伏魔殿で踊れ 9
18 流血は地を染めて
<ガキィッン!>
マールが振り下ろした剣を受け止めたのは子供のような身の丈の戦士だった。素顔を見たことも声を聞いたこともないその小さな戦士は小さく怒りの言葉を吐き捨てた。
「外道め。」
「ヴェランの周りをウロチョロしてたガキか?邪魔立てするなぁあああぁ?何だこれ〜っ!」
突如発生した竜巻がマールを取り込んで一気に上空へと連れ去る。
<ぐしゃっ>
マールは数十メートルの高さからきりもみ状に落下し、地面に叩きつけられて果てた。ヴェラン救出に人が集まりつつあったのを確認すると、にわかにサイオンが青ざめる。次に背中を切りつけられるのは裏切り者たちであることは明らかだった。ヴェランの状況は確認できないが、行動不能にしたことは事実だ。ここで粘ってもこれ以上の戦果を望めないため撤退を決断する。
「おいっ?マズい、このままでは俺たちまで。撤退するぞ。」
「逃すかよ!裏切り者がぁ。」
「うぎゃぁ!」
「待ってくれ、そうだ。一緒に戦おうじゃなうわぁ!た、すけ・・・。」
今まで持ちこたえていた裏切り者たちは我先に逃げようとし始めた。しかし相互連携の利を失った途端に裏切り者たちは各個撃破されて行った。
しかしながら裏切り者を打ち倒してもいまだ戦闘の真っ只中、少しも安全は確保できていない。そんな中にあって数名の騎士たちがマリーの掩護を続けていた。
「ヴェラン卿!」
「おお、何ということだ?」
「ラクロワ卿、治せるか?」
「背後から胸を貫かれておるな。心臓は外れておるようだが、これは流石に医者や治療術師ではない儂の魔術では難しい。」
「くそっ、これからという時に!」
治癒魔術の心得があるラクロワも匙を投げてしまっては手のうちようが無くなり、皆が諦めかけたその時だった。
「どいてくれ。」
「おぉ、魔術師殿。」
「もしやこれを治せるとでも言うのか?ま、まさか。」
「周囲を守ってくれ!」
勇騎はマールを始末した後も周りから襲いかかられたため、すぐにマリーの下へ駆けつけられなかったことに歯噛みする。マリーの状態を観察すると恐らくは肺を突き破っているのだろう、どうにも呼吸の様子がおかしい。勇騎は急いで魔力を解放し、裂けた肉の狭間に一気に流し込む。マリーの身体が突如として痙攣を起こしたのを見ると勇騎はパニックに陥って諦めてしまいそうになった。しかし歯を食いしばって己れの頭に浮かんだ最悪の事態を必死に打ち消した。
(今は治癒のイメージに集中しろ!ここでしくじったら本当にお別れになっちまうぞ!)
しばらくするとマリーが咳き込んで口から血を吐き出した。それと同時に意識を取り戻す。
「ユー・・・キ、かぁ?」
「おおっ!信じられん。何というご仁だ。」
「すまないな、私としたことが遅れを取ったようだ。」
「痛い思いをさせちまったなぁ。」
「何を言う、いまこうして助けてくれたではないか。これも覚悟の上だ。」
涙を流しているのだろうか。勇騎のフェイスシールドからポタポタと雫が滴り落ちていた。マリーは微笑んで勇騎の兜に触れてその思いに応えるのだった。すると討ち取られたかと思われたマリーの復活に王党派の騎士たちが気勢を上げる。
「ヴェラン卿はご健在だ!このまま一気に敵を叩くぞ!」
<オオオォォッ!>
王党派は雄叫びとともに怒涛の勢いで討伐軍を切り捨てて行く。もはやこの勢いはとどまるところを知らなかった。
「マリー!かなり血を失っている、無理をするな。」
「仲間が命を賭して今も戦っておるのだ。寝てなどいられるか。」
「ヴェランの小娘だ!討ち取れー!」
「私はここにいるぞー!死にたい奴からかかって来い!」
マリー目がけて斬りかかる敵の剣を剣の腹で滑らせて切っ先へと受け流す。バランスを崩した敵はそのまま切り伏せられた。
「この私が小娘ごときに。」
「もらったぁ!うげはぁ。」
さらにマリーは側面から迫る剣をひらりと躱すと渾身の刺突を繰り出した。頭部に刺突を受けた敵兵は刺突の勢いそのままに後方へ吹き飛んだ。つい先刻まで生死の淵をさまよっていた人間とは思えないその戦いぶりに、打ちかかろうとした敵兵の意志が挫ける。
戦況は討伐軍が包囲されて不利な状況が続いていた。終始押されつづけて反撃もままならない。後続を待っている時間は無かった。
「まずい、見る見る内に我が軍が数を減らし続けておるぞ。賊軍どもめ。」
「引け、何としても後続と合流するのだ!」
「全力突破だ、突破せよ!」
一部の兵士が後方へと流れ出した。だがそれを王党派が見逃す訳が無かった。
「今さら遅いわ。我らに背を向けて命があると思うな!」
「どこ行こうってんだ?進退窮まったと知れ!」
討伐軍が目に見えて少なくなるにつれて、敵兵は道を塞ぐ土砂崩れに向かって敗走し始めた。すると敵兵が必死によじ登って逃げる先に人影が現れる。
「おおっ、土砂崩れの向こうは戦闘になっておるぞ!早く登って来い。」
「後続だ、後続の兵が来たぞ!」
マリーは後続の兵を確認すると先の示し合わせ通り、即座に撤退を決断する。
「そろそろ潮時だ。後続が土砂崩れを越え始めたぞ。刃向かう者以外は捨て置け、我らは撤退する。手が空いた者はけが人を運ぶのを手伝え。」
まだ敵を減らす事はできたはずだろうが、戦争で最も難しいのは撤退だ。波状攻撃の機会はまだ残されているので、ここで深追いするのは得策ではないだろう。下手に機を逃すと、逆に押しつぶされる恐れもある。しかしそんなマリーの心配をよそに敵の戦意は既に挫かれていたため、撤退は速やかに遂行された。
「何てこった。」
「土砂崩れの被害もひどい有様だがこっちは血の海か!」
「一方的にやられっぱなしじゃないか。本当に勝てるのか?」
「おい、ここらが潮時かもしれんぞ。あんな馬鹿侯爵どもの顔色うかがっている場合ではない。どこに罠が潜んでおるかわからんぞ。」
「命あっての物種よ。付き合いきれんなぁ、もう今回は無理して勝馬に乗らんでも良いわ。」
土砂崩れを越えて来た兵士は眼下に広がる惨状に絶句する。単なる自然災害ではなく、周到に準備されたキルゾーンだったのだと震え上がった。




