伏魔殿で踊れ 12
21 壁の向こう側
脱出経路の出口で待ち構えていた勇騎は一向に現れない敵兵にしびれを切らして穴を埋め戻そうか迷っていた。
「追って来ない・・・か。まぁ流石にそこまで愚かではないかぁ。」
「せっかくユーキに墓穴を掘ってもらったのに無駄になってしまったな。」
勇騎は無駄という不穏な言葉に眉をピクリとさせる。マリーは警戒心を強めた敵の行動方針に変化が生じたのではないかと懸念していた。
「土魔術は魔力を馬鹿食いするから勘弁してもらいたいぜ。まぁ脱出経路にもなっているから全く無駄ってワケじゃないけどな。そうだろ?」
「ここへ来て警戒されるとなると、もう攻めて来ないのではないか?」
マリーは尚も不穏な言葉を口にし出す。もしかしてと不安になった勇騎はマリーを説得しようと躍起になった。
「えっ?まだまだ来てもらわないと困るよ、いろいろ仕込んだのに!言っとくけどまだ終わりじゃないんだぜ。とっておきもあるんだからさぁ。」
「追討戦にシフトしよう。」
「えぇぇーっ!そんな殺生なー!」
マリーは勇騎の悪足掻きをバッサリ切り捨てた。どう足掻いたところで敵はこちらの思い通りに動いてくれるとは限らないので仕方ない。頭ではわかっているが、認めたくないのだ。つまるところ勇騎の今までの苦労は水の泡と消えようとしていた。
ーーー
「くそぅ、あいつらやっぱりこっちには来ないのか?姿を見せないじゃないか!」
勇騎は期待を込めて進軍見込み経路の偵察ポイントに転移しながら討伐軍を探すが、どこにもその姿は無かった。
「やっと見つけたぞ。ここにいるってことは、あいつら撤退するつもりだ!」
マリーの読み通り、敵はその日の内に撤退しようと惨劇の舞台となった峠に殺到していた。
転移偵察で動きを察知した勇騎は王党派の兵たちを大騒ぎで急き立てるハメになる。当初の思惑とは別の行動を取り出した討伐軍に対して、王党派は押っ取り刀で最後の戦いへと赴いたのだった。
「敵を一人も逃すな!かかれっ!」
王党派も今度ばかりは待ち伏せ攻撃できず、討伐軍相手に狭い峠道を突撃して行く。しかし五分のぶつかり合いどころか、敵は我先にと壁になった切り通しをよじ登っている。もはや討伐軍の大部分は戦う素振りなど全く見せかった。期せずして殿軍となった兵士たちが応戦していても素知らぬ顔で去っていくのが確認できたほどだ。あわれ壁のこちら側に残された討伐軍兵士たちは悲壮な戦いを強いられていた。
「おのれ、こそこそと卑怯な奴らめ。夜討ち朝駆けなんでもありか。」
「お前は今日俺が致命傷を負わせたはずだろうがっ!何で戦っていられる?」
「切り通しが壁になってる?どういうことだ!」
「とにかくよじ登れ!」
「どけ、俺が先だ!」
縄ばしごや梯子はかけられているものの圧倒的に数が足りない。お釈迦様が垂らした一本の蜘蛛の糸のように兵士が群がっているのが見える。誰もが助かりたい一心で、すがる人間を蹴落としながら登っていた。
「けが人は捨て置け。とにかく今は早く峠を越えるのだ。」
「待ってくれ、置いて行かないでくれー!頼む、助けてくれぇ!」
「あ、あぁぁ。たっ、助けてください。お願いします。」
はなから戦うことなどできないけが人が道を塞いでいる。切り捨てるに忍びないわ、このままでは敵を取り逃してしまうわで仕方なく戦う意志の無い者に身の安全を約束する。
「戦う気が無いのなら全て武器を捨ててそこで大人しくしておれ。心がけ次第では傷も治療してやろう。」
「本当ですか?ありがとうございます。ううぅぅっ。」
「降伏する。頼む、助けてくれ。」
「降伏する者は武器防具を全て放棄しろ。降伏すれば命までは取らん。」
前方を見ると崩壊した切り通しが切り立った壁に作り変えられている。マリーは呆れ顔で勇騎に言葉を投げかける。
「土砂崩れを壁に作り変えたのか?」
「ああ、せっかくだからゆっくりして行ってもらいたいだろ?敵の補給線も寸断しておきたいし。」
「ユーキ、お前って奴は・・・。寸断したかったのは補給線じゃなくて退路だろ。本気で敵を殲滅するつもりだったのか。」
あの人数を殲滅するとなるとこちらも多大な損害は免れない。こういう戦争は決まって手の打ち所というものがあるのだろう。マリーも一人の軍人ではあるが、政治的感覚も持ち合わせているのか。でも俺は素人だし、できれば白黒はっきりつけたいじゃん?やり過ぎた勇騎は気まずくなったので話題を変える。
「でも指揮官には逃げられちまったみたいだな。まさかこんなに動きが早いとは思ってなかった。敵さんは途中で指揮官交代したのかな?」
ーーー
「という訳で、3千5百名余の捕虜が生じたわけですが賠償金を負担できない者は戦時奴隷として売却することになりました。徴収した賠償金および売却金はのちほど皆様に分配されます。」
大規模な掃討戦が終わり、臨時の軍議が開かれた。というのも予想をはるかに上回る捕虜が発生したためだ。収容の問題もあって捕虜は受け容れない方針だったが、全て殲滅するとかなりの敵兵を取り逃すとあってはやむを得ない。
「そうか、この世界には奴隷もいるのか。」
「そうだ。反対の立場であれば我らも奴隷の身となっていたのだから仕方が無い。あまり気持ちの良い慣行ではないがな。我らの仲間だって自らの負担で戦っている。懐事情は決して楽では無いんだ。」
奴隷が道徳的に許容されない時代に長らく生きてきた勇騎には強烈な違和感があった。しかし身分の特権は存在しても人間一般の権利という観念の存在しない世界にあってはどうしようもない。戦争のもたらす残酷な現実に勇騎も口をつぐむほかなかった。一刻も早く戦争を終わらせねばならないと勇騎は前進することにした。
「戦争はまだ終ってない。最後の仕上げが待っているな。」
ーーー
勇騎は王都への経路上に敵部隊が展開していないかハヤテとともに強行偵察をして回った。ヴェラン家の旗を掲げながら走り回ったがどこからも攻撃一つ無いまま王都城門の近辺までたどり着いてしまった。安全そうなのでとりあえず転移で王党派の陣に戻ることにした。
「ユーキ、王都はどうだった?」
「いつも通り開門しているし、貴族派の軍隊なんてどこにも見えないな。というか、アイツらとっとと自分の領地へ逃げ帰ったんじゃないか?もう戦う気力なんて残ってなかったろ?」
「よし、では参ろう。」
待ち伏せの危険が無いことを確認すると、王党派は勇んで王都に入城して行く。どこかで戦争があったという話しは聞いていたが、何の影響も無く日々の暮らしを営んでいた市民たちは大部隊の行進に度肝を抜かれていた。マリーの側で行進していると、勇騎の騎乗しているハヤテが恨みがましい声を上げた。
「ユーキ、ずっとマリーの家で我は退屈だったぞ。2人もずっといないし。」
偵察中もずっと不機嫌だったのはそういうことだったのか。
「ごめん。今回ばかりは危ないから仕方なかったんだ。本当に動きまわる幅も無いくらいの乱戦ばかりだったから、どうにもハヤテの機動を活かせなかったんだよ。」
「ふーん。」
勇騎が本当のところを説明してもハヤテは不満げだった。まぁ今回はほとんどお留守番だったからハヤテの気持ちもわからなくはない。どうにかハヤテにも機嫌を直してもらわないと。どうせこの先に進んだところで腹黒大魔王の相手をさせられるだけだろう。だったら・・・。
「ごめんよー。そうだ、屋台の食べ物何でもおごるからさぁ。機嫌直してよー、ハヤテちゃん。」
「約束だからな。」
「まかして。」




