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三年間遊び歩いていた三男坊、なぜか世界最大級のアルフォード商会を継ぐことになりました ~周りが優秀すぎて、ぶっちゃけ俺の出番がない件~  作者: サトウジョシュア
第一章「俺の出番はないはずでした」

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第八話 俺の秘書は昼飯を忘れない

借りられる卓は一つだった。

 壁際。柱の横。正面入口から少し離れている。

 人気の場所ではないらしい。

 会場を見た俺は、窓から入る光が卓へ当たるのを確かめて、悪くないと思った。

 銀細工なら、明るい方がいい。

 ダリオへ電話すると、あいつも来ると言った。

『ただし、旅費を稼ぐぞ』

「稼いでくれ」

『泊まるところは』

「探す」

『伯爵邸に泊めてくれないのか』

「うちの朝飯、上着着て食える?」

『安い宿を頼む』

 話が早い。

 そのあと俺は、出店料を払うための書類と、ヘルマンへ持っていく荷物の一覧と、問屋へ返す見本を一つの鞄へ入れた。

 見事に混ざった。

 翌朝、ヘルマンの前で革財布を出した。

「こちらは?」

「違う」

 俺は慌てて鞄へ戻した。

 代わりに出した紙は、宿屋の料金表だった。

 ヘルマンは、何も言わずに待ってくれた。

 その気遣いが、つらかった。

*

「クローディア。頼みがある」

 屋敷へ戻ると、俺は机の上の紙を全部広げた。

 彼女はそれを一目見て、椅子を引いた。

「順番に伺います」

「まだ何も説明してない」

「説明が必要な状態なのは、分かります」

 反論できない。

 俺は明日までに返すもの、来週使うもの、既に終わったものを話した。

 クローディアは別々に揃え、小さな紙を挟んでいく。

「こちらのご面会は、何時ですか」

「午後」

「午後の何時でしょう」

「……聞いてない」

「では、確認いたしましょう」

 すごく当たり前のことを言われているのに、なぜか救われる。

 彼女は最後に、手帳を開いた。

「今後、お約束をなさった際は、私にもお知らせくださいませ」

「予定、見てもらっていい?」

「ええ」

「仕事の電話とか、手紙とかも」

「私で分かることであれば」

 俺は机へ肘をついた。

「秘書みたいだな」

「でしたら、まず一つ、お約束を」

「何?」

「昼食のお時間を空けてください」

「秘書の最初の仕事、それ?」

「今日も召し上がっていらっしゃらないでしょう」

 黙った。

 ちょうど扉を開けて入ってきたミリスが、俺を見て笑った。

「ばれてるっす」

「入ってくるタイミング狙ってる?」

「お茶持ってきただけっす」

 ミリスは卓へ菓子を置き、広げられた紙を覗き込んだ。

「坊ちゃま、仕事してるっすね」

「意外そうに言うな」

「じゃあ、もう旅に出ないんすか?」

「今のところは」

「よかったっすね、クローディアさん」

「ミリス」

「お砂糖取ってくるっす!」

 逃げた。

 今日も速い。

 ミリスの足音が遠ざかってから、俺はクローディアの手帳を見た。

「屋敷の方、大丈夫?」

「明日の買い出しは、ミリスに頼みました。納品の確認は、別の者がいたします」

「俺のせいで、仕事増えてない?」

「増えております」

 即答だった。

 俺は背筋を伸ばした。

「ごめん」

「ですので、先ほどお願いをいたしました。お約束をなさったら、私にもお知らせくださいませ」

 クローディアは手帳を俺へ向けた。

 空いている時間と、既に埋まっている時間がある。

「急に全部を、とは参りません。お返事をお待ちいただくこともございます」

「うん」

「ます様ご自身でなさった方がよいお話も、ございます」

「ダリオの電話とか?」

「ええ。私が代わりにお話ししても、ます様が気になさったことまでは伺えませんので」

 俺は頷いた。

 何でも任せていいわけではなかった。

 それなのに、何でも一人でやれと言われたときより、ずっと楽だった。

「じゃあ、明日の宿屋は俺が聞く。工房の返事が来たら、紙を渡す」

「お願いいたします」

「お前が休みの日は?」

「休みます」

「そこも即答か」

 クローディアは笑った。

「ただし、ます様がまたお食事を抜いていらっしゃいましたら、気になります」

「食う。ちゃんと食うから」

「お約束ですよ」

 仕事の予定を話していたはずなのに、最後はまたそこへ戻った。

 俺が笑っていると、クローディアは少しだけ目を伏せて、書類を揃え直した。

*

 見本市の準備について、グランツのおっさんへ報告することになった。

 財務管理のヴァイスという男も同席した。

 細い銀縁の眼鏡をかけた、見るからに数字を間違えなさそうな男だった。

 俺はいつもより丁寧に紙を置いた。

「品物は、ダリオが工房から買う。見本市で売った金から費用を払う。売れ残った分も、あいつのもの」

「ます様は?」

「会場で手伝う。あと、王都での手配」

「費用のご負担は」

「卓の半分は、自分で出すつもり」

「その理由は?」

「俺が誘ったから」

 ヴァイスはペンを止めた。

 グランツのおっさんも、こちらを見た。

「ダリオ一人なら、来なかったかもしれない。だから、それくらいは」

「では、ご自身の財布でお支払いください。商会の経費とは分けます」

 ヴァイスはそう言って、紙へ書き込んだ。

 俺は頷いた。

 個人の財布と会社の財布が違うくらいは、分かっている。

 ただ、財布の中身が思ったより少なかったので、その日の昼は安い店にしようと思った。

「なお、商会としては、小口貨物の試行を継続します」

 ヘルマンが口を開いた。

「ます様には、ベルクの各工房が、どの程度の頻度で荷物を出せるかを調べていただきたい」

「俺が?」

「ダリオ殿へ聞いていただければ、助かります。品物の季節性も」

 仕事を頼まれた。

 俺は思わず姿勢を直した。

「うん。聞く」

「お願いいたします」

 おっさんは、そのやり取りを黙って見ていた。

 俺が紙を片づけ始めると、一言だけ尋ねた。

「見本市には、何を持っていく予定ですか」

「銀細工と財布と釦」

「売れた場合、同じ品を追加できますか」

「……工房に聞く」

「では、ぜひ」

 その一言が、あとで思った以上に役に立つことになった。

 部屋を出たあと、ヴァイスに呼び止められた。

 何か間違えたかと思って振り返る。

「ます様。こちらを」

 一枚の紙だった。

 支出を書く欄と、受け取った金を書く欄が分かれている。

「出店料の領収書は、保管をお願いいたします」

「自分で払うのに?」

「ご自身で払ったことを、あとで分かるようにしておくためです」

 なるほど。

 紙を受け取ると、ヴァイスは少し言いにくそうに続けた。

「なお、私の部下に、最近ご結婚なさった方がおります」

「え。おめでとう?」

「ありがとうございます。私ではありませんが」

 言ってから、ヴァイスは眼鏡を直した。

「奥様への贈り物を探しているそうです。見本市の案内ができましたら、一部いただけますか」

「もちろん」

「買うかどうかは、その者が決めますので」

「分かってる」

 俺は笑った。

 この人には、値段と領収書しか見えていないと思っていた。

 どうやら、違ったらしい。

 クローディアに話すと、彼女は俺の鞄を指した。

「では、案内をお忘れなく」

 俺は、その場で紙に書いた。

 仕事のために書いたのか、喜んでもらいたくて書いたのか。

 たぶん、両方だった。

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