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三年間遊び歩いていた三男坊、なぜか世界最大級のアルフォード商会を継ぐことになりました ~周りが優秀すぎて、ぶっちゃけ俺の出番がない件~  作者: サトウジョシュア
第一章「俺の出番はないはずでした」

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第十三話 おっさんは見ていた

グランツのおっさんへの報告には、いつもより時間がかかった。

 ダリオの売上の控え。

 見本市の費用。

 売れ残った品の一覧。

 新しい注文書。

 おっさんは、どれも飛ばさずに読んだ。

 俺は、最初は背筋を伸ばしていた。

 途中から、菓子へ目が行った。

 手を伸ばそうとしたところで、おっさんが口を開いた。

「納品は、これからですね」

「うん」

「先方の検品条件は?」

「ダリオが書いてもらった。こっち」

 紙を出す。

 おっさんは目を通し、頷いた。

「見本との比較が明記されていますね」

「親方が勝手に模様足さないように、俺も言っといた」

「そういうことが?」

「前科がある」

 おっさんの口元が、わずかに動いた。

 笑ったのかもしれない。

「ます様は、今回何を担当なさいましたか」

 俺は少し考えた。

「荷受けを探して、見本市の手配して、客と話して、工房探して」

「はい」

「あと、飯を買った」

「それも必要ですね」

 真顔で言われると、逆に困る。

 俺は膝の上で手を組んだ。

「でも、品物を作ったのは親方だし、金を出したのはダリオだし。俺がやったって言っていいのか、よく分かんない」

「すべて、ご自身でなさりたかったのですか」

「無理だろ」

「ええ。私も無理です」

 俺は顔を上げた。

 おっさんは書類を閉じた。

「私は飛行船を操縦できません。鉱山も掘れません。精錬炉も動かせません」

「まあ、そうだろうけど」

「それでも、明日も商会へ参ります」

 俺は少し笑った。

「おっさんが休んだら、みんな困るだろ」

「ます様が王都で動かなければ、今回お困りになった方はいらっしゃいませんでしたか」

 すぐには答えられなかった。

 女将さんの倉庫。

 見本市の卓。

 小さな修理工房。

 顔が順に浮かんだ。

「……少しは、いたと思う」

「では、その分のお仕事をなさったのでしょう」

 おっさんは、菓子の皿を俺の方へ寄せた。

 今度は、俺も素直に取った。

 おっさんは俺が飲み込むのを待ってから、もう一枚、紙を出した。

 女将さんの倉庫からの伝票だった。

「何で、ここに?」

「輸送企画へ回していただきました。試行の費用を確認しておりますので」

 下の欄に、見覚えのある字があった。

『最初は邪魔をしたが、二回目は役に立った』

 俺は紙を伏せた。

「余計なこと書いてる」

「ほかにもございます」

 伏せた紙を、戻された。

『受取先の不在時刻を、次からちゃんと書いた』

 俺は黙った。

「お困りになりましたか」

「最初、間違えるところだった」

「次は?」

「書いた」

「では、一つ覚えられましたね」

 おっさんは伝票を揃えた。

 慰められた感じはしなかった。

 ちゃんと見られていた。

 できたことも、できなかったことも。

「おっさんも、最初は間違えた?」

 聞くと、返事まで少し間があった。

「ございます」

「どんな?」

「先代様へ、港の工事は予定どおりとご報告しました」

「実際は?」

「船を着ける場所はできておりました。そこへ至る道が、雨で使えませんでした」

 俺は顔を上げた。

 ベルクの坂を思い出す。

「船、来ちゃった?」

「来ました」

「どうしたの」

「先代様と、荷物を運びました」

 あのおっさんが、というより。

 じいちゃんまで。

 俺が口を開けていると、グランツは珍しく苦い顔で笑った。

「やまと様は、三日ほどはその話をなさいませんでした」

「優しいじゃん」

「四日目から、毎年なさいました」

 俺は吹き出した。

「そっちの方がきついな」

「ええ。おかげで、忘れておりません」

 おっさんは地図へ目を向けた。

「地図に道があっても、荷物が通れるとは限りません。ですから、ヘルマンは、ます様のお話を伺ったのでしょう」

 初日に話した、坂のこと。

 雨が降ると、石が滑ること。

 紙に書いてもらったとき、何となく嬉しかった理由が、少し分かった。

「俺、それくらいしか知らないけど」

「今は、そうでしょう」

「そこは否定しろよ」

「できないお約束は、いたしません」

 甘くない。

 やっぱり、甘くない。

 それでも、俺は次の菓子へ手を伸ばした。

 帰り際、グランツが声をかけた。

「ます様」

「ん?」

「今回、ご自身で立て替えた費用の控えは」

「ある。クローディアが揃えてくれた」

「では、担当した作業と一緒に、ヘルマンへお渡しください。商会の調査としてお願いした分は、精算いたします」

「金、もらえるの?」

「お仕事をお願いしておりますので」

 俺は少しだけ立ち止まった。

 親父から小遣いをもらうのとは、違う話だった。

「見本市の卓は?」

「ご自身でお決めになった分です」

「そこも甘くないか」

「お仕事と、ご交友は分けておきましょう」

 俺は笑った。

「分かった。紙、持ってくる」

 今度は、誰かに用意してもらう前に、自分で何をしたか書いてみようと思った。

*

 部屋を出る前に、ヘルマンが来た。

 手には、ベルクの輸送についてまとめた紙があった。

「ます様、こちらの件ですが」

「何?」

「次の四週間も、同じ条件で試験を続けたいと思います。ダリオ殿にも確認を」

「分かった」

 ヘルマンは、紙の下の方を指した。

「それと、別の港の担当者からも、似た荷物をまとめられないかと相談がありました」

「別の港?」

「まだ調査段階ですが」

 俺は紙を覗き込んだ。

 知っている町の名前だった。

「あ、ここ。宿屋の裏に革屋がある」

「ご存じですか」

「二週間、皿洗いしてた」

「……なるほど」

 ヘルマンが何とも言えない顔をした。

 おっさんは、さっきの手紙の束へ目を向けた。

 俺は気づかないふりをした。

「ます様」

 おっさんが言った。

「当面、こちらの調査をお手伝いいただけますか。担当はヘルマンです」

「俺、本当に毎日来る感じ?」

「毎日でなくとも、お約束した日は」

「遅刻しなきゃいい?」

「お仕事も、お願いいたします」

 俺は笑って、ヘルマンを見た。

「よろしく」

「こちらこそ、お願いいたします」

 初日に料金表を出されたときとは、少し違う声だった。

*

 廊下へ出ると、クローディアが待っていた。

「いかがでしたか」

「仕事、増えた」

「まあ」

「喜んでる?」

「少し」

 また少しか。

 俺は窓の外を見た。

 白い飛行船が、ゆっくり空を横切っていた。

 どこへ行くのか、気になった。

 でも今日は、乗りたいとは思わなかった。

「クローディア」

「はい」

「しばらく、王都にいる」

「承知しております」

「今度は本当に」

 彼女は俺の顔を見た。

 それから、静かに頷いた。

「では、明日のご予定も伺いましょう」

 手帳を開く仕草が、少し嬉しそうだった。

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