ヨークシュア脱出 (☆ ★★★★)
患部を気遣っていると、ベルファレスは荒い息をさせながら言った。
「ためらわずに抜け。止血できる」
「わ、わかった!」
思い切り剣を引き抜くと、血しぶきが飛び、剣の形に開いた風穴から血が流れ出した。ベルファレスは大きくうめき声を上げる。
「ぐあっ!!」
「痛いよな。大丈夫か?」
「ああ……心配するな……。ぐっ……」
息も絶え絶えの中、ベルファレスが力むと徐々に出血が収まっていった。
「すごい……止血できている」
信じられない。これがドラクの回復力。
「これのおかげだ……」
ベルファレスはコートのポケットから冥界の石を取り出した。それは洞窟で手に入れられる天然ものに比べ磨き上げられた宝石のようだった。親指の先くらいの大きさで、装飾品の宝石と変わらない。深い黒が輝きを放っている。
囮で捕まるために、荷物は森の中に置いてきたが、幾つか厳選して持ってきたようだ。ポケットの中に目立たないように忍ばせている。
「さて……どうする? ……ここまでは計画通りだが、……俺がここまで負傷するのは予想外だ……。商人も自力では歩けない。荷物がふたつ、増えてしまったぞ……」
荷物がふたつ。それはベルファレスも本調子ではないことを表していた。戦闘力は欠けてしまった。
森に入って姿をくらました後に、ドラゴンに変身して帰る作戦であったが、それも望めないという事だった。
怪我人ふたりは明らかに足手まとい。ここは敵地の真っ只中。ふたりを守りながらの逃走は困難を極める。
そんなことで怯むわけにはいかない。わたしの心は揺らがなかった。気を強く持たないと倒れてしまいそうだ。
「心配ない。わたしが全力で戦い突破口を作る! わたしは強い。ふたりを守りきって見せる!」
「……初回は俺に負けたのに?」
「なんだとぉ!?」
まだ冗談を言う余裕があるようだ。わたしを鼓舞しようと煽ったのだと察するが、聞き捨てならない。すぐさま見栄を張る。
「ドラクの中ではベルが最強だが、ここでは間違いなくわたしが最強だ。人間の中で一番強いのはこのわたしだ!」
わたしの瞳を見たベルファレスは口元を緩ませた。
「さすがだな。その強気なところがたまらないのだ」
「えっ」
瞬時に顔がのぼせてしまう。
「こんな時に何を言っている!?」
「ああ、惚気るのはお預けだ。さっさと地上に出て、馬車を奪って逃走しよう。……その前に、あいつらを片付けてからな」
頷くとベルファレスは退避に備えて商人を背負った。
「任せた、レラ」
この声を合図にわたしは剣を抜く。
地下牢の物音に気づいた兵士が数人駆けつけてきた。
狭い階段を利用し、出合頭に切り込んで、一掃する。
「準備はいいか? 地上へ駆け上がるぞ!」
ベルファレスに掛け声をし、地上に向けて一気に階段駆け上がった。
予想通り、簡単には外に出られなかった。
階段を駆け上がったところに待ち構えていた兵士や、領邸の門兵など、不審を察した周辺の兵士が数名単位でやってきた。途切れなく剣を振り続け、打ち倒し、やっと屋外に出た。
周辺の兵が集まってくれたおかげで、外は手薄だった。
「よし、乗り込むぞ!」
御者台の兵を蹴り飛ばし、先ほどまで私たちを乗せていた馬車に再び乗り込む。手綱を取って馬を走らせた。
周囲は兵士の声で騒々しくなり、次々と沿道に集まっていくが、疾走する馬車に為す術はなく、兵士は次々と弾き飛ばされていく。
ヨークシュアの門が見えてきた。まだ開いている。
こちらに気づいた門兵が閉門しようと動く。手綱を離し、矢を放つ。ひとり、ふたり、3人……次々と命中させ、動きを止める。
閉まりかけた門を突破し、ヨークシュアの外に飛び出した。
麦畑が広がる道を元来た方向に向かって疾走する。
「続けー、続けー」
後ろから騎馬兵が追ってくる。
捕まれば、集落までの経路を吐くまで拷問された上、総攻撃の先導として利用される。このまま逃げられても、後をつけられればドラクの居場所がわかってしまう。追手を排除しなくては。
反撃態勢が整ったのか、騎馬兵は次々とやってくる。狙撃手を乗せた戦闘用馬車も後に続いた。
ただの農村のヨークシュアにこれだけの兵力を駐留させていたとは、総攻撃の準備が完了しつつあるということだ。
汗が額を伝い落ちる。
「ベル、交代してくれ! 手綱を任せたい」
荷台にいるベルファレスを呼び寄せ、わたしは荷台に移って弓をつがえた。
先頭の騎馬兵に向かって矢を放ち、落馬させながら編成を崩していく。
それでも騎馬兵次から次へとやってきて、隊列を組み直してはわたし達に迫ってくる。矢を打っても打ってもキリがない。
歯軋りをしながら策を巡らせていると、騎馬兵の編成が変わった。
騎馬兵が横にずれて戦闘用馬車が前に出た。狙撃の準備が整った証拠だ。
この距離は射程圏内。とても矢では応戦できない。
「伏せろ!!」
わたしが叫ぶのと同時に発砲が始まった。
弾が頭上や耳の横をかすめていく。
砲撃の第一波は終わった。
弾を込めるには時間がかかる。絶え間なく打てるほどの兵力は用意できていないようだ。
状況を冷静に判断し、次の砲撃に備えて策を練る。その時、御者台からうめき声が聞こえた。
「うっ……」
「ベルっ!?」
ベルファレスの苦しそうな声である。一瞬で血の気が引いた。
「あたったか!?」
「いや……。冥界の石を、……落としてしまった」
逃げている間に石をすべて落としてしまったらしい。コートのポケットには穴が開いていた。
身につけていた石をすべて失くし、ベルファスの生気も一気に失われてしまった。血の気もない。苦しそうに呼吸をし、今にも息絶えそうな様子だ。
「ベル!! しっかりしろ!!」
こんな言葉しかかけられなくて、申し訳ない。今、ここでベルファレスを死なすわけにはいかない。こんなところで、ドラクの希望を失ってはいけない。
再び御者台に移動し、ベルファレスをわたしにもたれかからせて手綱を取った。
「撃てー」
合図と共に、砲弾が飛んでくる。わたしはベルファレスの頭を覆い、身を伏せることなく、馬を走らせる。
腕や肩を弾がかすり、肌を焦がした。いや、皮膚の表面がえぐられたような気がする。それくらい、何も構わなかった。
(早く! 少しでも森に……!)
発砲で怖じけずいた馬は速度を徐々に落としてしまう。後ろから迫る騎馬兵。次の砲弾もまもなく来る。
ここで捕まればすべてが終わる。
希望を失いかけたその時、太陽の光を背負って何かが飛来してきた。
「な、なんだ。あれはー!?」
騎馬兵たちが慌てふためく。
「ド、ドラゴン!?」
次々と驚きの声を口にし、恐れおののいている。
ベルファレスよりも青白い、むしろ澄んだ白をしたドラゴンだった。頭上に迫るドラゴンを見て、ベルファレスが呟く。
「ハティ……来てくれたのか……?」
(ハティ?)
再び白いドラゴンを見やる。ドラゴンは牙を剥き出して、咆哮をあげた。
地割れのような衝撃が襲う。
空気が軋んで震え、耳を刺す不快な音に周囲が包まれ、意識が遠のく。
ここで気を失ってはだめだ。自分に抗いながら、あたりを見回すと、騎馬兵たちは気を失い次々と倒れていく。
(これなら……もう……)
敵のすべてが戦闘不能になったのを見届けたあと、わたしの視界が真っ白になった。




