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The RODEO with MONSTERS  作者: 将門来復
伏魔殿で踊れ
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伏魔殿で踊れ 2

7 真夜中の訪問者


勇騎たちはようやく全てを終えて帰宅の途についた。


「ユーキ、陛下に無礼をはたらいていまいな。」


「え?下手すりゃ手打ちの恐れもあるのに無礼をはたらく度胸は無いよ。安心してくれ。」


「陛下への言葉づかいと言い、それが心配なのだ。」


「マリー、俺はあいつの臣民でも家来でもないんだ。あいつとは一人の男と男として向かい合った。それだけだ。」


「かっこつけても私は納得しないぞ。これだからユーキ、お前というやつは。」


「わーかったわかった。今度からきちんとするから、今日はこらえてつかーさい。」

(しかしあの男、クロヴィウスのことを調べていたようだな。何が目的なのか?)


ーーー

「おおマリー、よくぞ戻った。お前の一世一代の晴れ舞台、しかとこの目に焼き付けたぞ。儂は、儂は・・・。」


年齢を重ねると涙もろくなると言うがガルバーノ伯爵は感極まった様子だ。


「マリー、いや。ヴェラン伯爵とお呼びすべきか。立派になったね。」


ガルバーノ家嫡男のアランも満面の笑顔でマリーを讃えた。


「伯父上、アラン兄様。お二方の支えあってマリーは此度の栄誉を勝ち得ることができました。ありがとうございます。」


「うむ。そうなると今度はマリーの婿を探さねばなるまいな。伯爵家となったヴェラン家を潰すようなことがあらば儂はクロードとエルザに会わす顔が無くなってしまう。儂が愛しい姪のために必ずや相応しい婿を見つけてやろう。」


マリーがその言葉を聞いてギョッとする。武勲を立ててさぁこれからという時に家に縛られてしまうことを内心こころよく思っていなかったからだ。


「え?えーっとー。あ・・・、あははは。」


アランがその様子を見てマリーの内心を看破したようだ。やれやれとばかりにかぶりを振った。


「父上、マリーはヴェラン伯爵家の当主なのです。今しばらく世の中、特に貴族社会の荒波を経験させてからでも遅くはございますまい。伯爵家の婿養子になりたい次男坊など山ほどおります故。」


「むっ!そ・・・、そうか?だが何事も適齢というものがある。ほどほどにせいよ。」


「はっ、心得ております。」


ガルバーノ伯爵を上手く丸め込むとアランはマリーにウィンクした。どうやらいとこ同士の絆は強いらしい。

勇騎は彼らの一連の様子を見て少しの寂寥感を感じた。勇騎にはこの世界に親兄弟など存在しない。自分が独りぼっちであることに絶望を感じたこともあった。でも、だからこそ仲間を大切にして自分の世界を新たに構築していかなければならないとも感じるのだ。

(俺は仲間のために俺自身を惜しみ無く与えよう。俺がいつの日か与えられるために。)


ーーー

さて就寝しようという時分にガルバーノ伯爵家の王都別邸へ招かれざる客が訪問したようだった。何やら玄関ロビーが騒がしくなっていることに勇騎は気がついた。


「これはガルバーノ伯爵。夜分遅くに申し訳ございません。」


隠れて階下を覗くと帽子、コート、ズボンから全身黒づくめの男たちが玄関先に集合していた。不愉快そうな調子で伯爵と家人が総出で応対する。


「だったら訪ねなければよいではないか。貴様ら何用だ。」


「いえ、こちらにヴェラン伯爵様一行がご滞在されているとの噂を耳にしまして。是非ともお話を伺いとうございます。」


「ヴェラン伯爵など我が屋敷にはおらん。帰れ。」


「左様ですか。ならばいたしかたありません。こちらをご覧ください。」


ガルバーノ伯爵は不敵な笑みを浮かべる男が突きつけた書状を見ると、ヴェラン伯爵の拘束を命じる公文書であった。

(せいぜい貴族派の奴ばらの仕業であろう。王党派の新たな旗手となりつつあるマリーを潰そうという魂胆か?)


「何の冗談だ。ヴェラン伯爵を拘束だと。馬鹿も休み休み言え。」


「冗談ではございません。ヴェラン伯爵には国王陛下暗殺未遂の容疑がかけられております。」


「馬鹿馬鹿しい。国王陛下に危害を加えたとでも言うのか?陛下のご様子はどうなのだ。」


質問を受けた男は都合の悪い質問を受けたのか一瞬眉を顰めた。しかしすぐに余裕があるかのように言い放つ。


「いいえ、陛下に異状はございません。」


「なら容疑などとはいかなる了見なのだ。事と次第によってはお前ら覚悟せいよ。」


「伯爵、私は未遂と申し上げたはずです。」


「屁理屈を抜かしよって。ヴェラン伯爵が何をしたというのだ。」


「それは伯爵に関係ございませんので、お答えいたしかねます。」


にわかにガルバーノ伯爵の雰囲気が怒気に包まれた。


「うぬら、そんな言い逃れで儂の城に土足で踏み込むつもりか?おい、あれを持って来い。」


「既に御身の側に控えております。」


予知者のごとく執事が伯爵に剣を手渡した。黒服の男たちがその様子を見てざわつき始める。


「そんなものを持ち出して来られても。我らは国王陛下の官吏なのですぞ。わかっておいでなのですか!」


「おお、わかっておるとも。国王陛下の名を騙って国王陛下の勅許をいただきし不介入の特権を侵そうとする不届き者を成敗するとなぁ。」


「国王陛下への明確な反逆行為ですぞ!」


「何を言う?儂は陛下に反逆などしておらんではないか。」


「何ぃ?どっ、どういうことかっ!」


「儂は先ほど言ったであろう。お前という不埒な男を成敗するのだ。傲慢にも慣習法を乗り越えて特権を侵そうというお前個人をなぁ。お前は陛下ではあるまい。」


伯爵もさすがにパルルマンの法服貴族だけあって重層的な権利関係を巧みに利用し、吏員の介入を阻んでいた。

そして息子のアランはその頃ガルバーノ伯爵の意図を汲み取り、伯爵が吏員を押さえている間にマリーたちを王都から逃す手はずを抜かりなく整えていたのだった。


「マリー、災難だったね。私も父上も君の味方だ。心を強く持つんだよ。私たちは全力でマリーを支援する。絶対に、いつの時も何があろうともだ。」


「アラン兄様。ありがとうございます。伯父上にはどうぞよろしくお伝えください。」


「ソーマ殿、ミーナ、ハヤテ、マリーをよろしく頼みます。」


「あぁ、任せてくれ。」


「かしこまりました。アラン様。」


勇騎たちは屋敷の裏手から敷地の外へ抜けた。すると通りの向こうに運河が見えてきた。


「あそこから地下水道へ入れる。急ぐぞ。」


勇騎たちは柵を乗り越えて河岸をまっすぐに進むと排水用のトンネルが見えて来た。


8 地下水どうでしょう


「エドガーさん、これは?」


「それは王都地下水道の地図でございます。」


「地下水道?何故こんなものを俺に?」


「王都は広うございましてなぁ。もしソーマ様がお一人で迷子になられた際に地上を歩いておられたら危のうございましょう?地下を通って王都の外や伯爵邸近傍に避難する緊急手段があった方がよろしいのではないかと。」


「え、でも俺は転移魔術を使えるって知ってるよね?」


「王都の外壁には侵入や逃亡を防ぐ魔術結界がございましてな。王都から逃げ出さねばならぬほど最悪の事態に見舞われた際、いかにソーマ様でも魔術で王都の外には抜け出せませんぞ。」


「そ、そうかい?お心遣いどうも。」


勇騎はいまいち真意がつかめなかったものの、万が一もあるかもしれないと受け取っておくことにした。見るとエドガーはにっこり笑っている。


「ではお気をつけて。」

(なるほど、エドガーの奴。ヴェラン邸を出発する際に妙な事を言うなぁと思っていたが、こういう事態を予測していたって訳か。はなから俺への気遣いなどではなく、俺に先導しろって話じゃねーか。そこは説明しろよ!)

勇騎はロクに説明もしないエドガーに毒づきながらも事態を整理する。

(事実上のクーデタで王国を牛耳っている貴族派から見れば王党派の急先鋒だったヴェラン家は不倶戴天の敵。のこのこ王都にやって来たこのタイミングでアヤをつけて抹殺しようという腹か?なんだか知れば知るほどこの事態は予想がつく。エドガーは絶対俺に黙っていたな!何が「お気をつけて」だ、あんの野郎っ!)

勇騎は小さく火炎魔術を灯しながら地図を便りに地下水道を走り続けていた。


「次は左に曲るぞ。」


「待て、ユーキ!その先に誰かいるぞ。」


勇騎はハヤテの警告に立ち止まる。明かりを灯しながらだと風魔術は使えないため機動戦は不可能、かといって明かりを消して暗闇の中戦うのも分が悪い。追手でなければ良いが。


「あれ?あれれれ?」


曲がり角の先から何者かの声が聞こえて来た。勇騎たちはとっさに戦闘態勢を取った。


「どうしたの?そのまま進んで来ればいいのに。何で止まったの?」


現れたのは若い細身の男だった。身なりこそ一般人と変わらないが、漂う雰囲気が底知れぬ狂気を感じさせた。


「お前は何者だ?そこで何をしている?」


「おお、本当にしゃべるんだね。すごいよ君ぃ!でも死んじゃうんだねぇ、残念だねぇ。」


勇騎の問いかけに目の前の男は嬉しそうにはしゃいでいる。どうやら敵であることは間違いないらしい。


「全員殺してもいいよーって言われてるんだー。」


「貴様は一人か?一人で何ができる!」


マリーの問いかけに男は憮然とした表情に切り替わる。


「もぅ、テンション上がって来たのにつまんないこと聞くよねぃ。もっちろん一人に決まってるよー、獲物を横取りされるなんて許せないんだぅわっはー!」


「ひぃっ!」


ハヤテの背につかまっていたミーナが恐怖に声を上げた。その声を聞いて男は嬉しさのあまり大きく目を見開く。


「だ・か・ら・」


周囲の空気が張り詰めた。男の目が途端に鋭くなる。


「死んでもらうよ。」


冷たい声で告げると同時に男は一直線に距離を詰めて来た。

<ガキンッ>

音と同時に火花が散った。勇騎は短剣で相手の剣戟を受けたのだ。


「重っ」


勇騎は相手の一撃を受けるのではなく、風魔術でいなすのを得意としていたため想定外の衝撃にたじろぐ。男はその機を逃さず回し蹴りで勇騎を後方に吹っ飛ばした。機敏にハヤテが回り込んで勇騎を体側で受け止める。

蹴りでバランスを崩した男にすかさずマリーが斬りかかると男は腕を薙ぐように持っていた鉈をマリー目がけて投げつけた。


「何の!」


マリーは何とかレイピアで鉈を弾き、男に追撃を食らわそうとしたところ目の前に男の姿は無かった。それにも関わらず男の声がマリーの耳に飛び込んで来る。


「あーあ、避けられちゃった。」


「マリー横だっ!」


「!!」


マリーはとっさに防御しようと身を捻ったが、横っ腹に強烈な蹴りが突き刺さると同時に側壁まで吹き飛ばされた。


「がはっ!」


「お嬢様っ!」


マリーは呼吸困難に陥り、苦しそうな表情を浮かべている。何一つ身を守る術を持たないミーナが危険も顧みずマリーの下に駆け寄って抱き起こした。


「あれれ?弱いねぇ。王国の英傑じゃなかったの?」


男は全く攻撃の手を止めて顎の辺りを触りながら首を傾げている。あまりの手応えの無さにがっかりした表情を隠しもしない。


「何て奴だ。」


勇騎は赤子の手を捻るかのように弄ばれる状況に戦慄していた。自分たちよりも圧倒的に強い敵を前にして何とか勝機を見出そうと頭を回転させる。


「つまんないよー?どうしたのー?ねぇ聞いてるー?」


「ハヤテ、お前は暗闇でも水路を進んでマリーたちを運んで行けるか?」


「ああ、もちろんだ。我に任せろ。」


「ならばこの地図を持って先に行け。俺が時間を稼ぐ。後でまた会おう。」


一向に立ち向かって来ない勇騎たちを前にしびれを切らした男が無造作に勇騎に近づいて来た。


「君ぃどうしたのー?何、さっきから変なうめき声上げてさぁ。もしかして泣いてるぅ?泣いてるんでちゅかぁ?ばぁぁぶぅぅ。」


勇騎は火炎魔術を解き、風魔術で周囲の水を巻き上げた。男も巻き上がった水に巻かれて不愉快な顔をする。


「暗いしー濡れるしー。何やってんのー?」


「そうだな。最悪だ。」


「はぁん、そう言うこと。陽動って奴ぅ?」


足音の遠ざかっていく音が地下水道内にこだまする。勇騎は笑って見せた。


「お前と二人っきりになりたくってさぁ。いいだろう、こういうのも。」


「キモいなぁ。僕から楽しみを奪うなんて君ぃ。簡単に死ねなくなるんだよぃひっひっひ。君ひとつを大事に大事に大事に大事に大事にグチャグチャにしないとねぇ。あはぁ、忘れられない夜になるんだよぅ。」


「そりゃ楽しみだ。行くぞ!」


夜目がまだ利かないため当てずっぽうだが、勇騎は相手の急所目がけて短剣を繰り出す。だがそこに手応えは無かった。次の瞬間、勇騎の頭部側面に展開していた風魔術のゆらぎを感じた。それに伴ない風魔術を強めて身体も回避行動を取る。風を切る音をさせながら重たい一撃が鼻先をかすめたのを勇騎は感じ取った。


「あれれれ?ヌルッと外れたよん。でもね。」


勇騎は回避して次の行動に移ろうとしていた矢先に顎の近くに風魔術のゆらぎを感じて、とっさに退いた。

(馬鹿な!いま何をした?)

相手からの全力の攻撃を躱したばかりなのに、次の瞬間に致命打が飛んで来ようとは!こいつの動きはおかしい。手足が何本もあると言うのか?


「ありゃ?マグレじゃないねぃえぃっ!何このヌルヌルゴッブリーヌ?僕は本気で当てにいったんだよぅ?」


打撃の激突の瞬間に風の膜が弾いているとは言え、いつまでもこの男に対峙しているわけにもいかない。この男はまだ本気など出していないだろう。どんな隠し球を持っているか知れたものではなかった。なおも相手からの攻撃が矢継ぎ早に続き反撃の糸口すら見えない状況に勇騎はパニックを起こしそうになる。このままではジリ貧だった。

(風の防壁だって強烈な打撃を真正面から受けたら貫かれるんだ。この暗闇で回避動作が間に合わなければ致命打をもらうぞ。)

勇騎は藁にもすがる思いで敵の気を逸らそうと声をかけた。


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」


「何なに?言ってみなよ。面白いことをさぁ!」


男が嬉しそうに大きな声を上げる。荒れ狂う暴風雨のような打撃にストップがかかった。


「お前の身のこなしって、何かの武術なのか?」


勇騎の問いかけに男は落胆したようだ。大きなため息が聞こえる。


「何かと思えばそんなことかぁ?つまらんヌルヌル君だねぇ。もっとこう面白いヌルヌルを聞かせて欲しいんだよ!」


「面白いことなんてちょっとした手品くらいしか見せるもんがねぇしなぁ。」


「えぇっ!君ぃ、奇術師かい?俄然興味持っちゃったよ僕!見たいなぁ、ぜひ見たいよ!」


何気なく言った一言が思いのほか相手の気を引いたことに勇騎は取っ掛かりを見出したような気分になった。


「じゃあ教えてくれよ。」


「いいよ、いいともさぁ!これは体術ヘカトンケイル。あらゆる挙動を打撃に変える古代の武術さぁ!僕が師匠を殺して受け継いだぁこの世で唯一正統な後継者だぁ!」


「どんな態勢からでも次の打撃を叩き込めるってわけか?」


「君ぃ、ゴブリンの割には飲み込みいいねぇ。キモさ2割増しさぁ!」


「ありがとよ、かかって来な!お礼に俺の手品も見せてやんよ!」


「ひぃぃいぃぃぃやっはぁぁぁあ!」


感極まった男は一直線に勇騎に向かって来た。勇騎はお決まりの強欲の淵を展開する。


「は?」


男の攻撃はそこでピタリと止まってしまった。男は血相を変えて勇騎から距離を取る。驚愕の面持ちで男は勇騎に尋ねた。


「今なにをしたぁ?」


矢継ぎ早の攻撃が続くと思っていた勇騎も目の前で何が起こったのか、何故男は百烈打撃を見舞って来ないのか全く見当もつかなかった。男も勇騎もお互いにクエスチョンマークが浮かんでいる奇妙な時間が流れる。だが、うろたえている男を見ればわかる通り起死回生のチャンスであることは明らかであった。気を取り直した勇騎はひとりごちる。

(チャンスの前髪ってか?手放さないぜ!)

努めて平静を装いながら男に言い放った。


「どうした?来いよ。手品が見たいんだろ?」


勇騎は片手をクイクイっと動かし男を挑発してみせた。


「うおぉいゃおー!」


奇声を上げつつ男は勇騎に打撃を繰り出すとやはり次の連撃は起こらなかった。一発、一発と平凡なパンチ、キックが続くだけで勇騎が短剣で反撃すると驚いたように後方へとバック転で回避する。暗闇で確認しようが無いが男には焦りが見えるかのようであった。


「どうした?お前にはヘカトンケイルがあるんじゃなかったのか。どうして使わない?」


「くぅっ!やっているぅ、やっているんだよ。何故打ち消されるぅ?」


男はもはや焦りを隠さなかった。こんなことは生まれて初めてなのだろう。かみ合わない歯車によって全体の調子が狂ってしまったかのようだ。

その一方で勇騎は単調な攻撃を読み取ろうとしていた。懸命にヘカトンケイルを発動しようとする男のリズムを捕らえることに成功すると、男の打撃を吸収した瞬間に風魔術で圧縮した空気をカウンターで男にぶち込んだ。


「手品の総仕上げだ。お代は要らないぜ。」


男は3方向からすり潰されるかのように側壁に叩きつけられた。


「ごはっ!かっ!」


男が倒れたまま血反吐を吐いた。今もぜいぜい肩で息をしている。


「俺たちを追うなよ。次に会えば殺すからな。」


「待て!僕はぁ、はぁっ。君っをぉぉぅ・・・。ぜぇ、絶対にぃ。はぁはぁ、追うぞぉ。ここで、・・・殺っすぇ!」


仰向けに倒れたまま男は息も絶え絶えに叫んだ。勇騎は一瞬悩んだが振り向きざまに吐き捨てる。

(見かけによらず潔い野郎だ。)

「ならばその時まで待つ。じゃあな。」


9 闇に飲まれて


勇騎はホバーで地下水道を疾走していく。朧気ながらルートを覚えているつもりだが、あの迷路のような地図を一つも間違うことなく覚えているとは思えなかった。


「たしか次の角を右だよなぁ。」


先ほどから記憶を頼りに進めば進むほど疑心暗鬼に陥っていくのだ。全力で進んでいるのに先行するハヤテたちに全く追いつく気配が無い。残酷なほど地下道は真っ暗で弱気になれば今にも飲み込まれてしまいそうだ。

(俺はやはりどこまで行っても無力だ。)

何故自分は戦っているのか。安全な場所で何事も無く年をとって死んでいく。あらかじめ決められた人生だったはずだ。他人に無関心で、自分さえ良ければそれで良くて。それが今や自分の命が脅かされているにも関わらず、仲間と思い定めた存在を死んでも守りたいと思う自分がいる。

(本当にそうなのか?)

(どういう事だ?)

(今頃お前を捨て駒にしてほくそ笑んでいるのではないか?)

(そんなはず無い!)

(あぁ良かった。ゴブリン一匹で命が助かる。安い買い物だった。)

(違う、黙れ!)

(お前の行く先には絶望しか待ち受けていないのだ。)

(それでも俺は・・・。)

勇騎はそこで我に返る。耳を澄ますと複数の足音が聞こえて来たのだ。間違いないと勇騎は確信する。

(絶対に間違いは無いはずだ。早く追いつかないと心まで迷子になっちまうよ。)

角を曲った先に走る人影が見えた。勇騎は泣きそうになりながら速度を上げて前方の人影に追いついた。


「ソーマ様!」


息を切らしながら走るミーナが振り返って叫ぶ。

(いかんな。気をしっかり持て、相馬勇騎!まだ安心するなよ。)

「マリーの具合はどうだ?」


「はぁはぁ、あれから気、・・・を失ったまま、・・・です。」


「よし、一度休憩しよう。ミーナはこれを飲んでおけ。」


勇騎はポーションを取り出してミーナに手渡した。


「は、はひぃ。」


勇騎はマリーの具合を確かめる。

(吹っ飛ばされて頭を打っているかもしれん。あそこに留まってはいつ殺されるともわからんかったし、苦汁の選択だったが。)

急いでマリーに回復魔術を発動する。その隣ではミーナがしきりに自分の足を気にしているようだった。それを見た勇騎はミーナに声をかける。


「その靴では走りにくかったろう。ミーナは靴を脱げ。俺が回復魔術をかけてやる。」


「ありがとうございます、ソーマ様。お嬢様は大丈夫そうでしょうか?」


「医者じゃないから何とも言えないが回復魔術は全開で施した。骨折も治したので大丈夫であってほしい。よし、これで良いだろう。ミーナもあともう少し頑張ってくれ。」


勇騎は一通り施術を終えると改めて王都地下水道の地図を頭にインプットする。王都の城壁を越えたすぐ近くに水道の出口がある。そこには王都警備隊の管轄する水門詰所があるようだった。


「よし、今から再スタートだ。行くぞ。」


「はい!」


勇騎たちは全速力で駆け抜けて行く。もしかすると追手が気づいて水門の方から迫っているかもしれないが今は進むしかない。

それにしてもあのヘカトンケイルの使い手はあの黒づくめの吏員とは別口なのだろうか。それというのも吏員にマリーの殺害は許可されているはずがない。その一方であの男は殺害許可を得ていた。敵は地下水道に目をつけ、そのまま闇に葬ろうと画策したのだ。となれば硬軟両方の手を使ってマリーたちを追い詰めようとしたということだ。いずれにせよマリーを王都に残すとろくなことにならないだろう。

あのジュナンという男の事を勇騎は思い出す。枢密院のメンバーということだが、よもやあのような男が一連の絵図を描き上げたブレーンなどではあるまい。真っ昼間に公然とマリーにちょっかいをかけてド派手なしっぺ返しを喰らうような間抜けだ、あれは頭の回らない小物の部類だろう。こういう搦め手を使って来る手強い人間が影に隠れているのか。地下道の暗殺者は頭のおかしい男だったが、おそらく殺したって口を割るような奴ではなかった。何ともガードが固いものだ。

全く想像通りの伏魔殿ではないか。正直、誰かの手の上で思い通りに転がされているような気がして吐き気がする。誰がこんな真似を。ちっぽけなゴブリンに仲間を守り切れるのかと不安に押しつぶされそうになる。


「ソーマ様。」


「・・・。」


「ソーマ様ぁ!」

<!>


「な、何だぁ。ミーナじゃないか。」


「もう、さっきからずっとどうしたんですか。」


「あぁ、ごめん、ごめん。ちょっと考え事してたんだ。」


ミーナは勇騎に無視されてぷんすかとまじおこだった。


「それよりもこの先に見える鉄格子って水門じゃないですか?」


言われて勇騎が遠くを見やると暗闇に月明かりが差し込む鉄格子が確認できた。どうやら終点のようだ。勇騎たちはいったん立ち止まり警戒を強める。


「どうやら近くに衛士はいないようだな。よし、このまま進もう。」


走って近寄っていくと開口部全体にがっちりと鉄格子が設置されていた。どこを見ても抜けられそうな隙間が無いことにため息がこぼれる。


「うーんどうしたものか?」


「そ、そんなー。私たち捕まっちゃいますぅ〜。」


ミーナは今にも泣きそうな顔をしている。


「まぁ落ち着けよミーナ。」


「え?」


「使いたくないが水門をぶっ飛ばす。」


「えぇっ!?」


「静かにしんさい。もう、やる前から見つかっちゃ意味ないでしょ。」


勇騎はミーナたちを後方に下がらせて爆炎魔術を放つ。


「あちっ、あっつー」


「あちゃちゃちゃ」


思いのほか威力が大きく熱風が吹き荒れたのだ。しかし開口部は鉄格子もなくなり5メートルはあろうかという大きな通路になった。


「よし、ミーナ!ハヤテにつかまれ。詰所の衛士が集まる前に全速力ホバーで外に突っ切るぞ。」


一方、詰所では水路から爆音とともに炎が吹き出すのを確認して大騒ぎになっていた。


「おい、状況を報告しろ!何だ今の爆発は?」


「けが人はいないか。」


「集合しろお前たち!水門に急行するぞ。」


「応援だ、応援を呼べ。大至急だ!」


水門の爆発という前代未聞の事態に詰所の対応が遅れている。深夜の大騒乱に慌てふためいた衛士たちを尻目に、ゴブリン一行はまんまと城壁の外に逃げ出す事ができたのだった。偶然にも一部始終を遠くから眺めていた衛士が同僚に確認する。


「おい、今黒い塊が水門から飛び出さなかったか。」


「馬鹿言ってねぇで、早くお前も準備して行くぞ。」


10 臥薪嘗胆


勇騎たちは命からがら王都を脱出し、転移魔術でヴェラン邸の敷地に帰って来た。


「うっはー!逃げきってやったぜー!」


「た、助かりました〜。」


「我も疲れたのだ。」


勇騎たちが芝生でぐったりしていると1階の明かりが灯される。大声に気がついて目を覚ました使用人のトマスが飛んで来たのだった。


「こんな遅くに誰だー!って?お嬢様?」


「トマスさん、お嬢様を運ぶの手伝ってください。」


就寝していた家令のエドガーも深夜の喧騒に外へ出て来た。


「当主様!当主様ではありませんか?これは一体。」


「俺はマリーを守り抜いたぜ。もう俺は寝るぞー!おやすみ。」


トマスとエドガーは顔を見合わせる。とりあえずこんなところに放り出しておけないので一人一人屋敷の中へと運んでいった。


ーーー

翌朝勇騎たちは当主執務室に集められて状況の分析をすることになった。


「・・・というのが俺の見立てた事態の顛末なんだが、エドガー。あんたこうなることわかってて俺に正確なことを伝えなかっただろう?どういう事だ!」


勇騎は顛末を伝えると同時に積もりに積もった怒りを爆発させてエドガーを糾弾する。


「はて?私はそんなことを見通せるほどの洞察力はございませんぞソーマ様。」


「何をーっ、このタヌキ親父めーっ!むきーっ!」


エドガーの煽りにユーキは怒りが頂点に達している。その2人を前に当主のマリーはおろおろしていた。


「ま、待ってくれユーキ。エドガーもそんな木で鼻を括ったような態度をとらないでくれ。落ち着いて話をしよう。なっ?」


「仰せのままに。」


「ふぅっ。だが私もユーキと行動を共にし、ユーキの見立てがまさしく正鵠を射るものだと思っている。私の思慮も全く足りなかったという訳だ。すまない。」


「あの伏魔殿で上手く立ち回れるのはアイツらと同じ悪魔だけだろうさ。思慮が不足しているのはその通りと敢えて言わせてもらうが、マリーが悪い訳じゃない。」


若くしてあんなところに放り込まれたらマリーでなくとも気の毒と言わざるを得ない。


「だが貴族派の連中は俺たちを地下水道にいぶり出して殺そうとしたんだ。ヘカトンケイルの使い手を刺客としてよこしたんだぜ。」


その言葉を聞いたとたんエドガーが青ざめる。


「ヘカトンケイルですと?よくぞご無事で戻られましたなぁ。」


そのエドガーの言葉が嫌味に聞こえた勇騎のボルテージが再度高まる。


「何だとこの野郎っ!」


勇騎が今にも飛びつかんばかりに怒鳴りつけると一転、エドガーが席を立った。


「何だ?やろうってのか?」


その勇騎の言葉にエドガーは膝をついて謝罪の言葉を述べ始めた。


「私の考えが浅はかでございました。まさか古の殺人拳の使い手まで擁しておろうとは。その場で皆殺しにあっても何ら不思議は無いのです。当主様と当家の従者をお守りいただき、感謝してもしきれるものではございません。ソーマ様のお気の済むまで、このエドガーめを打ちすえてくださいませ。」


「な、何だよ急に?たしかにトンデモなかったけど、そんなにヤバいのか?ヘカトンケイルって。」


「はい。文献によれば対人戦闘では止めようがない連撃の嵐が吹き荒れ、狙った獲物は死ぬまで離さないとあります。最近の風聞では王都の武術大会で剣聖と呼ばれたチャンピオンに反撃を許すことなく、あっという間に葬ったそうです。それ以来、ようとして行方が知れなくなりましたが。」


エドガーの説明に勇騎はぞっとする。あろうことかいつでも相手になってやると言わんばかりの捨て台詞を残して来たではないか。お礼参りに来られたら今度こそブチ殺されるのは目に見えている。


「しまったなぁ。助けないで殺すべきだったのか。」


「助けたですとっ!?何故なのです?」


「いやぁ、拳の伝承者がアイツしかこの世にいないらしくてさぁ。ここで殺したらあんなに強い武術が永遠に失われちまうんだろ?もったいないじゃん。死ぬ寸前までボッコボコにしてやったし、もういいかなぁなんて。」


「ソーマ様ぁ!そ奴は枢密院の犬なのですぞっ。その時、・・・その時にトドメを刺しておけば。」


「ん〜、まぁそん時ゃそん時だ。そんなことよりもエドガー。その傲慢さが俺たちを危険に晒したってことをだなぁ」


「心得ております。これからは必ずや私の知りうる事柄すべてをソーマ様にお伝えいたします。」


「俺だって命張ってあんたの主人を守ってるんだ。いつまでも捨て駒扱いじゃぁやりきれねぇよ。」


勇騎は暗闇で生じた疑心暗鬼の影響を脱してなどいなかった。その証拠に心に刺さった刺が今だに疼く。いつもなら飲み込むはずの言葉だったのに。何故こんなことを口走ったのか自分でも理解していなかった。その言葉にマリーが色をなして反応する。


「ユーキっ!私は・・・、当家は断じてそんなこと考えていないっ!だから・・・。」


「あぁ、俺もどうかしちまったな。取り消すよ。」


しまったと勇騎は思った。重苦しい空気が執務室を包む。皆おし黙ってしまった。

(俺は力が弱いだけでなく、心まで弱いダメな奴だ。だが、そんなこと今は関係ない。俺はこの世界で生き抜くって覚悟を決めたじゃないか。これからだ。これからが重要なんだよ。)

勇貴は大事な局面で亀裂を生じさせるようなことを述べた失敗を埋め合わせるためにも前向きな方向で話をしようと切り出した。


「そんなことよりさ、これからだよ。枢密院の奴らだって、絶対ただじゃあ引き下がらないだろ?今頃マリーの身柄を引き渡せって最後通牒でも準備してるんじゃないか?」


「さ、左様でございますな。この時間を活用して先手を打たねばなりません。」


エドガーも自らの失態に落ち込んでいる場合ではない事を悟り、勇騎に同調する。


「クロードは挙兵したんだろ?」


「ユーキ、滅多なことを言うものではない。」


勇騎の口にした不穏な言葉に驚愕したマリーは直ちにその言葉を否定して見せた。しかし意外にもエドガーは勇騎の考えに全面的に賛同のようだった。


「お言葉ですが当主様。あながちソーマ様のおっしゃることも間違いではございません。貴族派は無実の罪を着せた上に、王党派の旗手として頭角をあらわす当主様を亡き者にしようと画策したのです。この機を逃すまいと無体なことを言い出すに違いありませんぞ。」


「だが私には荷が勝ちすぎるのではないだろうか。」


まだマリーは迷っていた。自分が一国を揺るがす大きなうねりの中心に躍り出て、その役目を果たすことができるのか。クロードは隠れなき不義を前に、臆することなくその身を投じて果敢に戦い抜いた。だが、それは父が自分におよびもつかないほど偉大な人物であったからなし得たことだ。対して自分は日々小さな事に迷い、運命をねじ伏せてみせる力を持ち合わせていない。そんなことばかりが頭に去来する。

煮え切らないマリーを前に勇騎は焦っていた。どう考えても蜂起する以外にマリーが生き残る道は無いのだ。言うまでもなくあの国王など当てにできない、貴族派は白を黒と言いくるめるほど強大な権力を握っているのだから。


「マリー、アンリが言っていたことを思い出してくれ。国王ですら無実の罪に問われたシャルルたちを救えなかったことを。現に今でも国王は蚊帳の外だ。いくらガルバーノが法服貴族でも法廷で勝ち目なんて無い。しかも罪状は国王暗殺未遂だ。国家反逆罪が適用されて必ず死刑が言い渡されるぞ。」


「起とうとも死、起たずとも死か・・・。」


勇騎の言葉にマリーは逃げ場の無い窮地に立たされたことを悟った。だが、これは決してマリーの意気を挫くものとはならなかった。マリーの全身の血が熱くたぎり出すとともに、力強くマリーは宣言する。


「ならば我が思いは一つ。亡き父上の無念を晴らすために起ち上がろうではないか。」


マリーはついに腹を括った。思えばこれも自分の運命なのだと。今までは何事も迷うことなく突き進む父の姿を思い描いていたが、英雄とて最初から英雄だったのではない。弱さを持つ人間なのだ。クロードも岐路に立たされて今の自分同様迷ったに違いない。マリーは正面から受け止める。自分も父の血を受け継ぐ人間であり、非情な運命に翻弄される。しかし運命を果敢にねじ伏せる気概こそ英雄と人間を分かつ最も重要な力なのだと自らに言い聞かせた。

その様子を見たエドガーは歓喜の声を上げる。


「当主様。ご立派になられました。それではかつてクロード様に助太刀いただいた領主様方に早速書状を準備いたしましょう。」


「エドガー、首尾よく行くだろうか?」


言うのは容易いが、これから準備をするのは困難を極めるだろう。だがそんなマリーの心配を打ち砕く策略家の顔を見せたのがヴェラン伯爵家家令エドガーであった。


「ご安心ください当主様。先代アベル様とエドガーめはこのような日が来ることに備えて、絶やすことなく国内各地の領主様と渡りをつけて参りました。日頃、大貴族の横暴に耐えかねておられる方々が今も牙を研いでおられます。」


「兄上がっ!?」


エドガーの言葉にマリーは驚愕した。あのひたすら優しい男であったアベルが父の仇を討つために周到に事を進めていたとは。


「はい。アベル様はあの日以来、亡きお父上の仇を討たんと欲しておられました。志半ばでお隠れになられましたが、私は・・・このエドガーめは・・・そのご遺志を当主様に果たしていただきとう存じます。」


エドガーがアベルの無念を思い、堪えきれず悔し涙を流す。その様子を見たマリーは自らの誓いを一層強くしたのだった。


「エドガー、私も兄様と思いは同じだ。必ずや討ち果たして見せようぞ!」


11 舞台袖にて


一方その頃の王都では枢密院に昨夜の報告が上げられていた。


「そうか。ドブネズミは逃げたか。」


その声は何の感情も込められていない平坦なものであったが、円卓に集う者たちには荒れ狂う嵐のように襲いかかった。中でも報告者は大粒の汗を流しながら発すべき言葉を必死に選んでいる。


「良いかな諸君。ドブネズミを野に放ったとなれば、あっという間にその数を増やすであろうな。いかにすべきと考えるかね、スニール卿?」


枢密院議長であるミスト侯爵は相変わらず先ほどと同じ調子である。その言葉に国王暗殺未遂をでっち上げた張本人で、マリーを取り逃してしまったスニール侯爵は大きく目を見開いた。スニール侯爵は流れ出る汗を拭い、つとめて平静を装いながら応じる。


「はっ。直ちに軍勢を率いてヴェランめを討つべきかと存じます。」


「他に意見は無いかね?」


「議長、よろしいでしょうか?」


「ではアードラー卿。」


「それでは内外に示しがつきますまい。公正な裁きを逃れたという体裁が重要なのです。まずは司直をヴェラン邸に向かわせて即時出頭を勧告するのです。出頭すれば良し、せねばその時こそ大義の下に蹂躙すればよろしい。」


「議長!」


発言の申し出にミスト侯爵は無言でうなずく。


「私もアードラー卿の意見に賛成です。議長のお考え通り、必ずやドブネズミどもは蝟集するに相違ありません。おびき寄せる時間を与えて、今度こそ一網打尽にするのが上策かと。」


「ふむ。他に意見のある方はいるかね?」


結果としてアードラー侯爵の意見が採用された。もっとも基本線はマリーを亡き者とすることに変わりはなく、焦点はその過程に過ぎなかったので意見をする者も無かったのだ。

王国の枢軸たる枢密院は本来的に国王の諮問機関でありながらクーデタ以降、諮問すべき国王の臨席は無い。その関係は既に逆転しており、枢密院の決定が国王へと報告されて政治が動かされていたのであった。アンリ5世が即位した時には王宮に信頼できる者は近衛兵のみで、国王といえども自らの意志を通すためには交換条件で取引するほか無かったのだ。やむなく国王は政治的実権をシャルルたちの身柄保護と引換にしたのである。

事実この度のヴェラン家の昇爵は国王の希望であったが、それすら謀略に利用するなどは王国における諮問無き枢密院の権勢を如実に物語っていた。

しばらくして会議が散会し議場を後にしたミスト侯爵は数人の議員と談笑していると、回廊の向こう側からアンリが側近と歩いてくるのが確認できた。ミストたちがアンリに恭しく礼をとる。


「これは陛下。ご機嫌麗しゅう存じます。」

(ふん、偵察にでも来よったか?)


「おお、ミストか。苦しゅうない、楽にせよ。はて、こんな朝早くからいかがしたのだ。何か緊急事態であるか?」

(妖怪じじいめ、悪だくみか。どうやら餌に食いついたようだな。)


全てお見通しのアンリは空とぼけてミストに問いかける。


「いえ、陛下のお耳に入れるほどのお話ではございません。本日も形だけの他愛のない世間話でございました。」

(この愚物。公爵時代のように隅っこで大人しくしておれば良いものを。儂が国王に取り立ててやった恩を忘れたと見えるな。まぁ良い、飼い主の意向も上手に忖度できぬ貴様のごとき駄犬は所詮一時のしのぎよ。)


「はっはっは、そうであるか。そのような話であれば朕も早起きして参加すれば良かったわ。抜かったのぅ、もったいない話じゃ。」

(あのゴブリン、ソーマと言ったか?これ見よがしにあ奴と2人きりになって見せれば、暗殺を画策したとお前たちが騒ぎ出すのは目に見えておったわ。かつての内戦でお前たちの首をいくつももぎ取って行った因縁あるヴェランだ。食いつかぬ訳があるまいて。)


「それはそうと陛下。立太子の件につきましてはお決めになられましたでしょうか?」

(手足をもがれた貴様にとってはヴェランが切り札なのだろうが、家を継いだばかりのあのような小娘に何ができると言うのだマヌケめ。儂に反発して見せたつもりなのだろう、どこにも希望など無いということをとくと思い知らせてやろう。)


「おお、そうであったな。しかし息子たちもどうも頼りないところがあって、いまひとつ決め手がなぁ・・・。朕もお前たちにあ奴らを鍛え上げてもらいたいと思っておるのだ。今しばし考えさせてくれ。」

(ふはは、愉快な事だ。儂が煙たくて堪らんと見える。まぁそうつれない事を言うな。せっかく貴様のために儂が骨を折ってとびきりの舞台を用意したのだ。さぁ儂と踊ろうではないか。)


「これは出すぎたことを申し上げました。何卒ご容赦いただきますよう。それでは私めは約束がございますので、ここで失礼させていただきます。ごきげんよう陛下。」

(のらりくらりと逃げよって。貴様が心配せずとも貴様の息子たちには既に手を回しておるわ。何を考えておるのか知らんが次の代にはもはやシャルルどもの命は無いぞ、覚えておくがよい。)


「うむ、邪魔したな。それではまた会おう。」

(待っておるぞ、貴様たちの首級をな。)


互いに優雅に振る舞いながらも暗闘に明け暮れる王侯の日常。華やかな社交はこのような野蛮の上に成り立つものであった。


ーーー

一方、別の部屋ではジュナンとスニールが引き続き話を続けていた。


「しかしこういう時こそ王国軍があれば良かったですなぁ。王都警備隊、国境守備隊に分割縮小したおかげで我々がわざわざ討伐軍を編成せねばならぬとは皮肉な話ですぞ。」


ジュナンはスニールにボヤいて見せた。王国全土に枢密院の力を知らしめるため、自らも出陣しなければならなくなった今回の事態にジュナンは内心辟易としていた。

(やれやれ、日頃から頭の足りていない奴だと思っておればそのとおりの奴だな。先代は見事な知略家であったジュナンもこれでは先があるまい。)

「滅多なことを言うものではありませんぞジュナン卿。我々七大侯爵が権力を一手に握るためには国王に余計な力など持たせるべきではないのです。」


「そ、そうでしたな。ですが、こ度の討伐はお互い手柄を立てねばなりませぬなぁ。儂も先日ヴェランの小娘に一泡吹かされたことを議長に叱責されまして。まっことあのドブネズミは今だに儂らに噛みつきよるわ。」


ジュナンは忌々しげにマリーたちを思い浮かべる。


「そうですな。しかし雪辱を果たす絶好の機会でもありますぞ。当家のみならず貴卿の家やモントレー、アードラー、ジダンの当主がヴェランの小童に討たれましたからなぁ。その上こ度もここまで虚仮にされては、先代の墓に小娘の首を捧げねば儂の気も収まりません。」


スニールが相手の動きを予想して見事な絵図に仕上がったヴェラン抹殺も、勇騎の活躍によって突破されてしまった。ミスト侯爵の覚えめでたいスニールは枢密院の議場でかかされた赤っ恥に怒り心頭に発していたのだ。


「むふふふ、儂はあ奴を生け捕りにしてたっぷり楽しんでからでも遅くは無いと思いますぞ。まぁいずれにせよ腕が鳴りますなぁ、ふははは。」

(ふん、ジュナンめ。失敗から何も学ばん男だ。だが、そうであってこそ御しやすいというものよ。)

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