第1話 心ケアの新サービス『あなたの望み、叶えます』
「社長、終わりました」
ナツキは現場を離れ、社用のスマートフォンで報告を入れた。
彼のルーティーンであり、会社のルールだ。
『社長じゃなくてボスって言って!
何度言ったらわかってくれるの?ナツキちゃん!』
電話口から低くしゃがれた声がハイテンションに響く。
「はいはい、わかりましたよ社長」
『そうそう、アタシ今日、社員のモチベーションアップの為のセミナー行ったんだけどね!』
「今日は直帰でいいんですよね?」
『んもう!
いいわよ!お疲れ様!』
「はい、お先に失礼します」
スマートフォンをポケットに詰め込み、ナツキは駅の改札を目指した。
近年、世界的な安楽死の需要の高まりにより、日本も大胆な変化を見せている。
一つは安楽死の合法、合憲化。
そして、相次ぐ規制緩和により、ついに民間の安楽死代行業者が生まれるに至った。
ナツキは中学卒業と同時に、安楽死補助員派遣会社『心ケア』に入社した。
身も蓋もない言い方をすれば、殺し屋である。
………
……
…
翌日。
ナツキが社屋のある雑居ビルの階段を上がっていると、『心ケア』の表札がかかる扉から男女が現れ、横を通り過ぎていった。
男性は80代から90代、女性は50代、いや親子だとしたら60代以上か。
一瞬だったけど、男性は視線が安定してなかったな…
女性は不服そうな顔をしていた…社長に何か言われたか?
ナツキは職業柄か元来の性質か、無意識に脳内でプロファイリングしていた。
カチャリ
ドアノブを回して扉を開き、社長の顔を見たナツキは口を開く。
「おはようございます
今のお客さんですか?」
「そうそう、そうなの!
トイレと食事の介助、あと料理もして欲しい…ですって!」
「ああ、デイケアの方のお客さん」
「方ってなぁに!?
そーんな業務、うちに無いんですけどぉ!?」
「…」
「何?社名は変える気ないからね!
ほら!いつも通りモットー!はい!」
「ああ…"心から、健康笑顔な終末を"…」
「んま!テンションひっく!」
社長は化粧が厚く、紫色のアイシャドウが威圧する。
ドレスのスパンコールはキラキラと、窓から射し込む午前中の強い日光を反射した。
ナツキはブツブツと独り言を続ける社長をじっと観察していた。
年齢不詳ながら50代後半から60代前半と思われる。
ドーランのように厚く塗ったファンデーションがショールに落ちて付いている。
ショールで肩を隠しているが、盛り上がった筋肉と太い腕は隠しきれていない。
いや、隠したいなら長袖着ろよ。
足首まで隠れるドレスのスリットから、ガーターホルスターのベルトが時折チラチラと見える。
高いヒールも手伝って立ち上がったときの全長は2メートルに近い。
性格は…
「ナツキちゃん!
さっきから失礼なプロファイリングしてるでしょ!
ここからは、お仕事の話!
ちゃんと聞きなさい!」
………
……
…
デスクに着いたナツキは社長から渡された書類と、つい先程の説明を反芻していた。
最後の願いを訊く?
殺し屋が?
殺す相手に?
というか依頼も一緒に渡されたってことは俺が訊くのか?
えっと…山下海…18歳…同い年の女か…
父親の依頼?はぁ…
確か3つの狙いとか言ってたな。
依頼者の罪悪感ケア、ターゲットの心残りケア、殺し屋の自己肯定感向上…
確かにこの父親の罪悪感は多少ケアされるだろうけど…
他2つはかなりの詭弁じゃないか。
毒にしかならないセミナーなんかに行きやがってあのオッサン…
「社長、訊くってどうしたら良いですか?」
「ボ!ス!
まぁ…拉致ね
拉致して、最後のお願いを叶えるからおしえてねん!って言うの」
「…」
訊かなきゃよかった。
ナツキはスッと視線を書類に戻した。
「んま!失礼!
ボスを無視しないで!」
社長がドスン、ドスンと地団駄を踏んだ。
ナツキは思考する。
――パターン1
拉致して聞き出す。
社長案。
これでターゲットの心残りを解消できると思ってんのか?
真面目にやれ。
――パターン2
素性を隠して接触。
それとなく願いを聞き出して叶えた後、殺す。
難易度が…恐ろしく高い…
――パターン3
誰かに聞き出して貰う。
誰が?
部外者に話す訳にはいかないよな。
なら父親か…
待てよ、これからオプションとして継続するなら自分たちで対処できないとまずいんじゃないか?
ならパターン2、頑張るしかない…ってなるじゃん…
「社長、とりあえず金下さい」
「え!?
ど、どうして!?」
ムカつくから、という言葉を飲み込んで、ナツキは口を開く。
「参考書を買ってきます」
………
……
…
書店に着いたナツキは、社長から受け取った5万円を使い切り、目についた対人指南書を買い漁った。
「あ、領収書下さい
宛名は"心ケア"で」
「あら、デイケアの会社さんかしら
若いのに偉いのね」
「はぁ、ありがとうございます」
まずは一週間、ナツキはとにかく読み込んだ。
『話し上手は聞き上手』
『ヤレる男のナンパ術』
『新訳 友達の作り方』
『対人解体新書』
『世渡り上手になるために必要な7つのポイント』
『モテ男の条件』
『「気まずい」をなくす会話術』
『めんどくさい人間関係をスッキリさせる10の習慣』
『恋の打率を上げる「最初の10分」の会話術』
『「良い上司」と呼ばれる人の6つの条件』
スマートフォンの通知音が鳴る。
ナツキは表示されたメッセージを確認した。
『そろそろ"研修"は終わるかな?
期日までまだあるけど油断しないでね!』
ナツキは本を置き、服装を整えた。
ゆったりしたブラウンのスラックス、水色の無地のTシャツに黒いサマージャケットを合わせる。
これで…良いのか?
いまいち良くわかんないな…
依頼者である山下から聞いた住所は電車に乗って数駅先だ。
ナツキは読書の合間に何度も下見を行った。
結果として、ターゲット山下海の顔も立ち居振舞いも完全にイメージできていた。
よし、今日こそは…!
ナツキは覚悟を改めて扉を開けた。




