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32. 乗客
市立図書館が改装されてから、平日でも空いている席を見つけるのが難しくなった。
今日は少しでも早く着こうと、彼女は始発のバスに乗った。
何しろ、窓側の席は一番取りにくいのだ。
郊外から市街地へ向かう路線だからだろうか、車内にはほとんど人がいなかった。
そのため、彼女はバスに乗り込むと、すぐに最後列に座っている人に気づいた。
その乗客は大きなサングラスをかけ、全身黒い服を着ていた。
銀白色の短い髪が、ひときわ目を引いた。
彼女は無意識に、その人を何度かちらりと見た。
ふと車内のバックミラーに目を向けると、鏡の中の最後列には、人影がひとつも映っていなかった。
『市役所前、到着です。』
図書館近くのバス停で彼女が降りると、あの「乗客」もバスを降りた。
二人は同じように、図書館のほうへ向かって歩いていった。
一階のロビーへ入ったとき、彼女はその人が「ただいま」と言うのを聞いた。
その声と同時に、何かが落ちる音がした。
少し厚みのある一冊の本が、床に落ちていた。
彼女は呆然とその本を見つめた。
表紙は古びていて、角も少し擦り切れている。
そして、先ほどの奇妙な「乗客」は、もうどこにもいなかった。




