第九話 客より先に親方が来た
ダリオが王都へ来た。
銀細工の親方も来た。
「聞いてないぞ」
「俺も港で知った」
ダリオは疲れた顔をしていた。
隣の親方は、小さな旅行鞄と、細長い木箱を抱えている。
襟のついた服を着ているだけで、別人のようだった。
「何しに来たの」
「俺の品が、どう売られるか見に来た」
「工房は?」
「留守番がいる」
「宿は?」
「こいつと一緒でいい」
ダリオが俺を見た。
「二部屋」
「金がかかるだろう」
「俺が寝られねえんだよ。親方のいびき、壁越しでも聞こえるだろ」
「慣れろ」
「三晩で慣れるか!」
王都まで来ても、ベルクだった。
*
展示館の卓へ品物を並べ始めると、早速揉めた。
「その花は手前だ」
「高いのばっか手前に置いたら、客が帰る」
「安いのばかり見せてどうする」
「まず止まってもらわなきゃ始まんねえだろ!」
親方とダリオが、同じ髪留めを違う場所へ置き直す。
俺は二人の間へ手を入れた。
「半分ずつ」
「何を」
「親方が見せたいのと、ダリオが売りたいの。どっちを見るか、明日分かるだろ」
親方は鼻を鳴らした。
ダリオは少し考え、頷いた。
とりあえず、卓の上の戦争は終わった。
俺は卓の正面へ回った。
銀細工が光っている。
隣の卓には、大きな看板が出ていた。その向こうには、布を広げた店。さらに先には、ガラスの器を積んだ台。
目が、あちこちへ行ってしまう。
「……埋もれない?」
「埋もれる」
ダリオが答えた。
「もうちょっと希望のあること言えよ」
「ここで何もせずに売れるなら、俺も王都へ住むわ」
親方は鼻を鳴らした。
「見れば分かる」
「見るところまで来ねえと分かんねえんだよ」
また始まりそうだったので、俺は宿から借りた小さな鏡を出した。
「これ、置こう」
「何に使う」
「髪へ挿したところを見る」
親方は黙った。
ダリオが俺の方を見た。
「お前が?」
「客が」
「一回、試せよ。落ちないか」
「俺で試す必要ある?」
親方が、いつになく素早く髪留めを選んだ。
抵抗したが、二対一だった。
鏡の中で、俺の前髪に銀の花が咲いていた。
通りかかった設営の女が、笑いをこらえきれずに足を止めた。
「明日も、それで立つの?」
「立たない」
「目立つわよ」
「立たないから!」
ダリオは腹を抱えていた。
親方は、笑わずに留め金を確かめている。
真剣にやられる方が、つらかった。
それでも、通りかかった女は、外した髪留めを手に取った。
「軽いのね。どこの?」
「ベルクです」
俺が答えると、彼女はもう一度品物を見てから戻した。
「明日、休憩のときに来るわ」
去っていく背中を、三人で見送った。
俺は髪を直した。
「ほら、鏡あってよかっただろ」
「よかったのは、お前の頭だろ」
否定できなかった。
親方が持ってきた細長い木箱には、今回の注文品にはなかった髪飾りが入っていた。
花びらを幾重にも重ね、真ん中に薄い青の石を抱いている。
「これ、すごいな」
「まあな」
「いくら?」
「それは見本だ。売らん」
ダリオが天井を見た。
俺は聞かなかったことにして、そっと元へ戻した。
*
その日の夕方、俺たちは近くの食堂で飯を食った。
ダリオは王都の値段へ文句を言い、親方はパンの硬さへ文句を言った。
それでも二人とも、皿は空にした。
親方が杯を置いたところで、俺は聞いてみた。
「前の買い手、金払わなかったって?」
「誰に聞いた」
「ダリオ」
「おい」
ダリオが俺を蹴った。
俺は蹴り返した。
「だから、気になるのかなって。どう売られるか」
「……あいつは、売れたら払うと言った」
「売れなかった?」
「知らん」
親方はパン屑を指で集めた。
「店へ行ったら、もう閉まってた。持っていった品もなかった」
「それは、ひどいな」
「よくある話だ」
そう言って、親方は杯へ手を伸ばした。
よくある話なら、平気なのだろうか。
そんなわけがない。
「今回は、ダリオが買ってる。そこは大丈夫だから」
「分かってる」
「俺も、勝手に安くしない」
「分かってると言ってるだろ」
親方は不機嫌そうに言ってから、鞄から小さな紙を出した。
品名と、作れる数と、かかる日数が書いてあった。
「聞いてこいと言っただろう」
「これ、全部?」
「作る順番で変わる。だから、勝手に約束するな」
俺は紙を受け取った。
雑な字だったが、細かかった。
「助かる」
「なくすなよ」
「クローディアに渡す」
「それがいい」
ダリオまで頷いた。
俺の信用は、妙なところで低い。
*
屋敷へ戻ると、クローディアが明日の服を用意していた。
動きやすい上着と白いシャツ。
礼服ほど偉そうではなく、旅先の服ほどくたびれてもいない。
「ちょうどいい」
「お荷物もお持ちになるでしょうから」
「よく分かるな」
「この数日で、よく分かりました」
俺は上着を羽織った。
クローディアが袖を確かめ、襟を整える。
「明日、来てくれる?」
「そのつもりでおります」
「よかった」
思ったより素直に口から出た。
彼女が顔を上げた。
「ご不安ですか」
「少し。客が来なかったら、親方が王都の悪口言いながら帰る」
「それは困りますね」
「ダリオも金使って来てるし」
鏡の中の俺は、上着だけまともだった。
中身まで変わったわけではない。
クローディアは袖を整えていた手を止めた。
「ます様が、あの方たちのお品を最初にご覧になったとき、何をお話しになりましたか」
「どうやって作るのか、とか」
「明日も、お客様からそう尋ねられるかもしれませんね」
「うん」
「では、その方とお話しなさればよいのでは」
俺は少し考えた。
上手に売る方法は知らない。
でも、親方の仕事の話なら、何度も聞いた。
「それなら、できるかも」
「ええ」
彼女は俺の胸元を軽く払った。
「よくお似合いです」
「服が?」
「服も」
返事を考えているうちに、クローディアは扉へ向かっていた。
ずるい。
最近のこの人は、言い逃げがうまい。




