎を前に王は意外な言葉を口にした。
「ふん、話せないのか黙っているのか。黙っているのならひどく強情な奴だ。話す魔物など『存在の階梯』のようなはな」
「待ってくれ、いま何て言ったんだ?」
「あっ」
「!」
マリーが絶句している。どうやら考えを口に出してしまったようだと勇騎は悟った。
「そら見たことか。やはりお前、口が聞けるではないか。儂を謀っておったな!」
もはや後戻りはできないと勇騎は腹を括った。
「あぁその通りさ。俺はあんたを騙していた。だが俺はあんたを見誤っていたよ。想像以上の男だっば!?」
気づくとマリーが青ざめた顔で勇騎の口を閉じようとしている。
「馬鹿っ!口を慎めユーキ!」
「むががごが!」
(マリーちょっ、待っ!何だその馬鹿力っ?ギブギブ。あ、顎が・・・砕ける。)
ギリギリと万力で締め上げるようにマリーに下顎を鷲掴みにされて勇騎はひょっとこみたいに不細工な顔を晒していた。
「ふははは、良い。ヴェラン、その不届き者を解放してやれ。」
「ご無礼仕りました。」
「危ねぇ、顎が砕けるところだったぜ。あっ、頭蓋骨が軋む。」
<ゴトンッ>
「ほら、お前も頭を下げろ。」
鈍い音がしたが今度はマリーに頭を鷲掴みにされて机に頭を押し付けられてしまったのだ。ミシミシと頭蓋骨が悲鳴を上げていた。
「良し、許すっ!」
「お前、俺がか弱いゴブリンだって事忘れてねーか?一瞬、天国のじいちゃんに再会しちまったよ。」
あまりの扱いの酷さに勇騎はマリーに猛烈な抗議をした。
「わ、悪い。つい気が動転してな。すまなかった。」
「はっはっは、愉快な奴らめ。これほど笑ったのも久しぶりだ。ところで何だ?お前は儂に何を聞きたいというのだ?だがその前に。」
大笑いしていた王が真剣な表情に切り替わった。思わず勇騎とマリーが顔を見合わせる。
「この者とサシで話がしたい。ヴェランは席を外せ。」
ーーー
マリーとハヤテは部屋を後にし、勇騎だけが残された。
(あれだけ人前で話すことを嫌がっていたのにユーキはどうしたのだろう。王の言葉に引っかかるものがあったみたいだが。何だったか?いや、そんなこと今はどうでも良い。頼むから無礼をはたらかないでくれよ。)
「あんたが言ってた『存在の階梯』って?」
「ふん、やはりその事だったか。だがお前はどこまで知っている。申してみよ。」
漫然と説明しろと言われても相手にふさわしい内容を伝えるにはどこまで相手が知っているのか把握するのが手っ取り早いことは確かだ。
「魔石を持つ生命体は高次の存在に昇華する可能性を秘めている。その際、魔石は血肉として吸収されて消えてしまうという仮説だと俺は理解している。ただその昇華のきっかけもメカニズムも全く明らかになっていない。その根拠となっているのが歴史上いくつかの目撃証言だ。ただどの証言にも共通するのが、昇華した生命体は高い知能と膨大な魔力を保有する美しくも妖しい存在だということか。どこまで本当なのかわからないが次代の魔王になるという話もある。俺の知っていることはこの程度だ。」
勇騎が他の場所をぼんやり見ながら話をし終えて王の顔をうかがうと、王には驚愕の表情が刻まれていた。勇騎はそれを見て面喰らってしまった。
「お前一体どこまで知って・・・、いやそもそもどこでどうやってそれを知ったのだ?」
王が不意に席を立った。勇騎はいきなりのことにビクッとする。
「え?」
「え?ではない!これはとある破戒僧の記した禁書の内容だ。儂とて少ししか所蔵しておらん。全て焚書となったと儂は聞いている。なのに儂の知らないことまでお前は知っておるではないか。何故だ?どこかに蔵書が眠っておるとでも言うのか?それともどこかに弟子が逃げのびて師の教えを伝えておるのか?一体どういうことなのだ?」
そう言われればクロヴィウスの著書は全て破棄されてもおかしくないことに勇騎は気づいた。信仰の前提を覆す危険思想を教会が見逃すはずも無い。そうなればかつての弟子たちも師の教えを捨てない限りは命を狙われたであろう。しまった、話しすぎたと勇騎は後悔した。全て一気に話さなくとも相手の反応を見ながら小出しすれば良かったではないか。
「俺は傭兵として北方を遍歴していた時に行き倒れの僧侶を助けたことがある。その時聞いた話なんだが、胡散臭い話だったのでおとぎ話と考えていた。だがその俺が今や魔石生命体だ。しかも最弱のゴブリンとあっては『存在の階梯』が心の支えとなっても不思議はないだろう?」
「なるほど、筋は通っておる。だがいかんせんお前は嘘つきだ。この話、嘘ではあるまいな。」
(今までさんざん喝破してくれたんだ、通じるとも限らんが嘘をつき通して見よう。)
「ああ、俺は確かにその破戒僧とやらの弟子筋から聞いた。あんたの話を聞いて理解したよ。おおかた混乱が続く北方に活路を見出して今も教えを残しているんだろう。なるほどなぁ、そういう事だったのか。」
「ふむ。」
またあの目だ。この何もかも見通してやると言わんばかりに勇騎を貫く視線に気圧されながらも必死に踏みとどまる。
「良かろう。お前はまだ何かを隠してはいるが信じてやろうではないか。新たにわかったことがあれば必ず儂に伝えるのだぞ。儂は公爵時代、学究生活をしておったのだ。もし蔵書を見つけたら教会ではなく、必ず儂の下に持って来い。何なりと望むだけの褒美を取らせる。」
「わかった、約束だ。」
どうやら嘘であることがバレバレであったようだが、締め上げたところで本当のことを聞き出せそうにないとアンリは諦めたのだった。
(しかしこの親父、まさか自分が学究生活に戻りたいがために王太子を救わんとしているのではなかろうなぁ?どこまでも食えない親父だ。)




