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ランティスとの決別、過去の清算1 (★★★★)

 王国騎士団の集合地に設定されているヨークシュアの方向からではなく、反対側から王国に向かった。


 都市化が進むヨークシュアとは反対に、眼下に臨む一帯は手つかずの大自然だった。登山道が整備できないほどの険しさで、森林が人間の侵入を阻み、王国も手を出せない未開の地となっていた。そのために狙撃される心配はなさそうだ。


 コーラル山は他の山々と繋がった大きな山脈の一部に過ぎないことが見て取れる。それは上空からではないとわからなかった。この山脈は王国領までに伸びており、目印に飛行していけば容易に辿り着ける。


 目が暗闇に慣れてくると星明かりのもとで眼下に山肌が浮かび上がる。険しい山々を上から眺める壮大な景色にわたしは息を飲んだ。


「すごい眺めだな……ベル」


 もちろん、返事はない。たがベルファレスも同じ気持ちに違いないと確信していた。


「ベル……。なるべく近道で行けるようにする。飛び続けで苦労をかけるが、頑張ってくれ」


 わたしはベルファレスの首もとに触れ、激励しながら、ヘスティア王宮を目指し、北上を続けた。


 空が白み始める頃、遠くに見慣れた王宮が見えてきた。弓に手を添える。


「ベル、山脈を背に王宮の東側から向かおう」


 山の境界線が徐々に赤く染まっていく。日の出と共に、太陽を背にすることで、見張りの兵士の目をくらます作戦だ。


「なんだっ!? あれは?」

「ドラゴン!?」


 突然飛来したドラゴンに見張りの兵士達は動揺し、逃げ出す者も居た。


「おいっ、人が乗っているぞ!」


 わたしの姿が認知できる距離まで近づいた時には、騒ぎを聞きつけ、他の持ち場を離れた兵士が東側の回廊に集まってきた。


 ここを突破し、中に入れば玉座の間である。地上から攻め込まれることを想定していないため、回廊の防御は弱い。


 集まった兵士たちは驚きのあまり、自分たちの仕事を忘れ、こちらに見入っていた。それもそのはず。自分の体の大きさを優に超える鳥には出会ったことがないのだ。しかもそれが、言い伝えのドラゴンであれば尚更だ。


 怯む兵たちを前にわたしたちは回廊に着地しようと近づいた。


 その時だった。


「何をやっている! 早く持ち場につけ、発砲の準備を! 弓隊は援護しろ」


 茶色い髪をなびかせ、ひとりの男が回廊にやってきた。檄を飛ばしながら指揮を執り始める。

 ランティスだった。


 奥歯を噛みしめ、睨みつける。ランティスと視線が合った。


 彼は目を丸くして一瞬驚いた顔を見せた。動揺を悟られないように、冷静に静止の指示を兵に送り、わたしに向かって声を掛けた。


「レオではないか……! これは驚いた。ドラゴンを従えての帰還とは……。お前のことを案じていた。任務の果てに命を落としたのではないか思っていた。惜しい命を亡くしたと悲しんでいたんだ。良くやった。竜人族を降伏させ、ドラゴンを国王に献上しにきたんだな。国王も大層お喜びになる」


 他の兵士が動揺しているのにドラゴンを見ても冷静だ。わたしはしっかりと任務を果たしてきたと思い込んでいる。


 ヨークシュアの事件はまだ、ヘスティア王国本土には届いていないようだ。


 調子のいいことを言うランティスの口車に乗り、王国騎士として王宮に入ることも得策かと思ったが、わたしの心がそれを許さなかった。


 その場で羽根を動かし続け、停止飛行をするベルファレスに声を掛ける。


「ベル、疲れているところすまない。ひと暴れさせてくれ」


 ドラゴンの背に乗ったまま背筋を伸ばし、ランティスに向かって言い放つ。


「勘違いもいいところだ。レオとは誰だ? 捨て駒の名など知らん。……わたしはレラ。お前ら、王国の人間が竜人族と呼ぶ種族の王と契りを交わした女である。ヘスティア国王にくだらない異民族侵略をやめさせるために、抗議にしに参ったのだ! 道を開けよ!」


「あいつ女だったのか?」


 性別を明かしたところで、場が騒然となる。


「今まで手を掛けてやった俺への仕打ちがそれかっ!?」


 ランティスは面白くなさそうに奥歯を噛み、こちらを睨んでいた。


「……世話になった。しかし、本心を知ってからはお前についていこうなどとは微塵も思わない」


 ランティスは本性を露わにし、なりふり構わず汚い言葉を吐いた。


「……クソ女が! 俺に拾われた分際で!! ……構わん。撃ち落とせ! 構え! 構え!」


 ランティスの声を合図に銃兵や弓兵が隊列を組み、構えの姿勢を取った。


 わたし達は静止飛行をやめ、空高く舞い上がり、射程圏外まで距離を取る。


「ベル、やつらを脅かしてやろう」


 急加速急接近し、離れる。

 それを繰り返した。風圧で姿勢が崩れ、兵士は武器を構えるどころではない。


「何をやっている! 構わず撃て!!」


 ドラゴンが飛来する度に巻き起こる突風、そして日の出の眩しさで銃弾もその後に続く矢の軌跡も明後日の方向に飛んでいく。


 誤発射された銃弾が味方や備品にあたったことで現場には混乱が生じる。攻撃の陣形が崩れ始めた。


 ランティスの苛立ちは募るばかり。こんなに冷静さを欠いた姿は見たことがない。


(いい気味だ……)


「ベル、回廊から王宮内に入るぞ。その前に一発見舞ってやろう」


 再び射程圏内に入り、停止飛行するベルファレスの背でわたしは弓を構える。


「何をするかと思ったら弓だぞ」

「脅かしやがって」

「今だ! 撃ち落とせ!」


 先ほどまで怯み、戦意を欠いていた兵たちが血気づく。

 わたしは兵士たちの上空目掛けて矢を射った。


「ふははは……。馬鹿め!」

「どこに撃っている」

「下手くそ」


 嘲笑の中、爆発音と共に王宮の屋根が一部吹き飛んだ。その瓦礫が兵士たちの頭上に降り注ぐ。


「わっ!! 逃げろ!!」

「落ちてくるぞ!!」


 大砲と同じく、生身の人間に当たればひとたまりもない。あえて対物攻撃に利用した。


 わたしの合図と同時にベルファレスは旋回し、充分距離を取ってから回廊目掛けて飛来した。


「こ、こっちに来ます」

「撃てと言っているだろう! 撃て! 撃てっ!」

「うわーっ、激突してくるぞ! ……逃げろ」


 最接近するタイミングでベルファレスは口から炎を放った。


「化け物だー!」

「逃げろー!」

「おい、お前ら! 何をやっている!!」


 回廊が一瞬火に包まれただけで、燃え広がることはなかったが、恐れをなして次々兵士が退却していく。ランティスが怒号を飛ばしても聞きれる者は居ない。すでに統率など取れる状態ではなかった。


 混乱に乗じて、わたし達は回廊に降り立った。

 着地のタイミングに合わせ、血液が滲む手でドラゴンの皮膚に触れベルファレスを人型に戻す。事前に牙の首飾りで指先を切り、出血させておいた。


「ベル、剣だ」


 ドラゴン姿の時に身にまとっていたなめし革のコートと腰巻きを整えたベルファレスに剣を手渡す。


 回廊が騒然となっている今が王宮内に侵入する好機だ。


「行こう!」

「……止まれ」


 ランティスが数名の騎士を引き連れて立ちはだかった。

 この場に残った者だから、国民兵の可能性は低い、非常に勇気がある騎士、ランティスの腰巾着だ。


 ランティスは剣の切っ先をわたしに向けた。


 警戒したベルファレスがわたしの前に出て、ランティスを睨み付ける。まるで取って食うでもするくらいの気迫だった。


「おお、これはこれは……ドラゴンから人間の姿にも変化するとはさすが化け物」

「化け物呼ばわりするな!」


 反論で声を上げると、雑魚騎士達も剣を掲げて威嚇してきた。


「契っただと? 俺には体を許さなかったのに、この化け物とは寝たんだな。何が悦かったんだ? なぁ、教えてくれよ?」


 下世話な話に返事をする気にも慣れず、苛立ちから奥歯を噛む。


「……おい。無視か? 竜人族の王と言うのはお前だな。古代人のような身なりをしているんだな。文明の欠片も感じられない。ドラコンになるのだから動物と一緒だな。おい、人間様のレラを取り込んで頭良くなった気になるなよ。下等生物がっ!」


 ベルファレスも怒りを爆発させないよう必死に耐えているのがわかった。ランティスも騎士も警戒は緩めず剣を向けたままだ。

 反撃の隙を狙うため、ランティス下らないご高説にすこし付き合うことにした。


「竜人族の王自ら出向いてくれたお陰でこちらの手間が省けた……。この女がお前の目の前でズタズタにされたくなければヘスティア王国に服従すると誓え! ……そうすれば命は助けてやる」


 目を血走らせ、興奮しながらランティスは喋り続けた。よくもそんな高慢な態度を取れるのか不思議だった。


「……断る」


 わたしを庇いながらベルファレスが言った。

 声が震えている。今にも爆発しそうな怒りを必死に押さえ込んでいる。


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