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悪魔の雫【番外編SS】(☆☆☆☆)

『外敵女騎士のわたしが竜王様の寵妃に!? 降伏から始まる溺愛生活』番外編ショートストーリー


時間軸は本編最終話前。

単話で読めます。本編よりコメディ感、溺愛度強め。

タイトルは聞き覚えのあるものを拝借してつけています。

 とある晩のこと。

 ベルとわたしの寝室にあるものが届けられた。


「……葡萄酒じゃないか!? 買ったのか!?」

「商人が祝いの品だと言って置いていったのだ。高価なものか?」

「値段は色々だが、これは高価な部類だ。庶民が口にできる銘柄ではない」


 騎士団の決闘試合の賞品で、見たことがある葡萄酒だった。その時の会場の盛り上がり具合から、上級貴族でもとっておきの日にしか飲まない高級品であると知った。


「それはありがたい。毒味も済んでいる。さっそく頂くとしよう」


 ベルは嬉しそうに対のグラスに葡萄酒を注ぎ、片方をわたしに差し出した。


 わたしが受け取るのをためらっていると、首を傾げて寂しそうな目線を向けてきた。


「どうした? 飲まないのか?」

「いや……その。葡萄酒は初めてなんだ。それに、酒は悪魔の飲み物と言われるから、ちょっと……」

「悪魔の飲み物だと!? そんなに危険な飲料なのか!?」


 ベルはいきり立って、乱暴にグラスをテーブルに置いた。まるで恐ろしい生き物を手離すかのように。


 ドラクの集落では酒なる飲料に出会ったことはない。ベルにとっては初めての酒だ。


 勘違いされる前に、ちゃんと説明しておいた方が良さそうだ。なだめるように葡萄酒について解説する。


「それは例えだ。飲み過ぎると酒酔い状態になる。正常な判断が出来なくなったり、自分を制御できなくなってしまう。人間を堕落させる悪魔の飲み物という訳だ」


 わたしの解説で腹落ちしたベルは、安心した顔で再びグラスを手に取り、葡萄酒を揺らした。


「なるほど。理解した。飲みすぎるとは、どの程度だ?」

「んー、適量は人に寄るからなんとも……」


 回答が要領を得ないのは、葡萄酒を飲んだことがないからだ。


 騎士団では訓練期間の飲酒は厳禁だったし、わたしに至っては、ランティスにより禁酒を言い渡されていた。

 もう肉体年齢的には適応ではあるが、初めて飲む酒はいささか緊張を覚える。


「飲んでみないとわからないだろう」


 しどろもどろの解説に痺れを切らしたベルは、グラス半分に注いだ葡萄酒を一気に口に注ぎ、ごくごくと飲み下した。


「ちょ、おまっ……、酒だぞ、酒! そんなに一気に飲んだら……」

「……」


 わたしを無視してベルは手酌した葡萄酒を再び飲み干した。


「……うまい」


 ぽつりと呟いた瞳はキラリと瞬き、驚いたように肩を震わせていた。


 ベルが初めて人間の食事で感動している……!?


 わたしも驚きを隠せない。


「そんなに美味いのか!? ……体はなんともないか!?」


 度数が高いはずの酒を一度に飲んでも、ベルの顔色はまったく変わっていない。


 酒に弱い人間なら、グラス一杯で酔いが回ってくる。わたしの養父がそうだった。


 これも毒に耐性があるドラクの体質なのだろうか?


「多少体が暖かく、気分が良い……気がする。それくらいだ」

「そうか、良かった」


 酒に強いみたいで安心した。ほっと胸を撫で下ろすと、ベルがワイングラスを差し出してきた。


「一緒に飲もう」

「そ、そうだな。少し、頂く……」

「少し? 遠慮するな」


 押し付けるように差し出されたグラスを受け取り、わたしはもしもの場合に備えて予防線を張っておく。


「葡萄酒を初めて飲むんだ。酒に強いかどうかもわからない。少しずつ様子を見ながら飲む。おかしいと思ったら、そこで終わりにする。……ゆっくり会話を楽しみながら飲もうじゃないか」


 養父は贅沢の日に、ゆっくりと味わいながら葡萄酒を飲むのが日課だった。その姿には子供ながら憧れていたものだ。


「そうだな。せっかくの葡萄酒をすぐに飲み干してしまったらもったいない」


 わたし達は微笑みと共にグラスを合わせた。


「では改めて、乾杯」


 ひとくち葡萄酒を口に含むと、芳醇な渋みと濃い味が口内に広がった。

 こくんと飲み込むと腹にズシンと落ち、重みを感じる。


 なるほど、ベルでも味を感じることが出来そうな、濃い口だ。


 納得したところでもうひとくち口に含む。

 飲み下す度に体の芯が熱くなり、じょじょに高揚感が沸き上がった。


「どうした?」


 グラスを口に運ぶ時に、ベルと目が合った。


 ……というか、上目遣いでベルを見てしまう。


 目蓋が重くなり、気だるげに視線を投げ掛ける。


「さっきから目が虚ろだぞ。どこを見ている」

「……ベルを……みてるんだけぇど」


 あれ? ちゃんと喋ったはずが呂律が回っていない。


 ベルの手がふっと伸びてきて、わたしの顎をすくうように持ち上げた。


「隙だらけだな。気だるげなお前はまるで誘っているようだ。俺を誘惑するつもりか?」


 いたずらに口元を吊り上げるベルの瞳は鋭く、いつもの雄の色香を漂わせている。


 ああ、この瞳。


 このわたしに食らいつく獣のような瞳が、堪らなく愛おしいのだ。


 早く……。


「……うん。早く……わたしを、抱いて……。ベル。すきぃ……」


 そう。この瞳に見つめられるといつも、わたしを抱いて欲しいと思ってしまう。


 ……??


 あれ? 何かがおかしい。


 思ったことが全部筒抜けになっている?


 そう思った時には何もかも手遅れで、心から切り離されたように、口も体も言うことをきかなかった。


 パリンとグラスが音を立てて割れ、手からするりとライングラスが落ちていったことに気づいた。


 視界が覆われ、酒気を帯びた熱い息が唇にかかった。

 そのままベルに抱き締められ、深く口づけされる……。


 酒のせいでだるくなった体は落ちていくように柔らかい布の上に雪崩れ込んだ。


 息も出来ないほどに熱い吐息を注がれ、そのまま意識が届かない深い夜に落ちていき……。



 そして、夜が明けた。



「うぅ……」


 うめくような自分の声で目覚めた朝はいつもと違っていた。


「えっ!? なんで? わたしがこんな格好……」


 裸でベルの上に覆い被さるようにして寝ていたのだ。眼下にはベルの寝顔がすぐそこに……。


「……ん? なんだ……?」


 動揺したわたしの声でベルも目を覚ました。

 恐る恐る聞いてみる。


「昨日……何があった? 葡萄酒を飲んでからのことを覚えてないんだ」


 ベルは上半身を起こし、わたしの髪をかきあげて言った。


「……見ての通りだが」


 いつも冷静なベルの頬がほんのりと赤く染まる。


「……そんなのはわかってるよ! でも、なんだかいつもと違う。体のあちこちが痛いし、わたしがベルの身体にまたがったまま寝ているなんて……」

「……そんなに知りたいなら教えてやろう」


 言葉を待って、ごくりと唾を飲み込む。ベルは遠慮がちに言葉を紡ぎだした。


「その……レラが誘惑を……。それで唇を合わせたら……お前の方から積極的に俺を求めてきてな。好きと何度も言いながら……俺の上で……体を揺らし……果てた後も離れたくないと行って……そのまま寝た……」

「な……」


 わたしは言葉にならなかった。

 普段のわたしからは想像も出来ない様子だ。


 さすがのベルもいつもの余裕が消え失せ、初々しく顔を染めて目を泳がせている。「まさに悪魔の飲み物だ。悪魔が乗り移ったように乱れていた……」とボソリ呟いた。


 葡萄酒。なんておぞましき力を秘めた酒だ!


 わたしは残っているワインボトルを片付けようと手に取ると、ガバッとベッドから飛び起きたベルに奪われてしまった。

 必死に手を伸ばすが届かない。


「なにをする……!? 返せ! やはりこれはわたしの言った通り悪魔の飲み物だろう? 危険なものはドラクの地には必要ない。だから……」

「待て」


 バタバタと暴れるわたしをベルは抱きすくめた。

 腕の中にわたしの体をすっぽりおさめ、ゆっくりとわたしの唇を吸った。ほのかに葡萄酒の香りが口の中に漂ってくる。


 わたしはベルの口づけに弱い。

 黙ったわたしをベルは説き伏せた。


「これは俺が預かる。レラにとっては良い薬だ。ひと雫でも悪魔の力でも借りないとお前は素直にならないからな。俺の前で毎晩飲むように……」

「毎晩!?」


 驚いて声を上げると、ベルは訂正を加えた。


「毎晩じゃなくてもいい。2、3日に1回でも、ひと月に1回でもいい」


 どうしても飲んで欲しいらしい。



 それから素直になれない夜は葡萄酒を含んだ口づけを交わすのが恒例になった。


 ベルの口移しで強引に流し込まれる酒はいけないことをしているようで余計に味わい深く、癖になる。

 グラスから飲むよりよっぽど美味しいかもしれない。



 今宵もわたしは、ベルからのかぐわしい口づけを待つのであった。


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