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三年間遊び歩いていた三男坊、なぜか世界最大級のアルフォード商会を継ぐことになりました ~周りが優秀すぎて、ぶっちゃけ俺の出番がない件~  作者: サトウジョシュア
第一章「俺の出番はないはずでした」

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第十話 銀の葉は髪に咲く

俺には売り子の才能がない。

 開始三十分で分かった。

「ベルクの銀細工です! 見ていってください!」

 客が通り過ぎる。

「職人が一つひとつ――」

 また通り過ぎる。

 初めて足を止めた男には、便所の場所を聞かれた。

 丁寧に教えた。

 役には立った。

 何も売れていない。

「声がでかいんだよ」

 ダリオが言った。

「聞こえなきゃ始まらないだろ」

「怒られるかと思って避けてるんじゃねえか」

「そんな顔してる?」

「してる」

 俺は口を閉じた。

 親方は腕を組んで座っていた。

 そっちはもっと怖い。

「親方も、少し笑って」

「何でだ」

「その顔で客が来ると思う?」

「お前より長く、この顔で生きてる」

「顔の年季の話じゃねえよ」

 クローディアが、横で吹き出した。

 俺が見ると、彼女は口元へ手を添え、何事もなかったように包装紙を揃え始めた。

*

 最初に止まったのは、母親と娘だった。

 娘は母親の袖を引き、小さな銀の花を見ていた。

「きれい」

「触っていいよ」

 俺が言うと、親方の眉が動いた。

 先に目で止めた。

 娘は両手で受け取り、花びらの縁を指で撫でた。

「これ、本物のお花?」

「銀で作ったんだ」

「この人が?」

 親方が頷いた。

 娘はもう一度見た。

「すごい」

 親方の顔が変わった。

 ほんの少し。

 でも、確かに。

「裏も見てみろ」

 俺とダリオが、同時に親方を見た。

 親方は腰を浮かせ、娘へ留め金を示した。

「ここを押す。そうだ。指を挟むなよ」

「痛くない?」

「丸くしてある。髪に引っかからないようにな」

「お母さん、見て」

 母親が品物を受け取った。

 値札を見て、少し迷う。

 俺は隣の、少し小さな髪留めを指した。

「こちらなら軽いです。お値段も少し」

「見せてもらえますか」

 母親は娘の髪へ挿し、二歩下がった。

 娘が、落ち着かなく体を揺らす。

「どう?」

「似合ってるわ」

 最初の一つが売れた。

 受け取った銀貨を、俺はしばらく見ていた。

 ダリオが肘で小突く。

「釣銭」

「あ、そうだ」

 慌てて硬貨を数えた。

 娘は、まだ鏡を見ていた。

 母親が呼んでも、もう一度だけ、と振り返る。

 俺は鏡を少し持ち上げた。

 娘が嬉しそうに笑った。

 あの顔を、ベルクの工房で見たことはなかった。

 親方の作業台の上で完成していたはずの品が、今、もう一度完成したみたいだった。

 親方は包装紙を持ったまま、娘を見ていた。

 ダリオが、そっと紙を取り上げた。

「親方。包むから」

「おう」

 母娘が去ってから、俺は親方へ言った。

「裏も見せるんだな」

「使うもんだからな」

「さっきまで触らせるなって」

「うるさい」

 俺とダリオは笑った。

*

 それからは、呼び込みを少し変えた。

 品物へ目を向けた人に、自分で使うのか、誰かに贈るのかを聞いた。

 贈り物なら、相手はどんな人なのか。

 店へ置くなら、どんな客が来るのか。

 話してくれる人も、値段だけ見て帰る人もいた。

 それでも、卓の前に人が止まるようになった。

「付けたところが見たいわね」

 女性客に言われて、俺はクローディアを見た。

「頼んでもいい?」

「はい」

 彼女は銀の葉を受け取り、まとめた栗色の髪へ挿した。

 俺は少し、言葉を忘れた。

 箱に入っていたときとは違った。

 栗色の上で、細い銀の線が光っている。顔を動かすと、葉の先が小さく明るくなった。

「あら、素敵」

 客の声に、俺も頷いた。

「似合うな」

「ありがとうございます」

 クローディアが目を伏せた。

「奥様?」

「いえ。こちらにお仕えしております」

「まあ。こんなに綺麗な方がそばにいたら、気が散るでしょう」

 俺に話が来た。

 ダリオが、ものすごく楽しそうな顔をしている。

「いや、昔から一緒なんで」

「あら。では、なおさらね」

 何が、なおさらなのか。

 答えに困っていると、クローディアが別の髪留めを手に取った。

「こちらは少し小ぶりですので、普段のお召し物にも合わせやすいかと」

「そちらも見せてくださる?」

 助かった。

 そう思って彼女を見たら、耳が少し赤かった。

 俺は急いで釣銭を数え始めた。

 まだ、買う品も決まっていないのに。

*

 昼を過ぎる頃には、俺も少し慣れてきた。

 値段を聞かれたら値段を答える。細工を褒められたら親方へ振る。数と納期を聞かれたら、ダリオと紙を確かめる。

 全部自分で喋らなくてもよかった。

 隣の卓の男が、客の途切れたときに話しかけてきた。

「それ、ベルクの品か」

「はい」

「あそこの職人、腕はいいんだがな。前に頼んだとき、見本と少し違うのが来て」

「違った?」

「頼んでない模様が増えてた。よくなったと思って、やったらしい」

 俺は親方を見た。

 親方は目を逸らした。

 お前か。

「それは、次から頼まれたとおりにします」

「親方さんが?」

「俺が見張ります」

「俺の仕事を監督するつもりか」

「頼んでない模様を足すなって話だよ!」

 隣の男が笑った。

「じゃあ、うちにも見本を送ってくれ。名刺、置いとく」

 ダリオが、すかさず受け取った。

 親方は不満そうだったが、名刺は見ていた。

 その目は、少し嬉しそうだった。

 昼過ぎ、ヴァイスが言っていた若い社員も来た。

 俺と目が合うと、少し緊張した顔になった。

「本日は、お世話になります」

「こっちこそ。奥さんの?」

「はい。ただ、詳しくなくて」

「俺も詳しくない」

 ダリオが横から肘を入れてきた。

 俺は続けた。

「だから、作った人を連れてきた」

 親方を指すと、若い社員はますます緊張した。

 気持ちは分かる。

「普段、どんなのを使ってる?」

「布のものが、多いと思います。家では仕事の邪魔になるので、髪を上げていて」

 クローディアが、少し幅のある髪留めを取った。

「こちらでしたら、髪をまとめやすいかと。お色のお好みは?」

「青です」

「でしたら、この石を」

 若い社員の顔が、ようやく明るくなった。

 包み終えると、彼は何度も礼を言った。

 俺は笑って、包みを渡した。

「奥さんが使いにくいって言ったら、教えて。留め金、調整できるって」

 親方が頷いた。

 若い社員は、今度は親方へも頭を下げた。

 客が途切れたところで、ダリオが俺の肩を叩いた。

「さっきの、知り合い?」

「本社の人。今日初めて会った」

「普通に買ってったな」

「普通に売ったからな」

 そう答えてから、少し嬉しくなった。

 俺の名字で椅子を出してくれた荷受け業者とは、違った。

 あの人は、奥さんに似合いそうな青を持って帰った。

 それなら、俺がいない明日も売れるかもしれない。

 通路の向こうで、紺の上着が見えた。

 一瞬、グランツかと思った。

 目を凝らすと、別の客だった。

「誰か待ってんの?」

 ダリオが聞いた。

「いや」

 見に来てほしい気もした。

 こんなにばたばたしているところは、見られたくない気もした。

 どっちなのか決める前に、次の客が来た。

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