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第5話 南雲ナツキの結末

デート三日目、公園。


ベンチに座る海は昨夜のことを思い出す。

何度も頭を下げながら、「食べたい物は無いか」「痛いところは無いか」と溢すように尋ねる父。

涙でくしゃくしゃになったその姿は、母を喪った頃の父と重なった。


そうか…私のここ何日かの夢のような体験…それには何か父が関わっていたのか…


沸き上がる疑問、胸騒ぎに支配され、海は父の入浴中の隙を突いて彼のスマートフォンを盗み見た。

発着信の履歴の中、そこには見慣れぬ会社名『心ケア』の文字。

『心ケア』を調べた海の思考はナツキへと帰結した。


海は不快に高まる心臓を思い出す。

なぜナツキくんは、私に声を掛けたのだろう。

なぜナツキくんは、私の死ぬ前にしたいことを訊いたんだろう。

なぜナツキくんは、会ったばかりの私にあんなに優しくしてくれたんだろう。

なぜナツキくんは…心ケアのホームページに写真があったんだろう…


海はおもむろに、スマートフォンを取り出して保存されている写真を見つめた。

喫茶店の窓から見た町並み、遊園地笑う二人、遡るとそこには父と娘の日常が現れる。

目頭にグッと熱が宿るのを感じた。


「お待たせ、海ちゃん」

コンビニのコーヒーとミルクティーを持ったナツキが、ベンチで待つ海に駆け寄る。


「ありがとう、いくらだった?」

ミルクティーを受け取る海は、上手く笑顔を作れている自身が持てなかった。


「え?お金要らないよ?」

「そう…ありがとう…

あ、あの…さ…

ナツキくんは…」

グルグルグチャグチャと黒くまとわりつく感情が、海の言葉を重くした。


「どうしたの?」

海の隣に腰を掛けたナツキが、顔を覗き込む。


「あのね…その…

た、楽しかった!デートしてくれて!

だからありがとう!」

「うん、僕も楽しかったよ

こちらこそありがとう」

視線を合わせた海の目に、変わらないナツキの笑顔が映る。


ナツキは胸に、小さなトゲのような引っ掛かりを感じていた。

目の前の少女の目に宿る、諦観の念。

これまで経験した仕事の中で、ナツキは何度もこの目を見た。


何もかもを経験し、己が悪徳を自覚している大人が、なす術を無くした末に持つ目だ。

それを同じ歳の少女が俺に向けている。


トゲが大きく膨らんでいく。

ナツキの頭の中には、心の内を言語化するだけの知識も経験も無かった。

ただムクムクと膨らむトゲに、胸が締め付けられていく。


「ナツキくん!

私海が見たい!

由比ヶ浜って行ったことある?

えへへ、私一度だけお母さんと行ったんだよ!」

ベンチから立ち上がった海は、背中越しに最後の願いを伝えた。


ナツキも海の後を追う。

横に並び、歩調を合わせる。


2人は海へ向かった。




「社長、終わりました」


………

……


あの日から、数ヵ月が経った。


連絡を済ませたナツキは、集中力も散漫に、力無く家路に着いた。

赤信号に足を止めたナツキの耳に、若者の会話が届く。


「そんなに海好きなの?」

「海最高じゃん!」

「えー…俺ちょっと苦手…

ベタベタするし」

「なんでだよ!

生きてるって感じするじゃん!」


信号が青に変わる。

ナツキは車道に踏み出していく。


その時突然、ポケットに詰め込んだナツキ私物のスマートフォンが震えだす。


足を止めて急いで取り出すと、ストラップのネコミーがふらふらと踊った。

耳のリボンがキラキラと、町の灯りを反射する。


ナツキは画面に表示された文字を読み、呟いた。

「由比ヶ浜……ここからだと30分か…急ごう!」


ナツキは踵を返して走り出す。

真っ直ぐに前だけを見て。


fin

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