07
書き溜めはここまでです。
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レナとルークはゴンちゃんを連れて、子猫のチョビを探して回る。
「このくらいの時間だったら、市場の方で見たことあるよ」
レナの記憶では、市場でクリスと呼ばれてご飯をもらっていた。近くの湖から魚を釣って売っている店だったと思う。
「そうかー。ボクはネジや工具を買いに行く途中にある家のオートモービルの上でお昼寝しているのを見たような」
ルークからは違う情報が出る。当て所もなく歩いたところで出会えない事は確かなのだが。
「うーん。毎日決まったルートがあるわけじゃなさそうね」
2人で意見を出し合った結果、決定的な情報は出なかったので、目撃情報のある場所を巡って行こうということになった。
まずは、比較的近くにあるオートモービルのある家。
てくてくと、白壁にオレンジ屋根の家が並ぶ通りを歩いてゆく。
「あの角を曲がった先だよ」
ルークの案内でたどり着いた家は、残念ながら出かけているようだ。オートモービルが無かった。
次は公園の木陰。ここは夏になったらいそうだが、まだ寒いかも知れない。こうしてチョビのいそうな場所を寄り道しながら市場までやってきた。ゴンちゃんはずっと楽しそうにダンスを踊っていた。
お目当ての魚屋で、チョビの事を聞いてみる。
「ああ、クリス。ヒゲ模様の子猫ちゃんね。今日は他でご飯を貰いそびれたのかしら?午前中のうちに来ていたよ。そろそろお腹を空かせてどこかにご飯を貰いに行く頃じゃないかしらねぇ」
店番のお姉さんが教えてくれた。
「で、そのカデンは何なんだい?」
毛づくろいブラシとネコジャラシを掲げてルンルン気分のゴンちゃんを見て怪訝な顔をする。
「普段は全自動掃除機なんだけど、今日は全自動子猫撫で機なの」
レナの説明にわかったようなわからないような顔で曖昧な返事を返す。
「色々と教えてくれてありがとう!」
お礼を言って去っていくレナたちを、特にくねくねと奇妙なダンスを踊りながら去っていくカデンを、狐につままれた気持ちで見送った。
「ご飯がもらえる場所だって」
市場を抜けて住宅街へ帰る細い農道の道すがら、何か心当たりがないかルークに聞いてみる。
「うーん。無いなぁ。レナちゃんは?」
「いくつかあるけど。うん、全部巡ってみるしかないか」
ブルルルルン
ゴンちゃんも大賛成で勢いよくクルクルと回転して、ピタリと止まった。
プシューと空気の抜ける音がする。
「あれ、どうしたの?ゴンちゃーん」
全く動かないゴンちゃん。
「あー、無駄に動き過ぎたから。蒸気を作るための水がなくなって蒸気機関が緊急停止したんだよ」
浮かれてクルクルと動き回っていたせいで、普段より速く水を消費してしまったらしい。
「水を補給して蒸気機関を再起動しないと」
「再起動って大変?」
「そんなことは無いんだけど、綺麗な水は必要なんだ。できれば飲んでも大丈夫なくらいの」
周囲を見回し、水を分けてもらえる場所がないか探すのだが、
近道しようとしたのが裏目に出てしまったようだ。
あいにくこの辺りは斜面を利用したぶどう畑が広がっている。
細い農業用水路はあるが、泥で濁った水はそのままでは使えそうにない。ボイラーの底に不純物が詰まってしまうのだ。
「ヒラ橋公園の川の水は?」
「うん。あそこの水なら大丈夫かもしれない。飲むのはちょっとお腹壊しそうだけど、十分澄んでいるから」
太鼓判を押してくれたが、顔が曇る。
「ヒラ橋公園は少し遠いよ…」
「大丈夫!そこの脇道を下ると、公園の川の上流に着くんだよ」
レナが指差す農道の先は、ぶどう畑にある細い獣道のようになっている。
「へぇ、レナちゃん詳しいね。ボクはずっとこの街に住んでいるけれど、さっぱりだよ」
そう自嘲気味に言いながら、ゴンちゃんの背中から吸引機のごみ取りカップを取り外す。
「これに水を汲んでこよう」
「うん!」
2人は駆け出した。
獣道のように見える細道は下草に覆われて、上はブドウの葉で日陰を作り、足元はぶどうの根が這うでこぼこ道だ。転ばないように気をつけながら、一列になって進んでいく。
「ルークがこの道を知らなかったのはね、博士の研究所で一生懸命に学んでいたからだと思うんだ。だから大丈夫。レナの知らないことをいっぱい知ってるもん」
獣道を慎重に駆け下りながら、真っ直ぐな目でそう告げた。ルークは感謝と気恥ずかしさがないまぜになったなった顔で、後ろのレナを見ることができずに黙って頷いた。
「…ありがと、う!?」
後ろからガシャンゴシャンと音を立てて何かが迫ってきた気配に驚いて、2人は振り返る。次の瞬間、ぬっと現れたゴンちゃんの顔と目が合って、目が合ったままゴンちゃんは2人を追い抜いていった。
いや違う。坂道を転がるようにして落ちていった。
「え?ちょっと待ってーーー!」
どうしてゴンちゃんがここにいるの?動かなくなって道端で待っていたはずなのに!
色々な疑問が一斉に浮かんだ2人だったが、考えるのは後だ。速く追いかけて止めてあげないと壊れてしまう。
大慌てて追いかける。必死に追いつこうと走るのだが、ゴンちゃんは下り坂でどんどんスピードを上げていく。木の根で飛び跳ねて、コースアウトするかと思いきや今度は幹を蹴って方向転換。でこぼこ道を左右に飛び跳ねながら進んでいく。偶然の連続なのか、それとも上手いこと計算されたコースなのか、ゴンちゃんは決して衝突することも転倒することも無い。ついには、どんどん先に進んで見えなくなってしまった。
2人が、はあはあと肩で息をしながら坂を下りきると、川沿いの遊歩道でゴンちゃんが待っていた。あのスピードで転がり落ちてどうやって止まったのか、何食わぬ涼しい顔をして歩道の真ん中に静止していた。
今なお両手を上げて、毛づくろいブラシとネコジャラシを掲げた姿は神秘的ですらある。
「ゴンちゃん大丈夫だった?」
呼びかけながら近づいてみるが、やはり反応は無かった。いったいどうやってこの坂の上まで来たのだろう?
「ルーク、ゴンちゃん壊れてない?大丈夫?」
「うん。見た感じだと、キズ一つなさそう」
「そっか、よかった」
ボディについた枝葉を落として、撫でてあげる。
「ボクは水を汲んでくるね」
欄干を乗り越えて、川に降りていった。
「ゴンちゃーん。ホントはまだ普通に動けたりする?」
語りかけてみる。返事はない。
しかし、返事の代わりに、ギギーっと天を指していた両腕がゆっくりと降りてくる。そして、前へならえのポーズでビシィと止まり、体がカタカタと震えだした。
「何?何かあるの?」
不安になったレナがゴンちゃんの指し示した方を見ると、
そこにはチョビちゃんがいた。
何してるの?といった顔で首を傾げ、じっとこちらの様子を伺っている。
「えっと、まだ準備ができてないんだよね…」
動けないゴンちゃんと、水を汲みに降りていったルーク。チョビちゃんに遭遇するのは少しだけ早かったけど、
「ビスケット食べながらゴンちゃんが動き出すのを待っててよ」
折角会えたのだからと、ポシェットから1枚ビスケットを手のひらに乗せてチョビの口元に持っていく。
それを「にゃあ」とお礼を言ってから綺麗に平らげた。
「この前のことは許してあげてよ、ゴンちゃんに悪気は無かったんだ」
レナの手にスリスリしていたチョビが、トントンっと身軽な軽業でゴンちゃんを駆け上る。
そして、ゴンちゃんの頭の上で、まるで「ゆるしてあげる」とでも言っているかのようにゴロンと寝転んだ。
ブルン。ブルルルルン
それを見たゴンちゃんの蒸気エンジンが軽やかな音を立てて回りだす。更に、2本の腕がエンジンよりも軽やかにくねくねと回りだした。
「ゴンちゃん!今よ、チョビちゃんをおもてなしよっ」
レナの指示に、待ってましたと言わんばかりに器用に腕を動かしてブラッシングをはじめる。と同時にチョビの手元でネコジャラシをフリフリ。猫パンチを繰り出させることに成功している。
またしても、完璧な癒し空間が完成した。
「あれ?まだ水残っていたの?」
水を汲んで戻ってきたルークが不思議そうに目の前の光景を眺めている。
「わからないけど、チョビちゃんと仲直り出来たら元気になったよ。不安でーー」
止まってただけだったのかな?という言葉は大きな破裂音にかき消された。
パァンッという大音響が川の堀に、丘の斜面にこだまして、余韻を残しながら静寂に戻った。
「なんの音だ?!」
ルークが慌てて周囲を探り、レナもルークに倣って周囲を見渡す。
原因はすぐに分かった。ゴンちゃんだ。吸引機の小型蒸気機関を爆発させて、裂けた先が放射状に開いた鉄のハナタバを作ったらしい。
まだ煙が漂う腕先のそれを、スッとチョビちゃんの前に差し出した。それはもう紳士の極みくらいの毅然とした態度で。
ミギャーー!
チョビちゃんは逃げ出した。それはもう全力疾走だった。
こんなに怖い思いしちゃったらもう来てくれないかもなぁ。
と、そんな事を思う。
ゴンちゃんのハナタバがコトリと地面に落ちた。キュラキュラとタイヤを軋ませて、哀愁漂う背中で川に向けて動き出す。
「あ、駄目ー!ここから落ちたら絶対に洒落にならないんだから!」
レナは慌ててゴンちゃんの腕を引っ張って身投げを止めようとするのだが、その前に欄干に引っかかってゴンちゃんは機能を停止したのだった。
、
この騒動が落ち着いた後に、ルークが胴体の蒸気機関を調べてみたのだが、水は空っぽだったし、蒸気機関はさっきまで動い
ていたとは思えないほどに冷え切っていた。『プーグルーグの『妖精付きカデン』』は、また一つ新たな不思議を生んでしまったようだった。
END
明日からどうしよう?




