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決戦前 (☆)

「皆、今回は世話をかけた。すまなかったな」


 ハティが告げた数日の猶予が過ぎた朝、ベルファレスと私、リグとハティは首長専用の円卓で顔を合わせた。初めて4人で食事をしたあの時のように。


 あの時と異なるのはベルファレスに対峙する形ではなく、彼の隣りに着席していることだった。


「お体の具合は……?」

「問題ない」


 言葉を選びながら声をかけてきたリグに対してベルファレスは気難しい顔をして話を続けた。


「この前のお前の態度についてだが……」


 厳しい口調で話を切り出すベルファレスにリグは直ぐさま頭を下げ謝罪の言葉を述べた。


「申し訳ございません。あの時は冷静さを欠いておりました。ベルファレス様にもレラ様にも大変失礼な物言いを……」


 わたしに対する敬称が「殿」から「様」に変わっていた。ベルファレスの部屋で数日過ごしたことで、周囲の人間たちはわたしが寵妃であると認定されたようだ。


「いや、いいんだ。……むしろ、嬉しかった」

「……は?」


 顔が綻ぶベルファレスを目にして、リグは目を開いて驚いていた。


「俺はドラクの長として、一族を導く役目がある。だが、祖先や神のように崇め立てられる存在ではない。掟により人間の女を娶ることになっているが、私欲により外敵であったレラを迎えた。一族の運命を危険に晒したのは事実だ。如何なる時もリグは至らない俺を諌める立場であって欲しい。ハティもだ。俺のことをよく知る……”友人”としてな」

「ベルファレス様……」


 癖なのか態度を改められないリグの様子にベルファレスは笑った。


「おい、そこは”ベル”だろ」

「……ベル……」


 リグは躊躇いながら口にした。


「こうやって呼び合うのは50年、いや60年ぶりだろうか」


 ベルファレスが首長の座に着いてからおよそ60年。

 人間では赤子が老境に差し掛かる年月だ。ドラク一族が長命であることを思い知らされるやり取りだった。


 右手を差し出したベルファレスをリグは肩で迎え、ふたりは熱く抱き合った。


「リグ、これからもよろしく頼むぞ」

「ああ……」


 口を出さすに様子を見守っていたハティの瞳には涙が浮んでいた。時々息を飲み込み、嗚咽を押さえ込んでいた。


 改めて円卓に座り直した後、ヨークシュア帰還後の後処理から今後のことを含めた作戦会議が始まった。


「商人に治癒を施しました。快方に向かっています。今は意識を取り戻しましたが、事態が落ち着くまで、この地に留め置くことにしました」

「下手に人里に返して、また王国の人間に捕まれば、縄張りがバレちまう」

「それが最適だな」


 ハティとリグの話にベルファレスが頷いた。


「……商人が拷問により何らかの情報を流した可能性は?」


 わたしの疑問に、ハティが首を振った。


「その可能性は低いかと……。商人も口は割らなかったと言っていました」

「俺たちを守ってくれたんだな。酷い目に遭わせて申し訳ない」


 ベルファレスはため息を吐いた。


「この数日の間、縄張りに近づいた人間はいない。ハティの後をつけられたんじゃねぇかと警戒していたが、ベルとレラの脱出は上手くいったようだ」

「また王国にとってはドラクの居場所は闇の中ということか」


 リグの推測に、私は安堵の言葉を口にした。すぐさまドラクの領土への総攻撃が実行されなければ国王に直談判する時間を稼ぐことができる。


 一方、ハティは不安が拭えない様子だった。


「……記憶を消したわけではありません。音波で気絶をさせただけです。直近の記憶が曖昧になる記憶障害が起こったかもしれませんが、すぐに意識を取り戻し、わたくしが飛んでいった方角を見た者が居たとしたら……」

「ハティ、不安になってもしょうがねぇ。まだ相手の動きがないことが吉報だ」

「そうですが……でも」


 リグが不安そうにしているハティの肩を抱き寄せた。


「……そこでだ。俺から提案がある。ここ数日の出来事で予想がついているだろうが、俺たちは和平の道を模索する。俺たちの子孫が怯えて暮らすことがないよう……、商人のように巻き込まれる人間を増やさないためにも……、王国と和解することは急務である」


 ベルファレスの提案にわたしも頷き、同調する。


「和解には首長同士の対話が必須だ。ベルと共に王宮へ乗り込み、国王への直談判を試みる。案内と仲介はわたしが請け負う!」

「……俺は反対だ」


 わたしの熱弁をリグは厳しい顔つきで一蹴した。


「俺たちの土地を侵そうとする侵略者達と仲良くできるもんか。レラを信用できても、侵略を企てた国王のことは信用できねぇ。そいつらの下についている奴らもだ」


 リグの率直な意見にわたしは胸が痛んだ。何も言い返すことができない。


「その意見はもっともだ。……だが、元侵略者の手先だったレラは俺たちの味方になった。ドラクに寄り添って生きると誓った。……なぁ、そうだろう?」


 ベルファレスは優しく微笑み、わたしに視線を送る。それに対してわたしは大きく頷いて答えた。


「全ての人間が俺たちに敵意を抱いているとは思えない。考えられるとすれば、未知の存在だから脅威を感じ、異なる容姿であるために嫌悪するのだ。……ドラクが人間に抱く感情と変わらない。俺たちも人間を知る必要がある。和平の道はその第一歩だ」

「わたしはドラクの集落でベルファレスと過ごして、印象が変わったんだ。国王だって同じ人間だ。きっと理解してくれる」


 リグは難色を示し、問い詰めてくる。


「……和平の先にはなにがあるんだ? 防衛に気を回さなくていい他に、ドラクにとって有益なことはあるのか?」


 ベルファレス腕を組み唸るように言った。


「有益なこと……。それは俺たちの未来に関わることだ。ドラクと人間の共栄共存。この地を旅立ち、自由に“人間の世界”で暮らす未来に繋がっていく」

「なんだと!? ドラクは冥界の石が手に入らない土地では生きられないんだぞ」


 立ち上がって抗議するリグをハティがおさえた。


「……今のままではな。だが、ハティの話によると、未来には可能になるそうだ」

「ハティ、お前は何を言って……!」


 話の途中だったがリグが割り込んだ。


「ベルの話を聞いてください」


 ハティは再び、身を乗り出そうとするリグを着席させる。


「始祖の伝説に倣い、人間と結ばれるのは首長に限るとの掟だ。王国との和平が実った暁には、一族全員に対して人間との婚姻を認める。ドラクがこの地でしか生きられないのはドラゴンの血が濃いためだ。人間との混血が進めば、体質が変わり人間の土地でも不自由なく生きることができるだろう。そうすれば、ドラクが人間の地で生きることが可能となる。……俺が理想としていた、両民族が平和に暮らせる未来だ」


 最後の方、ベルファレスは目を閉じ、ため息をつくかのように呟いた。


 一方でリグは苛立ちをあらわにし、強い口調で反論した。


「……お前は昔からそうだった! 人間の女と人間の世界の憧れが過ぎる! 俺はベルのようには思わねぇ。人間の血が濃くなれば、きっとドラクはドラクではなくなる……!」

「……それはどうだろうか? 例えドラゴンの特性を失っても、姿形が人間と変わらなくなったとしても、俺たちの精神は失われない」


 怯まず信念を押し通そうとするベルファレスにリグは押され始めた。


「くっ……。そんなことよりも……、俺はこの故郷と一族の命を守ることが何よりも大事だ」

「ここに残りたい者が居れば残ればいい。俺は人間の世界に旅立つ選択肢も作ってやりたい……ただそれだけのことだ。ドラクの集落にやってきて、ドラゴンの鱗と品を交換し、別の地に旅立っていく……。幼少の頃、商人を見て好奇心で胸が躍ったものだ」

「フンッ……、憧れで俺達の未来を語るな」


 遠くを見つめる語るベルファレスの話をリグは鼻で笑った。


「憧れで終わらせるつもりはない。子孫たちへの道筋はきちんと作るつもりだ」

「侵略して欲しいものを奪うのではなく、交渉して手に入れる。互いの文化にないものを補って譲り合う。ドラクと人間が共存していく未来を国王に説いてくる」


 ベルファレスを後押しするように、話を付け足すと、強く肩を抱かれた。リグはベルファレスの熱におされ、反論することができず黙り込んだ。


「リグも分かってくれたか?」

「……」


 リグは腕組みをしてそっぽを向く。黙ったままなので、ベルファレスは話を続けた。


「反論なしということでいいな。それでは計画を実行する。……繰り返すがこの役目を負うのは俺とレラのみ、護衛は不要だ」

「王宮まではドラゴンの飛行でも半日はかかる」


 私が言うと、ハティは手を口元にあてて思案した。


「……わたくちたちが大群で押し寄せる場合、生命力保持のために大量の冥界の石が必要ですね」

「それを準備する時間もかかる……」


 ハティとリグは下を向き、消極的な様子だ。


「だから、俺たちで行こうというのだ。……なぁ、レラ」

「ああ」


 一方で、ベルファレスとわたしは胸を張って応えた。


「そのかわり、リグ。留守は任せる」

「……わかった。もしもの襲撃に備える」


 リグは頼もしく胸に手を当てる仕草をした。その様子に安心したベルファレスが微笑で返した。


「……リグ。俺が死んだら、お前がドラクの首長だ。一族の未来をお前に託す」


 わたしとハティは目を見開いた。もしもの場合……。

 そんなことは考えたくもないが、ベルファレスは己の命を賭けるつもりだ。不穏な空気が流れるなか、リグがその空気を笑い飛ばした。


「ハハハハハ!! 勝手に死に行くんじゃねぇよ。責任もって生きて帰ってこい! ドラクの首長様よぉ」

「もちろん、そのつもりだ。……あと数日で新月を迎える。この好機を狙い、王国に突撃する」


 自信に満ち溢れたベルファレスの瞳に見える陰りの色をわたしは見逃さなかった。


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