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三年間遊び歩いていた三男坊、なぜか世界最大級のアルフォード商会を継ぐことになりました ~周りが優秀すぎて、ぶっちゃけ俺の出番がない件~  作者: サトウジョシュア
第一章「俺の出番はないはずでした」

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第十二話 五日後に持ってこい

翌朝、俺は女将さんの倉庫へ行った。

 王都で銀を扱う工房を知らないか聞くと、女将さんは俺を見るなり言った。

「今度は何を増やしたんだい」

「仕事」

「顔に書いてあるよ」

 紹介されたのは、倉庫から二本裏の通りにある、小さな修理工房だった。

 店主は痩せた老人で、親方を一目見て言った。

「火床は昼まで。道具は自分のを使え。壊したら払え」

「分かってる」

「客が来たら、そっちを優先する」

「当然だ」

「銀屑は量って返せ」

「当たり前だろう」

 仲が悪いのかと思った。

 その五分後には、二人で金具の構造について話していた。

 仲がいいのかもしれない。

 職人は分からない。

 俺は二人が落ち着いたところで、店主へ料金を聞いた。

 火床を使う時間と、燃料の分。それに、細かな消耗品。

 言われた額を紙へ書く。

「領収書、もらえますか」

 店主が片眉を上げた。

「どこかの使いか?」

「いや。払ったって分かるようにしろって、教わった」

「いいところで教わったな」

 俺は少し嬉しくなった。

 ダリオは横で、もう宿代を数えていた。

 親方が小さな声で言う。

「俺が勝手に来た分は、俺が出す」

 ダリオが顔を上げた。

「そこは、あとで整理する。今は頼まれた見本を作ってくれ」

「……ああ」

 親方は作業台へ戻った。

 俺はダリオへ小声で聞いた。

「足りる?」

「今は、足りる。だから、無駄にはしたくねえ」

 いつもの口調だった。

 でも、その言葉を聞いてから、俺はもう一度、料金を書いた紙を確かめた。

*

 最初の試作品は、少し重かった。

 親方は不機嫌になり、作り直した。

 二つ目は軽くなったが、花の輪郭が弱くなった。

 親方はさらに不機嫌になり、もう一度作り直した。

 ダリオは宿代の帳面を見て、違う理由で不機嫌になった。

 俺は二人分の飯を買いに行った。

 大事な仕事だった。

 少なくとも、食っている間は口論が止まる。

 三日目の夕方、ようやく一つできた。

 細かい模様は減っていたが、花びらの形がはっきり見える。中央の小さな銀粒が、角度を変えると光った。

「きれいじゃん」

「まだだ」

 親方は裏返し、留め金を動かした。

「強すぎる」

「落ちなきゃいいんじゃ」

「髪を引っ張る」

 俺は黙った。

 親方は、ただ細かく作りたいだけではなかった。

 使うときのことまで、ずっと見ていた。

 最後に調整した品を、クローディアが試した。

 彼女は髪へ挿し、少し歩いて戻ってきた。

「引っかかりません。外すときも、扱いやすいです」

 親方が頷いた。

 ようやく、手を離した。

*

 その日の帰り、俺は本社へ寄った。

 ヘルマンは書類を片づけているところだった。

「今、平気?」

「少しでしたら」

 俺は持ってきた紙を見せた。

「六十点。ベルクで作って、王都へ持ってくるとしたら、この便で間に合う?」

 ヘルマンは日付を見て、すぐに首を振った。

「こちらは、予定どおり製作が終わり、港へ持ち込めた場合です。一本逃すと、次が納期当日になります」

「じゃあ、一本前?」

「完成するのであれば」

 俺は黙った。

 親方は、何とかできると言うかもしれない。

 言えば、そのあと毎晩遅くまで働くのだろう。

 それで、風が吹いたら終わりだ。

「二回に分けたら、運賃は増えるよな」

「最低料金が二回になります。ただ、ほかの荷物と一緒にできる便であれば、ダリオ殿へご確認いただく余地はあります」

「分かった」

 俺は紙へ、別の便を書き足した。

 ヘルマンが俺を見た。

「先方へのお約束は、まだですね」

「うん。五日後に見本を持ってこいって」

「でしたら、複数の案をお持ちください。すべてを同じ日に要するとは限りませんので」

 俺は頷いた。

 帰り道、店の開店日と、親方の作れる数を頭の中で並べた。

 全部できるか、できないか。

 それだけだと思っていた。

 できる分から、先に届ける。

 その間に、残りを作る。

 俺は急いでダリオの宿へ向かった。

*

 四日目の夜、ダリオと俺は紙を並べていた。

 材料代。加工の手間。箱。運賃。

 親方が作れる数と、一日に使える時間。

 数字を足していくと、先方が最初に言った値段より高くなった。

 俺は紙を見た。

「下げられない?」

「宿代を、なかったことにはできる」

 ダリオが言った。

「できねえだろ」

「そういうことだよ」

 俺は椅子へもたれた。

 五日間、あちこち走ってきた。

 親方は慣れない工房で何度も作り直した。

 ここで断られたら、と思うと、紙の数字が腹立たしくなった。

 ダリオが俺を見た。

「お前が足すとか、言うなよ」

「まだ言ってない」

「顔が言ってる」

「……少しくらいなら」

「次は?」

 俺は黙った。

 グランツのおっさんと、同じことを言われた。

 ダリオは紙を揃えた。

「この値段で欲しいって言ってもらおうぜ」

「言ってくれるかな」

「言わせるために、見本持ってくんだろ」

 あいつは笑った。

 俺は、ようやく笑い返した。

*

 翌日、装身具店の応接室で、仕入れ担当の男が見本を確かめた。

 窓へかざし、裏を見て、留め金を動かす。

 次に、見積もりを見た。

「希望していた値段より高いですね」

「はい」

 ダリオが答えた。

「ただ、留め金と仕上げは落としていません。箱は別にできますが、品物はこれでお願いしたい」

「もう少し簡単には」

「できる」

 親方が言った。

 俺は横を見た。

「花びらを薄くして、磨きを減らせばな。だが、店で触ってもらったときに分かる」

「どの程度」

「これと、これを触ってみろ」

 親方は、途中の試作品も出した。

 男は二つを持ち比べた。

 しばらくして、完成品を置いた。

「こちらですね」

「ああ」

 応接室が静かになった。

 俺は机の下で、指を組んだ。

 男が顔を上げる。

「六十点。箱はこちらで用意します」

 男は、俺たちが出した納品の日程を指した。

「こちらの二回に分ける案で。まず四十点を三週間後、残り二十点は、その翌週に。開店前の検品にも間に合います」

 ダリオが親方を見た。

 親方は日程の紙へ目を落とした。

「それなら、余裕がある」

「代金は、一部を発注時、残りを納品検品後に」

 俺は、そこで初めて息を吐いた。

 男がこちらを見る。

「何か?」

「いえ。よかったなと」

 そのまま言ってしまった。

 ダリオが横で、少し笑った。

 親方は笑わなかった。

 でも、机に置いた手が、ゆっくり開いていた。

*

 店を出ると、外は晴れていた。

 何もかもが少し明るく見えた。

 俺が伸びをすると、親方が肩を叩いた。

 痛かった。

「何だよ」

「戻るぞ」

「もう?」

「作らなきゃならん」

 その顔を見て、俺は笑った。

 ダリオも笑った。

「その前に、昼飯な」

「また飯か」

「食わなきゃ作れないだろ」

「お前ら、飯の話ばっかりだな」

 言いながら、親方はちゃんと食堂の方へ曲がった。

 食堂の前で、ダリオが足を止めた。

 注文書を、もう一度だけ開いた。

 俺は何も言わずに待った。

 あいつは署名のある箇所を見て、丁寧に折り直した。

「どうした?」

「いや」

 少しだけ笑う。

「屋号、ちゃんと書いてあるなと思って」

 ダリオ商館。

 ベルクでは、港の荷役の連中に、まだダリオのところと呼ばれている。

 看板も、小さい。

 それが、王都の店の注文書に書いてある。

 俺は肩を小突いた。

「自分で名乗ったんだろ」

「そうだけどよ」

 前にも、同じやり取りをした。

 箱が届いた日だ。

 俺たちは顔を見合わせて、笑った。

 先に入っていた親方が、扉から顔を出す。

「何してる。席が埋まるぞ」

「今行く!」

 ダリオは紙を鞄へしまった。

 今度は、何度も開かずに食堂へ入った。

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