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レナがいつもの様にプーグルーグ博士の工房へ遊びに行くと、博士は全自動掃除機の設計図を見ながら何やら考え事をしている様子だった。

「博士?どうしたの?」

「最近、全自動掃除機12号の調子がおかしいんじゃよ。なんというか、仕事を頼んでも虚ろというか、うーむ」

「博士のカデンが博士の言うことを聞かないのはいつもの事じゃない」

冗談半分に博士に言って、「ゴンちゃーん」とレナが勝手に命名した名前で全自動掃除機12号を呼ぶと、彼はブルルンとボイラーを震わせてハタキの手を振って答えた。いつも通りに思える。

「ね?」

「ふうむ。そうじゃのぉ」


 しかし、数時間後、ゴンちゃんは工房から姿を消してしまう。

「おうーい、ゴンや。部屋を掃除してもらえんかの」

博士の呼びかけに返事がないのはいつものことなので、レナが代わりに呼びかけてみる。

「ゴンちゃん、どこいるのー?」

しかし、返事はなかった。

レナがいる間は博士の言うことは頑として聞かずにレナの言葉を待っている代わりに、レナの声となればどんなに遠くにいようとも、どれだけ大切な仕事の途中でも、全てを放り投げて駆けつける。忠犬のようなゴンちゃんが全く反応を示さないなんて、初めてのことだった。

「ゴンちゃーーん!!」

やはり、返事はなかった。

「母屋の掃除に行ったきり、戻ってきていないかも」

ルークが言う。それでも、聞こえていないはずはないのだが。

レナと博士とルークは手分けをして探すが、工房にも母屋にも居なかった。

家の周辺も含めて念入りに探して回ったが見つけ出すことができないまま日が暮れてしまったので、また明日に探そうという事で、レナは博士に諭されしぶしぶ家に帰った。


 その日は眠りにつき、夜が白み始めた頃。ふとレナは目を覚ます。小さな、見知ったエンジン音が聞こえた気がしてベッドから窓の外を見ると、虫の知らせだったのだろうか、通りを駆け抜けていくゴンちゃんの姿を目撃する。

慌てて上着を羽織って外に飛び出して追いかけようとするが、レナが外へ出た頃にはゴンちゃんの姿は見当たらなくなっていた。

 それでも、まだそれほど遠くへは行っていないと踏んで、ゴンちゃんを探すことにする。

暦の上では春とはいえ、まだまだ寒い。白い息を吐きながら、路地の一つ一つをしらみ潰しに探していく。

せっかく見つけたのに、まだこの近くにいるはずなのに。このままでは完全に見失ってしまうという想いで涙が込み上げてくる。

「ゴンちゃん、どこいったのよ…」

また表通りに出て、ポツリと呟く。レナの言葉は白い煙になって空に昇って消えた。

「あ、そうか」

自分の白い息を見つめながら、レナは自分の思いつきに機嫌を直して走り出した。

路地の中の小さな広場を抜けて狭い石階段をのぼる。沢山の鉢が並ぶ家、3階建てのアパート、おしゃれなカフェを越えて、モーテルと倉庫の合間を抜ける。

すると、眼下にはさっきまでレナが探し回っていた区画の屋根が広がっていた。

更にその先の区画も、その先の先の区画も、街の外の畑も草原も荒野も…。地平線まで見渡せるような、レナのとっておきの場所だ。

「きれい…」

早朝のヒリリとした澄んだ空気を目一杯深呼吸する。東の空は、まさに日が昇ろうとしている瞬間だった。

レナは視線を戻して、先ほどまでいた区画を重点的に探す。目当てのものはすぐに見つかった。一筋の水蒸気が外気に触れて真っ白な煙のようにたなびいている。

その時、漸く顔を出した朝日の光が、煙の持ち主に触れてキラリと煌めいた。ゴンちゃんの金属ボディに違いない。

場所は河と橋の公園、通称ヒラ橋公園だ。レナは、急いで来た道を引き返して公園に向かった。

この気温であれば、ゴンちゃんの水蒸気も真っ白い煙みたいになってモクモク登っているだろうというレナの予想は的中して、ゴンちゃんを見つけることができた。レナが公園に到着する頃にはもう場所を変えているかもしれないが、その時はその時。高いところ、それこそ建物の屋根でも何にでも登ってゴンちゃんの吐き出す白い息を見つければ良いのだ。決意を固めててひた走る。ヒラ橋公園がみえてきた。

ヒラ橋公園は、その名の通り欄干のない平らな石橋を中心に広がる公園で、流れる河も子供の膝丈程の深さしかなく流れも緩やかな公園用の支流である。

「ゴンちゃんは…」

レナは素早く周囲を見渡す。いた!。公園の中心、橋の方から真っ白い吐息がモクモクと上がっている。

驚かせてしまえば逃げられてしまいそうで、慎重に、ゆっくりと近づいていく。すると、ヒラ橋の上でゴンちゃんを発見した。

良く見ると、円盤型の頭の上に子猫のチョビを乗せている。

子猫を乗せたゴンちゃんは、愛しそうにハタキの手でチョビの毛づくろいをしたり、顎のところをコチョコチョと撫でていた。

 蒸気エンジンからの予熱でほんのり暖かい頭のせいか、それともハタキの毛づくろいが心地良いのか、チョビとゴンちゃんは、とてもいい感じに思えた。しばらく様子を見ていると、ぐぐうっとチョビがヘソ天で伸びをして、そのお腹をフワフワとゴンちゃんのハタキが優しく撫でる。チョビのしっぽはゆったりとした速度で左右にゆれている。完璧な癒し空間が完成したのを見た気がする。

と、そこに風に乗ってふわふわと1枚の鳥の羽。羽はふわりと舞って、チョビの額に落ちる。

そこで、ゴンちゃんのお掃除モードが発動してしまったらしい。ギュイイイイン。と、腕のゴミ吸引機が唸りを上げる。

完璧だった癒し空間は瞬時に崩壊した。猫ってこれ大嫌いなんだよね。

ミギャー!ガリっと吸引機を引っかいて一目散に逃げるチョビ。

あーぁ、振られちゃった。って。

「あー!橋から身投げしようとしないのっ!」

水面から30センチもの高度から、水深が子供の膝丈もある河に飛び込もうと、ジワリジワリと橋の縁に向かって歩みを進める。

レナは慌てて飛び出してゴンちゃんを止めると、必死に宥める。

「ゴンちゃん落ちついてっ!ね?早まらないで!!」

腕の1本を両手で抱えて踏みとどまる。

「こんなところから落ちたって濡れて寒い思いするだけだから。ね?」

ブルン、ブルルン。

「え、頭から落ちるの?うーん、防水加工済みだよ?博士が言ってたもん。えー、背中の蒸気エンジンを水没させる?この深さじゃ無理だと思うなー」

ブルル…シュン

エンジン音と身振り手振りで沢山語りかけてきたゴンちゃんだったが、諦めたのか、落ち着いたのか、ともかく歩みを止めてくれたので、優しくハグして頭を撫でてあげる。

「わぁ、本当に温かいねー」

頭も胴体もほんのりと熱を帯びていて、すっかり冷え切ってしまった身体に心地よい。

「ゴンちゃんはチョビちゃんの事が気になっちゃったんだね。可愛いよねー、チョビちゃん」

ブルンブルンと同意を示すゴンちゃん。

「それなら嫌がることはやめようね。猫はね、掃除機の大きい音と吸い込まれるあの感じが嫌なんだよ」

ブルルーン ブルルーン

「あー、違う違う。ゴンちゃんの事が嫌いなんじゃなくて、掃除機を向けられるのが嫌なんだよ。だから、気をつければ嫌われないから」

ブルル、ブルン

「そっかー、新装備に猫ちゃんと遊ぶ機能ね。うん、博士に聞いてみようか。猫じゃらしなんか良いかもね」

ブルルルルルン

提案に同意してくれたことがとても嬉しかったのだろう、上機嫌でレナを抱えてくれた。

「お姫様抱っこはちょっと恥ずかしいけど、暖かいから良いかな。ありがと、ゴンちゃん」

キュキュ、ギュルルン。

4輪の足が軽やかに回る。

レナを抱きかかえたまま、2人はようやく家路についた。


朝日はすっかり地平線の上に姿を見せており、一日の始まりを告げる教会の鐘の音が街に鳴り響いた。



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