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08


場所は変わって会場の外。ラーゼリート市にある格式ある劇場、ウェツラー劇場の大ホール。壁面に設えられたボックス席。

高価なソファーに腰を下ろしてグラスを傾けているのはこの劇場のオーナーでもあるウェツラー卿である。彼は舞台が一望できる特等席から無表情で舞台を見下ろしている。彼の背後には黒のベスト姿で正装した少女と少年が控えている。


コンコンと上品なノック音が響く。

「旦那様、お客様で御座います」

廊下から声がかけられた。

「入れ」

ウェッツラーは短く答えて入室を促す。白髪の紳士が豪奢ないでたちの小男を従えて入ってくる。

小男は形式的なおべっかで挨拶を述べ、席に着くと、鞄から大切そうに1つの宝石箱を取り出した。

「流石は伯爵様。希代の宝珠を御所望になられるとはお目が高い…」

「宝石商、前口上はよい」


ウェッツラーは退屈そうに小男の発言を遮る。

「申し訳御座いません」

低頭で謝罪して宝石箱を差し出す。ウェツラーは箱を開け、中から一つの宝石を取り出した。深紅に輝く大玉の紅玉。光に透かし、モノクルを目にはめて、宝石を値踏みする。

傷一つ無い。確かにこれほどの物はそうそう無いだろう。しかし、ただのルビーに過ぎない。

「宝石商の中でスカーレットジェムと呼ばれる逸品でございます」「だが、本物のスカーレットジェムでは無いな」

ウェッツラーの言葉に小男がまさかっ、といった顔をする。

「はぁ、スカーレットジェムと名の付くルビーはいくつか御座いますが、こちらも正真正銘の…」

「もうよい。勝手な憶測と噂だけが先行している現状では仕方あるまい。手間を取らせたな」ウェツラーは紅玉を箱に戻し、目で執事に合図を送る。「こちらを」執事は宝石商に皮袋を手渡した。「これは…」宝石商が袋を開けると中には金貨が入っていた。「手間賃だ、取っておけ」宝石箱を返し、告げる。

宝石商は、執事に連れられ退室していった。

「無駄足だったか、行くぞ。メイナ、ルイセ、おまえたちも来い」「どちらへ?」冷たい目をした少女、メイナが尋ねる。「工房博会場だ。特別展示で面白い見世物がある」

ウェツラーは執事に後を任せると告げ、二人を従えて部屋を後にした。



会場は広すぎて、一日じゃとても回れない。しかも、毎日入れ替わる新しい展示もあるし、1度通った場所でも結構見落としていた物があって、何度来ても飽きない。

「ねぇ、ルーク。こっちの部屋はまだ来てないよね。特別展示だって!面白いものありそうよ!」

「あ、レナちゃん、そっちは…」

「早く来ないと置いて行っちゃうよー」

ルークの声を聞かずに駆け出すレナ。

「えぇっ、待ってよ」

ルークも慌てて後を追う。

「こんにちは」

レナは足を緩めずに、入り口の係員に笑顔で挨拶して通り過ぎる。

「レナちゃん、待ってってば」

ルークも特別展示ブースに入っていく。「え?あ、キミたち。ここから先は…登録されたゲストしか入れない…んだけどなぁ」呼び止める係員の声も空しく、二人の子供たちは特別展示会場の人ごみの中に消えていった。



「当工房では、最新式の研磨機械を御紹介します。この研磨機は耐久性に優れ…」

厳重な警備の中、中央の有力工房が主催する特別デモンストレーションが始まった。

研磨機の性能を示すために、精密にダイヤカットが施された様々な宝石が紹介され、宝石よりも遥かに固い金属をその場でカッティングするというデモも行われた。そして、今回のメインイベントが始まった。

「本日は、これまで誰も成功した事の無い幻の宝石、スカーレット・ジェムをカッティングしてご覧に入れましょう」

司会の説明に会場が騒然とする。

「この幻の宝石は皆様も御存知の通り、ことごとくがカッティングの際に失敗し、紛失されるという数々の呪われた歴史を持つ当に幻の名に相応しい逸品であります」

司会の声にも熱が入る。

「まずは、スカーレット・ジェムの所有者であらせられる央貴族会のハルンベルド卿に御登壇頂きましょう」

最有力貴族の一人、ハルンベルド卿の挨拶が行われ、いよいよスカーレット・ジェムが会場に運ばれた。数名のSPに囲まれる厳重体制の中、会場は緊張に包まれ、研磨機械の起動音だけが響く。そして、スカーレット・ジェムが研磨機械に触れる寸前。幻の宝石はまばゆい光を発したかと思うと、次の瞬間、光と共にその場から消え去っていた。

「消えた?」観客のざわめきが聞こえる。ハルンベルト卿は悲鳴を上げてぺたりとその場に座り込んでしまった。卿のお付の者や警備員が慌しく動く。何が起こったのか理解できず、呆然と佇んでいた工房責任者が警備員に取り押さえられる。そんな混乱の中、低く不敵にほくそえむ声がする。

「ふふ…ふははは…。本物だ。間違えない。ハルンベルド卿はもうひとつスカーレットジェムを持っている。お前たちは何としてでも残されたスカーレットジェムを奪うのだ」長身細身の紳士は脇に従えた姉弟に見向きもせず命令する。「はい」メイナが短く答える。その彼女の脇で「…姉さん。今、何か声が聞こえた気がする」不安そうな声を漏らす少年。凛々しい姉と頼り無い印象の少年が対照的だった。


「何?なにかあったみたいね?」

ルークの手を無理矢理引いて駆け寄ってくるレナとすれ違うように、紳士と姉弟は会場から去っていった。


今回も工房博の様子をお届けしました。そして新キャラ姉弟の登場です。

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