2 07
2 07
「ルリエおねーちゃん」
「なに?」
「わたし、さっきの男の子に会ったことあるの」
「え?」
襲撃者の残したラクダに揺られ、襲撃者の残した水で喉を潤して、ルリエの機嫌が直ったところでレナが話し始める。セーツィ号の中でぶつかった事、そして、落し物に気づかず去っていった事。事の経緯を一通り説明する。
「落し物ってどれ?」
ルリエが興味津々に尋ねる。
「えっと、これ」
ポシェットから1つの宝石を取り出す。
「とっても綺麗で高そうなの。だからちゃんと返さないとって思って…」
「ちょっと、これって!幻の宝石と言われるスカーレット・ジェムじゃない!!高いも何も、これ一つで小さな町1個くらい丸々買えるわよ」
「えぇ、なんでそんな凄いものがこんな所にあるの!?」
「あたしが聞きたいわよ。…ふむ。これが、南風伯のお使い品、か。ねぇ、それ頂戴」
「ダメ、ちゃんと返すんだから」
「言ってみただけよ」
「むぅ…」
「なによ、冗談なのに。そそくさとしまわないでよ」
ルリエが苦笑する。
「怪盗さんが言っても冗談に聞こえないもん。ねぇ、これもザルクコレクションだったりするの?」
「え?うん、まぁ、ね。でも、歴史上にいくつか登場する宝石だから、これがお爺様の手に入れたスカーレット・ジェムかどうかは解からないわね」
「そっか。…えっ!?」
突如、2人の上に影が落ちる。
「雲吹きクジラ…普段あまり人に近づかないのに、こんなに近くで見れるなんて」
上を見上げると、そこにはいつの間に現れたのか、巨大なクジラ型野生機械、雲吹きクジラの姿があった。「すっごい大きい!セーツィ号から見たときは遠くてこーんなに小さかったのにっ」レナは指で小さく、見えたクジラの大きさを示してみせる。「ねぇ、ルリエおねーちゃん。雲吹きクジラのいる場所って雨が降るんでしょう?雲吹きクジラが雨雲を作るんだって」
クジラが吹く真っ白い煙を指差して、レナが問う。
「あはは、そういう言い伝えがあるわね」
「えー、言い伝えなの?」
「雲吹きクジラの吐く水蒸気が雲になって雨が降ったらいいな。っていう荒野に住む人たちの願いが、そう言われるようになったんじゃないか。って聞いたことあるわよ。それとも、野生機械は水が大好きだから、雲のある場所に飛んでいくのかもしれないわね」
「そうなんだ、少し残念だな」
肩を落すレナ。空は雲ひとつ無い晴天だ。砂漠で迷子中でなければ、さぞかし清々しい天気なのだろうが。「雨が降れば、サウスもすこし元気になるかなって思ったのになぁ」「そうね」レナの声にルリエも同意する。
「ボオオオオオォォ…ゥ」と、2人の会話を遮るようにクジラが一声鳴いた。「え?なに??」初めて耳にするクジラの大きな声に驚き顔を見合わせる。「ボオオオオオォォ…ゥ」もう一鳴き。そして、フシューッと一際勢いよく水蒸気を噴く。水蒸気は瞬く間に霧になり空を包み、霧は見る見るうちに濃くなって雲に成長した。ポツリ、ポツリと、厚い、黒い雲から、大粒の雨が落ちてくる。「うわぁ、雨だよ。ルリエおねーちゃん。凄い凄い!」レナが感動の声を上げる。「ホントに。ホントに凄いね。うふふ、サウスも嬉しそう」
ひとしきり雨を浴びたクジラは「ボオオオオオォォ…ゥ」と、満足そうに三度鳴いて、ザパーン!と空で跳ねた。勢い良く60メートルを超す巨体が上昇し、雲を突き破ってその奥に消えた。丸くぽっかりと穴を開けた雲の切れ間から光が差し込んで虹を作る。
2人は、恵みの雨を浴びながら、その幻想的な光景をただ見つめたまま立ち尽くしていた。
「姫、喉が渇いたのーーーっ」
本日何度目かの、デイジーのワガママが始まった。
「キュイイ」
ピルルが元気づけるが。
「もー、一羽ばたきも飛べないーーっ」
と、ついに座り込んでしまった。
「キュイ?」
「そんなの所に座って砂が熱くないのかって?すっごい熱いわよっ!プンプン!」
「キュウー」
「ウン、そうね。でもあの日陰までだからね。そこまで行ったら休憩するんだからね」
「キュイ」
ピルルがフラフラと飛ぶデイジーを下から支えるようにして、共に砂丘の日陰を目指す。
日陰に寝そべって、ぼんやり空を眺める2人。雲ひとつ無い青空。「ねね、姫たちこのままずっと迷子のままだったらどうしよう?」「キュイ?」
「ふぇ…うあーん」
「キュイ!キュイイ!!」
自分の想像に恐くなってべそをかくデイジーをピルルが必死なだめる。
「そうだよね、きっとまたルリエに会えるよね」
なんとか泣き止むデイジー。
すると今度は
「喉渇いたね」
会話はスタートに逆戻り。ボンヤリと空を眺めて、やがてうつらうつらとし始める。
「キュッ!?」
「どうしたの?」
ピルルの声に薄目を開ける。
「雲…?」
さっきまでの晴天が嘘のように、どこからとも無く雲が湧き出して、あっというまに空を包み込んだ。ポツリ。デイジーの額に濃灰色の雲から大粒の雨粒が落ちた。
「雨ダー!!キャーキャー!雨、雨~」
「キュイイーーー!」
さっきまでの落ち込みは何処へやら。飛び回ってピルルと一緒に大はしゃぎする。
やがて雨が上がり、雲の切れ間から幾筋もの光の柱が落ちる。「綺麗ねー」ブルブルっと羽についた水滴を払い落として、雲が捌けていく様を見つめる。雲の影と太陽の光が、砂漠の地に見事な陰影を落している。乾いた大地には今の雨では足りなかったようで、全て染み込んで消えてしまい、まだまだ水を欲しているようだったが、熱く焼けた砂は冷め、気温も幾分か過ごしやすくなっている。
「あら?」
デイジーが目ざとく、半分砂に埋もれながらも陽光を反射してキラキラと輝く何かを見つけた。「何かしら?」輝くものを見かけたら一直線。デイジーは急降下でキラキラ輝く何かの元に降り立った。
そこには、深紅に輝くまん丸の宝石が落ちていた。
「きゃー、綺麗ーー。姫のキラキラみっけー!」
工房博で消失したスカーレット・ジェムなのだが、デイジーはそのことを知らない。
「もぉ姫のだー!姫が見つけたんだもーん♪」
しかし、喜ぶデイジーにピルルが水を差す。
「え?駄目だって。なんでよぉー。えぇ、コレって卵なの??」
ピルルがキュイっと頷く。
「えぇ、このキラキラが呼んでたから探しに来たの!?ねね、オウチは?…知らないってなによーーーーっ!案外頼もしいカモ?って思ったのにー。シクシク」
「おー、止んだ止んだ。凄い雨だったな。しっかし、これで暑い密閉空間ともおさらばだぜ」
スコールが上機嫌で運転席の窓を開ける。
雨で砂埃が抑えられた荒野のドライブは快適そのものだ。
しかし、ご機嫌なスコールとは裏腹に、愛車の方は今日一日の酷使で機嫌を損ねたらしい。
プスンップスンとおかしな音を立てたかと思うと、バクン!とボンネットを跳ね上げ、プハーと黒煙を吐いて停止した。
「ありゃりゃ、いったいどうしたんだマイハニー」
スコールが情けない声をあげる。
「こんな荒野のど真ん中で機嫌を損ねてもらっちゃ困るぜ。まだローンも残ってるし」
少しだけ本音が出た。スコールのそんな様子にプーグルーグが後部座席から首を伸ばして「なんじゃ、故障かい。雨に濡らしちゃいかんのかのぉ」
口を挟む。
「雨の中走れない車なんてねーよ」
「じゃぁ寿命かのぉ。形あるものいつかは壊れると言うしのまぁ、天命と諦めなされ」
「新車だよ。つかおっさん、ここでコイツが壊れたら困ることは解かるだろう?後ろに積んでるあのヘンテコな乗り物が壊れて困っただろう?」
半泣きでスコールが訴えるも、プーグルーグは動じた様子も無くほっほっほっと笑いながらビシッっと親指を突き立てる。「そんなときは、ほれ。ヒッチハイクじゃよ」何の迷いも無い絶対の自信を持った笑顔にスコールは頭を抱えて
「…絶対誰も通らねぇ、こんなトコ」
つぶやくのが精一杯だった。
それと同時に、何で俺は通りかかってしまったんだろうと改めて後悔するのだった。
「グダグダ言ってても仕方ねぇ。日が暮れる前に直さねぇとな」
スコールが車を降りる。
「あ、僕も手伝います」
ルークもスコールを追ってボンネットに向う。
「どれ、ワシも」
プーグルーグも席を立つ。何だかんだ言いながらも手伝ってくれるのかと期待するスコールだったが
「同じ方向に行く車を探してくるわい」
ニカッと笑顔でビシッと親指を立てる。
「そっちかよ!」
同じ方向とかそういう次元じゃねぇっ!と喉元まで出かかったツッコミは飲み込むことにした。
無言で首を横に振るルークの顔が見えてしまったのだ。
それに、仮に手伝ったとしてもあまり役立たない気もした。
「…さっさと直しちまおう」
「うへぇ、全然わかんねぇ」
もくもくと煙を上げるエンジンを見てスコールは天を仰いだ。
「おやっさんだったら楽勝で直しちまうんだろうが…。少しは習っておくべきだったか。えーと、これが…燃焼室?」
疑問符と同時に手にしたスパナを伸ばすスコールにルークが割ってはいる。
「違いますよ、並びから推測すると、それはギアボックスです。開けるとここにある工具じゃ元に戻せませんよ」
「うっわ、あぶねぇ。とりあえず片っ端から開ける所だったぜ」「でも、たぶん原因箇所はスコールさんの言う通り燃焼室だと思います」
「ほぅ。坊主、詳しいじゃねぇか」
「まだまだ見習いですよ」
「謙遜するこたぁねぇぜ」
ポンとルークの肩を叩いて、チラリと車の後方を見る。そこには、ビシッと親指を突きたてたヤケに勇ましい姿でプーグルーグが風に吹かれている。
「ホント、すみません。役立たずな親方で…」
ルークがガックリと肩を落した。
その後は、ルークが黙々と作業を進めた。焼けたボイラーで火傷しながらも必死に修理を進める姿を見て、スコールも服が汚れるのを全く気に留めない様子でルークを手伝う。
ルークはスコールを「カッコイイお兄さんだなぁ」と憧れを抱き、スコールは「なかなか根性ある坊主じゃないか」と認識を改める。
日がすっかり傾いて、遠くの山並みに指しかかろうとした頃、ようやく修理は完了した。
プーグルーグは、いつの間にか座り込んでうとうとと寝息を立てていた。
実を言うと、スコールは、あの荒野でヒッチハイクに成功したプーグルーグの幸運に少しだけ期待を寄せていたのだが、あれは、プーグルーグの幸運ではなく、スコールの不運の賜物だったようで、結局通りすがる車は無かった。
すっかり疲れ果てたスコールはここでの野宿を宣言して、砂の上に大の字に寝転んだ。
「なぁ、ルーク」
「何ですか?」
「大切な子なのか?そのレナって子」
暮れなずむ空を見上げたまま、スコールが問う。「はい」短いが、決意のこもった真っ直ぐな返答に、スコールは目を逸らした。『まったく、何やってるんだかねぇ、あのじゃじゃ馬お嬢様は』、心の中で悪態をついて、気分を紛らわそうとするが、ルークの真っ直ぐな目を思い出し、ゆっくり目を閉じた。
ばらばらになってしまった面々が合流し始めました。次は誰だ?つづく。




