伏魔殿で踊れ 10
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けが人や遭難者の救助が一段落した現場では指揮官同士が言い争う声が響き渡っていた。
「連隊長、貴様・・・。総大将である儂の許可も無く撤退しようとはどういう了見か?」
連隊長と呼ばれた銀髪の青年が侯爵に対して忌々しげに言い放つ。
「スニール卿、我が魔術連隊は死者・行方不明者含めて84人も失ったのですぞ。」
「2千人中、たったの84人ではないか?それが一体何だと言うのだ。」
「お言葉ですが魔術師はそこらの兵士と違い、おいそれと補充できないのですぞ。魔術師一人の育成に一体どれだけの時間と予算がつぎ込まれているとお考えですか?」
魔術師団は王国内でも選りすぐりのエリート部隊である。そこは貴族のコネなどでは入隊すらできない完全実力主義の世界だ。生まれついての天才でもないかぎりは何年もかけて、自分の全てを犠牲にしてでも届くかわからない高みでもある。連隊長はそのような貴重な人材を預かる以上、自らの首をかけてでも引かない意志で侯爵に対峙した。
「ふん、貴様ら魔術師など兵士が守ってやらねば何もできないではないか。何を偉そうに。貴様らは黙って着いてくれば良いのだ。」
「確かに我々魔術師は詠唱中に守ってもらわねばなりません。しかし、われわれの魔術無しにどうやって敵の大規模魔術に対抗できるとおっしゃるのですか。あなたがたが殲滅されることなく戦えるのは我らの力あってのことでございましょう。スニール卿、あなたは何もご存知ないようだ。」
「何だと!儂が何を知らんと言うのだ?」
「魔術師団が諸国に対する抑止力となっておるのですぞ。バランスが崩れればすぐにでも我が王国に侵攻を開始するでしょう。にも関わらずあなた方はたかが私戦ごときに我らを引きずり出して、王国を滅ぼすおつもりか!」
「貴様、いい気になりおって。我ら枢密院に逆らうとどうなるかわかっておるのか!」
ぐうの音もでないほど連隊長にやり込められてスニールは激昂し、とうとう恫喝めいたことを口走る。しかし連隊長はそれを前にしても一向に怯むことなく、盛大にまくし立てた。
「何を言うか!我らの指揮系統に枢密院などどこにも無いわ。儂の上官は王国軍魔術師団長よ。その師団長から連隊長権限での撤退決断を許可されているのだ。」
「とにかく、いまここで撤退されては困る。」
「攻城戦や平野における大部隊同士の戦闘ならまだしも、敵は一撃離脱の奇襲戦法ではないか。魔術連隊は対応しかねる。戦略的にもこれ以上の損耗は絶対に許容できん。御免!」
神出鬼没の敵を前にして詠唱時間を確保するのは困難だ。いつもどおり敵は遠くから整然とやってくるのではなく、気づけば懐に入り込んで来るのだ。今まで見たこともないゲリラ戦術を前に正規軍の戦法はもはや全く無意味になっている。職業軍人の連隊長がそれを理解しないはずがなかった。
「くそ、臆病者の魔術師め!」
「閣下!よろしいでしょうか?」
「何だ!」
「はっ、医薬品がもう底をついております。これ以降は治癒魔術頼みとなりますが、それでは厳しいかと。」
「何?医薬品が無くなったとはどういう事か!」
「北方諸国による買占めで、もともと今年は医薬品が不足しておりまして。それに先の部隊の全滅や馬車の転落による物資の滅失などが重なっております。」
「言い訳なぞ聞きとうないわ、たわけ。どいつもこいつも、役立たずが!」
「閣下、おそれながら一度引き返して態勢を立て直しましょう。いかに兵力で圧倒しようともこの先は敵の勢力圏内。このまま突き進むのは大変危のうございます。何卒ご再考を。」
気が立っているスニールは部下から至極真っ当な諫言を受けて、更に怒りが爆発した。スニールは部下の胸ぐらをつかんで黙らせると、ギリギリ締め上げながらすごんで見せた。
「貴様、たかが軍人風情がこの儂に説教をたれるか。おぅ!その首を落とされたくなくば黙って言うことを聞いておれ。」
「出すぎた真似をいたしました。なにとぞお許しください・・・、閣下。」
「どうしたのだ、スニール卿。」
スニールが胸ぐらをつかんでいた部下を突き飛ばすと、空気を読まずにへらへらと近づいてきたギルビーへと向き直る。七大侯爵の一角である猛将ギルビーに失態を目撃されたとあっては、もはやごまかすことはできないとスニールは観念した。屈辱的ではあるが、現状について同輩に説明するほかはない。
「ギルビー卿か。どうにもこうにも医薬品が尽きてしまったのだ。」
「何と。ではこれからどうする?」
「どうするも何も、いまさら儂は引くことなどできんよ。」
苦々しい顔つきで答えたスニールを見てギルビーは嬉しそうに目を丸くする。大げさな身振り手振りを交えてスニールに助け船を出した。
「よし、では徴発しようではないか。なに、村や街の一つや二つ。消えたところでどうということもあるまいて。そのために奴らの領域に踏み入れるのであろう?」
「ふふふ、そうだな。見せしめのためにも徹底的に略奪してやろう。」
ーーー
その頃、崩落現場近くでは息を潜めて討伐軍の様子をうかがう二つの人影があった。密かに転移で舞い戻ってきた勇騎とマリーである。
「逃げ出す兵もいるようだが、どうやら引く気はないようだな。少なく見積もってもこちらの倍の戦力は残っているか。」
勝馬に乗ろうとやって来た日和見たちも今回の戦が命がけとあっては、命の方が大事と見える。大軍勢で一気に押しつぶす見立てが見事に裏切られたからには、覚悟の無い者から脱落していく訳だ。残った者とて腹の底では何を思っているか知れたものではない。
「しかしそれにしても酷い有様だな、行方不明者の捜索すらまともにしていないぜ。」
「味方の命にも無頓着とは。こんな軍隊に命など預けたくないものだな。」
「まったくだ。仲間意識の無い、我利我利亡者どもの寄せ集めなのだろう。もはや人数の差などさしたる問題ではなかろうよ。むしろその人数がこれから先、あいつらの首を締めるんだ。」
「どういうことだ、ユーキ?」
「あれだけの戦闘の後だ。馬車まで失って物資などほとんど残っていまい。補給線が寸断された大部隊は今ごろ現地調達を考えているだろうよ。これだけの大所帯を養うのも大変だぜ。」
「これからどうする?」
「なーに、せいぜい奴らには我慢比べでもしてもらうさ。どこまで耐えられるかな?」
不気味な言葉を残して岩陰から人影が消え去った。




