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影喰い王子と、夢誘われの魔女。  作者: コウサカチヅル


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第03話

「そもそも、“王子様に『影』を食べられた! 命もばりばりゆかれるかもです!”って伝言されて、どうしろって言うのよ!? リリス様……お師匠様の娘じゃなければ絶対切りすててた案件! はァん、リリス様好き♡♡あのかたのことを想うだけでアタシのはしたない部分が滾っちゃう♡――ま、アンゼがこういう救援を冗談で送るワケないとはいえ……」

魔術式により即時修復されたリュート様の寝室、ベッド上。

更に自身へ『判定』の魔術式をかけ、目を見開いたわたしの美麗な兄弟子・ヨルくんは、まったく衰えることないテンションの低音で、たまにくねくねしながらもわたしを叱りつける。

彼は常に露出の多い異国風の出で立ちと、その身へ魔術でできた無数の彼の眷属――『紫蛇』を這わせる美丈夫だ。


ヨルくんは八歳のとき、わたしのお母さん――リリス=イストワールに、いわゆる……性奴隷斡旋組織、から保護されたらしい(もちろん本来、国法で禁止されている)。瞳の色から高い魔力を持てあましていた彼は、お母さんを一目見て、恋をした。

お母さんを追いかけ師事をし、二十三歳の今、王国魔術師長の地位まで昇りつめている。

わたしの中では大好きで尊敬するお母さんのことを、心から大切にしているお兄さん的存在だ。

ヨルくんの気持ちはきらきらしていて情熱にあふれ、すごく素敵。かけらも忌避感はない。

わたしの『お父さん』は、わたしがお母さんのお腹にいるときに亡くなったから、あんまりピンと来ていないというのが正しいのかなと思う。


「うーん……? なァんか、アンタの状態って見たことあるのよね……これだと、まるで……」

首を傾げつつ、記憶をたぐろうとしているヨルくんの、先ほどのお叱りを反芻する。

確かにリュート様の『影喰み』は、長い期間をかけないと完成しない類の術――自身でもざっと解析してわかるので、わたしはその旨を告げ、しゅん、とうなだれた。

「ごめんなさい……」

「そうね、危機感皆無! アンゼ、全くもってマイナス千点よ!!」

「返す言葉もない……」

どんどん小さくなるわたし。

ちなみに、この間もリュート様はずっと……縮こまったわたしを、背後から囲うように抱えている。

「ひどい誤解ですよね♡ただ女の子としてばりばりゆかれていたかもですが」

「「リュート様は少し黙って」」

わたしとヨルくんの声が思わず重なる。

ヨルくんは正論の鬼であり、彼の本気のお説教中に軽い口調を混ぜることは、肉弾戦的なほうの戦闘開始を意味していた。

「はーい」

意に介さない様子で応えるリュート様をちらり、と伺いみる。

柔らかな微笑みをたたえているけれど、空色の目には明らかな警戒と――そして滲む不安。

どうしても王子様を放っておけないわたしは、されるがままになっていた。

告白するとわたしは普段、男性はおろか、他のだれかに触られること自体がとても苦手だ。

ヨルくんにだって、例えば急に肩を叩かれたら、ぴゃっ、と飛びあがってとっさに距離をとる自信がある(ただヨルくんは育つ中でその事実を把握済みのため、そもそもわたしに触れようとしない)。


でも、なぜだろう。

ずっとずっと不思議には思っていた。

その感覚は日に日に増し、思い出が重なるほどに強くなる。

リュート様のシャボンを思わせる、清潔で優しい香りに包まれると、溶けてしまいそうなほど安心する。

彼の指や掌は、わたしをいつも甘やかすように触れ、傷つける意図をどうしても感じられないのだ。


この状況は、明らかに異常。

わからないわけじゃない、王子様によってわたしは、同意のない『捕縛』におちいっている。

でも、わたしは。

『逃げたい』と思っていないどころか、彼の温もりに『満足』すら覚えている――?

自分の胸に手を当て、状態の結論に愕然とした。

ただ、やっぱり不意に太ももや腰へ触れるのは、くすぐったいしそわそわするから控えてほしい。ヨルくんが見ているし……。

……じゃあ。もしヨルくんが、いなかったら?


わたしはその先の思考を止めるべく、ふるふるとかぶりを振った。

「アンゼリカ?」

「だ、だいじょうぶ……」

心配そうにわたしの表情を後ろからうかがうリュート様を宥めるみたいに、そっと人差し指で王子様の肩を撫でた。

ほんのちょっとだけ頬を染めてうつむくわたしへ、ヨルくんはこの世界で二番目の魔力楷位を表す金の眼を眇める。

「――アンタたち、本当に両思いでないの? 痴話喧嘩に巻きこまれただけなら帰るからね」

「ちがう」

「ひどいですアンゼリカ♡」

険しい顔で、ヨルくんは飄々とした態度を崩さない王子様へ一歩踏みだす。

「……ねェ、リュート王子。では王子がしていることは、同意なき監禁に――」

「ふふふっ」

「何がおかしいのよ?」

「さあ? 聞くところによると魔術師長もなかなか、想いびとへ()()()()()()がおありのようで」

私たち、結構“仲よく”なれるのでは?

重ねて紡がれる、飽くまでにこやかなリュート様の言葉に、ヨルくんは表情をすっと消した。

「そう……()()()()()のね」

ヨルくんの想いびとって、お母さん……?

顔を上げ、ヨルくんを見る。

「――えっち♡」

彼は元から、艶っぽい男のひとではあるけれど。

そう言って口もとに長く美しい指を添えたヨルくんの表情は、ぞっとするほど闇に沈み、色がのっていた。

お互い笑みながら、でも明らかに牽制の意図を持って向きあうリュート様とヨルくん。

わたしはどうすべきか王子様の腕に抱かれながら考えを巡らせた結果、からだをひねってベッドで膝立ちになり、リュート様の胸へ両手を添えた。

「……あの、リュート様はわたしを捕まえた責任があると思う」

「そうですね、アンゼリカ♡」

……実は。

今まで必死にこらえていたけれど、もうだめかもしれない。

事態に備え、がばっ、とリュート様にしがみつく。

「アンゼリカ?!」

白い肌を赤く染めたリュート様だったけれど。

……くうぅうう。

小さく甘えた小動物みたいなわたしのお腹の音に、場にいた男性陣の目が丸くなる。

なにかで抑えつければ音が小さくなるかと思ったけれど……。

恥ずかしさのあまり、わたしのほうこそリュート様よりよほど真っ赤になって涙目だった。

「おなか、すいた……」

朝から食べることなく、リュート様と追いかけっこしていたのだ。

わたしの表情でなぜか感極まり、びくんびくんと震えだしたリュート様の胸板を、痛くない範囲でぽかぽか叩いた。


***


わたしは懸命に小さな口を開け、リュート様が手配してくれた、とろみがかったソースの絡まるレタスとスモークチキンたっぷりのベーグルサンドをもむもむと食べきる。

「お城のご飯、いつもおいしい! ごちそうさまでした!」

ぱちんと手を合わせ、終わりのご挨拶をしようとすると。

「ああ、アンゼリカ。食後にこちらもいかがですか?」

にこにことリュート様が差しだした見覚えのあるボトルに、わたしは飛びつかんばかりに身を乗りだしてしまう。

「ぶどうジュース!」

「はい、当然君がいつも自分へのご褒美♡に選んでいる銘柄です♡」

お食事テーブルから少し離れた壁に寄りかかったヨルくんは、眉を寄せ、たじろぐように身を引いた。

「怖っ。何でそんなコトまで知ってんのよ王子……」

「基礎中の基礎ですが? ほら、アンゼリカ。ほんの少しばかり、からだの重心が右に傾いていますね。君に消耗と眠気が出たときに出やすいので、ふっわふわのブランケットで包みましょうね?」

「だから明らかに、一緒に住んでたアタシより知りすぎてんのよ」

「あぅあぅ、ヨルくん……」

「アンゼも“えっ、ここまでうれしいなら、もう住みついていいかな……?”みたいな目をアタシへ向けるんじゃない。アンタの一生はぶどうジュースとブランケットで堕ちる手軽さなの?」

ヨルくんはやりきれないと言わんばかりに自身の頭をくしゃっと乱し、はぁ、と深く溜め息をついた。

そして、気を取りなおすみたいに続ける。

「まったく、呑気なんだから。……あらましから、王子は恐らくかなり血は薄まっただろうけれど、獣人であると考えて視ればいいんだと思ったわ。かの種族には代々、それぞれの特性が継がれるから」

ぶどうジュースが入ったグラスを恭しく置き、わたしもヨルくんの説に同意し、頷く。

「そうだね、ヨルくん。『獏族』がかつて実在し、その希少種に一子相伝の異能力と術があった。それがいちばん無理のない見方とわたしも感じた」

ヨルくんもそちらに首肯し、改めて今度は、彼自身の目に『鑑定』の魔術式を展開させた。

彼は本来、お母さんの弟子らしく魔術を駆使した攻撃を最も得意とするが、仕事柄、分析や解析にも優れているのだ。


一方のリュート様は、わたしたちの学術的な会話に臆することなく呟いた。

「『獏』が獣人……考えたこともなかったですね。獣人自体が現在はほぼ確認されませんが」

興味深さと感心が混ざったようなリュート様へわたしは、先生モードになって例を継ぐ。

「ユニコーン種の男性は、妻と認めた女性の首を噛むことで、からだに紋をきざむとされている。すると?」

「……その該当男性以外、性的な意図をもって対象女性へ触れられなくなります。なるほど、つまり『番』の概念と重ねたとき、幻獣は獣人特性であると仮定できるのですね」

「そう。いいこ」

変わらず勘が素晴らしいリュート様の頭を、思わずふわりと撫でる。

「アンゼリカ……♡」

「ああもう、そこなふたり!! 動かずじっとおし!」

鑑定術式を組みながら、ヨルくんは容赦のない怒号を飛ばした。

間を置かずヨルくんは術式を確定させ、真剣な面持ちでわたしへ密に添うリュート様を視る。

『鑑定』中は、瞳の周りにきらきらと星のような粒子が散り、それはヨルくんのとろけた色合いの金を引きたてる。場違いにもわたしは綺麗だなぁなどと考えてしまう。

「ええ、確かに……本当に僅かばかりの獣人特性――、って、え? 待って、どうして?」

金眼を見開き、口もとに手をやるヨルくん。上品な宝石で飾られた、すらりと整った手指はしかし、微かに震えていた。

信じられないとばかりに、その目線はリュート様とわたしを忙しなく往復する。

「ヨルくん?」

「その観点で視たら、アンゼにも()()()()()()()()()()()わよ……?」

「「……え?」」

今度は、わたしとリュート様の声が重なる。

ヨルくんの『鑑定魔術』は彼が既存の術式にアレンジを加えたもの。そのモードで視たとき、行使者の視界に入る生きものすべてにラベル付与がなされる仕組みだったはず。

つまり“獣人特性を微かにでも持ち合わせる者”に、わたしも適合した――?

頭が、真っ白だ。

どうなって。一体なにが、起きているの……?


ヨルくんも混乱は同様だったらしく、彼に似合わぬ困惑した声音で、呟くように見定めつづける。

「全く同じではない。けれどとても近くて、でも明らかに質が違えてる?? 何なの、これ……?」

数瞬、思案する素振りを見せたヨルくんは、やがて意を決したように、辺りに侍らせていた魔術製の『紫蛇』へ『記録』の魔術式を重ねがけた。眉をひそめ、リュート様を見据える。

「……さすがにこの結果はリリス様に持ちかえるわ。いいわね? リュート王子」

リュート様もここまでは把握していなかったようで、空色の瞳を惑うように揺らし、けれど確かに、聡明なこの国の王子様らしく応えた。

「――ご随意に」

わたしを抱く力を強めたリュート様を見上げる。

彼に浮かんでいるであろう様々な思惑。

わたしは王子様の怖いほど美しい顏から、なぜかこの場にそぐわぬ感情を見出していた。

それに名前を付けるとするならば、きっと。


……歓喜にも似た、切望。

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