29. バス停
窓の外から、ふと草の匂いが漂ってきた。
近所のどこかの家で、草刈りでもしているのだろう。
家族はこの匂いがあまり好きではないようだが、彼女はけっこう好きだった。
外は天気もよく、彼女は小さなリュックを背負い、散歩に出ることにした。
「こんにちは。」
「この辺りに土地神のお寺があるの、知ってるかい?」
近くのバス停まで来たとき、バスを待っていたおばあさんが、突然彼女に話しかけてきた。
彼女は一瞬きょとんとした。
「知ってます。」
その小さな土地神のお寺は、かなり辺鄙な場所にある。
以前はいつも家族と一緒に行っていたので、彼女もだいたいの場所しか覚えていなかった。
「そこはね、もう昔とはすっかり変わってしまったよ。景色も、参拝する人たちもね。」
おばあさんはすっかり話が止まらなくなり、土地公廟が建てられた頃の話から、自分が若かった頃の思い出話まで語り始めた。
どうやってこの場から逃げようかと彼女が考えていると、一台の古びたバスが二人の前に停まった。
そのバスの車体も、前方の電光掲示板に表示されている行き先も、彼女には見覚えのないものだった。
もしかして、別の路線の新人運転手が道を間違えたのだろうか。
「ああ、やっと私のバスが来たよ!」
おばあさんが立ち上がり、彼女に笑いかけた。
「お嬢ちゃん、話し相手になってくれてありがとうね。」
そう言うと、おばあさんは古びたバスに乗り込んでいった。
彼女はその姿を見つめていた。
すると、おばあさんの姿が次第に白くなっていった。
そして、視線を動かした彼女の目に、顔のあちこちから黒い煙を立ち上らせている運転手の姿が映った。
どうやら、向こうも彼女の視線に気づいたらしい。
「お嬢ちゃん、このバスには乗っちゃいけないよ!」
奇妙な運転手は笑いながらドアを閉めた。
古びたバスはガタガタと揺れながら、そのまま走り去っていった。




