侮辱と決別 (☆ ★★★★)
「ようこそ、”レラ”殿」
「なんだと……」
わたしは耳を疑った。わたしのことをレラと認識している人物はランティス以外居ないのに。
剣を向けてきた男は手足が細くて腹が出っ張っている体格で騎士とは言えない人間だった。おそらく官僚の……。
「お初にお目にかかります。ヨークシュア監事のディオンと申します」
ディオンは口元を歪ませニタニタとした気色悪い笑みを浮かべた。
「これはどういう真似だ……!?」
こちらの思惑がバレたのか? 信用していないことは確かだ。
冷や汗が額を伝うが、必死に冷静さを装う。
「ほんの挨拶ですよ」
ディオンは余裕な顔で剣をおろした。
わたしとベルファレスをジロジロと見回し、周回しながら、喋り続ける。
「すっかり竜人族に殺されたかと思っていたので驚きました。こうやって竜人族の恋人も連れてやってくるとは……。何しにここへ? あなたの任務をお忘れですか?」
ランティスが吹き込んだに違いない。こいつはわたしの任務を知っている。
隣りに居るベルファレスが竜王とは気づいていないようだが、王国が目の敵にしている竜人族であることは隠しようがない。
まとわりつくようなディオンの視線に、気味悪さを覚えた。疑われないように最もらしく振る舞うしかない。
作戦では騎士団に仲間と見せかける行動をすると、事前に伝えていたが、それでも行動に移すのは心苦しい。
わたしはギリギリと奥歯を噛んだ。こんなことは言いたくない。そう思いながらも、意を決して侮辱的な発言を言い放った。
「……な、何を言うか! わたしは特務部の人間として竜人族の地を攻略し、竜王をも説き伏せた。その証拠に竜人族の人質を差し出すためにヨークシュアに連れて参ったのだ。騎士団が駐屯していると聞き、我が国王に報告をするには絶好の機会であると……」
急におぞましい視線を感じて振り返ると、ベルファレスが目深に被ったフードから鋭い眼光をこちらに向けていた。
血の気が引いて瞬時に背中から冷や汗が溢れ出す。
(信じてくれ。これは嘘だ。ディオンを欺くための嘘なのだ。信じてくれ……)
ディオンは満足げな顔をして、「それならいいのですが」と話を続けた。
「商人の口が固いので助かりました。これ以上痛めつけるのは心苦しいと思っていたところだったので……。竜人族の領地に攻め入りたいのに、場所の検討がつかず、戦略を立てることができませんでした。」
商人と聞いたとき、ベルファレスに焦りの色が見えた。救出したい気持ちが強くなったのだろう。
「ランティス殿は戦力増強のため、先ほど王国本土に向けて出立されました。あなたがここにやってくるのは予想外でしたが、竜人族の人質もいるなら早期決着が望めますね。あなたは竜人族の領地への行き方を知っているのでしょう?」
わたしはこれ以上ベルファレスの恨みを買うことは言いたくなかったが、牢に向かうためディオンに友好な態度を取り続けることにした。感情を押し殺し、石像のような冷たく硬い表情を作る。
「ああ、もちろん知っている。わたしが騎士団を先導しよう」
「よくぞ言ってくれました。ではこれを……。国王陛下の勅命を引き受けるのはあなたの役目ですね」
ディオンは国王の割印で封をされた礼状を渡してきた。
封を切って開いた礼状の文面にわたしは驚愕した。心の内を悟られないように平静を装う。
「総攻撃……」
ディオンは目元をニヤニヤさせ、礼状を覗き込んだ。
「ええ、十分な戦力が揃い次第、竜人族の地に総攻撃をしかけます。準備が整うまでに1ヶ月見ればいいでしょう。植民地化と服従に応じなければ奴等を根絶やしに……。戦略を立てる前に、まずは竜人族の人質を牢屋に入れてしまいましょう」
ディオンがまた気色悪い笑みを浮かべ、歩き出した。
「ふふっ。怖いですね。女って。竜人族に取り入って、騙すとは。ランティス殿が言っていたとおり、女を送り込んで正解でしたねぇ。敵地に女を送り込み、情で首長を落とす手口は今後我が国の戦略になり得ますね~」
上機嫌で語るディオンに連れられ、邸内の牢屋へ進んでいく。ベルファレスはディオン背中を小突かれながら戦闘を歩いているため、彼の様子はわからない。
ディオンが何かを言う度に、胸が痛んだ。わたしも同調していると思ってはいないだろうか。
全部嘘だ。信じて欲しい。
ドラクの領土を侵略しようなんて考えは毛頭ない。それを目論む王国に肩を貸す気もない。
これまでのわたしの考えが間違っていたと、ベルファレスと過ごす日々の中で実感したんだ。
今は彼らの力になりたい。
ベルファレスの言葉を思い出す。
『共存するための道を模索したい。レラとこうやって共に過ごし、時には笑い合えるのだから』
そして、大事なことに気がついた。
敵対関係から始まり、降伏した身に甘んじてたせいで、お互いの想いを話してこなかった。
ドラクがこの世界でわたしたちと共存する道を作ること。
それが自分の使命だとに気づいたのだ。ベルファレスの想いにわたしも寄り添いたい。
そう面と向かって語り合ってこなかったことを、今後悔した。
ベルファレスが気がかりだ。
背中は何も語ってくれない。無言がまるでわたしに対して抗議しているかのように感じた。
牢の中には拷問されたのか、痛々しい姿をした男が冷たい石の床に転がっていた。
ベルファレスがふとこちらに視線を送り、こくんと首を振った。この男が商人で間違いないと言うことらしい。わたしに分かるように合図を送ってくれたことにひとまず安堵する。
これからの動きを頭の中で整理する。ひとつも段取りが狂ってはならない。
まずはベルファレスが牢に入れられるタイミングでディオン、看守を一掃し、脱出。その後、領邸の荷馬車を奪って元来た森に逃げ込むだけ……。
看守が牢屋を開けるタイミングを待つ。
ベルファレスを牢の前に立たせたところで、看守の動きがピタリと止まった。
その時だった、ディオンが剣を抜き、ベルファレスの背中を貫いた。
「うっ……」
「ベルッ!!」
うめくベルファレスに向かって、わたしは悲鳴に似た声で叫んだ。
ディオンはしめたとばかりにニヤリと口の端を上げ、わたしの顔を覗き込んだ。
「馬鹿が。お前の嘘は見え透いてるんだよ……。目が泳いで、こいつばっかり見やらぁ」
わたしを拘束しようとする影が背後に迫る。
「うるさぁい!!」
抜剣と同時に振り返り、看守をひとり、ふたり、切り倒した。
自身を護衛する兵士が簡単に倒され一瞬怯んだディオンだったが、人質を取ったばかりに強気だった。ベルファレスの背中に差し込んだ剣をねじる。
「うううっ!!」
「ベルッ!! ……やめろっ!!」
苦しい声を上げるベルファレスの様子にたまらず、ディオンに制止を促す。それでもやつはやめてくれない。剣をねじり込みながら、ニヤニヤと語り始める。
「死に損ないめ。竜人族の味方をし、王国を裏切るつもりだな。捨て駒のくせに……」
「捨て駒だと?」
侮蔑され、頭に血が上る。
「ああ。その通り。官僚はみんな知っている。特務部の人間は植民地攻略の足がかりとなる捨て駒さ。だから単独で敵地に送り込むのさ。ランティスが言っていた。お前は従順な最高の捨て駒だと……。如何なる過酷な任務でも生きて戻ってくると……。さすがに今回は死んだと思ったらしいがな。『ついに死んだか』と言っていた。死に損ないのお前でも、最後に役立ってくれたわけだ。こいつの命が惜しいんだろう? そうだろう? 恋人なら助けてやりたいよなぁ? それなら、誓え。竜人族の領地まで案内すると言え。そうすれば……ごふぉっ!!」
ディオンが全て言い終わる前に出っ張った腹を足裏に全体重をかけて蹴り飛ばした。
石壁に背中を打ち付け、奴はそのまま事切れた。
口から泡を吹き、白目を剥いている。
「ぜーはー……ぜーはー……」
怒りのあまり息が上がる。これでも我慢して話を聞けた方だ。
「ベルっ! 大丈夫か!?」
周囲の敵がのびてしばらく再起不能であることを確認すると、すぐさまベルファレスに駆け寄った。
ディオンの剣が胴の中心を貫いたままだ。剣を抜けば大量出血は免れない。人間の場合、致命傷になる。
おろおろしていると、ベルファレスが肩を震わせ、吐息混じりに笑った。
なぜ笑うかわからず、わたしは目を見開いた。
「ふっ……。お前に捨てられるかと……思ったぞ」
「そんなわけはないだろう!!」
悲痛の声を上げるわたしにベルファレスは安堵の表情を浮かべた。声は力なく弱々しかった。
「お前は俺達の外敵だ。……それをすっかり忘れていた。お前の放つ言葉がどれもおぞましく、力が入らなかった。……防御が間に合わなかった」
この言葉はわたしの胸を突いた。同時に息もできないほど苦しくなる。囮と言えど、先ほどまでの暴言は許されるものではない。半信半疑になっているベルファレスに謝らなくては。
「あぁ、ベル……。すまなかった。相手に話を合わせた。今のわたしはベルの味方だ。……信じてくれ」
「信じて……いいんだな?」
「ああ、もちろんだ」
わたしが差し出した右手をベルファレスはしっかりと握り返した。わたしが安堵したように、ベルファレスも憂いが晴れた顔をしていた。




