王国の魔の手1
「……ベル?」
さっきまで自分を包んでいたベルファレスのぬくもりや匂いが消え去っていることに気づいて体を起こすと、そこは自室のベッドの中だった。
焚き火にあたっていたあの時の姿で寝かされていた。藍色の上衣を羽織ったままだった。
ここまで運んでくれたのだろうか?
外はもう陽が沈んですっかり暗くなっている。
寒さと共に寂しさが襲ってきて、ベッドに潜り込んだ。
体に異常はなく、何かされた痕跡もない。
安心する一方で、心がもやもやした。何か物足りない。肌はまだベルファレスのぬくもりを覚えたままだ。
ベッドの中に放り出されていたコーラル鉱石に気づく。じんわりと暖かさを放っている。
彼の暖かさを思い出すように、ほのかな熱源を抱きしめて再びまどろみの中に落ちていった。
* * *
次の朝、侍従が部屋に運んできた果実と木の実の盛り合わせを食した後、ベルファレスの部屋を訪れた。
わたしを気遣っていつも部屋に訪れるのはハティだったのに、今朝は来なかった。城内も人が行き交い騒がしい。いつもより今日は忙しい日のようだ。
「医務室の方にいらっしゃいます」
まだ部屋にいる時間だと思ったのだが、ベルファレスも不在だった。
部屋の前に控えていた警備兵にベルファレスの服を託し、医務室に向かった。
医務室に行くとベルファレスとリグの声が聞こえてきた。傍にはハティもいる。
「しばらくはゆっくり休め。お前の役目は他の者に分担させる」
「申し訳ございません」
「大丈夫だ」
リグは医務室のベッドに力なく横たわり、申し訳なさそうにしていた。大きな体が小さく見える。
「レラ殿。おはようございます」
ハティの声はどこか張り詰めていて、元気がなさそうだった。
「どうしたんだ?」
問いかけると、ベルファレスがリグに目線を向けて言った。
「この通りだ」
「負傷したのか? どこで?」
「リグには山の麓まで偵察を頼んでいたのだが、その最中で狙撃され傷を負った」
小銃の攻撃を受けたということか。
祖国でも銃を扱えるのは騎士団くらい。高額で手に入れるのが難しい上に、身分の低い人間が所持することは許されていない。
狙撃手が一般人である可能性は低い。王国の息のかかった人間か、他の侵略者の可能性がある。
胸が騒いだ。嫌な予感がする。
「……申し訳ございません。……姿を見られてしまいました」
リグは肩で息をしながらもう一度詫びた。
「仕方があるまい。広範囲を偵察するのは空から様子を見るのが最適だ。ドラゴンで行動するのが向いている」
「ドラゴンになって周囲を飛び回るのは、脅しの目的もあるのですが、ここ数年は人間は恐れることなく攻撃をしてくるようになったのですね」
ハティがリグの傷の様子を看ながら言った。
「まったくだ。本当に人間は強大な力を手に入れたのだな。この武器を持てば、気が大きくなるようだ」
意識があるものの、リグは時折り苦しそうに呼吸をしている。
「銃弾は取り除けたのか?」
「これだけです」
ハティは金属の破片を見せてきた。
弾丸が金属の塊ではないなら、火薬が詰められていて体内で弾けるタイプの弾丸だ。この金属片には見覚えがある。さっと血の気が引いた。
「これはわたしの祖国、ヘスティア王国の銃弾だ。弾には毒が仕込まれている! すぐに解毒をしないと……」
ベルファレスとハティが同時に顔を強張らせた。
ドラクの毒耐性がいかほどかはわからない。彼らにも人間の血が流れているなら、毒は致命傷になりうる。
「どうりで、なかなか傷口が塞がらないわけですね」
ハティはなにか合点がいったことがあったようで、冷静に語り出した。
「ドラクは自力で解毒する力を備えています。冥界のエネルギーが尽きてしまったせいで解毒ができないのだと思っていたのですが、毒がそれ以上のものだったとは……」
「冥界のエネルギーを補給すれば自力で解毒できるようになるかもしれないけど、今はエネルギー回復と同時に解毒治療を施すべき状態だと思う」
わたしとハティ、ベルファレスの3人は顔を見合わせ頷いた。
「レラ、俺たちにはお前の力が必要だ。手を貸してくれるか?」
「もちろんだ。この兵器のことはよく知っている。薬草を集めよう」
「お願いします」
ハティがわたしの手を強く握った。
「総出で冥界の石の収集にあたらせる。樽いっぱいに集めれば充分だろう」
「ベルファレス様にも手をかけさせてしまい申し訳ございません」
ハティが深々とベルファレスに頭を下げた。
「何を言っているんだ。今でこそ主従関係だが、俺たちは共に遊び育った仲ではないか。それに、ハティ。お前の大事な伴侶を平原の民ごときの銃弾で失うわけにはいかない。今はリグの傍についてやれ」
「……伴侶!?」
黙って話を聞いていればいいものを、わたしは驚いて声をあげてしまった。なんとリグとハティは夫婦だったのだ。
大変だ。リグを救ってやらねば。余計に身が引き締まった。
「そうだ。これ、使えるか?」
ベルファレスに返そうと、石を握っていたことを思い出し、手を開いて差し出した。
「まぁ、冥界の石」
「ひとつしかないけど……」
「十分ですよ。ありがとうございます」
ハティは石を受けると、そっとリグの枕元に置く。
それまで黙っていたリグがゆっくり喋り始めた。
「……ああ、これだ。レラ殿が来たら急に力が湧いた気がしたのは。石のおかげだったんだな」
少しリグの顔色が良くなった気がする。
狙撃されてからの正確な経過時間は不明だが、最低でも半日以上は経過しているとして、会話ができるのは奇跡的だ。人間であれば、数時間で死に至る毒なのだから。
ドラクの生命力の凄まじさと底力を感じた。冥界の石のエネルギーで徐々に快方に向かうと思うが、回復を早めるためにも薬草による解毒は必須だ。
医務室にハティを残し、わたしはベルファレスと共に森に向かった。
草木を分け入り、時には崖によじ登り、解毒に効果がある草花や草の根をカゴいっぱいに集めた。
ついでにハーブも摘んだ。
「いい香りだな。これも薬草か?」
ひときわ匂いが強いハーブにベルファレスが関心を示した。
「いや、これは違う。料理に使うんだ。美味しい食べ物をたくさん食べてもらいたくて」
「そうか。人間にとって食事は娯楽以外の目的もあるのだな」
食に関心の薄いドラクならではの回答だ。
「当たり前だよ。ドラクにとっての冥界の石と同じくらい価値があるものだ」
「そうか。それは大事だな」
ベルファレスは納得したようだが、実際に食べればもっと実感することだろう。同じものを食べて“美味しい”と感じる喜びを彼らと分かち合えたらきっと楽しい。
「薬草はこれで充分だ」
「わかった。ふたりのところに戻ろう」




