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レナは、まず母親に尋ねてみることにした。
「ねぇママ。ママは大切な人と喧嘩しちゃったら、どうやって仲直りする?」
「んー、そうねぇ」
執筆の手を止め、レナに向き直り、頬に手を当ててしばしの熟考。
「相手が謝ってくれるのを待つかしら」
「えー、相手は子猫なんだよ。それも、あっちこっちにご飯をくれる家があって、自分なんか居なくたって余裕で生きていけるくらいの子」
「あらあら、それは大変ねぇ。でも、それなら。仲直りとは少し違うけれど、奪って逃げちゃうかしら。なんてね、ウフフ」
流石、駆け落ち未遂の経験を持つ元貴族のお嬢様。三姉妹の母親になった今でもその片鱗は失ってはいない。時折驚きを隠せない発言をするのだ。
「うーん、ちょっと違うかなぁ」
あまりにも予想外の答えに、レナの表情が曇る。
「あら、そうなの?それじゃあ、たくさんの人に意見を聞いてみたらいいわ。きっと良い答えが見つかるわよ」
「うん、そうするね。ありがとう」
トタトタと駆けていくレナを見送ると、ミーリス・レイントンは再び執筆に戻った。
エリ・エリントンは外出の支度をしている最中に呼び止められて、少し不機嫌そうに立ち止まった。これから友達とショッピングに行く約束なのだ。
「喧嘩した相手との仲直りの仕方?」
「うん。相手は子猫ちゃんなんだけど」
「へぁ?猫??」
思い浮かんだいくつかの方法を慌ててしまい込む。
「そんなのわからないわよ。子猫と喧嘩したこと無いもの」
「えー、そんな意地悪言わないで教えてよー」
「子猫なんて、喧嘩したこと忘れてまた来るわよ。それか…」
視線を彷徨わせて、暖炉の前のゴールデンレトリバーをロックオンする。
「バーニーにでも聞いてみなさいよ。それじゃ、急いでいるからもう行くね。お土産に何かお菓子買ってくるから」
そう言い残して、そそくさと行ってしまった。
「もー。バーニーに分かるわけないじゃん!」
名前を呼ばれたゴールデンレトリバーが、ゆったりとした尻尾を振りながら不思議そうにこちらを見ていた。
レイントン家の長女であるルカ・レイントンは、台所で昼食の支度をしていた。
トントンとリズミカルに玉ねぎを切る手を止めることなく、レナの話に相槌をうつ。
「そうねぇ、お姉ちゃんあんまり喧嘩とかしたことないのよねぇ」
おっとりとした声で、困ったように答える。
「そうだよね、ルカお姉ちゃん、喧嘩とかしそうにないもの」
叱ることはあっても怒ることはない。それが、レナから見た長女の印象だ。
「でも、そうねぇ。しっかりとごめんなさいって謝って、贈り物とか良いかもしれないわね」
今までで一番の答えが返ってきた。
「そうね、贈り物。ありがとう、ルカお姉ちゃん。でも何をあげたら良いのかなぁ」
食卓に腰掛けて、足をブラブラさせながら考えこんでいると、後ろから声がかけられた。
「何かお悩みごとですか?レナお嬢さん」
「マーサさん、あのね…」
マーサは、レナが生まれるよりもずっと前から、レイントン家のお手伝いをしてくれている。レナの母親が結婚して家を出た際に一緒に付いてきてきてくれた、家族同然の家政婦さんだ。
レナの話を聞いている間も、倉庫から持ってきた大きな小麦粉の袋をストッカーに移しつつ、ウンウンと、優しく相槌をうってくれる。
「それでしたら、いつものビスケットがよろしいのでは?」
「いつもので良いのかな?特別感がないよ」
「いつものだから良いのです。きっと、またいつもの日常に戻れますよ」
「いつもの日常かぁ。そっか、うん。そうするよ。でも、もうなくなっちゃったんだ。またビスケット作るの手伝ってね」
「良いですとも、良いですとも。お昼ごはんのあとで一緒に作りましょうね」
年の功なのか、マーサの言葉はスッとレナの中に落ちていった。
いつもの日常。ゴンちゃんがまたいつも通りの毎日を送れるように、チョビちゃんと仲直りの計画を密かに立て、実行に移すのだった。
ちなみに、この後レナの父親であるレバノン・レイントンが昼食のいい匂いに釣られて書斎から降りてきたのだが、レナに仲直りの方法について聞かれることはなかった。
ルカに「パパには聞かないの?」と耳打ちされたのだが、
「答えはわかってるもん。きっと、『ひたすら謝る』よ。ママとの喧嘩はいつもそうだもん」
そうキッパリ答えるレナに、ルカとマーサも笑いながら「きっ
とそうね」と言ってくれた。
あくる日。レナは今日も元気よく家を飛び出した。
行き先はもちろん、プーグルーグ博士の工房だ。
ポシェットには昨日作ったビスケットもしっかり補充してある。ゴンちゃんとチョビちゃんを仲直りさせる作戦は、今日決行されるのだ。
「博士ー、こんにちは!」
いつものように、勝手にドアを開けて工房内に入っていく。
「おー、レナちゃんよく来たね」
「いらっしゃい、レナちゃん」
いつも通りに、博士とルークが迎えてくれた。
「博士、ゴンちゃんの準備はできてる?」
「うむ。できておるよ。おーい、ゴンや。レナちゃんが来たぞい」
名前を呼ばれたゴンちゃんが、母屋の方からブルルルルンと蒸気エンジン全開でやってくる。
あれ?と疑問に思ったレナだったが、
「あれは親方の命令を聞いたと言うよりは、レナちゃんに会いたくて来たんだよ」
さっきまで喧嘩してたからね、とルークがネタバラシをしてくれた。
「それを言われると悲しいのぉ」
博士はシオシオになってしまったが、やってきたゴンちゃんは元気いっぱいだった。
くるくると回転しながら、背中のアタッチメントボックスから、新しいオプションアタッチメントを取り付ける。
ジャジャーン。とでも言わんばかりに2本の腕を上に掲げてピタリと止まった。
「わーお、ゴンちゃん似合ってるよ」
毛づくろいブラシとネコジャラシの二刀流。
3本目の腕だけは、バキューム用の小型蒸気機関がついた専用設計なので、ゴミ吸引器のままなのだが、子猫を誑かす気
満々の装備だ。
「自動掃除機なんじゃがのぉ」
博士が寂しそうにつぶやく。これでは猫あやし機だ。
「全自動猫お世話機兼掃除機ですね」
ルークが笑いながら感想を述べる。
「せめて、掃除機を先に入れてくれんかのぉ」
博士は更にシオシオになっていた。
「大丈夫だよ、博士。ゴンちゃんもお掃除が嫌いになったわけじゃないでしょ」
「うむ、そうじゃのぉ」
少しだけ、博士の顔に元気が戻る。
「それじゃゴンちゃん、チョビちゃんと仲直りしにいくよ」
レナは意気揚々と玄関へ向けて歩き出す。
ブルルーン
ゴンちゃんも2本の腕を上げたまま、器用にくるくると回転しながら玄関に向けて移動する。
「ゴンちゃんが浮かれすぎてて不安だから、ボクも一緒にいくよ」
ルークもゴンちゃんの後を追って工房を後にした。
「まあなんじゃ。みんな元気があって良いことじゃの」
みんなを見送ったプーグルーグは、再び自分の研究に没頭するのだった。




