ベルファレスの愛 (☆☆☆☆☆)
ベッドの上に組み敷かれ、体を開かれる。
掴まれた両手には力が入らない。ただベルファレスが手を乗せているだけなのに、いとも簡単に押し倒されてしまう。
「……レラ」
吐息混じりにベルファレスがわたしの名を呼ぶ。
熱を含んだ息が顔にかかり、わたしも熱を帯びていく。頭上の視界はベルファレスで覆われ、わたしは彼の瞳と対峙した。鋭い瞳がさらに細めて見つめてくるので、体がびくびくと震えた。
なんて猟奇的な色気がある瞳だろうか。
どことなく儚さや憂いもあり、美しい。ベルファレスの瞳から目が離せなくなった。
「……お前を愛したい。愛してもいいか?」
丁寧にそう告げたベルファレスにわたしは体を震わせて頷いた。
ゆっくりと彼の顔が近づいてきて、唇を重ねてきた。軽く触れ合い、唇が離れた時、わたしの口から自然に言葉が溢れてきた。
「……わたしも、愛している」
たまらず、ベルファレスの首に腕を回して抱き締める。
それに応えるかのように、また唇が降ってきた。
今度は深く、唇を開かれ口づけられた。触れ合って離れるを何度か繰り返し、時には浅く、時には深く、緩急をつけながら、何度も唇を重ねた。唇を介してベルファレスの熱が体の中に入ってくる。
ベルファレスの呼吸は徐々に荒々しくなり、ベッドに寝ていたわたしを抱き起こすと、布ごしにわたしの体を撫でながら、丁寧に服を剥がしていく。
照れ隠しにわたしはベルファレスの唇を奪い、唇が繋がったままベッドになだれ込んだ。初めて合わせたベルファレスの素肌はザラザラしていて、唇と同じくらい熱を持っていた。
肌を重ねて抱き合うと、互いの熱が混じり合い、同じ体温になった。
「熱い……」
わたしが吐息混じりにそう言うと、額に熱を含んだ唇が降りてきた。
「俺の腕の中で溶けてしまえばいい」
耳元で囁かれたので、体の力が抜けていく。素肌を触れ、もう力が入らない。ほぐれていったわたしの体をベルファレスが包む。
境界線が溶け、わたしたちの体はひとつになった。
* * *
いつ眠りに落ちたのかは覚えていない。
ベッドに運ばれたのは夜明け前だった。目が覚めた時、太陽はだいぶ上まで昇っていたようだった。
隣にはベルファレスが眠っている。起こさないようにそっと髪を撫でると、キュンと体の奥が疼いた。体を求め合った後の気怠さが体に残っている。
それもまた格別に愛おしかった。
思えば男に組み伏せられたは初めてだ。体術でも人間の男に勝るわたしを倒したのは、世界最強と謳われる生物、ドラゴンの男だったんだ。
(それも悪くない……)
ベルファレスは横向きで寝ていたので、そっと背中に触れてみた。
背骨はゴツゴツとしており、まるで背びれのようだった。ドラゴンの面影が体に残っているようだ。
しばらくベルファレスの寝顔を眺めていると、コンコンとドアを叩く音がした。
「ベルファレス様、レラ様の食事を持ってきました。外に置いておきます」
ドア越しに従者がそう言って、去っていった。
ベッドから出ようと起き上がると、ベルファレスがわたしの腕を掴んだ。
「行くな」
強い力でベッドの中に引き戻された。熱く抱擁され、再び素肌を密着させる。
「腹が減っているだろうが、もう少しだけ。……頼む」
「わかった」
そう懇願するベルファレスは子供のようで、受け入れずにはいられない。
「やはり……レラは俺の女神だ」
ベルファレスが大仰なことを言うので戸惑ってしまう。
「困るな……」
「困るとはなんだ?」
「……わたしは人間だ。神などではない。人間より強靭な肉体を持つドラゴンの方こそ神に近しい存在ではないのか?」
「……想像を超えた存在を神と呼ぶならば……、俺にとってはレラが神のようなものだ」
ベルファレスは気だるげだった目を開いて、まじまじとわたしを見つめた。
「な、なんだ……?」
「レラ、お前の瞳は何て美しいんだ。左右の瞳の色が朝だとまた違う輝きに見える。朝目覚めた時に初めて見る瞳がお前のものであったらならとずっと願っていたんだ。それが今、叶うとは……」
さっきまで気だるそうにしていた男が饒舌に口説き出したので狼狽してしまう。
「瞳の色が違うなどと気のせいだろう。そして今はきっと昼だ」
ベルファレスはわたしの話無視して、腰にしがみついてきた。
「レラ、お前は美しい。お前を永遠に見つめていたい。ずっと俺の傍にいてくれ。だから寝台から出るんじゃない」
「うっ……」
愛の言葉に胸を撃たれ、うめき声が出た。
この部屋で初めてベルファレスと顔を会わせた時にも『お前は美しい』などと同じことを言われた。こうやって想いを通わせ、体を重ねた後に言われる口説き文句は体の芯に染みた。わたしの心を掴んで離してくれない。
「わ、わたしのどこがいいんだ?」
正直、女として褒められるのも、愛を囁かれるのも慣れてはいない。
ずっと自分の中で排除しようとしていた女らしさ。それを見抜かれ、見初められるのはむず痒い。素直に喜べばいいのだろうが、受け入れ方がわからない。
ベルファレスは唇を尖らせた。
「体では素直に俺を受け入れたではないか? なぜ言葉は聞き入れない? 俺は最初から、レラは美しいと言っているだろう」
「……しょうがないだろう。自分ではそう思ってないんだから。女は豊満で柔らかい肌を持ち、長い髪を巻いて着飾り、男の隣で笑う……そう言う生き物だ。わたしは全然違うではないか。筋肉質で背も高い。体も傷だらけだ。髪も短い。ドレスなどは似合わないし、そもそも着飾るつもりもない。……美しさとは無縁だ。ベルファレスが言う美しさは持ち合わせてない」
素直に思いを語ったら、余計に虚しくなった。とにかくわたしは女としては自信がない。
「何を言っている?」
ベルファレスはわたしの髪をかきあげ、額に口づけた。
「お前が語る美しさはまやかしだ。俺が思う美しさとはまるで違う。レラを形作る造形全てが美しい。傷だって、美しさを際立たせている。お前が必死に生きてきた証なのだろう」
背中に負った切創の痕を優しくなぞってくれた。
「もっと自信をもっていい。お前は美しいのだから」
ベルファレスの言葉に胸がいっぱいになり、言葉が出ない。
「それ以上に俺が認めるのはお前の強さだ。使命を背負いたくましく生きてきた。その生き様を感じたのだ。まさにその力強さに始祖の伝説で語られる女神の姿がお前に重なったのだ」
「一途だな……」
物語に恋い焦がれる乙女のようだ。
ベルファレスが腕を伸ばしてきて、わたしの肩を抱いた。
「一途?」
「純粋で真っ直ぐってことだ」
「ああ、俺のレラに対する想いと同じだ」
「もともと敵対関係だったのにな……」
わたしがドラクの領土に乗り込み、 玉座で対峙したあの時から、ベルファレスには何か思うところがあったらしいから不思議でしょうがない。
ヨークシュア潜入でドラクに対して侮辱的な発言をしたことを思い出して胸が痛んだ。
「……ヨークシュアであんな酷いことを言ったのに、それでも信じてくれてありがとう」
そっとベルファレスの胸に頬を寄せる。
「……いや、それはもういい。理由はわかっている。リグは国王の礼状を見て、レラを拒絶した。もともとリグはレラに対して良い感情を抱いていなかった。それは……」
「わたしが王国の犬だから」
察してわたしが話を繋ぐ。
「ああ、その通りだ。リグが長だったならお前はすぐに追放されていただろう。しかし、俺は違った。どうしてもお前を遠ざけることができなかった。……それだけ、一目見たときからレラを愛していたんだろう」
愛している。その言葉がくすぐったい。
ベルファレスの声がわたしの鼓膜を小さく震わせ、頭の中に響いた。
「出会った時はまだ恋人でもないのに、愛しているって?」
わたしはクスクスと笑いながら、ベルファレスと指を絡めた。
「おかしいか? 俺はお前に出会って確信したんだ。おれの女神が現れたと……。最初は敵であったが、絶対に俺たちの味方になってくれると信じていたんだ」
「その自信はどこからくるんだよ?」
「レラだってそうだ。国王を説得する自信があるんだろう?」
互いの問いかけが笑いを呼び、抱き合いながら笑い合った。
「……傷ついたドラゴンを癒したようにお前が俺たちに手を差し伸べてくれるんだろう?」
「ああ」
わたしはベッドから抜け出し、気だるげに横たわるベルファレスに手を差し出した。




